Another World @推奨BGM: 第16話.『兵器』  4月21日 16:51 ―――  漸はリリトットの手を引きながら、森の中を駆ける。  後を追ってくる巨大な殺気から逃れるように、汗を散らして走る。  銃に篭めた弾丸はすでに撃ち尽くした。テントに戻るまでは補充ができない。  故に、逃げるしかない!  2人は既にテントに帰還するのを諦め、深い森の中をジグザグに潜り込んでいた。  背後の大きな獣は、ちびた黒犬とはまるで違う。頭も良いようだ。  強靭な脚力で横や前に回りこみ、望んだ方向に逃がしてはくれない。  ――既に、人間の速度を遥かに凌駕している。  漸は悟っている。  こいつはその気になれば、俺ら2人を即座に仕留める事ができる化け物だ。  奴の狙いは、俺達を殺すことじゃない。……仲間の場所へ案内させようとしているんだ。  冗談じゃない。そんなみすみす仲間を危険にさらす真似なんかしない。  俺が犠牲になるだけなら、安いものだ! 「漸……。」  リリが、ぎゅっと俺の手を握り締める。  ……辛かろう。そんな幼い体で、よくここまで耐えた。  安心しろ。……俺が全部、守ってやるから。  バキバキッ! と、目の前の大木が揺れた。  巨大な黒狼が、背後から俺達の頭上を越えて回り込んだのだ。  そのまま、目が合う。 「……来いよ。」  俺の視界に、邪悪な巨体が飛び込んできた。  Warsは、右手を引いた。  すると、黒犬同士が頭をぶつけ合った。  見えない何かの力を操るように、Warsは両手を動かす。  それに対応するように、2匹の獣は身悶えし、倒れた。 「許せよ。頭が悪い奴には、これが一番なんだ。」  Warsの両手に握られているのはナイフ。  それぞれのナイフに括り付けてあるのは細いワイヤーの先端。  2匹の犬の腹に食い込んだナイフに繋がっていた、必殺の仕掛け。 「考え無しにぐるぐるぐるぐる回ってたと思うなよ……。木だらけの森の中だからこそできたんだぜ、これ。  今からでも腹のナイフを抜いてみるか? それもいいよ。もう、遅いから。」  Warsは木々の中に立っていた。その周囲には、所狭しと樹木が並ぶ。  その木々を不規則に縫うように、ワイヤーが張り巡らされている。  犬の腹を抉りしナイフは、抜ける気配がない。  2犬は足掻くが、もう手遅れ。ワイヤーによって自由を奪われたどころか、動きをWarsに支配されている。  木々に絡みついたワイヤーが、ぎしぎしと犬の挙動を拘束する……!  これで仕上げ、とばかりに、Warsは右手のワイヤーを引いた。  すると1匹の犬が成す術もないまま頭から大木に衝突し、動かなくなった。  それを見てもう1匹は必死の形相を浮かべる。  だがそれまで。Warsの左手のワイヤーに引っ張られ、胴体が浮き、木の枝に首を引っ掛けられる。 「やれやれ。……体重と脳みその軽い相手で良かったな。」  そしてWarsはワイヤーを切った。  それと同時に犬は解放され、地面に激しく身を打ちつけた。  Warsは振り返らず、テントを目指して歩く。  随分深い場所に来てしまったと思い、やれやれと肩を下ろしながら。    ドスゥゥゥン!!  森に、重い音が響き渡る。  漸は目を丸くした。一瞬、何が起こったのか理解ができなかった。  自らに襲い掛かろうとした黒狼が、目の前でひしゃげている。  ……その体の上に、謎の肉塊が圧し掛かっていて……。 「大丈夫だったか、お前達。ついついお節介を焼いてしまったぞ、ガハハ!」  肉塊が、話しかけてきたのだから。 「誰だ……アンタ。」  漸は咄嗟にッリトットを庇う。この上半身裸の筋肉男に近寄らせてはならないと、本能が疼いた。 「まぁ、そう警戒することはないぞ。ただのレジスタンス志望だからな。」 「漸……あの人、何?」 「知らん。見なくていい。」  漸とリリトットはじりじりと後ずさる。  レジスタンス志望? それ以前にどうしてここにいる。  助けてくれたのだとしたら礼を言いたいが、あまりにも……怪しい! 「ガッハハ、まぁいい。