Another World @推奨BGM: 第14話.『猫の隠れ家』  出没する影の兵を退けつつ、平原エリアを突っ切るレジスタンス一行。  戦えない者が荷物を持ち、それを囲むような陣形で戦闘員が守護する。  裏切り者の部隊長は現れず、雑魚ばかりだったのが幸運か。  ここからは毎日訪れる「審判」に備えなくてはならない。  急ぎ足で向かう先は、森林エリア。  4月21日 11:20 ―――  敵から身を隠す場所を探す一行。  森林エリアキーは、スティック清水が持ち去っていた。  その為緊急時の対策は非常に難しい。  だが、森林エリアには隠れ場所にうってつけのメリットがあると考えられる。  生い茂る木々は身を隠し、防戦に持ち込むのに最適であり、  樹海エリアほどの暗さはないため不利になることもない。  今日1日――「審判」が下るまでは、ここを拠点とする考えで、全員が同意した。  メンバーで手分けをして、即席拠点の準備に入る。  持ち出した物資の中にテントセットが何式かあったので、それを使うことにした。  力のある男は木々を倒し、敵の攻撃から身を守る為の囲いを作る。  女性陣や難民は野生の植物から食料になりそうなものを探す。  そして各々のテントを組み上げていく。  何度か影の化け物による襲撃があったが、それも退ける。  作業は順調だった。 ―――  太陽が高くなり、木漏れ日が強くなってきた頃。  食料調達に出ていたメンバーが、籠を抱えて戻ってきた。  それほど大きくない竹の籠の中には、色とりどりの木の実、大小様々な薬草。  あとは不気味な色のキノコ。花蓮は、変な色をしているが毒性は無いと主張している。  野生動物の肉を期待していた者もいたが、森はところどころ破壊された跡があり、動物を見かけることはできなかったという。  それと同時に、花蓮から気になる報告があった。 「森の奥で、ツタで覆われた建造物を見つけました。……廃墟のように思いましたが、人が住んでいる気配もあります。」 「リリはね、魔女の家だと思うの。こんな森の中に住むなんて、メルヘンチックだもん。」 「調べてみますか? 人数を割くことになりますが……。」  森の中の建造物。  本当に人が住んでいるのか、はたまた魔女なのか。  何かが潜んでいる可能性を考慮するが、調べる価値はあると思った。  ……もしかしたら、管理人がいるかもしれない。  テント組み上げの為に戦力を分け、  ノア、花蓮、漸、リリトットの4人で探索をすることになった。  戦えるのは前衛の2人。  治療と補助に後衛2人。  十分に警戒しながら、花蓮とリリトットの道案内で森の奥に歩いてゆく……。  ――少しして。  茂みを掻き分け、枝を潜り、木漏れ日が弱まる木々の真ん中。  古びた、家のような姿を発見した。  屋根と壁はびっしりとツタが覆い、もはや森と同化しているように感じる。  そこを見た限りでは、人がいるのかどうか疑問だったが、周りをぐるっと見渡して少しの違和感に気付く。 「玄関は綺麗に整ってるな。……最近出入りした形跡がある。」 「そうですね。……あら?」 「あれぇ? 壁に穴が空いてるよー?」 「この穴の周りだけ、ツタが無いな……いや、焼き切れている?」  壁に空いた穴と、焼き切れたツタ。  これが示すのは何なのか。 「……この家は、ゴッディアの襲撃を受けた、ってことでいいのかな。」 「そうだな。それも、つい最近に。」  ノアと漸が頷きあう。  この家はつい最近まで無人ではなく、ゴッディアと敵対する人物が住んでいた。  ……いや、今もそうなのかもしれない。  窓や穴から侵入する選択肢もあったが、この家の主を警戒して4人は一応玄関に回る。  