Another World @推奨BGM:http://www.nicovideo.jp/watch/sm8126565(うみねこのなく頃により、far ネタバレ注意) 第10話.『思い馳せる夜』 「次は敵か味方か分からんが、会った時はよろしくな。」 「ありがとうございました。……願うならば、味方として再会したいです。」  清水が拠点を去り、日が落ちようとしていた。  荒野エリアの小さな建物の中に全員が集まり、休息を取る。  全員……。  ミュラはその単語を出すのが苦しい。  その「全員」の中に、彼女は含まれていないのだから……。  拠点内にいるのは、ミュラ、ノア、花蓮、ベイト、Wars、ゼヴルト、ピーター。  各々が好きな場所で休憩を取っていた。  物静かな、荒野の夜。 ――――  ミュラは、会議室の机に突っ伏していた。  髪を結わえていたリボンを取り、その横に置いて。  古く大きな木製の会議机。その反対側にはWarsとピーターがいた。  2人は互いに故郷の話で盛り上がっている。  ……突っ伏しているミュラには気付いていたが、あえて雰囲気を読み、話しかけずにおいているのだ。  気を使わせてしまっているかな、とミュラは思った。  顔を上げ、できる限りの笑顔をつくり、2人に尋ねる。 「…………ノアさんは、どこにいますか?」  Warsが、優しく答えた。 「裏庭にいるんじゃね。ベイトと……話、をしてるらしい。」 「そうですか。……戻ってきたら、食堂で待ってると。伝えて下さい。」 「……分かったよ。」  ミュラは席を立ち、会議室を出る。  ……Warsにはミュラの心中が少しだけ察せる。だから、特に何を言うでもなかった。  ピーターに向き直り、中断した話題の続きを促す。 「……お前も大変なんじゃねぇか、いろいろ。」 「そ、そうかな? ……Warsさんの苦労に比べたら……。僕なんて臆病者ですよ……。」 「Wars、でいいよ。俺達、同じレジスタンス。敬語は堅っ苦しくね?」 「そ、そ、そう? うん、分かったよ、Wars。」 「ミュラにも花蓮にも同じこと言ってるんだけどな。あいつら、妙に真面目でさ。  ……あぁ、ベイトの奴はふざけすぎだと思うけどね。」 「でも、でも、恵まれた仲間だと思うよ。……僕は、ゼヴルトと、……アヴァンと一緒で……  …………不安だったよ、ずっと。」 「……詳しく、聞いていいか?」  Warsは頭を掻き、身を乗り出す。  ピーターはその仕草に驚き、慌て、手を前に出す。  おそらく盾を構えるその姿勢。その盾自体は今、床に置いているので、手だけを前に出す奇妙なポーズになった。  怪訝な顔をしたWarsの視線にピーターは照れて、いつものクセなんだと弁解する。 「……僕は都市エリアの、アルドル区で警備隊員やってたんだよ。  まぁ、下っ端の下っ端、みんなにパシリとか、やらされてたんだけどね。  ……一週間前。……空からやってきたゴッディアの軍団にやられて、都市エリアは壊滅したんだ。」 「都心は真っ先に潰されたと聞くし。……民間の警備隊じゃ意味なかったか。」 「……逃げて、逃げて……そして、砂漠のデリープリューンまで来て、……巨大な化け物に襲われて。  生き残ったゼヴルトとアヴァンと、3人で過ごしてたんだ。」  ――実際にはそのアヴァンも、ゴッディア側の人間だったのだが。 「…………僕、気が弱いからさ。いっつも、ゼヴルトの言いなりだったんだよ。  あいつ、いつも威張ってて、アヴァンもそれに対抗するように振舞って……僕の居場所なんてなかったんだ。  だ、だって、2人共強くて。……僕、弱いから。」 「……仲間意識は?」 「今思うと、ほとんど無かったようなものだよ。いつもいつも、ゼヴルトが僕達の行動を仕切るんだ。  