Another World @推奨BGM: Introduction-2.『姫龍 みゆ』  4月12日 15:30 ―――  無駄に装飾された長い長い廊下を歩く。  塵一つ見当たらない床に響く音は無機質で、冷たい。  窓は開け放しになっていて、涼やかな風が吹き込んでいる。  遮光がしっかりしている為に建物内は涼しいが、ここは砂漠。  不用意に窓から身を乗り出せば、たちまち熱気にやられてしまうだろう。  私の歩く方向とは対向に、一人の男が現れた。  上品な服装で着飾ったその男は、頭に乗っけている上品な羽帽子を取り、会釈をしてきた。  目線は合わせてこない。  私の服装はどう見ても貧乏人をイメージさせる、ボロボロで汚らしい灰色のコート。  本当は相手をするのが嫌なんだなと分かる。  その貴族風の男は、上品な体制を崩さずに尋ねてきた。  口調には焦りが見える。 「失礼します。何処かでみゆ様を見かけませんでしたか?」  私は首を振り、知らないという意思を伝える。  そうですか、と男は言うと、もう一度気障ったらしく頭を下げて私の真横を通り過ぎる。  長い長い廊下を早足で歩き、角を曲がり見えなくなった。  私はそれを見届けてから、柱を2つ超えた先の階段を登り、そこから更に一番奥の扉を開け、中に閉じ篭る。  その部屋には小窓があり、庭が見渡せるのだ。  庭から出て行くさっきの貴族風の男。  それに対し、ペコペコ頭を下げるのはうちの両親。  男は困った顔をしながらオアシスの街の中に姿を消してゆく。  ――もう安心かな。  ボロボロのコートを足元に脱ぎ捨てたら、変な笑い声が自然に出てきた。 「えっへへへ! 婚約者が聞いて呆れるね。私に気付かないなんて!」  思わずガッツポーズを取ってしまった。  微塵も訝しがられなかったのが、じわじわと嬉しい。  それに増して、両親の顔に泥を塗れたことも。  無駄に広々とした自室のカーペットの上で、くるくる踊ってみる。  ざまぁみろ、ざまぁみろ……!  バタン!  しばらくして、乱暴にドアを開かれた。  私の部屋に飛び込んで来たのは、父さんと母さんだった。 「みゆ! あなたという子は、全く……!」 「今日は大人しくしなさいと、言っていたではないか!」  また始まった。  ウチの親は、いつもいつもこんな調子で怒鳴り散らす。 「こんな汚いもの、部屋に置いておくんじゃありません!」  母さんは、床に放置していたボロコートを鷲掴み、ゴミ箱へ叩き付けた。  折角サイズが丁度良かったのに。 「どうしてあなたは大人しくできないのですか。大事な大事なお客様なのですよ!」 「折角お越しになって頂いたというのに、時守殿に恥をかかせてしまったではないか!」 「うるせーな。あれのどこが大事なお客様だってんだよ。  婚約だのどうのこうのって、私に無断で何決めてんだ。」 「まだ婚約というわけではない。今日は挨拶だけのはずだったのだ。それを台無しにしてくれるとは。」 「時守殿は素晴らしいお方です! きっと、あなたに相応しい男性のはずですよ。」 「うるせーって言ってんだろ! 興味ない、私は!」  私は、親に婚約者を決められた。  確か、16歳の誕生日だったっけ? そんな日に、デコレーションケーキを前にして宣言された。  なんか写真のようなものを見せられて。 「この方が時守殿の一人息子です。どうですか、みゆ。」 「……なんか、顔が濃い。」 「そんなことを言ってはならんぞ。第一、時守殿はオアシスに住む時守博士の一人息子で……」  そんな感じで語られて、最後に婚約者だとか言われた。  せっかくのケーキがまずくなり、もらった誕生日プレゼントの喜びも台無しだった。  私がいくら反対しても、親は時守時守。  家柄のことしか考えてないのか。 「……もういいから、出てけよ。私の結婚相手は私が決める。」 「何を言うのですか、みゆ。あなたの伴侶となる人間には、しかるべき立場の人を……。」 「何故いつもいつもそんなにワガママなんだ。私はおまえをそんな子に育てたつもりはない!」  あーだ、こーだ。  ……昔っからキレやすい性格だった。それは自分も理解してる。  でも、今日の説教は、いつもよりウザイと感じた。  私は両親の怒声を無視し、壁にかけていた帽子を一つ取る。  それは、あの誕生日の日にもらった台無しのプレゼントの中身。  それをヒュッ、と、適当に放ってみる。  特に狙ったわけではないが、ゴミ箱にどストライク。  それは一瞬、両親の目を不思議にパチクリさせた。 「……出ていかないのかよ。なら、私が出てやる。それじゃ。帰りは遅くなるから。」 「え、ちょっ、待ちなさい! みゆ!」 「早まるんじゃない! おい、うぁぁぁぁあああああ!!!」  私は部屋の外へ飛び出す。  ドアの反対側の、つまり両親が入ってきたほうとは反対側に位置する、私の背後にある出口を開けて。  3階の窓から、外の熱気とは入れ違いになって――飛び出す。 