念の為、ドアをノック。反応は無い。  ノアは慎重に、人の気配を確かめながら、ドアを開く。  ギィィィ……。  外観から想像できる通り、小さな空間。  荒れ果てた部屋に、テーブルとタンス、そして調理スペース。  埃を被ってはいなかった。  人の気配はない。隠れられそうなスペースを探したが、誰もいなかった。  花蓮は開きかけのタンスに気付く。  はしたないかなと思いつつも、中を覗いてしまった。 「あら……?」  収納されてあったのは、何着かの上着とズボン、スカート。  そして下着。男物と、……女物の両方があった。  いずれも、サイズは小さめ。大人の身に付けるサイズではないことは確か。 「男性と女性……少なくとも2人、いるということでしょうか。……あ、勝手に覗いてごめんなさい……。」 「どっちも子供か? ……何だって、こんな森の深部に。」 「うーん、妙な家だけど。誰もいないようだし、どうする?」  テーブル上にあった置時計をいじっていた漸が、飽きたようにそれを戻す。  多少乱暴に置かれた為、ガチャンという音を立てた。 「時間の無駄だったか? やれやれ……。」  仕方ない、戻るか? と言おうとしたノア。  だがその言葉が口から出る前に、異様な感覚が彼を襲う。  漸は置時計をテーブルに置き、そのまま回れ右をしてノアを向いていた。  ノアは漸を見て、漸の背後のテーブルを見て、テーブルの上の置時計を見る。  それは確かに「テーブルの上」にあった。  重力を無視し、テーブルの平面を離れ、30センチほど上に、宙にフワフワと浮いていた。 「なんだ、その時計……!」 「ん?」  ノアの声に反応して漸は後ろを向く。  漸の視線が、宙に浮かぶその物体に届く前に――まるで弓から放たれた矢のように、置時計が漸を目掛けて飛翔する!  スコーン!  置時計と漸の額がごっつんこ。  間抜けな音が響いたと思ったら、置時計が放物線を描きながらクルクル回り床に落ちる。  漸は短い悲鳴を漏らしながら額を押さえる。大した傷にはならなかったらしい。 「何ですか、今の……? え? えっ!?」 「わぁ、すごいすごい! 魔女だ、森の魔女だよ!」  少し遅れて2人も気付き、花蓮は絶句、リリトットは興奮した声を上げる。  置時計のポルターガイスト現象に驚いている間に。  部屋の中のものが次々と宙に浮かんでいく。  椅子に、クッションに、本に、毛糸玉に、フライパンに、バケツに、電気スタンドが、  フワフワフワフワ、クルクルクルクル! 「伏せろ、皆!」  ノアが叫び、全員が身を屈めたり転げ回ったり。  部屋の中を縦横無尽にモノが飛び交い、弾け飛ぶ。  柔らかい物硬い物が壁や床や天井に乱反射し、ガチャガチャボコボコとお祭り騒ぎ!  この騒ぎを家の外から眺めれば、子だくさんの賑やかな家庭だと錯覚するぐらいにワイワイガヤガヤ!  寂れた森の中の廃墟が、一瞬にして活気を取り戻しているのだった。  ズドン! ズドン! ズドン! ズドンドンドンドン!  ポルターガイストに応えるように銃声が鳴る。  漸が放った弾のいくつかは飛び交うモノに命中し、謎の飛翔物体を砕いていった。  銃弾を撃ち込まれた椅子やフライパンや靴や傘はいい具合に砕け、動きを停止させ床に転がり落ちる。  そして柔らかいクッションやタオルや毛布だけがポコポコバサバサと、4人にぶつかった。  漸は銃を手に握ったまま、タオルを被ったリリトットの手を取る。  リリトットはキャッキャと興奮の声を上げたまま漸に引き摺られ、玄関に連れられて行く。  ノアと花蓮は足元のクッションを払い、漸の鬼気迫った声を聞く。 「ノア! 今のうちだ、外に!」 「分かってる、花蓮!」 