Another World @推奨BGM: Introduction-3.『佐藤 花蓮』  4月13日 18:15 ――― 「フェリオさん、夕食の時間ですよ。」 「そうか、すまない。」 「今日は何の本を?」 「んー、ちょっとした哲学の本だよ。グレヴェルデ・オーフィン著。」 「……聞いたことありませんね。すみません。」 「そりゃそうかもしれないね。グレヴェルデは謎に包まれている人物だから。」 「謎?」 「……彼、いや彼女かもしれないけど、グレヴェルデという人物はこのAWの住人ではないらしい。  異世界から本を発信している、っていう噂があるんだ。」 「はー……異世界。スケールが大きいですね。」 「根拠は割とあるんだよ。そもそも、この本に書かれている考え方がすごく神秘的なんだ。」 「私には難しい話、よく分かりません。」 「彼の哲学の主軸はね、『全ての生命の最下層に人間が位置する』ってことなんだよ。  身も蓋もないテーマだけど、すごく共感できるんだ。」  ここはAWの一部、花園エリア。  色とりどりの自然に囲まれたこのエリアには、多数の診療所が存在する。  心や体が傷付いた人々が、自然の癒しを求めて来訪する場所。  都市からも離れ、空気が澄んでいるので『地上の楽園』とも呼ばれている。  多数有る診療所の一つ、リミー診療所に勤めていた花蓮。  腕のいい治療士がいることで有名なこの診療所は、割と忙しく回っていた。  ――ちなみに、『治療士』という職業は、AWならではのもの。  医師のように治療を行うが、看護士としても患者のケアに働きまわる万能な者を指す。  医療従事者の人数不足がきっかけで誕生した職業といえる。  その治療士の誰もが厳しい修行を積んでおり、技術はとてつもなく高い。 「それにしても、フェリオさんって好きですよね、読書。」 「やることもないからね。体もこんなだし。」 「大丈夫ですよ、もうすぐ治ります。」  花蓮の担当する患者、フェリオという男。  心臓の病気でここに入院している。症状は相当悪く、既に入院期間は2ヶ月。  修行中の魔術師らしく、時々面白い魔法を見せてくれたりする。  が、ほとんどはベッドで読書している姿が目立つ。  花蓮は、魔術師とはそういうものかと思っていた。  精神力の維持のため、本ばかり読んで動こうとしない。  適度な運動もしないと、逆に健康に良くないのだけれど。 「それじゃあ運んできます、夕食。」 「あ、その必要はないよ。ちょっと待って。」  フェリオは指をパチンと鳴らす。  すると、室外に待機させていたはずのワゴンが動き出し、花蓮の背後に移動した。  もちろんワゴンは誰も押していない。見えない糸で引っ張られるかのように移動したのだ。  もう一度、フェリオは指を鳴らす。  ワゴンに載せていた、魚のソテーやサラダが乗った皿や椀がクルクルと宙を舞い、  ベッドに備え付けてある小さなテーブルの上にカタリカタリと配膳された。  花蓮が何をするまでもなく、食事の準備が整ったのだった。  自然と、パチパチという感嘆の拍手が響く。 「ふぇ〜……何度見てもすごい、ですね。」 「魔術師の端くれだから。これくらいは。」 「不思議な力ですよね。尊敬します、純粋に。」 「魔法に興味があるのかい?」 「えっ。」 「君の表情は、見ていて飽きないからね。僕も語りがいがあるよ?」 「あ……まぁ、その……。」  花蓮はもじもじする。  患者に対して見せまいと思っていた表情が、表に出ていたことを反省した。  治療士の修行で、何度もしつこく教本に書いてあったことを思い出す。  魔法など信用するな。魔法は奇跡の力ではない。命を救うことが出来るのは、素早く正確な手技のみ。  治癒の魔法と治療士の手技は、全く正反対の力。  魔法の力にすがる甘えがあれば、治療士として成熟はできない。  それを思い込む修行の結果、全ての治療士は魔法との縁を切る。  だけど、私は幼い頃から憧れていた。  手品やカラクリ仕掛けよりも難解な、「魔法」の姿に。 「正直言って、興味が無いわけでは。……でも職業上、魔法妄信はタブーですから……。」 「ちょっと、手を出して?」 「手?」  フェリオさんは何か悪戯っぽく笑う。  私は言われたとおりに右の手の平を上にし、差し出す。 「今から魔法の電磁波を流すから、我慢してね。」 「え? えっ?」  フェリオさんの指先が、私の手の平に置かれる。  ピリッ…… と鋭い音が爆ぜた。 「……どう?」  私は音と同時に瞑った目を開く。  痛そうな音だったが、その割に手の平には何の痛みもない。  でも、手の平を見ると確かに丸い痣が広がっている。 「その痣はすぐ消えるから安心して。痛みは無かった?」 「はい、何も……。」 「やっぱりね。君には、魔法の素質があるんだよ。」  彼は顔を輝かせて説明をしてくれた。  難しい話でよく分からなかったが、どうやら魔法の素質があるかどうかのテストだったらしい。  素質が無い人は、魔力に抵抗できずに鋭い痛みを感じるという。 「修行を積めば君も魔法が使えるようになる。