Another World @推奨BGM:http://www.nicovideo.jp/watch/sm4489785(うみねこのなく頃により、prison) 第17話.『ロシアンルーレット』  4月21日 17:22 ―――  テイクは苔生した地面に膝をついた。  目の前の女王の怒りを買い、凄まじい速さの上段蹴りを受けたから。  テイクは自身の放った言葉を思い出し、遅い吟味をする。  実質上の上司キロンに対し、いや、ゴッディアという組織に対し、いやいや、神の絶対なる遺志に逆らったことになったのではないか。  顔を地面に向けながらそう考えた。  私は、愚かにも神に反抗した……?  顔を下げたままでも、正面にキロンがいることは分かる。  おそらく、いや間違いなく、恐ろしい表情を浮かべているに違いない。  どうする? 顔を上げて即謝るか。神に背いた真似をお許しくださいと額を地面にこすりつけて涙を必死で搾り出して、  上司が向ける銃口に惨めに脅えながら歯を食いしばって私の背後の少年の命を引き渡すか?  私は顔を上げて、キロンの表情を確認する前に、言った。 「もうあなたには従わない。脅えない。騙されたりはしない。」  こう答える以外に何と答えろと!?  かつて、牧師になる以前の幼い頃、我が師から神の教えを授かった。  神は告げられた。遠い過去、AWを創造したとされている頃の物語にて。  無数の戒律の中に、確かにそれはあった。 「神は告げられました。強き者は弱きを守る。如何なる暴力も罪と知ること。  ……ゴッディアの実態はそれを明らかに無視している。この世界の神を侮らないで下さい。  このような蛮行など無くとも、救済の道はある! 全ての者に慈悲が与えられる!」  キロンは……薄気味悪く、笑っていた。 「……それで、何。」  声は穏やかだが、そこに隠れている感情は明らかだ。  テイクは背に少年を庇いつつ、身構える。  私はどうなろうとも、この少年だけは守らねば……と。  キロンは詰め寄る。取り巻きの蜂を散開させ、じりじりと、単独で。  命令に逆らった者はどうなるか。それを噛み締める時間を、十二分に与えながら。 「もう一回言ってよ。あなたには従わない、脅えない……何だっけ?」 「騙されたりはしない。そして追加しますよ。あなたからはもう、絶対に逃げない。」 「逃げない? あんたが、逃げないって? 面白くないわそれ。」 「殺すというのなら構わない。私を殺せ。だがその代わり――」 「後ろの奴は逃がしてくれ、とか言うんじゃないでしょうねぇ?」  一歩、一歩とじわじわ詰められる。  このような問答ならばまだ良い方に分類されることをテイクは知っている。  彼女の怖いところは、秘めたる残忍性。  腰のホルスターから銃を取り出させたら、何をどうすることもできないだろう。  だから、時間を稼ぐ……。 「まぁ、いつもの情けないアンタよりは面白いから評価するけれど。あまり無理しないのが身の為よ?  さっさと回れ右して、そのガキの首を締め上げたりなんかしたら許してあげるって言ってんの。」 「私は神に誓ったのです。無抵抗の子供に手をあげることは絶対にしないと。」 「あんたがやってくれると助かるのよ。服が汚れなくて済むしね。」 「いくら服の小奇麗さに気を遣っていても、中身が穢れていては意味が無いと思いますね。」 「アハッ! 今日のアンタ、口が回るわね!」  キロンは笑う。あくまでも笑う。  心の底で静かにドス黒い感情を煮やしながら、静かに笑う。  テイクは冷や汗を拭う。……どこで“爆発”するかが分からない。  不意に、キロンは一歩後ずさる。  テイクから距離を取ったと思うと、人を上段から見下すような仕草で語り出した。 「いいこと教えてあげようか。