「は、はい!」  4人は各々、玄関と窓、近いほうの出入り口から飛び出そうとする。  その時鳴り響く、ガタガタッという音。  一番早く反応したのはノア。  ガタガタ……ズゴゴゴッ!  部屋の中央からテーブル、そして隅からベッドが。  ノアと花蓮が脱出しようとしていた窓に吸い込まれるように飛び込んできた!  ノアは瞬時に冷気魔法を放ち、ベッドの動きを停止させた。  そして続けざまに背中の剣を取り、無我夢中で目の前に迫るそれを一閃する!  シャッ……!  木製のテーブルは剣の胴を通過させた。  と思ったら真ん中からバックリと裂け目が入る。  すぐに次の行動を。ノアは剣を引っ込めようとした。  目の前のテーブルが左右に割れ、向こう側の景色が見えるようになる。 「おい……冗談だろ!」  大型のテーブルの影に隠れて見えなかったのだ。  1、いや2本、刃を光らせた包丁がノアと真正面に向き合って不気味に微笑む!  その包丁が動き出すまでの時間が長く感じるノア。  両断されたテーブルのそれぞれが左右に分かれ、各々ガタンゴトンと床に落ちた音を立てる。  大型のテーブルは2つの小型のテーブルになった。  ――そう感じた時には、2本の包丁の刃先はノアの右胸と喉元を捕らえ――。  ザクザクッ!!  気が付いたら、ノアは目を閉じていた。  胸と喉に痛みは無い。  ノアは死を確信していたので、それは死んだからだと思った。  おそるおそる目を開く。  あれ。  包丁は、体のどこにも刺さっていない。  視線を足元にずらす。  ……ノアの足元の床は木製。  そこに、2本の包丁が……垂直に、深々と突き刺さっていた。  ノアはぞっとする。これを食らっていたら、やはり即死だっただろう。 「ちょっとぉ、動かないでよ! ねぇ、ねぇってば!」 「離せ! やめろ!」  外から騒がしい声が聞こえる。リリトットと、聞いたことのない声。  窓の外を見ると、リリトットが何やら見知らぬ……ボロボロの少年のような人物にしがみついている。  誰だ、あれ。 「この……オマエのせいで集中力が乱れたじゃないか……離せよ、離せってば!」 「ねぇ、ねぇ、さっきの魔法、あなたのなの? ねぇってば。」 「離せ! この、触るな、気持ち悪い……!」 「気持ち悪いのはお前のほうだろ、ガキ。リリになんてこと言うんだ。」  漸も一緒になって責め立てている。  ……まさか、ポルターガイストの原因は……。 「オマエらが僕達の家を荒らすから悪いんだろ……ここから出てけ、いなくなれ、ゴッディアめ……!」 「違います! 私達はレジスタンスです! ただ、ここに人を探しに来ただけで……!」 「うるさい……僕とクルミに近付くなっ。」  ボロボロの服を着た少年がリリトットから離れようともがく。  すると、地面に落ちていた小石がふわっと舞い上がり、リリトットの後頭部に衝突した。 「いたいっ! ……あっ。」 「……このっ!」  その隙に少年はリリトットを突き飛ばし、逃走する。  漸と花蓮は追おうとしたが、少年はあまりにも身軽な動きで森の奥に逃げてしまい、すぐに見失ってしまった。  そして、先程まで賑やかにポルターガイストしてた周囲は、静けさを取り戻したのだった。 「大丈夫ですか、ノアさん。怪我があればすぐに……。」 「いや、問題ない……多分、あの少年が犯人だろう。  俺が死ぬ一歩前に、魔法の力が途切れたってことか。……いやいや、助かった。」 「そうだな、リリのお陰だよ。」 「リリ、偉いの! ノアさん助けたもん!」 「……それにしても、何者なんだ、アレは。」 「うーん、リリね、リリね。外に出た時に、あの子見つけたんだ。  なんかしゃがみこんでぶつぶつ言ってたの。