Another World @推奨BGM: 第12話.『夜明けの逃避行』  夜の闇はまだ深い。  ミュラは瓦礫を見つめ、痛めた喉に顔をしかめながら、エリアキーをぎゅっと握り締めている。  ――私が、気絶さえしなければ……。  命の危うい人たちをエリアから蹴り出し、助けてあげることもできたかもしれない。  真っ先に瓦礫に飲まれるなんて、最悪だ……。  お兄ちゃん、私、もう駄目だ……誰も助けられない……。  膝を抱えるミュラの隣に、花蓮が座る。  聞けば、ゼヴルトと最後に言葉を交わしたのは彼女だったらしい。  魔法について語る時の彼は、とても輝いていた、と。  今まで火傷の治療に尽くしていた為、疲労で一杯の花蓮。  彼女の働きは功を成し、重症に至る者はいなかった。  ――それでも、彼女の顔は晴れてはいない。  2人は静かに、肩を寄せ合い、泣く。  静かな嗚咽を漏らし、欠けたものを埋め合わせるように泣き続ける。  辺りは静かだった。  Wars、ベイト、漸が交互に見張りに立ち、その他の怪我人と難民はぐっすりと眠っていた。  勿論寝床は燃え尽きてしまったので、各々が夜空の下にいる。  時々、荒野の枯れた風が吹き荒ぶが、大した影響は無い。  ただただ、悲しみが場を支配していた。 ―――  日が昇り始め、長かった夜が明ける。  天気は曇り。濁った空に、濁った雲が散らばる。  ミュラは泣き疲れ、少しだけ眠った。  寝心地は良くなかったが、不満を言ってはいられない。  瓦礫を組み合わせ、簡素な墓標を作る。  焼け跡のすぐ側にそれを立て、石などで無骨に彩る。  不恰好で申し訳が立たないが、皆は順番に、それに手を合わせた。  目を拭い、振り返るミュラ。  その後ろには、レジスタンスのメンバーが揃っていた。  ノア、ベイト、Wars、花蓮、ピーター、そして後ろに難民の、漸、リリトット、ギニー、ホーエー。  皆はミュラに視線を注ぐ。  これからどうすればいいか、指示を待っているのだ。  仮にもミュラは荒野エリアのレジスタンスリーダー。  改めて自覚する。……しっかりしなくちゃ、と。 「皆さん、よく聞いて下さい。私達の拠点は無くなってしまいました。  これがゴッディア軍の力によるものなら、ここはもう危険です。……いや、どこにいても危険でしょう。  私達の戦力は決して十分じゃありません。そして、敵の力は未知です。  ……仲間を失ったのに、反撃することも……仇を討つことも、困難なのです。」  そこで言葉を切り、大きく息を吸い込む。  そしてそれを吐き出すと同時に、声を力一杯振り絞る。 「だから! ……私達は生き延びましょう! 生きて、生き抜いて、反撃の方法を探り出しましょう!  この世界を守る為に、今は皆で逃げましょう。……協力してください、皆さん。  頼りない私ですけど、どうか、よろしくお願いします!」  深々と頭を下げる。  各々の返事が聞こえ、ミュラは確かに「団結」を感じた。  突然の爆撃は、蒼き旗を燃やし尽くした。  住処も、物資も、大切な命さえも奪われた。  この理不尽なる暴力に、耐え忍び、抗わなくてはならない。  彼らの名はレジスタンス。待ち受ける運命は過酷。  今まで世話になってきた荒野に背を向け、足並みを揃えて歩き出す。  ――何処へ?  何処でもいい。今はただ、動かなくてはならない。  日が昇り切る前に、少しでも遠くに。敵の攻撃から身を隠せる場所へ。  失踪したこの世界の管理人、エタニティは何処にいるのだろう。  もし無事なら、この荒れ果てた世界を救って欲しい。  もし無事ではないのなら、せめてその遺志を引き継ぎたい。  今はまだ、逃避行。  逃げて、逃げて――その先に、自由を掴み取る為に。  Another World。それは、見捨てられた世界の物語。 ―――  朝日が天窓から差し込み、広間を照らす。  円状の空間は黒と緑で彩られていて、日の光を受けて不気味に浮かび上がる。  