神様を未だに信じるお馬鹿なガキに。  矛盾してんの。ここまで世界は荒れてんのに、神様はどうして現れないのかなって、考えてみたら?」 「…………。」 「ねぇ、神様、いた? あんたの脳内以外に、神様がいた?」  テイクは、眉を歪める。  ……キロンが口にしているのは、神を敬う者に対しての、明らかな悪意。 「ゴッディアが……神の名を騙りながら……神の存在まで否定するというのですか。」 「何を今更。神様がどうのって、全部建前に決まってるでしょおが。気付かないほうがおかしいのよ。  ただ全部、何もかも、完膚なきまでにっ、破壊したいだけの集団だってね!」 「やはり、あなたがたに協力したのが最大の不覚だった……。  神が救済の使者を遣わしたと、そう信じていたかったのに。」  テイクは、法衣を翻した。  そして、懐に忍ばせた銀の十字架を回転させ、凄まじい速さで放つ!  風を切り裂き、空を泳ぎ、キロンの背後に迫る十字架。  常人ならば対応できるはずもない!  ――だが、いかんせん相手が相手だった。  テイクの念の篭った十字の刃は、キロンの左手の3本の指でピタリと止められる。 「私があんたの技を知らなかったとでも? この十字架自体に大した殺傷能力があるわけでもなし。  回転で生み出されるカマイタチにさえ気をつければ簡単に止められるわ。」  キロンは十字架を明後日の方向へ投げ捨てると同時に、眼前のテイクへ蹴りを加える。  右から一発。もう一方の足を軸にして蹴り上げるように左からもう一発。  ミニスカートである事を気にしない動きだった。テイクは正確に顎を打たれ倒れる。  そしてテイクは我に返る。……挑発に乗ってしまった!  隠し玉に忍ばせておいた十字架を使ってしまい、もう反撃の手立てが無い。  キロンはそれを分かっていた。分かった上での言動だった。  テイクに対しての優位を維持しながら、微笑んだ顔で冷酷に、重々しく言葉を放つ。 「もう一度言うわよ。そのガキを締め上げてメス猫の居場所を吐かせなさい。  ちなみに言っておくと、殺しても良いわよ。別に怒らないから。」  キロンは右手の銃を弄りながら言う。  弾丸を取り出し、新たに込め直しているようだった。 「……分かる? あんたが、私に、絶対の服従ができるかどうか試してあげるのよ。  役立たずはいらない。……ロシアンルーレットよ。」  キロンは銃に弾を込め終わると、それをテイクに向ける。 「装填したのは6発。内5発は音だけの空砲よ。残りの1発は電撃の魔力を篭めた即死の必殺弾。  確率は6分の1。1分ごとに1発ずつ撃つ。……感謝しなさい。運が良ければあと6分生きられるわよ、アンタ。」  ……だが運が悪ければ、あと1分で死の弾丸が飛んでくる。  運命の銃口を前に、テイクは両手を広げて立つ。  テイクの心は決まっていた。どのような脅しにも絶対に屈しないと。 「生易しいですね。キロン殿ともあろう方が私に情けをかけるとは。」 「情け? 気持ち悪い勘違いしないで。使えるものは使っとかないと勿体無いでしょ。」  背後の少年は倒れ伏したまま動く様子が無い。  ……どこか負傷しているのか? 時間を稼いでいる間に逃げてほしいが。  何せ、最大でもあと6分だ。彼女が私を撃ち殺したあとにこの少年を見逃すわけもない。 「私は命令に逆らった……裏切り者として殺されても仕方ないと思ったのですがね。」 「ねぇ、無駄話している暇があんの?」 「意外だ、と思ったのですよ。無慈悲で名高い貴女に、そんな一面があったなんてね。」 「……。」 「私は貴女の事を誤解していたのかもしれま……」  ズドンッ!  テイクの声を遮るように銃声が轟く。  反射的に目を瞑るがなんとも無い。一発目は空砲だったようだ。 