アヴァンは笑って従ってたけど……心の中では、あ、あいつ……。」 「…………。」  砂漠での経緯をWarsは聞いている。  それで、改めて実感していた。自分は恵まれていたんだ、と。 「1つ聞くぞ。レジスタンスってな、誰が作ったと思う?」 「……え、え?」  ピーターは答えられない。  それはそのはずだ。この問いは、Warsの考えた会心の問い。 「…………ヒント1。俺じゃない。」 「……えぇ?」 「…………ヒント2。お前でもない。」 「???」 「…………ヒント3。他人じゃない。」 「ど、ど、ど、どういうこと……?」  Warsは微笑する。  この問題を、みゆやベイトに問うた時も混乱されたものだが、ピーターの反応は今までで一番滑稽だ。  意地悪をやめ、答えを教えることにする。 「誰が作ったかなんて、知らね。」 「……は、はぁ?」  Warsの答えが投げやりで、拍子抜けする。 「ミュラにも、花蓮にも聞いたけど、これが答えだ。  レジスタンスを作ったのが誰かなんて、だーれも分からないんだよ。」 「分からない……?」 「そう。分からない。1週間前にできたこの反乱軍のトップが誰か、分からない。  ……でも、だからどうした? レジスタンスは、こうして戦えるじゃねぇか。」  そう。レジスタンスが結成されてから1週間。  激しい戦いが繰り広げられ、AWの各地に拠点ができた。  にも関わらず、誰がトップなのかを知る者はいないのだ。 「俺達は戦いに巻き込まれ、集まって、協力することになった。  ……上も下もないんだ、この組織には。ただ、ひたすら抗うことだけを続ける集団。  そうだな。……仲間、というから違うのか? 家族、みたいなもんかな。」 「家族?」 「ピーター、お前が辛かったなら、無理しなくていいんじゃね? 他に信頼できる奴を探せばいいさ。  レジスタンスは自由な集団。好きな場所に、いるといいんじゃねぇかな?」 「…………。」  神による畏怖と、裏切りの暴力で襲い掛かるゴッディア軍。  それに抗うなら、自由で、優しく強い力が相応しい。  ――レジスタンスは、組織じゃない。1つの大きな、家族。  Warsは、誰かの為に戦っているのだろうか。 「……僕も、家族の一員、なんですか……?」 「そう信じたければ、それでいいんじゃね。  ……それと、盾を向けるのは敵にだけにしてくれね?」 「……あ。」  ついつい、前に突き出していた手。  今までピーターは、盾の後ろで脅えながら過ごしていた。  ――盾は、敵の攻撃から身を守るもの。 「……努力、します。……この盾で、自分じゃなく、か、家族を、守れるように……。」 「……俺は別に。まぁ、いいんじゃね?」 ―――  見えるはずもない窓の外を見る。  荒野の暗闇が、乾いたように感じる。  会議室で待つとは言ったものの、やるせなさが体を支配して、その気にならない。  ミュラは窓の外を見て、思う。  ――もしかしたら、暗闇の向こうから彼女が帰ってきてくれるかもしれないと。  ……別に、ノアを責める訳ではない。  帰ってきた時のボロボロの姿。傷だらけの顔。必死で戦ってくれたことは、ちゃんと分かっている。  仮にノアが協力してくれなかったら、みゆだけじゃなく花蓮も亡くしていたかもしれないのだ。  でも、ミュラは、悔やむ。  今まで惨い目には何度も合ってきた。人が死ぬのを何度も見たし、人を死なせたことも……あった。  何度も何度も心を痛めた。この狂った世界が嫌になった。  いっそのこと、悪魔に心を売り渡して、殺人鬼に成り下がろうと思ったこともあった。  その度に頭を小突く、3つの拳。  花蓮は、私の心を理解し、涙を流して慰めてくれた。  みゆは、どんな時も、弱々しい私の気持ちを代弁してくれた。  