ゴウン、ゴウンと機械の駆動するような音が、邪悪な悪魔の囁きのように響いていた。  その空間の中央に位置する玉座に、君臨する男。  血の色をした法衣を着込み、目を閉じて俯いている。  すると、その男を真正面から見ることのできる扉が開き、誰かが入ってきた。  フリルがたくさん装飾された紫色のドレスを着込んだその者は、ヒールの音をコツコツと立てる。  そして玉座の目の前で止まり、優しき声で呼びかける。 「……朝ですのよ。起きなさいな。」 「…………。」  玉座の男は顔を上げ、ゆっくりと瞼を開く。  その瞳は法衣と同じく血のように光り、度胸の据わった大男ですら怯みそうになる視線を放つ。  ドレスを纏った女はそれを見慣れているようで、クスリ、と笑いを零すだけ。  男は厳しく、それでいて凛とした声を放つ。 「眠ってなどいない。……祈りを捧げていたのだ。」  それに対し、女は気品溢れる声で、囁くように返す。 「そう。上手くいったんですのね、『7日目の審判』は。」  男の瞼は再び閉じる。 「……報告を受けた。……『審判』は成功。しかし、1人しか裁くことはできなかったようだ。」 「あら。たった1人なんですの? 意外ですわね。ウフフ……。」  女は甲高い声で嘲笑する。男は何の反応も返さない。 「貴方が『審判』を任されて7日目。最悪の結果ですわよ?  それでも暢気に祈りを捧げている余裕はあるのですか? 賢者様。」 「愚者が聖者に転生する為には、こうして祈りを捧げるのが最も良いのだ。」 「ウフフ……とんでもない知らせを持ち帰りましたの。これを聞けば、賢者様の顔色も変わりますのよ。」 「……何か。」  女は落ち着いた声のまま、懐から扇子を取り、口を覆う仕草をする。 「セクサーが、神の元へ召されましたわ。罪人の手によって、です。  愚かしいことに、罪人は更に罪を重ねるつもりですわ。  ……愚者らしい考えですわね。死刑執行を逃れたいが為に、死刑執行人を殺す、などと。」 「セクサーがか。それは、何処でだ?」 「わたくしの僕の報告によると、「荒野エリア」……ですわね。自らの弱点を暴かれてしまったようですわ。  罪人も愚かですけれど、セクサーも情けないこと。遺体があれば、わたくし自らが罰を刻むところですわ。ウフフ……。」 「荒野、か。……偶然にも、『審判』と同じ場所。」  男は玉座を立つ。すると、玉座は炎のように掻き消え、姿を消した。 「……次なる執行人を向かわせよう。」 「誰をご指名ですの、賢者様?」 「デュオはいるか。」 「ウフフ……生憎ですが、離れておりますの。「雨を浴びに行く」と言い残していましたわね。」 「……ならば、ソロを。奴はおそらく、樹海に入り浸っているだろう。」 「連絡が取れればいいのですがね。分かりましたわ。」  女は優雅な動作でドレスを翻し、去ろうとする。  だが、一歩だけ歩くと、何かを思い出したように立ち止まる。 「……言い忘れておりましたわ。荒野には今、我々のメッセンジャーが向かっておりますの。  上手くゆけば、……鉢合わせるかもしれませんのよ。」 「そうか。……ならば、ソロは向かわせなくても問題あるまい。  罪人共には『私の審判』のルールを告げることになるだろう。  ……どっちに転ぶにせよ、森林エリアにてキロン隊が待ち受ける手筈だ。」 「あらあら、流石賢者様ですわね? 使うなら近衛兵よりも下等兵に限りますもの。ウフフ……。」  「賢者」は歩き、窓の外を眺める。  ここは地上から少し離れた場所。神の居る天へは届かないが、その声を聞くには一番の場所。  彼らの「裁き」は、この空間より行われるのだ。 「それでは、私はここで祈りを捧げていよう。……何かあったら呼ぶが良い、クインシア。」 「いえいえ……。わたくし、期待していますのよ。……賢者、トリード様に。ウフフ……。」 「「我が偉大なる神よ、ゴッディアに祝福あれ。」」  日が、昇り始める。  13話へ続く