「アハッ、流石に最初っからアタリは引かないかぁ。」 「……っ。」 「焦りが見え見えの言葉で私が揺さぶられるとでも思った? 助かりたければ動かしなさいよ、その手を!  次は5分の1ね。確率20%よ。じわじわ減るわよ。……怖くなってきた?」  空砲といえども、十分な迫力があった。  ショックで何を言おうとしたか、思考が飛んで冷や汗が滲み出てきた。  先程までしっかり立っていた両の足が震える。  落ち着け。落ち着くんだ! まだ時間を稼がねばならない。  見え透いた擦り寄りは通じない。ならば、どうするか? 「……いいのか、キロン殿。」 「今度は何?」 「こうしている間にも、貴女の目当ての少女は逃走を続けますよ。そうすれば、この少年に居場所を聞き出したところで何の意味も無くなる。  この少年のことは放っておいて、少女を追ったほうが賢明ではないのでしょうか?」 「……なるほどね。あぁ、そうね。確かにその通りかもね。」 「貴女には“兵器”である怪鳥がいる。その移動力を使えばいくらすばしっこい目標も捕らえられるでしょう。  この森林の至るところに影の兵を配置しているし、湖畔と平原への移動経路は封鎖しています。  つまり、……逃げるとしたら高地エリア。そちらに追い込めば確実に……」  ズドンッ!  2発目の銃声に抑え込まれ、テイクは黙る。  キロンの銃は、テイクの口を狙っていた。 「……惜しい。アタリだったなら、その口を潰して黙らせられたのに!」 「……う……ぅ……。」 「アンタの見立ては申し分無いわ。高地エリアへの追い込みも筋が通ってる。  でもね、……忘れたの? そもそもアンタがさっさとメス猫を捕まえてれば追う必要も無かったのよ。」 「……クッ。」 「残念、ね。……私をイライラさせただけで終わったわ。」  テイクはプレッシャーに耐えられなくなって来ていた。  両手両足が震え、歯がガタガタと音を立てる。  このロシアンルーレットは精神的負担が物凄く大きい。  銃声が響くたびに心臓が止まりかけ、まだ生きていると知った時に安心して気が緩む。  そして再び襲い掛かる死の恐怖。これを繰り返されるのだから、一発で撃ち殺されたほうが遥かにマシというものだ。  その執行者であるキロンは、表情を徐々に歪めてきていた。  テイクはその怒りを、銃声と共に激しくぶつけられる。  ……これは間違いなく、拷問だった。  少年の拷問を拒否したばかりに、その身代わりのように科せられた精神の拷問。 「本っ当に情けない男ね、アンタは。大が8つ付くほど嫌いだわ。  腹が立つのよ。実力も何も無いくせに神とやらにすがりついて。無償で救いを求めようとしてる。  犠牲を払わなきゃ何も守れないのよ、人間なんて。その歳でまだそんなことも分からないィ?」 「……う……神は、我々を……お守りくださると……。」 「そういう根性がムカつくって言ってんの! 神なんか居やしない。居たところで救いなんか与えてくれない!  私はそれを実感しながら育ったわ。いつもいつも、私の周りにいたのは意地汚いクズばかり。  そいつらに天罰なんてものは下らなかったわ。苦しむのはいつの時代も弱者!」  キロンは、誰に向かって叫ぶでもなく、言葉を紡ぎ続ける。  忌々しい過去を思い出したのか。それを振り払うように、無我夢中で。 「私はこの腐った世界を滅ぼす。ゴッディアだろうがなんだろうが好都合よ。  この時代がAWの最後。誰一人として生き残らせやしない。私がさせない。  救いを与えるのが神ならば、私は滅びを与える死神になってやるのよ!!」  ズドンッ!  3発目の銃弾が空を穿つ。  テイクは勢いに圧されて地面に尻を付いた。  ……4分の1。25%の死の弾丸は、放たれなかった。 「……相当運がいいのね。憎たらしいわ。