お前達に聞きたいことがあるんだが……。」 「……何だ。」 「ティアという男を知らんかね。実は、道に迷ってな!」 「……知らないよ、俺達は。大体、あんたは何者だ。」 「んむ。俺はゴジャーという。湖畔エリアを目指していたのだが、樹海に迷い込んでしまってな……。  ティア殿ともいつの間にかはぐれ、気が付いたらここにいた。」  漸は訝しげな目でゴジャーを見る。果たして信用していいものか……。  いかにも単細胞そうな筋肉だ。嘘はついて無さそうだが。  ドクッ……。  陽気なゴジャーの顔が強張る。  ゴジャーは自身が叩き潰した黒狼を見下ろした。  いつの間にか黒い全身がぐちゃぐちゃに崩れ落ちていて、その中から……。 「う、お、おお、おおおおおおぉぉっ!!」  ゴジャーは吼える。  そして黒狼の皮膚に包まれていた“それ”を引きずり出す。  漸とリリトットは黒い血に染まった“それ”を見て、短い叫びを漏らす。  ドクッドクッドクッドクッ……。  鼓動は徐々に強くなる。ゴジャーは一度経験していた。  この、禍々しい死の音による、全身から吹き出る冷や汗の感触を! 「これは……マズイぞ。これを何とかせねば……。」 「何だ? 何とかしないとどうなるんだ!?」 「ば、爆発するッ!」 「えぇっ!?」  ゴジャーは焦り、脈打つ“それ”を拳で殴りつける。  ドクッドクッドクッドクッ……。  だが脈は止まらない。何度も何度も拳をぶつけるが、“それ”の形状は凹みすらしない。  音が大きくなるにつれて、“それ”は熱を帯びてくる。素手で触れるのすら難しいほどに! 「熱っ! ……拳では駄目だというのか……。銃だ。銃はないのか!?」 「銃はある。だが、生憎弾切れだ……!」  ドクッドクッドクッドクッ! 「どうすればいい……うおおおぉぉぉぉぉっ!!」  ゴジャーは、覚悟を決める。  テントを取り囲む化け物達。  3体の巨獣が地面に倒れ伏していた。残るは3体。  ノアは果敢に走り回っていたが、体力をかなり消費し、動きが鈍りつつあった。   巨獣達は一切の手を緩めず、無尽蔵の力で殴りかかっていた。  ミュラは巨獣の目を狙って射撃をしていたが、何度打ち込んでも効果が見えない。 「まさか、視覚は別のところに……?」 「おい、ブチかますぞ! 離れろ!」  ベイトが叫び、ノアは巨獣から距離を取る。  直後、ベイトが放った矢から火花が散り、炎が風に乗って走った。  そうして炎は、巨獣の頭部で炸裂した。 「……チィ、埒が明かねぇな。もう限界だろ、お前。」 「ハァ、ハァ、ハァ……くっ。」 「ノアさん、少し休んでいて下さい。」 「……いや、まだやれる……まだだ……。」  その時、ベイトの視界に見覚えのある姿が飛び込んできた。  花蓮とホーエー。戻ってきたやいなや、木陰から隙を伺っていたのだ。 「花蓮ちゃん、アレくれ! アレ!」 「えっ、あ、はい、どうぞっ!」  ベイトが叫び、花蓮は手持ちの荷物から小瓶を取り出す。  中には黄色の液体が詰められていた。花蓮はそれを放り、ベイトが片手で受け取る。  そして最速の動きでその中身に矢の先端を浸し、すぐさまボウガンで発射した。  それは花蓮の調合した特製の劇薬。  影の兵を相手にすることを想定した、強力な兵器!  その矢を手で受け止めた巨獣は、くぐもった絶叫を上げる。  矢に塗り付けた薬から細胞が壊れ、影の肌を焼く! 「いいぜ、いい効き目だ。ナイスタイミングだぜ、花蓮ちゃん。」 「まぁ……大体状況は分かりました。」  花蓮は唯一薬品の扱いに長けている。荒野エリアレジスタンスで培った経験を元に、劇薬調合もなんのその!  影の化け物の正体不明の組成すら、溶かしてみせる! 「で、だ。後ろの男は誰だい?」  ベイトが視線を飛ばした先には、旅人風の男がいた。  その男はすぐさま名乗り出る。 「どーも、通りすがりのレジスタンス、ティアだ。  困ってるようだから、助太刀してあげるよ。あくまでも女の子の為にね。」 「……まぁ、成り行きで連れて来てしまいました。」  ノアはティアの顔を見て、目を見開く。 