Another World @推奨BGM: 第13話.『トリードの「審判」』  既に春が過ぎ、AWの風は暖かさを運ぶ。  幾度も血が流れたこの世界では、その暖かさすらも不気味さを感じさせてしまうのだが。  ――いや、そもそも荒れ果てたこのAWに於いて、暦を気にするものなど、居はしないだろう。  4月21日 6:00 ―――  ひとまず、一行は平原エリアに向かった。  すでに壊滅しているため危険もあったが、ノアがエリアキーを所持していることもあり、何とかなるだろうと判断したのだった。  平原エリアへの境界へ足を踏み入れた時。 「あれっ。誰か倒れてるよ?」  リリトットが声を上げる。道の脇で、倒れている人を発見したようだ。  一行はそれに深く警戒する。生きているのか死んでいるのか分からない。 「ねぇねぇ、大丈夫?」  リリトットがぴょこぴょこと体を揺らしながら近付く。  純粋に心配してなのか、興味本位かは分からないが、その手で倒れている体に触れようとする。  すると、その倒れている者――女性がバッと起き上がり、懐から何かを抜いてリリトットに向ける。  リリトットは、「あうっ」と短い声を発したまま、それを見て動けなくなる。  突きつけられているのは拳銃。  それを見て、戦闘態勢に入ろうとする他のメンバー。  しかし女性が発した大きな声がそれを制する。 「動かないように。ピクリとでも動けば、このお嬢さんの額を撃ち抜きます。」  脅迫を受け、一同の動きが凍る。  しかしノアやホーエーは魔法を発動し、死角からの強襲を試みる。  銃を突きつける女性の周囲に氷塊と水弾を召喚し、いつでも反撃できるような状況を作り出した。 「撃ち抜いてみろ。その瞬間、お前も終わりだ。」 「そ、そうだそうだ。」  謎の女性はリリトットに銃を向けたまま、フゥと溜息を漏らし、笑顔を見せる。 「甘いにも程があります。包囲されているのは、皆さんのほうですよ!」  一帯に広がる威圧感。  何者かの圧力により、レジスタンス一行は動きを制限されているのは明白だった。  奇襲を仕掛けてきた女性の後方に、大きな……機械?のようなものが置かれていることに気付くミュラ。  その機械は、射出機。男が操縦している。  ――その砲口をこちら側に向けて、勝ち誇ったような表情を剥き出しにしている! 「命中率94.77%……上出来。往生したくなきゃ、動くなよ。」  射出機に装填されているのは何なのかは分からない。  しかし、打ち出されればこの場の全ての人間が危険に曝されることは、容易に想定できる。  ……それを仕掛けたのが分かっているからこそ、女は自信を持った声で言う。 「分かりますね? 余計な真似はしないで下さい。これは、命令です。」  圧倒的な制圧力に、レジスタンス一行は成す術も無い。  ……リリトットの命を簡単に握られたからこそ、手を出すことができないのだ。  漸が、歯軋りをする。 「リリに手出ししたら、許さねぇ……畜生。」  そこで、ピーターは気付く。  女の着ている服を見て、何か思い当たったらしい。 「……あっ! ま、まさかその軍服……都市エリア最強の自警団の……!」 「如何にも。私は元フォルミナ区武装自警団准尉、霧瀬希更!」 「ど、ど、どうして? フォルミナ区は壊滅して、全ての自警団はバラバラになった、って……。」 「私は今は傭兵の身。自警団が復活するその時まで、別のリーダーに仕えております。」  ベイトが吼える。 「おい、どーいうことだ! 自警団? ゴッディアじゃねぇ奴が、何故俺たちを襲う!」 「その理由は……」 「そこから先は、私が話そう。」  希更と、射出機の男の後ろから2人、新たに人物が現れる。  黒いコートの女は銀縁のメガネをかけていて、鋭い視線を飛ばしてくる。  灰色の服を纏った少年は、目を細めて無表情。冷徹な顔つきからは何も読み取ることはできない。  メガネの女が希更に並ぶ。 「准尉、それとハット。引き続きマークを頼む。私が指示したらすぐに撃て。」  希更はリリトットに銃を向けたまま元気に返事を返す。ハットと呼ばれた男は引き続き射出機に手をかけた。  無表情の少年は何も反応せず、メガネの女がレジスタンス一行を見渡して言葉を紡ぐ。 「私の名はイグルス。貴様らに言伝がある。……死にたくなければ、余計な真似はするな。  まずはこの集団の指揮者、前に出ろ。」    指揮者、つまり集団を統率する者。  