……でも、もう限界みたいね?」  テイクの目からは涙が吹き出ていた。  腰が抜けて立つことができない。精神をズタズタに傷付けられ、死の恐怖に思考を完全に支配された。  キロンの強い覚悟を真正面から受け止め、テイクは何も言い返すことができなかった。  ……この女を相手に、どう抗えばいいんだ!  力でも勝てない。説得も不可能。逃げることもできない。何より背後の少年を見殺しにすることになる。  もう駄目だ、死ぬしかないんだっ、  早く、楽にしてくれっ……! 「……さて。」  それでもなお、キロンは銃口を逸らさない。 「とうとう3分の1ね。次でアタリかな? ……面白いわ、今のアンタの顔。  その顔は撃たないでとっといてあげる。代わりに、……そうね、こうする。」  キロンは銃をテイクの下半身に向けた。 「大事な急所をぶっ壊してあげよっか。即死はしないわ。死ぬほどの痛みにのた打ち回ってからじわりじわりと死ぬ。  股ぐらを押さえ込んで悲鳴を上げながら転げ回る姿。サイコーの見世物になるかもね。  あぁ、他の隊長連中にも見せてやりたいわ。レイナをドン引きさせてあげたい。ベリアルは腹抱えて笑うでしょうね。  あのいつもムスッとしてるドヴォールも流石に笑っちゃうかな? どう思う? ねぇ。」  キロンは再び残忍な笑いを浮かべ、銃の引き金に手をかける。 「怖い? 怖くて震えが止まらない? 怖いなら怖いって言ってよ。ね。  やめないけど。だってアンタが悪いのよ? 中途半端な実力で上司に逆らったりするから。  よーく覚えておきなさい。裏切り者は殺されると。心をぐちゃぐちゃにされた後に、ね。」  ズドンッ!  銃声が木霊した。  テイクは――死ななかった。 「……アハッ、アハハハッ、運がいいねぇ、3分の1まで外れたわ!  いや、運が悪いと言うべきかな? ……どっちなのか良く分からないわね。  良かったじゃない。もう1分長く楽しめるわよ。……サイコーの気分を。」  テイクにとって、続けざまに外れる銃弾は悪夢だった。  もはやこれは、死を待つだけの意味の無い引き延ばし。  キロンの銃に残るのは1発の空砲と、1発の必殺弾。  死を引き当てられる確率。50%。  万が一、それも奇跡的に外したとする。  その次に待つのは、100%の死だ。  “絶望”だった。  テイクは目を閉じ、次の銃弾が撃ち込まれるのを待つ。  ……部隊長の実力は伊達では無かったのだ。そこを見誤ってしまった。  キロンの銃弾がテイクの額を抉り抜く。私は死ぬ。その次はどうなる?  おそらく、背後の少年が狙われる。  彼女は執念深い。自らの目的の為に、どれだけ残酷な仕打ちをするのか……。  事の発端は、この森林エリアの巡回中に起こった。  テイクとキロンが森の奥を探索し、兵を配置していた時に。  突如、幼い少女が現れて襲い掛かってきたのだ。  まさかこんな場所に生き残りがいたなどと思いもしなかった2人は、不意を突かれた。  少女の凄まじい身軽さで繰り出された一撃はキロンの身を掠め、服を泥で汚した。  そして反撃の銃弾を放つその前に、森の奥に逃げられてしまったのだ。  その行為が、中途半端にキロンのプライドを傷付けた。  子供に接触を許してしまったという事実。服に泥をつけられた屈辱。  残酷なる部隊長は、容赦無く――少女への復讐を始めるのだった。  その為には、手段は厭わず。  テイクは、目を開ける。  自分を殺す相手の残酷なる顔を、せめてその瞳に焼き付けようと。  ――しかし、キロンの顔はテイクに向けられていなかった。  キロンの銃口はテイクの右肩を越し――背後でぐったりしている少年を狙っていた!  キロンの目は勝ち誇ったように笑う。  気づくのが遅かったね! ぶるぶる震えながら目をぎゅっと瞑っちゃって、やっぱアンタは情けない男!  