「アンタ、湖畔エリアの……どうしてここに。」 「あぁ、君はノアか。なら話は早いな。そーいうことで、よろしく。」 「……おいお前。説明しろ。知ってるなら。」  ベイトがノアに詰め寄る。 「待て、今はそれどころじゃ……。」 「皆さん、来ますよ! 油断しないでっ! ……撃ちます!」  劇薬を打たれた巨獣は腕を庇い、足を使って闇雲に攻撃してきた。  その滑稽な攻撃を見逃すことはない。  ミュラは、上空に打ち上げておいた稲妻の弾幕を解放した!  ズドドドドドドドッ!  稲妻の矢が集中豪雨として降り注ぎ、巨獣を地に縫い付けた。  そしてすかさずノアが動く。  紫電を撃ち込み、生命の風船を破裂させた。  動いているのは、あと2体。  凶悪な顔をした巨獣が、威圧感のある足音を立ててにじり寄って来る……。  コツン。  その時、巨獣の顔に石が当たった。  誰が投げた? コツン。また石が飛び、コツン。  地べたに落ちている石ころが、ひとりでに宙を舞い、コツン……。  そして石だけでなく、大きな岩が、木片が。  つむじ風に巻き込まれたかのように、クルクル宙を回り、花火のように散る。  その現象が、思い当たる人には思い当たった。 「バリアを張れ、ピーター!」  ノアの指示で巨大な障壁を作るピーター。場にいるレジスタンスの8人をすっぽり覆った。  大小様々なサイズの岩、木片が空から降り注ぐ。  それらは集中豪雨のように降り注ぎ、戦場を荒らす。 「……あれ?」  しかしすぐに、全員は気付く。 「なんだ? こんだけ大量に飛んでるのに、俺達に飛んでこないぞ……何一つ。」 「まるで、私達を避けてるような……。」 「このポルターガイストって、一体……。」  そう、この不可解なポルターガイストは、レジスタンスの仲間達を避けている。  巨獣の化け物にだけ、被害を与えているのだ。  この現象の主犯は間違いなく、あの隠れ家にいた子供。  一体何が狙いなのか……よく分からない。  そしてポルターガイストは、最大の力を放った。  鈍い地響きがしたと思ったら、巨大な姿が宙に浮かび上がった。  広場の側に聳えていた6mはある樹木が、地面から根っこをバリバリと引っ張りながら。  地面を根こそぎ持ち上げつつ、数メートルほど浮かんだ。  巨獣2体の血の気も引いただろう。  レジスタンスの全員も、呆気に取られてそれを見ていた。  そして浮かび上がった樹木はプルプル震えた後、  糸が切れたように落下し、巨獣2体を押し潰した。  いくら3mほどの巨体を持つ化け物といえど、その質量にはひとたまりもなかった。  辺りに土が飛び散り、視界が一瞬遮られる。  ピーターがバリアを解除した時、全て終わっていた。 「なんだってんだ……今のはよう。知ってるようだな、花蓮ちゃん?」 「え、えぇ……さっきのは…… あっ。」  花蓮はその姿を認めた。ついさっき引っこ抜かれた樹木のあった場所に、子供の姿を。 「あっ、あの、君……。」  しかし声をかけると、子供は背を向けて一目散に走り出した。  森の木陰の中に消え、すぐに見えなくなってしまった。 「……あの少年……一体何しに。」 「でも私達を助けてくれた、みたいですけど……。」 「追おう。何にしろ、子供を放っておくのは不穏だ。」  ノアは棒になった足を引き摺りながら、歩き出す。 「おい待て。まずはコイツの説明をだなぁ。」  ベイトはティアを指で示しながら怒りの篭った口調で言う。  ノアは肩を竦め、紹介をする。 「この人の名前はティア。湖畔エリアのエリアマスターにして、湖畔エリアレジスタンスのリーダーだ。」 「そういうことだ。ノア、連絡役の仕事を放り投げてこんなところにいたとはなぁ。」 「放り投げちゃいない。……ただ、こいつらには借りがある。  というか俺のセリフだ。なんであんたがここにいる。」 「……ま、湖畔エリアに帰ろうとしたら、迷っただけだ。気にすんな。」 「やれやれ……。」  ティアの前にミュラがおずおずと出て、挨拶をする。 「あの、私、荒野エリアレジスタンスのミュラです。  