「誰か、誰かいないか! みゆを受け止めろぉぉぉ!」  父さんの声に反応して、下で作業をしていた使用人が天を仰ぐ。  ――彼はビックリしただろう。見上げたら、顔面目掛けて人が落ちてきているのだから。  私の体は落下する。  でも、不思議と安定していた。  そして、ドスン!  気の毒なことに、私の背中を受け止めたのは使用人の顔面。  顔を両手で覆い、痛ぇ、何だ?何だ?と混乱している隙に私は体制を整える。  ……ま、大丈夫だろ。私の体、そんなに重くないし。  そして使用人が目を開けた時には、みゆは見えなくなっていた。 ―――  しばらく歩いた。時々、走った。  誰かが追いかけてくるのかと思ったが、誰も見当たらない。  このように、無茶をして家を抜け出すことは、まぁ初めてではない。  時々こうして友達に会いに行き、しばらく遊んでいることがある。  追っ手をやるだけ無駄だと思っているのだろう。  そして、2,3時間したらすぐに帰るとでも思っているのだろう。  いつものように。  ……やなこった。  今日はもう、帰らない。  こうなったら家出したつもりでいようと思う。  今日という今日は、あんな奴らの顔なんて見たくもない。  ここは多分、オアシスの外れにある素朴な商店街。  イモやらリンゴやらを売ってる小さな店を通り過ぎ、そこから裏路地に入って、大量に積んである藁の上に腰掛ける。  ここなら、誰に見つかる心配もない。見つかったとしても、誰も気にしない。  狭い路地の隙間から、眩しい砂漠の空を見上げる。  それは、今まで部屋から見ていた太陽の光よりも、美しい。  ……そのまま、仰向けになって眠りに落ちる。  藁で出来たベッドの何と心地よいことか。  籠の鳥でいるくらいなら、私はこうして空を眺めていたい。  ずっと、ずっと……。 ―――  4月14日 12:00  美しかった空を、黒い影が覆った。  それと同時に空気が濁り、蒸し暑いはずなのに鳥肌が立つ。  どこからともなく――無機質な声が聞こえてきた。 「我々は神の使い。只今を以って、神の名の下に宣言する。  この世界の価値は潰えた。全住民を抹殺し、AWを消去する。繰り返す……」  私はまどろみから醒め、路地裏を飛び出した。 ―――  砂地を駆ける。  あの「声」は、デリープリューンの放送塔から流れていた。  普段は、何かニュースがあればそれを砂漠に広める役目を持つ放送塔。  それがあんなことに使われるなんて、只事ではない。  走る、走る。多分、家を飛び出した時よりも早く走る。  いつもなら灼けつくほどの砂の地面も、凍っているように感じる。  ――私の家に近付けば近付くほどに、その感覚は強くなる。  そしてようやく、馬鹿みたいに主張するデカい屋敷の正門に到着した。  その時に、気付く。  ……そうだ、これが違和感だ。  いつもは貴族や使用人で賑わっているはずの街道に、人が誰もいなかった。  門は開けっ放しになっていた。  荒い息を抑えることも忘れ、それをくぐり、庭を見渡す。  庭師によって、植栽が整えられている庭。  その茂みの至る所に、赤い、サルビアの花が爛々と咲いていた。  今は4月。  ――サルビアの花が咲くには、まだ早い。 「…………ひぃっ!!!」  その不自然な赤い茂みに近付き、“それ”を見て、反射的に声が出た。  茂みの中に、使用人が寝ていた。  彼は全身から赤を垂れ流し、茂みを真っ赤なサルビア色で染めていた! 「うわあああぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!!!」  ――私はようやく、状況を理解する。  1人だけではない。  庭の至る所にバタバタと……使用人の死体が寝かされていたのだ。  その誰もが全身を残酷に切り裂かれ、真っ赤な血を噴き出している。  彼らの血を吸った茂みは真紅に染まり、季節外れのサルビアを鮮やかに咲かせていたのだった……! 「なんだよ、これ……ふざけんじゃねぇ、ふざけんじゃねぇよ……!」  みゆは、生まれてからこの庭の中で過ごしてきた。  風通しのいい日は、茂みの側に腰掛けて日光浴などをしたこともあった。  その思い出がッ! 不気味な赤が撒き散らされ、狂った光景になっている……!!  死体となった使用人は、みゆが幼い頃からこの家で働いていた誠実な人々。  彼らが命を捧げて咲かせたサルビアは、主の為に美しく咲き誇っていた……。  ……みゆはひどく錯乱した。  突然の、身近な人の、死。  家を飛び出して、戻ってきたら……そこは既に、みゆの知っている家では無かった。  信じられない出来事に頭を振り、両親のことを思い出す。  ……無事だろうか?  玄関の大扉は開けっ放しになっている。  ここで何があったのかは分からない。  だが、何者かが屋敷に入り、無差別に人間を皆殺しにしたことは間違いないようだった。  見慣れた屋敷の中は、血で汚れていたのだから。  半ば、諦めの感情がある。  