でも、魔女じゃなくてがっかり。男の子だった。」 「……「僕とクルミ」って言ってましたね。」  少年が言い残した、クルミという名前。 「やっぱり、2人……おそらくあの少年と、女の子が、ここに住んでいたのか。そして、ゴッディアに攻撃されていたか……。  悪いことをしたな。あんな子供がいたなんて思わなかった。」 「……誤解されてしまいましたね。……詳しく話を聞きたかったんですけど。」  何の理由があって、こんな辺境の地に2人住んでいるのか。  村や街から離れ、自然の中に生きる少年……。  まるで、猫みたいだった。 ――― 「……はい、そう。ご苦労。下がっていいわ。」  そう命じられ、黒い影は主の前から姿を消す。  森林エリアの何処かに、女性と男性が一人ずつ待機していた。 「レジスタンス一行が、ここに侵入したそうよ。図々しい事に、ここで一日過ごす気よ。テント建ててるみたい。  ……ま、別にいいけどね。次の「審判」まで全滅させるわ。誰一人日付を超えさせちゃダメよ。」  女は落ち着いた口調で指示を出す。  その部下と思われる男は返事もせず、迷ったような表情を浮かべていた。 「しっかし、部隊長ってのも退屈ね。影のみんなに指示出すだけでいいんでしょ。  ねぇ、聞いてる? ロシアンルーレットでもやろうよ。」  男は返事をしない。その代わり、震えた声で質問を返した。 「……ほ、本当に、……する気なのですか、キロン殿。」 「そうよ。総攻撃。久々の獲物でしょ? それもレジスタンス。トリードからは全力で任務遂行するように言われてるわー。  こんな辺境の辺境、それも森の中。ノコノコやって来るほうが悪いの。」 「で、でも、……あぁ、あんな幼い子供まで狙うなどと……あゎゎ……。」 「ふーん? 優しいのねぇ、テイク。」  キロンは微笑みながら、あくまでも微笑みながら、テイクと呼んだ男の襟首を掴む。 「私はね、大が付くほど野生の猫が嫌いなの。特にメス猫はね?  こんなカビ臭い森林エリアに私達が留まってるのは、アンタのせいでしょ?  中枢に帰還できるものなら帰還してみなさい? メス猫一匹仕留められなかった弱小部隊の汚名を背負うのよ?」  テイクは震えが激しくなる。  目の前の悪魔のような女の恐ろしい目。  中途半端に優しい表情で迫ってくるのが、逆に怖い……! 「アンタ、神に仕えてるだとか何とか言う前に、現実を見なさい? この腐った世界を自分の目で見てみなさい?  その十字架は何の為にあるの? ちょっとは本気で振るいなさいよ、罪人を殺してみなさいよ。  私はね、大が2つ付くほど弱虫が嫌いなの。分かるでしょ? 分かったら素直にね?  ……まだ迷いがあるんだったら、やろうよ、ロシアンルーレット。」  テイクは……黙って首を振る。  この女に説得が通じるわけがない。  流れでこのキロン隊に参加することになってしまって、部隊長キロンの事を始めて知った。  優しそうに見えるのは表面だけ。その内面は激しい憎悪の感情でドロドロしている。  あぁ、そうだ、思い出した、彼女の武勇伝。  AWを自らの手で滅ぼす為だけに、トリードの「審判」を正面から突破した正真正銘の裏切り者。  その際に、同郷の家族や友人を何十人と犠牲にしたという過去を聞いたことがある……! 「レジスタンスは影のみんなに任せるわ。私とアンタは、あのメス猫を探すのよ。  私の服とプライドに泥を塗りたくった、あの忌まわしいメス猫をねぇ……。」  テイクは、祈るしかない……。  あぁ神よ、間違っているのはどちらなのでしょう!?  私は、私は……貴方のご意思とはいえ、子供に手をかけたくはない……!  神よ、貴方は……何を望んでいるのですか!  15話へ続く