そして――記憶の中の兄は、いつでも私に「強く生きろ」と言ってくれる。  幼いころから2人でずっと遊んでいた。  剣が強く、勇気があって、いつも憧れていた。悪い人たちから、私を守ってくれていた。  そんな兄を支えたくて……弓の修行をしたのに。  1週間前のあの日、ゴッディアが襲撃してきたあの日、家が燃えたあの日、――兄はいなくなった。  ねぇ、お兄ちゃん。今もどこかで、生きてるよね?  私は荒野のエリアマスターをやってるよ。たくさん、レジスタンスの仲間もいる。  まだ未熟なクセに、ってお兄ちゃんは笑うだろうけど……。  ……そうなんだよ、私はまだ、お兄ちゃんみたいに強くないんだよ……!  友達がひとりいなくなっただけで、こんなにも不安で、押しつぶされそうで……!  一緒にいたいなんて、甘えたことは言わないから……だから、  声を聞かせてよ、お兄ちゃんっ……!  コンコンコン。  入り口のドアがノックされた。  ミュラの心臓は飛び上がりそうになる。……まさか。 「……誰……ですか?」  ガラガラ……  ドアが開き、乾いた空気が入ってくる。 ―――  拠点の裏に、小さな庭がある。  一応食堂の非常口に通じているが、壁に照明がついてるというだけで、夜に利用するには向かない場所だ。 「……大体の事情は分かった。」 「…………。」  木箱に座りながらボウガンの手入れをするベイトと、立ったまま俯くノア。  ……守れなかった。  ノアを苛む、深い後悔。  侮っていたわけでも、全力を尽くさなかった訳でもない。  ゴッディアの脅威は十分に把握していた。各地を回り、できるだけの情報を掻き集めていた。  ……ただ純粋に、脅威を退ける力が足りなかった。  悔しさの原因は、考えれば考えるほどに分からなくなってゆく……。  自分が無力だと痛感した事、みゆを守れなかった事、ミュラや花蓮に悲しみを与えてしまった事、  そして約束を破ってしまった事……もう、何が何だか分からない。  ――俺はこんなにも弱かったのか? 分からない、分からない……。 「テメェにも色々背負ってるものがあるんだろうよ。それぐらい、見れば分かる。  ……情報を届けてくれたことに礼は言うさ。」 「…………。」 「多くの住民がゴッディアに流れ、エリアキーも奪われ、おまけにエタニティも行方不明。  その上、レジスタンスの勢力は減る一方ときた。……戦う気力も失せてくる。そう思わねぇか?」 「……俺は……。」  ベイトは悪戯っぽく笑みを浮かべる。 「戦いをやめたければ、死ねばいいんだ。自殺スポットなんざ探さなくても、殺し屋はどこにでもウヨウヨいんだぜ。  ……そうさ、ここが地獄だ。死と恐怖が支配するのが今のAW。俺らは殺されるのを待つ羊ってとこだ。  ……神なんていねぇんだよ。救いなんてどこにもねぇんだよ! 抗って、戦って、生き延びることこそが勝利。」  ボウガンの手入れをする手が小刻みに震えた。  ……ベイトも、暴れる感情と戦っているのだ。神の裁き、それを受け容れない絶対の決意。 「分かってんだろ、テメェも。戦いをやめるわけにはいかねぇんだ。  背負ってるものが重いからこそ、苦しく、辛いんだ。……なぁ。」  ベイトは懐からコーラの缶を取り出し、開封する。  それをノアに差し出し、ニヤッと笑ってみせた。  ノアはそれを、飲めという意味に捉え、受け取ろうと手を出す。  コーラの缶に手が触れるかどうかのところ。  ベイトは不意に、コーラの缶を持った腕を振り上げる。  そしてそれを――投げ付けた。笑いの表情を怒りの表情に変えながら。  炭酸水が飛び散り、ベイトの怒声が闇の静寂を破る。 「覚えとけ! テメェが苦しかろうが、辛かろうが、関係ねぇんだ!  みゆを、テメェが守れなかった命を、よく噛み締めろ!  