今の状況ではミュラがその役割に当たる。  イグルスと名乗った女の目的が何なのかは分からないが、ここでミュラを前に出してしまうのはどうしても迷う局面。  相手の意図次第では、命を差し出すのに等しいからだ。 「……ちっ、しょうがねぇな。出てやるよ。何の真似だ、テメェら。」  それを察し、ベイトが指揮者を装って前に出る。  ミュラは眉一つ動かさずにそれを見送る。彼がこの行動に出るのが分かりきっていたから。  このような緊急時においては、ミュラが特に信頼を置くのがベイトだった。  普段はだらしないように見えても、その立ち振る舞いは堂々としていて、いざという時には何とかしてくれる頼もしい男性。  ……何かとちょっかいを出してくるのが玉に瑕なのだが。 「お? アンタ、間近で見るとイイ女だな。俺はベイトってんだ。お手柔らかに頼むぜ?」 「なるほど、貴様が指揮者か。」 「そう睨むな、照れる。……そのメガネもクールでイイな。レジスタンス勢にはメガネ派がいなくてなぁ、新鮮だ……っと。」  ベイトは言葉を止める。  イグルスは冷たい視線を少しも逸らさずに、ベイトの額に銃を突き付け、いや押し付けていた。 「私は疑り深くてな。特に男は。……出て来い、本物の指揮者。隠してるのは分かっている。  私の瞳がこいつの汚れた顔を焼き付けてしまう前に出ろ。さもなくば撃つ。」  ミュラは焦る。表情こそ変えないが、出るべきかどうか迷っている。  カマをかけられている可能性も有り得るからだ。  仮に本当に見破られていたとしたら、非常に危険。  私の動揺を察し、ノアが言う。 「何を疑ってるのか知らないが、そいつがお前の望む指揮者だ。別の奴がいいなら指でも指せばいい。」  すると、イグルスはやれやれといった表情で、吐き捨てるように言った。 「私を見くびるな。表情に出ている。……そこの、後列の左から2番目の男。」 「……は、はい?」  指名された男は難民の一人、ギニー。  この状況になってからというもの、荷物を抱えながらビクビクしている。  それを見てミュラは気付く。  ……迂闊だった。戦闘慣れしていない一般人が、上手く対応できていない。 「貴様なら正直に話してくれるだろう。さぁ言え、指揮者の名を。」 「え、い、いやぁ……正直に言っていいのかなぁ……。」  もう限界か。仕方ない、とミュラは覚悟を決める。 「指揮者は私です。貴女がたがゴッディアではないのなら、この襲撃の意図を教えてもらえませんか。」  イグルスは退屈そうな顔をすると、冷ややかに言う。 「貴様か。出るのが遅い。」  すると、銃を押し付けていた手とは逆の手で、ベイトの胸付近を突く。  不意の攻撃により、ベイトは弾き飛ばされる。  ――と、そのままベイトが地に尻をつけるより早く、イグルスの銃が唸った。  ドン!  銃弾が一発、発射される。  それは確かにベイトの額目掛けて跳ぶ!  キィン!  銃弾が何か硬い物に当たり、弾き返される音。  銃弾すら跳ね返すのだからその物質はとても強固。  咄嗟に発動した、ピーターのバリアスペルだった。  ザッ!  イグルスがそれを確認したと同時に、視界に何かが飛び込んでくる。  まず初めにノア、次にノアの剣。  その太刀筋が視界の右斜め下から直線を描き入り込み――  カキィッ!  ――最後に、真横から来たもう1本の剣により弾かれた。  すかさずイグルスはステップで後退。そして微笑を飛ばす。  まるで余興でも見ていたかのように。 「惜しかったな、男。いい攻撃だったぞ。……そこの盾持ちもな。」  ノアは手の痺れを確認し、自らの剣を防いだ者を睨む。  それは先程から無言を貫いている灰色の服を着た少年。ノアを一瞥すると、興味無さそうに目を逸らす。 「准尉。下ろしていいぞ。一先ず自由にさせておけ。」 「はっ!」  希更が元気な声で返事をすると、拳銃を下げてリリトットを開放する。 「ご無礼、失礼致しましたっ。」  そして先程まで脅していた相手に対し敬礼をする。  リリトットはその意味が分からず、泣き声をあげながら漸の元へ駆けるのだった。 「……どういう、意味ですか?」 「殲滅が目的ならば、ハットの狙撃があれば事は足りている。  無礼な男が前に出たのでな、少々遊んでみただけだ。……当てるつもりは無かった、と言っても信じないか。」  イグルスはベイトを見ずに言い捨てる。そして腕組みをし、ミュラに向き直る。 「貴様らの実力は把握した。安心しろ、私達は中立の人間。  