真面目な使用人、父さんの招いた客、仕事の相手など、屋敷の中に居た誰も彼もが死んでいた。  誰がどんなことをすれば、こんな惨い虐殺が行えるというのか。  これはもう、人間の仕業ではない。 “我々は神の使い。只今を以って、神の名の下に宣言する。……”  そう、人間の仕業では、ない。  みゆは、ほとんど無意識で、自分の部屋に戻ろうとした。  2日前に両親と言い争い、逃げ出した場所に。  階段を登り、奥を目指す。  ……そして、自分の部屋の前で、見つけた。 「……父、さん。母……さん……。」  それは、2日前までは憎いとさえ思った両親。  嫌になるほどウザい説教をかましてた、あの、勝手な両親。  2人は喉を切り裂かれ、廊下に倒れていた。  もう、永遠に口を開くこともできないのだ。 「なんだよ、……それで、もう、……終わりかよ。」  私の帰りを待っていてくれたのか。  少しは心配していてくれたのか。  ……あの別れが、最期になるなんて、思わなかった。  言うこと聞かなくて、ごめんなさい。ワガママな娘で、ごめんなさい。  変な喪失感が込み上げてきて、みゆの瞳から熱いものが零れ落ちた。  ……おかしいよ。失ってから、後悔するなんてさ……。  心を落ち着けて、先へ進む。  すると、私の部屋のドアに誰かが寄り掛かっていた。 「……時守?」  婚約者だとか言われていた、あの顔の濃いキザ男。  そいつが、私の部屋の前で、胸から血を流して死んでいた。  何で、こんなところに。  見ると、時守の手には細身の剣が握られていた。刀身には、黒い血がべったりと付いている。  ……戦ったのか、誰かと。  時守は、私の部屋を庇うようにして死んでいた。  悪意ある何者かから部屋を守るように戦い、殺されたのだろうか。  私の部屋の中を確認する。確かに、荒らされた形跡はない。  そうか。  時守は、私の為に戦ってくれたのか……。  私が不在なのを知ってか知らずか、彼はドアを死守し、立ち入らせなかった。  そうしてようやく気付く。彼の、気持ちに。 「そっか。……頑張ってくれたんだな、お前。」  形だけの婚約者ならば、できない行為。  ……ちょっぴり、見直した。  瞼を瞑り、表情の消えた時守の顔に近付く。  そして、彼の頬にちょっとだけ、唇をつけた。 「……ありがと。」  時守の持っていた剣を、拾い上げる。  軽くて、上質の剣だった。  血を拭き取り鞘に収め、腰に提げてみる。  ……サイズもちょうどいい。  幼い頃からの家庭教育で、剣術の心得は一通りある。  素早さを生かした技が上手だ、と褒められたこともあったっけ。 「仇は、取るから。」  彼からは剣を借りる。  ……決めたから。この惨劇を起こした、憎き存在を討とう、と。 「本当に私はワガママだ。弔いもせずに行くけど……ごめん。すぐ終わらせる。」  部屋のゴミ箱の中に、帽子が入っていた。  2日目に私が放り込んだ、いつぞやの誕生日プレゼント。  ……母の形見になってしまったけど。  帽子を被ると、力が沸いてくるような気がした。  私の戦いに、私のワガママに、両親が初めて応援をしてくれているようだ。  両親の、時守の、この屋敷のみんなの無念を晴らす。  それが私の決意。  抗えなくなるまで、抗ってみせる。  ――やってやるからな! ――― @作者視点プロフィール  蜃気楼の剣姫 姫龍 みゆ  情熱溢れる、ボーイッシュな少女。  幼い頃から仕込まれた剣術をスマートに使いこなす。  武器は、婚約者の時守から借りた高価な細身の剣。軽くて気に入っている。  両親の形見ともいえる帽子がトレードマーク兼、力の源。  近接戦闘が得意で、持ち味のスピードを生かして敵を翻弄する。  腕力は不足しているが、それをカバーするような連続攻撃を得意とする。  ただ魔法に対しての適性も抵抗も薄い為、そこが弱点となるかもしれない。  決定打となるのが、蜃気楼の如き動きで乱打を加える「100本霧」。  ミュラ、花蓮と出会い、荒野エリアにレジスタンスを結成した。  少女達の中では唯一の前衛の為、積極的に動き回って仕事をする。  出身地は砂漠エリアの中心都市、デリープリューン。  家族を失った悲しみがきっかけで、ゴッディアへの反抗を始める。  男装が得意だという噂もあるが、滅多に披露しない。 @投稿時プロフィール 考案:ホーエーさん 名前:姫龍 みゆ  性別:女  性格:自信家  矜持:何でもすぐ行動をする     ボーイッシュ     正義感が強い  喋り方: 基本「私」 本気出すと「俺」 男とだます時には「僕」  使用武器:剣  得意戦法:近距離  能力:  技:100本霧    霧のようにすごい速さで切りつける  立場:貴族なりの高さの位  外見:170cm位の大きさで、美人で、細身だが、男装ができる  その他:かぶっている帽子をとるとすごい勢いで身長・身体能力が下がる 生存が目的で1番の目的は神を倒すこと