見てなさい、この50%の弾丸、このガキに食らわせてやる。アンタの拷問はこれで最後。  アンタが守ろうとしたガキがアンタより先に死ぬの。それが一番面白いじゃないのォ!  テイクは、キロンに揺さぶられてしまったことを一瞬で後悔し――一瞬で感情が弾けた。  ――決めたじゃないかよ。私がこの少年を守り通すって! 「う、お、ぉぉぉぉぉぁぁぁっ!!」  一瞬。  テイクは土壇場で立ち上がり、少年を庇うように両手を広げた。  咄嗟の反応が体に負担をかけ、ベキベキと筋肉が音を鳴らす。  何が来ようと全てを受け止める、強い意志!  ズドンッ!  テイクは気を失った。  必死で庇ったその銃弾は、5発目の空砲。  冗談みたいな奇跡だった。……5発連続で、“死”は放たれなかった。 「アハ……アハハッハハッハッハハハハッ!!」  キロンは一瞬だけ信じられないという表情を露わにしたが、すぐに残酷な顔に戻る。  右手に握った銃に残っているのはとうとう、電撃の魔弾が1発のみ。  キロンは気絶したテイクを見下ろし、100%の死を与える銃を額に向ける。  そして躊躇わず、引き金を――引く。  ガッ!  ――その瞬間には、銃はキロンの手元から離れていた。  そもそも、銃は遠距離用の武器。  戦場で、敵の真正面に近付いて悠々と放つべきでは無いのだ。  キロンは明らかに油断していた。邪魔をする敵はいないはずだ、と。引き金を引けば全てが終わりだ、と!  そしてそれが、致命的なミスとなった! 「近づきすぎだよ。」  その声の主は、剣でキロンの銃を弾き飛ばしたのだ。  銃は弾き飛ばされ、宙を舞う。  それを目で追うキロンの足元に――居た。  堂々と剣を振りかざした、少女――“メス猫”の姿が! 「なっ……どこから……!?」  猫のような少女は動きを留めない。くるりくるりと回り、キロンの意識を外しながら背後に回り込む。  そして剣による一撃を足元から突き出す!  キロンは急いで振り返る。が、そこには誰も見当たらない。  ――ザッ!  何かが掠れる音がした。キロンの背に一閃が走った音! 「う……ぅああぁぁっ!」  キロンのがなり声が木霊した。あれほどまでに気を遣っていた彼女の着衣……その背に、大きな裂け目が走ったのだから!  その時、少女は?  斬り付けると同時に猫のようなジャンプ力を発揮し、跳んでいた。  2秒ほどの間を置いて、少女は両足と左手で着地をした。剣は右手に。  キロンの歪んだ目を真っ直ぐに見据え、構えた!  キロンは怒り、叫びながら、少女の脇腹目掛けて蹴りを繰り出す。  しかし少女の動きは俊敏にして鮮やか。地面を転がるように回り、再びキロンの背後へ!  2度目は意地でも食らうわけにはいかない。そう思ったキロンは飛び退き、地面に伏すテイクの胴を両足で跨ぐように立つ。  そしてテイクの法衣を両手で掴み、力任せに持ち上げ、盾とした!  上空から跳び来る少女の剣は、そこで動きを止める。 「……ひどいことするにゃ。ゴッディアの女のヒトってそうなの?」 「何とでも言ってよ。この汚らわしいメス猫……! いつの間に近付いてたの!?  ……まぁ、好都合だわ。あのガキから居場所を聞き出す手間が省けた。」 「全部、見てたんだからね。……私、今すごく怒ってる。」 「こっちのセリフよ。ガキが!」  2人の視線が弾ける。  ……ここまで消費した時間は、40秒程度。  だが。  弾き飛ばされたはずの銃は一向に落ちてこない。  ……天運が少女を味方したのか。銃は、樹木の枝に引っ掛かった状態で止まっていた。  そして更に。 「……いたぞっ! あそこにいるっ! あの子だっ!」 「人が2人……Wars、どっちだよ!?」 