僕が保証するよ。」 「え、でも、そんな……。」 「せっかくの素質なんだ。燻っているのは勿体無いよ。  治療士の都合とかはあるだろうけど、君はもっと自由になるべきだ。」 「自由、に……?」 「そうだよ。君は優しすぎる。……自分の気持ちくらい、自由にさせようよ。  君は奇跡を起こすんだ。僕と一緒にね。」  ……考えたことも無かった。  私は、自分を縛っているの……? 「でも、フェリオさん。私には、仕事がありますから……。」 「……そう。仕事、か。」  フェリオさんはうなだれ、冷え切った沈黙が広がる。  ……まずかったかな、キッパリ言い過ぎちゃったかな……。  そう考え、謝ろうとした瞬間、彼がバッと顔を上げて、強めの口調で言った。 「正直に言ってくれよ。僕の心臓は、治るのかい?」 「……!」  即答が、できない。  フェリオさんは薄々感じていたのか。  彼の心臓は、この花園の治療士の力を以ってしても、治癒が難しいということを。 「無理なんだろう? 君達じゃあ、治せないんだろう?」 「い、いえ、そんな……ことは……」 「分かってるよ、君は正直だ。……嘘をつかなくてもいいよ。」  フェリオさんの表情には、どこかに諦めが見える。  ……患者にこのような顔をさせている時点で、治療士失格だというのに……! 「だったら、魔法の力に頼るしか無いじゃないか。  ……僕は死んだって構わない。君が、魔法を使おうとしてくれるのなら。」 「そ、そんなこと、言わないでください。大丈夫ですから……。」 「時間が無い。僕は君に魔法を教えるよ。だから、お願いだ。  僕が死ぬまで、君は側にいてほしい。」  そして、フェリオさんは私の手に触れる。  ダメだ、ダメだ……彼を救わなきゃ、いけないんだ……! 「……あなたを治す方法を探します。だから、希望を捨てないで下さい。  ね? ……頑張りましょう、一緒に。」  そうして私は、病室から出た。  ……自分でも分かるほどに、さりげなく、逃げるような動きで。 ―――  病室に独り、残された魔術師。  差し出した手は弾かれ、宙に止まったまま。 「……側にいてほしい、って言ったのにさ……。」  目の前に並べられた夕食は、冷め始めていた。 ―――  4月14日 12:24  謎の声が、花園に響き渡った。  そして間も無く、診療所内は悲鳴で埋め尽くされる。  待合室を埋める、怪我人の山。  何に襲われたのかは分からないが、喉元に切り傷を負っている人が大多数だった。  この非常事態に、診療所の数少ない治療士は全員駆り出されざるを得ない。  窓の外の景色は、荒れていた。  美しい花園で満ちた地は、穴だらけに。  爽やかな風に乗って、血の臭いが舞っていた。 「大丈夫です、今治しますからね……落ち着いて呼吸してください……。」  もう何人の患者を処置したか分からない。  他の治療士と何度も仕事を交換しつつ、私は額の汗を拭う。  一体何が起こったのか、それを考える暇さえ無かった。  ――その時、どこからか異臭を感じた。  血の臭いは職業柄、慣れている為違う。  これは何か別の臭い。  どこから? ……診療所の階段の上から……。 「火!? か、火事です! 所長、二階が燃えてます!」  ある程度の患者を処置し、私は急いで二階へ向かう。  既に何名かが消火に当たっていた。  火の影響はそれほど大きくなく、建物は無事のようだ。  病室の中に飛び込むと、フェリオさんがベッドに座り俯いていた。  幸い、煙を吸った様子はなく、落ち着いていた。 「大丈夫でしたかフェリオさん。良かった……。」  私はしゃがみこみ、ベッドに座る彼と目の高さを合わせる。  それに応ずるように、彼も顔をゆっくりと上げ、私の目を真っ直ぐに見据えた。  ――心なしか、彼の目の色は、暗い。   「どうしましたか? どこか、具合でも……。」 「来たんだよ、この時が。」 「……え?」  フェリオさんは指を鳴らす。  その動作は、昨日の晩に食事を配膳した魔法と同じもの。 「わっ、わっ……っ!?」  すると私の体は硬直する。力を入れても、指一本動かせない。 「AWの終焉、さ。君も聞いただろう。神がとうとう動き出したんだよ。  生命の最下層である僕達人間を駆逐するための、裁きが始まったんだよ……。」 「フェリオ……さん? 落ち着いてください。ね?」 「この世界の価値は潰えた、ってね……そうだよ、そうなんだよ。」  フェリオさんは手を伸ばし、私の肩を掴む。  身動きができない不気味さが恐怖感を煽り、変な汗が頬に流れてくる。 「……っく……!」 「僕と一緒に来てほしい。この世界は君がいるところじゃない……。  僕には君が必要なんだ。そして、君の夢は僕だけが叶えられる。そうなんだよ。」 「……な、何を考えてるん、ですか……!」 「僕はね、神の思想に共感するんだよ。そして模倣する。祝福を受ける。  残りわずかの命を君のために使う、奇跡の時間に換えるよ……。」  狂ってる……。死を悟った人間というのは、こうまで脆くなってしまうのか。  