戦いに来たのではない、交渉に来たのだ。」  そこで脇にいる灰色の少年が、何やら小型の機械を取り出す。  イグルスはそれを受け取り、何かのスイッチを押す。 「まずこれを聞け。今から流すのはゴッディア近衛兵トリードからのメッセージ。  レジスタンスに宛てたもの、だ。」  ゴッディア、近衛兵。それを聞いて、一行は驚く、もしくは表情を歪める。  これが仮に本当ならば――ゴッディアの意図を知ることになる。  今まで無差別に破壊を繰り返していた謎の集団から、初めて向けられる言葉――。 「……本当なんですか、それは。」 「黙って聞け。始まるぞ。」  機械のスピーカーから、拡声されてノイズが広がる。  何やら力強く、凛とした男の声が聞こえてきた。  その場の全員が息を呑み、耳を澄ます……。 『罪人の諸君に告ぐ。私の名はトリード。  この世界の中枢にて神の「審判」を司る者なり。  これは我々ゴッディアという組織の、つまりは神の言葉と同じである。  聞き入れぬ者を神は救わぬ。心して聞くが良い。  ゴッディアの兵は各次元より、神の命に応じて召集された。  神の示した「価値無き世界」、このAWに裁きを下すのが目的である。  聖なる裁きは絶対なり。  罪人の足掻きは無駄だと理解せよ。「レジスタンス」を名乗り徒党を組もうとも無駄な事。  跪き、祈りを捧げ、裁きの時を受け容れよ。  次に、私の名に於ける「審判」について説明させてもらおう。  この世界に価値は無い。しかし、世界に住まう者の中には神を崇め、敬う者も存在する。  神は寛大なる慈悲の心にてその者達を赦すとのことだ。  どの罪人に赦しを与えるかを選別する試練、それを「審判」と定義する。  私の「審判」は、とても単純な構成にした。  1日に1度、日付が変わる瞬間に1発の魔砲を放つ。  それはAWの何処かのエリアを火の海に変える処刑の炎だ。  強大な威力故、どのような規模の建物であっても灰にすることになる。  神に忠誠を誓う者は、裁きの魔砲と、ゴッディア下等兵による襲撃を掻い潜り  私の居る中枢エリアまで辿り着くこと。  その「勇気」と「叡智」を認め、神の赦しを与えることを宣言する。  望むならばゴッディアの部隊長の任に就かせ、直々に裁きに加わることも許可する。  戦力として影の下等兵を好きなだけ貸し出してもいい。  この世界を崩壊に導く為に、その力を役立てることを望む。  さて、選択肢は示した。  ゴッディアの手による裁きを待つか、私の試練を突破し赦しを得るか。  懸命な判断を期待している。』  そこで声は途切れた。  誰かが言った。 「こうやって、裏切り者の住民を増やしていったわけか……!」  イグルスが補完するように紡ぐ。 「これがゴッディアからの言葉。私達はメッセンジャーとして請け負っただけで、ゴッディアの軍門に下ったわけではない。  まぁ……立場的には傭兵みたいなものになる。多少違うが。」 「では、あなた達の目的は一体……?」  そう、この宣言はレジスタンスを揺さぶるもの。  あえて裁きから救う方法を提示し、団結を崩そうとしている。  それをこの場で明かす、目の前の4人組の狙いが読めない……。 「貴様らレジスタンスに選択肢を1つ売ってやろうと思ってな。  私達は“情報”が欲しい。それと引き換えに貴様らと協力してゴッディアに対抗してもいい。……どうだ?」 「何の情報、でしょうか。」 「そりゃあ、AWについての情報やら貴様らの個人情報やら一から十までだ。私の目的は少々込み入ってるんでな。  少しでも情報を掻き集めて探したい“あるもの”が存在する。――いや、しないかもしれないが。  個人情報保護法に基づいて無意味な開示は行わないから安心しろ。」  イグルスの誘い。  ここまでのやり取りから感じる限り、この女を先頭とした4人はかなりの強者だと読み取れる。  傭兵のようなもの、だという言葉を信じるなら、頼りになる存在ではあるだろう。  あの鬼人のような強さを持ったスティック清水のように。  だが、ミュラは冷静に考える。  中立だというならば、ゴッディアにも通じているということ。  判断を誤れば最悪の結末も在り得る。  傭兵としての実績のある清水とは違うのだ。  信頼してもいいのかどうか、分からない……! 「……お断りします。」  そして、決断した。 「客観的に考えて、信用に値しません。私達にとってのメリットも明白じゃない。」  