ノア、っつったな。テメェが俺達の仲間になるのは勝手だ!  だが俺はテメェを認めねぇ。女を守れねぇ奴を、悲しませる奴を俺は認めねぇ!」  手入れ途中のボウガンを掴み、踵を返して去ってゆくベイト。  ……彼もまた、暴れる感情と戦っていた。だがその中身は、ノアと違っていた。  怒りの感情。仲間を失ったどうしようもない怒りを溜め込み、耐えていたのだ。  ……それをノアにぶつけることで、解消できたのだろうか。  ……服がコーラで汚れてしまった。  ノアにとっては、そんなことは瑣末だった。  ただ、去り行くベイトの背を見つめることしかできない。 ―――  闇夜の中、拠点を少し離れて思案している男。  仮に、この暗い中で襲撃されたらひとたまりもないはずだが、この男にそんな抜かりはない。  魔力で明かりを灯し、単純な防御結界を張り、その中で静かに読書をする。  闇すらを味方につけたその姿は、孤高の威厳が備わっているかのよう。  手ごろな岩に腰掛け、周りを分厚い本で囲み、知識を吸収することおよそ2時間。  仲間として協力を申し出たはいいものの、気持ちの何かが邪魔をして群れることを拒む。  故に、こうして自分の世界に入り浸っている。  誰かが干渉してこない限り、ゼヴルトはこの結界内で夜明けまで過ごすつもりだった。  コン、コン。  防御結界をノックする音。  私室のドアじゃないんだからそんな礼儀正しくしなくても、と苦笑しながら、ゼヴルトはその来訪者を受け入れる。 「君は……花蓮、だったか。ようこそ、我がプライベートルームへ。」 「ルームっていう割には簡素ですね。具合はいかがですか、ゼヴルトさん?」 「わざわざ心配してきてくれたのか? それはご苦労。私は特に大きな怪我はないぞ。」  花蓮は唯一の治療士で、レジスタンス全員の健康状態を確認して回っていた。  ただゼヴルトの元を訪れた理由というのは、なかなか拠点に戻らないので心配したということだった。 「怪我はすぐに直せます。……でも、魔道士の方の精神力は私にとって難解で……  頻繁に様子を伺うことぐらいしか、できないんです。」 「なるほど。だが心配は不要だ。もう十分回復している。……ほら。」  ゼヴルトが指を鳴らすと、どこからともなく椅子が現れる。 「座るがいい。最近はこういう無生物召喚魔法に凝っていてな。まぁ、ただの洒落のようなものだが。  詠唱も特にいらないのがインスタント的で、便利なんだよ。」 「へぇー……魔法って、何でもできるんですね。」  花蓮は目を丸くし、振舞われた魔法に感心する。  このAWにおいての魔法というのは、修行者が使える特別な力。  習得し、自在に行使する為には様々な要素を必要とする。  生まれついての才能の有る無しがハッキリするので、大抵の住民は無能力か、1つ、2つだけ身に付けている程度。  レジスタンスのメンバーで例えるなら、  ミュラの放った矢を操る能力や、ピーターの展開するバリアスペル、Warsのナイフ術あたりが、「魔法」として分類されるらしい。  治療士である花蓮はこれといった魔法を身に付けていない。   傷を治す能力は独学で極めたもの。的確な手技と知識、そして勘がうまく働き、特技として成り立っている。  でも、いや、だからこそ、花蓮は幼い頃から、「魔法」に対する憧れを抱いていた。  役に立つかどうかは二の次で、何でもいいから魔法の力を行使してみたいと思っていたのだった。 「好きな魔術書を選べ。君にあげよう。」  ――だから、ゼヴルトからそれを言われた時、すごくビックリした。 ―――  広がるは、星一つ見えない漆黒のカーテン。青空が濁っているならば、夜空も濁っているのか。  様々な思いを馳せながら、荒野の夜は更けていく……  11話に続く