言葉が、出ない……。 「さぁ、返事をくれないかな? 君が望めば、祝福を受けられる……。救われるんだよ。  好きなだけ魔法を使える、好きなだけ命を救える、好きなだけ……好きなだけ……。」 「フェ、フェリオさん、ね、落ち着きましょう。大丈夫、あなたは助かりますから……。」 「返事をするんだ! さぁ、早く……花蓮! 花蓮っ!」  フェリオさんの目は明らかに病んでいた。彼の声の調子に引き摺られ、私も声を荒げてしまう。 「や、や……やめましょうよ! 意味が分かりませんっ! 離して下さいっ!」  すると、フェリオさんは沈黙した。  少し間を置いて、黙ったまま私の肩を離す。 「……そうか。一緒には、いられない、のか。」  フェリオさんは、また指を鳴らした。  するとその手が、にび色の輝きを纏う。  それは、何の魔法ですか……?  ただ、彼はその手を自らの胸にかざす。  そしたら――彼の胸にポッカリと、心臓が引っこ抜かれたように穴が空いた。 「フェリオさん!?」 「ぐ……ふ………… っ」  口と、自ら空けた胸の穴からボタボタと血を流し、少しの呻き声を漏らして――彼は倒れた。  すると私の体に自由が戻った。  すぐさま、救急治療セットを取り出す。――が。  手が震えて、何も、できなかった。 「あ……、あ……フェリオ、さん……そんな……。」  どちらにしろ、手遅れだったのかもしれない。  フェリオさんは、そのまま絶命した。  治療士だから――その喪失感を確実に感じた。  ――もしも。  昨日までに、彼の気持ちに気付いていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。  患者の命も救えず、心も救えなかった。  私は、――治療士失格だ。 ――― 「そう、どうしても行くんだね?」 「はい。……ごめんなさい、自分勝手なことを言ってしまって。」 「あなたの患者はもういないからいいけどね……それにしても、昨日からの患者の多さは正直参ってるんだよ。」 「……やっぱり、私も残っていたほうが、いいですよね……」 「まぁ、そりゃねぇ。私達の負担も軽くなるし。」 「……ごめんなさい。やっぱり私、」 「何言ってんの。一度決めたことなんだろ。さっさと行って、立派になって帰ってきなさい。」 「……で、でも。」 「治療士失格だ、って喚いてたのはどこの誰よ。やり直してくるんでしょ、修行?」 「……はい。」 「ウチは大丈夫だから、行ってきな。そしてなるべく早く帰ってくるんだ。」 「あ、あ、ありがとうございます……リミー所長。」 「外は危険みたいだから、十分に気をつけてね。決して死なないこと。」 「はいっ。」 「忘れるんじゃないよ。あなたは、どこに行っても治療士なんだ。いいね?」 「はい。全力を、尽くします!」 「ん、いい返事だ。いってらっしゃい。」  ――そして、私はリミー診療所から旅立った。  今一度始める、治療士としての――いや、人間としての修行の旅。  あらゆる人の傷を癒し、あらゆる人の心を理解できるように。  人の心を狂わせる戦乱。  その原因はきっと、とてつもない狂気にまみれている。  それを肌で感じながら、この危険な大地を歩く。  この戦乱を理解できるようになれば、平和に解決できるのかな?  私はその方法を模索する。  誰も傷付かず、絶望しない世界が、私の望み。 @作者視点プロフィール  博愛の癒し手 佐藤 花蓮  大人しい、優しき治療士の女の子。  独学の修行により培った治療士の技術で、仲間のあらゆる傷を癒す。  治療具を使った手技による治療は、魔法要素が無いのにも関わらず治りが早い。  その腕の良さは高く評価されているが、治療士としてのレベルはまだまだだと自称する。  後方で味方の影に隠れ、傷付いた仲間の治療を行うのが仕事。  体力がない為打たれ弱いが、魔法に対する抵抗力は備わっている。  また、種類豊富な治療士の道具は、意外な場面で役に立つことも。  緊急時には薬物を込めた注射器を、敵に向かって突き刺したりもする。  ミュラ、みゆと出会い、荒野エリアにレジスタンスを結成した。  その活動の中で積極的に、治療士の技術を提供している。  出身地は花園エリアの孤児院。両親のことは覚えていない。  努めていた診療所での出来事が切っ掛けで、修行目的で診療所を出る。  ちなみにその際、一人では危険だったので、ある傭兵と行動を共にした。 @投稿時プロフィール 考案:ホーエーさん 名前:佐藤 花蓮  性別:女  性格:優しい  矜持:裏表なしのまっすぐな優しさ     倒れた人は、相手でも助けるほどのまっすぐさ  喋り方:基本弱めの「私」 敬語を使う  使用武器:注射器  得意戦法:仲間の回復  能力:そのチームの士気を上げる  技:神への祈り    みんなの体力を回復させる  立場:みんなを裏で支えるタイプ  その他:相手との平和的解決を望んでいます  外見:おとなしそうな服装で、大分細身で160cm位、メガネはどちらでもいいですよ