私達は拠点を破壊されて……逃亡中なんです。ティアさん、あなたの力を頼ってもいいでしょうか……?」 「っへぇー、君が。なるほどね。まぁ、事情は花蓮ちゃんから聞いてる。  勿論協力するぜ。可愛い子の頼みだもんなぁ。」 「あ、ありがとうございます!」 「まぁ、お礼は体で……なんつって、冗談冗談!」  ノアは表情に疲れを浮かべる。  厄介な変態性質持ちが加わってしまった……この男、実力は確かなのに。やれやれ。 「……ぉぉぉぉぉぉぉ」  その時、遠くから絶叫にも似た叫び声が聞こえた。  それには明らかに恐怖の感情が込められている。そして、その声はここに近付いていた。 「おおおおおおおぉぉぉぉぉ!」 「な、何? この声。」 「これは……やれやれ、あの野郎、騒がしいな。何があったんだか……。」  ティアが苦々しい顔で額に手を当てる動作をする。  それで周りの人間は、どうやら心当たりがあるということを察する。 「気が進まないが……合流しないとな。おい、ゴジャー! ゴジャー! ここだ! 何があった!」 「おおおおおお、ティア殿!?」  叫び声はティアの呼びかけに応答したらしく、こちらに向かってくるようだ。  すぐさま叫び声が大きくなり、ドスドスという足音も聞こえてきた。  そして何秒も数えないうちに、近くの木陰から巨体の人間が飛び出してきた、と思ったら。 「ティア殿おぉぉぉっ!」  ゴジャーは“それ”を放り投げる。  空中に弧を描き、それはティアに向けて飛んできた。  ティアは脈打つ“それ”を見るやいなや、反射的に銃を向け、撃ち抜いた。  ズドンッ!  ド真ん中に風穴が開いた“それ”は、急激に力を失って地面にポトリと落ちた。  直前まで禍々しく脈動していた気がするが、その面影はもうない。ただの赤黒い塊と化していた。 「バッカてめぇぇ! 持ってくんじゃねぇぇっ!! 危ねぇだろぉぉぉがぁぁっ!!」  そしてティアの声が裏返るほどの怒声が響き渡り、ゴジャーと呼ばれた筋肉男は汗を拭うとガハハと笑い出した。 「ふぅ……助かったぞ、ティア殿。生きた心地がしなかった、ガハハハ!」 「このアホ! こっちの心臓が止まったっつーの! 持ってくる奴がいるかよ!」  もちろん、その他の仲間達はそれをキョトンと見ていたのは言うまでもない。 「まぁ……力任せにぶっこわそうとしなかっただけマシか。ったく。」 「最初はそれも試したのだがな、意外に固かったぞ、あれは!」 「やったのかよ! 本当に馬鹿だなお前はもー、あのリアだったかいう奴の話、聞いてなかったのかよ。」  ノアやミュラはどう口を挟んでいいか困惑する。  そのやり取りをしばらく見ていたら、今度は木陰から別の人影が現れた。  傷だらけの男と、それに寄り添う少女。 「漸さん! リリトットさん!」 「花蓮ちゃん、手当てを!」  ミュラの指示を聞くまでもなく花蓮が駆け寄る。  漸は全身の傷から血を流しており、顔色も悪く誰から見ても危険な状態だった。 「そんな体で歩いてきたんですね……一体、何が……。」 「私の為に戦ってくれたの……大丈夫そうだったのに、歩いてたら、傷が一気に……。」 「気力で持ち堪えるのも限度がありますから……。血を流しすぎです。無理はしないでくださいね。」 「あぁ。でも、追っ手は全部片付けたから……安心だよ……。」  漸を負担のかからない体勢に落ち着けると、花蓮はティア達のほうを向く。  どうやら、ゴジャーという男の自己紹介が始まっていたようだ。  ティアが短く説明を終えると、ノアやベイトは、先程の赤黒い塊について説明を要求した。  ティアとゴジャーはリアから聞いたことを軸に考察し、その結果を発表した。 「……俺も、この前樹海で見たのが初めてでな。いくつかしか特徴は分かってないんだ。」 「そいつは結局何なんだ? ゴッディア関連の物体なのか?」 「聞いた限りでは、奴らの新兵器……化け物の体内に仕込まれている“核”だ。  その核を持つ主が死ぬと、不気味な脈動を始めて……爆発するらしい。」 「どのくらいの規模で?」 