レジスタンス側にとって、それは当然の判断。他のメンバーも同意する。  急に奇襲され包囲され、武力を見せ付けられ。こんな交渉相手の何を信用するというのか。  それに対しイグルスは、想定していたかのように返す。 「気持ちは分かる。賢明な判断だ。……では具体的に掘り下げよう。  私達が探しているのは、この戦乱を根底から覆す事実と救済方法。  ……戦いを進めるのではない。止める為の活動だ。」  戦いを止める。  その可能性があったなんて、誰も考えていなかった。  7日7晩続く殺戮により、感覚が麻痺を起こしていたのを実感する一同。 「そもそも何故この戦いが起きたのか。双方の主張はこう。  ゴッディアは、『神の命による、価値無き世界の断罪』。  レジスタンスは、『理不尽な殺戮行為への対抗』。」  イグルスは一度言葉を切り、思考を促す。 「……逆説。こう考えれば、争いの理由は無くなる。  『この世界には価値がある』。」  そう、論理的に考えて、そこが盲点。  両勢力が沈黙するしか無くなる最後のポイント。 「その事実を示せれば、互いに戦う理由は消滅する。  ……この戦いを理解する為には、AWを理解する必要があると考える。」  イグルスの示す仮説。  戦いそのものを止める「AWの価値」。 「混乱させてしまったかな。まぁ、いい。  この仮説を伝えられただけでも十分だ。今日は引き上げよう。……もういいぞ、ハット。」  射出機を管理していた男が背伸びをし、警戒を解いた。  それと同時に、辺りを支配していた圧力のようなものが消えた気がした。 「私達はレジスタンスとゴッディアの間にいる。どちらに味方をするつもりも、敵対をするつもりはない。  ……今のところはな。この世界の真実を知った時、行動を起こそうと思う。」 「さっき、傭兵のようなもの、と言いませんでしたか?」 「あぁ、求められれば協力はする。メッセンジャーの仕事も買ったしな。  何かあれば頼ってもらってもいい。そうだな、雪原エリアまで来るといいだろう。  ……情報と引き換えに手伝ってやる。」  イグルスは何か合図をする。  側の少年が後ろに付き、離れた2人は各々武器を持ち、撤収する。  特に別れの挨拶も無く、レジスタンスの前から姿を消した。 「おい、ミュラ。」 「ノアさん……あの人達は、一体……。」 「分からない。何を企んでいる?」 「でも、この戦いを止めることができるなら……と、考えてしまいました。」 「……AWの価値、か。  俺たちは、……戦い続けるだけでは、駄目なのか……。」 「うぅ……こわかった。こわかったよぉ、漸。ひっく……ひっく……。」 「大丈夫だ大丈夫だ、奴らは行ったから。泣くな、ほら。」 「リリ、殺されてたかもしれないの……あの人の顔、怖かった!」 「しっかりしろリリ、オレがついてるからさ。泣いちゃダメだろ、リリは子供じゃないんだから。」 「うん、泣かない……ぐすっ。  ねぇ漸。リリがまた危ない目に合ったら。……助けてね、お願い。」 「任せろ。リリを泣かせる奴はオレが殺す……どんな奴でも殺してやる。約束だ。」 「漸、ありがと。リリ、漸のこと、頼りにしてるからっ!」 「あーあベイト。なっさけなくね? ケツついちゃってさ。」 「笑うんじゃねぇWars。ま、ちょっと刺激的なレディだっただけだ。  次は必ずエスコートしてみせらぁ。」 「で、でも、だ、だ、大丈夫? ベイトさん。あ、明らかに敵意向けられてたよ?」 「ピーターのお陰で助かったから問題ねー。次も頼むぜ?」 「え、えぇぇ。」 「……それでよ、Wars。」 「ん?」 「あー……いや、あり得ねぇ。……何でもねぇぜ。」 「何だよ。言えよ。」 「……銀縁メガネはどう思う。」 「死ね。」 ――― 「これからどうする、イグルス。」 「どうする、とは?」 「アイツら、来るかどうか分からないじゃないか。」 「まぁ、どちらにせよ雪原へは一度戻る。……情報を整理しなくてはな。  ……准尉。自警団からの連絡は?」 「はっ! 依然変わらず、中枢エリアへの警戒を続けています!」 「そうか。やはり、中枢……か。」  イグルスは眼鏡を直し、虚空を睨む。  少し遠くを見つめ、何かを考えた様子で踵を返す。  それに従うように、灰色の少年は無言で後ろを歩く。 「行くぞ。……何としても探し出す。この世界の“方舟”を。」  イグルスを先頭に、灰色の少年、希更、ハット。  4人はその目的に向かい、平原を歩む。  14話へ続く