「伝え聞いた話では、遺跡エリアが丸々壊滅させられたそうだ。……実際のところは確かめてないけど。  っていうか本当にそれぐらいの規模なら、確かめた瞬間に全滅するよ。」 「我々は幸運にも、爆発だけは食い止めているからな、ガッハ!」 「お前は黙ってろ……。ま、そういうことだ。食い止めれば問題ない。どうやら核の真ん中を真っ直ぐ撃ち抜けばいいらしく、  核そのものを一気に叩き潰しちゃマズイんだと思う。そりゃ考えてみれば当然かな。  高エネルギー体である兵器を丸々ぶっ壊してしまったら暴発するだろ。あと……」  ティアを中心に話し合いが続き、レジスタンスの面々は体勢を立て直す。  兎にも角にも、ゴッディアの軍に包囲されたという事実。  ずっとここに留まっているわけにもいかなくなってしまった。  まだ合流できていないWarsのことも問題だが、ぼさっと待つわけにもいかない。  最低限の荷物を持ち、安全な場所への移動を決め込んだ。  ミュラの要請によりティアの案内を受け、最大のレジスタンス拠点がある湖畔エリアへ。  まずは森を抜け、高地エリアに脱出するということに決まった。 「ちょっと待て、ティア。森林から湖畔に直接抜けられるだろ?」  ノアが異論を唱える。 「確かにそうだけど、そのルートはメジャーすぎるだろ? きっと待ち伏せがあるに違いないんじゃない。  少し遠回りしたほうが安全だと判断できるね。」 「……なるほど……だけどな、複雑なルートを決めるのはいいが、お前は道に迷わず行けるのか?  ここに来たのだって、迷子らしいしな……。」 「ま、まぁいいんじゃない? そこはお前がなんとかしてくれよ。俺より道に詳しいだろ。よろしくっ。」 「…………。」  そして一行はテントを置き去りにし、早足で移動を始める……。 「……まだ、歯向かいますか?」 「……へっ。」  樹木の向こう、Warsが誰かと対峙していた。  Warsは既にボロボロだった。全身に切り傷が走り、体力を大量に奪われていた。  それに加え先ほど獣達とやりあった際のダメージも深く残っている。  その状態で、たった1人。  テイクと名乗った男とそれを取り巻く2匹の巨獣に、まともに立ち向かえるはずもなかった。 「神は告げられました。足掻く者に救いは無いと……。」  テイクは右手の中で十字架を回転させる。  そして同時に、左右の獣に指示を出す。 「さぁ、神兵達よ。この者に裁きを与えなさい……。」  2匹の巨獣がドスドスを地面を踏み均し、Warsに迫る。 「悪いけど……足掻いて足掻いて足掻くしかないってのが、レジスタンスなんでね……。」  Warsは両手で空を掴むと、その拳にそれぞれ4本のナイフを顕現させる。  大胆なステップを刻み、合計8本のナイフを真正面から放射状に浴びせ掛ける!  巨獣の皮膚にナイフが食い込み、抉る。  しかしダメージをものともせず、化け物は前進を続けてくる。  前後に並んで2体。質量で押し潰そうとドカドカ迫り来る!  Warsは真横に転がって回避をしようとした。それが最良の選択であることに間違いは無かった。  だが、易々とその手を切らせるほど、テイクは甘くはない。  シュルシュルシュル……ザッッ!  真横に転がったWarsを追うように金属製の十字架が真横に飛来し、背中を翳めた!  その十字架は回転しており、まるでブーメランのようにテイクの元に戻り、手に収まった。  Warsの背に傷が増える。直接触れたわけでもないのに、空気が刃となって切り込んだ。  十字架の鋭すぎる回転は、気流を制し真空波を生む……! 「さぁ、懺悔なさい。……今ならまだ、慈悲が与えられるでしょう……。  膝を着き、両手を合わせるのです……。」 「くっ……。」  Warsはとうとう力を使い果たし、片膝をガクッと崩してしまう。 「素直でよろしい。……祈りなさい、許しを請いなさい……。」 「勘違いすんじゃね……膝に力が入らねぇだけだ……。」  ナイフ投げだけでは、この軍勢を突破できない。  テイクの放つ刃は自由自在な軌道を描き、八方から襲い掛かってくる。  それに加え、2体の巨獣による壁。ナイフを通さない巨体が、邪魔になる……!  小さな犬ならば話は別だった。脆い皮膚にナイフを刺し込み、行動を縛ることもできた。  だが筋肉を纏った巨体を持つゴリラが相手。ナイフの刃が、通らない。  ……絶体絶命って、やつか……?  1人でエンカウントする相手じゃなくね。こいつらは……。どこだよ、ここ……。  ……もう1人、せめてもう1人、力のある奴がいたら……。 「……もう十分でしょう。眠りなさい……。」  テイクが、十字架を回し始める……。  Warsが右手に、1本のナイフを持つ。  出るか、賭けに。  『ワンホール』。これで……いけるとこまで足掻いてやる。  2体の巨獣が真正面に迫る。テイクを最後尾にして、隊列のように編成された陣形!  そして十字架が放たれる、弧を描きながら飛行する!  Warsはナイフを投げる。目標は、目の前の巨獣の腹。  巨獣は怯むが、決して止まらない。Warsを潰すまで決して止まらない黒き肉の壁!  Warsはすぐさま左手にナイフを顕現させ、再び投げる。次いで、右手からも同じように。  何本も何本も、投げる! 「無駄だということが、まだ分からないのですか……?」  テイクは目を閉じる。それは油断。  すでにテイクの手元から放たれた十字架はWarsの背後に回りこみ、リターンを今か今かと望んでいた。  ブーメランのように戻り、Warsの息の根を止めるまで数秒も無い!  Warsが投げるナイフは、精巧に狙いをつけていた。  今までとは違う技術。……パワーが不足しがちな投げナイフにより、強力な技。  ゴリラの腹に真っ直ぐ食い込んだ1本目のナイフに、2本目のナイフが追撃を加える。  そして3本目。4本目。5本目6本目7本目!  それは放射状に別々の箇所を狙っているのではない。  『1箇所に』集中して投げ続けているのだ!  1本目のナイフの柄を真っ直ぐ2本目のナイフが突き、3本目がそれを深く後押しして!  何本、何十本という追撃をひたすら加える!  そして遂に、先頭の巨獣の腹を深々と抉り、貫通し、風穴を開ける!  それでも『ワンホール』は終わらない。その風穴に続けてナイフが連投され、後ろの獣の腹を抉り続ける!  ここまでを、一瞬のうちに! 「……これは恐ろしい……でも、終わりです!」  テイクは悟る。この陣形では、2体の巨獣を貫かれた後は自身がやられてしまう。  ……その前に、十字架がWarsにトドメを刺す事を確信する!  シュルシュルシュ……キィン! 「えっ!? ……。」  テイクは状況を把握するのが遅れた。  Warsは……変わらぬ体勢でそこにいた。  その姿を、巨獣の風穴越しに覗ける。  ……テイクの脇腹に、1本のナイフが届いていた。  即座にナイフを抜き、傷を抑えながら喘ぐ。  目の前の2体はそのまま崩れ落ちた。  何だ!? 何が起こった! 私の十字架はどうした……!?  Warsにもよく分かっていなかった。  相打ち覚悟の攻撃だった。だが、自分の体には真空波が及んでいない。  どういうことだ……?  2人は辺りを見回し、同時に気付いた。  剣を構えた少女が、Warsの後方にいた。  彼女の足元にはテイクの十字架。先程の金属音から、その剣で弾き飛ばしたことが推測できた。 「あんた……助けてくれたのか?」  少女は返事をせず、振り向くこともせず慌てて逃げるように去った。  Warsはその後を追おうとするが、足に力が入らなくて動くことができない。  テイクは呟く。 「……見つけた……。」  そして、Warsを完全に無視し、少女を追うように木々の向こうに消えた。 「あ、おい……何なんだよ、って……マズイんじゃないか……?」  Warsは察した。テイクの狙いがあの少女であることを。  ゴッディアの目的は知らないが、このままでは……危ないことを。  その時。 「……っ、Wars! おい、大丈夫か! 花蓮ちゃん!」 「はい、すぐに治療に当たります、ベイトさん!」  ざわざわとした声がWarsを囲む。  レジスタンスのメンバーが木々の奥から現れ、Warsを発見したのだ。  これで、全員が合流した。 「……へっ、遅かったな、皆。」 「何カッコつけてんだ。ほら立て。ここを脱出するぞ。」 「……脱出?」 「高地エリアにな。ここにずっといるのは危険だからよ。」 「待ってくれよベイト。まだ駄目だ……。」 「何?」 「急いであいつを追わないと。……殺されちまうんじゃね。」 「ハッ、ハッ……。」  息を切らしながら、少年は走る。その背を追う者から逃れる為に。  追ってくるのは大量の黒き蜂、そしてそれを束ねる女王……。  女王は巨大な怪鳥を従え、悠々と空を舞いながら、詰める。  ヒュルヒュルヒュル……ガッ!  そして、少年の正面に投げ込まれた十字架。  それは丁度逃げる少年の足元に突き刺さり、少年はそれに足を引っ掛けて転倒する。  派手に転がった少年の先には、テイクが目を細めて立っていた。  前後を挟み撃ちにされ、少年は逃げ場を奪われる。  そして黒き蜂を辺りに停滞させ罠を張り、女王は笑い声を漏らす……。  黒き怪鳥にしがみ付いていた手を離し、少年の背後に舞い降りた。 「……上出来よテイク。こいつ1匹捕まえただけでも十分だわ。」 「……ありがとうございます、キロン殿。」  テイクは腑に落ちない。  本当は、キロンの狙う少女そのものを見つけ、追いたてたはずだったのだ。  だが追っているうちに、その対象が少年に変わっていた。  ……どこかで見失ってしまったのだろうか? 「1匹いればね、もう1匹のことは簡単に分かるわ……。」  キロンはしゃがみ込む。そして、倒れ伏す少年の顔を上げ、目を真正面から見つめる。  艶やかな、そしでいて優しげな瞳が、少年を誘惑する……。 「教えてくれる? あなたと背丈の似通った、女の子の居場所を。知ってるんでしょ?  一緒にいたもんねぇ、あの時。」 「…………。」 「意地を張ってもいいことないと思うわ。素直に言えばあなたは逃げてもいいのよ?」 「…………。」  意地でも口を開こうとしない少年に対し、キロンは表情を変えない。  表情を変えずに、そのまま少年の襟元を鷲掴みにして捻り上げる。 「あなたに恨みはないのよ? 今はまだ。……私の期待している答え、分かるでしょ?  ……それとも、言ってることが分からないかな、キャハハ。」 「…………。」 「……これ、何だか知ってる?」  キロンが腰のホルスターから、1丁の銃を取り出す。  そしてその銃口を、徐に少年の額に押し付ける。 「ダンマリされるのって、大が6つ付くほど嫌い。……嫌いなの。」 「…………。」  バシンッ!  キロンはとうとう業を煮やし、襟元から手を離して少年の頬を思いっきり叩く。  少年は勢いで地面にうつ伏せになる。顔を上げ、キロンの顔をじっと睨みつける。  頬が赤く腫れるが、手で庇おうともしない、強い意志。  キロンは表情を徐々に歪め、……それをじっと見ていたテイクに気付くと指図をする。 「テイク、あんたがやりなさい。」 「……? 何を……?」 「決まってるでしょ? あんたが吐かせるのよ。あのメス猫の居場所をね。  殴ってでも蹴ってでも締め上げてもね……それぐらいできるでしょ? ね?」  テイクは、躊躇した。  ……自分は試されているのだ。  残虐な拷問行為ならば、このままキロンが続けたほうが遥かに上手く行く。  だが、あえて私を指名している。  ……ゴッディアへの、彼女への忠誠心を試されている……。  少年の目がテイクと合った。  恐怖が混じった、やるせない怒りの表情……。  テイクは、決断する。 「……私はっ……。」 「なぁに、テイク。早くしなさいよ。ねぇ。」  テイクは、キロンと少年の間に割って入る。  そして少年を庇うように、両手を広げた……。 「私にはそんな事、できません。……あなたは、いえ、あなた方は間違っている。  ゴッディアは神の組織じゃない。……神を騙る組織だっ!」  キロンは、残酷な表情を、……剥き出しにした。 「…………へぇ……。」  第17話へ続く