「ちっこい方だよ! どっちもちっこいけど、ちっこい方だっ!」 「わあった、ブッ放つぞっ!!」  男の荒々しい叫びと共に、数本の矢が走る。  矢は風に乗ると発火し、爆風となって砂塵を散らした!  キロンはテイクの身体を手放し、目を覆う。  凄まじい爆風に逆らうように、声を荒げて吼える! 「ううぅぅうぅううう……!! …………どいつもこいつも……ううぅぅぅあああ!!!  来なさい……来るのよ、シーファァァァ!!」  木々を潜り抜け、辿り着いたのはレジスタンスの面々。  ……誰一人として欠けてはいない。“間に合った”のだ。  飛び散る砂埃と木の葉の中で、猫のような少女はテイクの身体を守っていた。  その小柄な身体の全身でテイクに覆いかぶさり、爆風を防ぐように。  テイクの意識は戻らない。流石に与えられたショックが強かった。  だが、彼の勇気は、見事に場を繋いだのだ……! 「……見てたよ、彼の中からずっと。……ありがと、にゃ。“私達”の為に、抗ってくれて。」  砂塵が止み、木の葉がゆっくりと舞う。  場の全員は、その中に……大きな影を見た。  巨大な黒い怪鳥を従えた、キロンの姿が――! 「嫌い。あんたたちみんな嫌い。大を何個つけても表せないぐらいに。大ッッッキライ!!  ……飛ぶよ、シーファ。……吹き飛ばすのよ。……こいつらみんなまとめて、粉々にッ!」  黒き怪鳥は啼く。  そしてキロンを中心に、黒い渦が形成される。  目を凝らして見るとそれは――蜂の大群。  渦が散り、そして、四方八方を埋め尽くす影の群れとなる。 「なんだぁ、こいつらはっ!」 「わわわぁっ、蜂だっ! 影の蜂の大群だっ! 痛っ、いたたっ!」 「ギニーさん、大丈夫ですか!? 今、治療します!」  偵察用の蜂といえど、群れを成すと威力は強まる。  無差別に針を撃ち込む蜂の嵐。  その中心にて怪鳥が翼をはためかせる。キロンはその鳥の足首に捕まり、共に空へと舞い上がる……。  木々の隙間を無理矢理こじ開ける黒き翼。葉を散らし、森は荒れ狂う戦場と姿を変える。 「おい、そこの銃持ち共! 漸、そしてティアだかいう奴! なんとかしろ、アイツを!」 「……無茶だ、ベイト。この葉っぱの嵐じゃ照準が定まらない。」 「やれやれ……デカイ鳥を持ち出してきたな、あの女……。  あのデカさ、間違いないな……“兵器”の一匹だろ。無理矢理撃ち殺したところで、ここらが吹き飛ぶぞ。」 「っち、役に立たねぇモンだな……ミュラちゃん、どうだ!?」 「銃が無理なものは弓矢も無理ですよ……ボウガンも同じでしょう? せめて、この蜂の群れさえ退いてくれたら……!」  飛び道具はどれも役に立たない状況。  蜂の群れと木の葉の嵐で、視界がスッポリと覆われている……。 「空を飛ばれたらオシマイ、かよ……っざけんな、さっさとしねぇと更に高く飛ばれるぜ……?  爆撃でもされりゃひとたまりもねぇぜ……!」  蜂がブンブンうなり、鋭い針が飛ぶ。  武器や魔法で対抗するが、埒が明くわけも無く……。 「そういえば……ノアさんは? 姿が見えな…… !」  ノアは剣を手に取り、空を見据える。怪鳥の影をしっかりと狙う。  彼の足の下には、砂に埋もれた大きな岩があった。人が1人、丁度立てる大きさの。 「ノアさん、何をっ!?」 「……俺が、アイツを撃ち落としてくる。地上に引きずり込めれば、こっちのものだろう。」 「でもっ、どうやって……!」 「…………頼めるよな、少年。」  砂塵が舞い散った時、“変わった”のはキロンだけではなかった。  嵐の中で、ゆっくりと立ち上がる……少年がいた。 「! 君は……いつの間に?」 「……この人を、お願い。」  少年は横たわったテイクの傍にいた。そこから、テイクの身をレジスタンスに託す。 「もちろんだ。……花蓮、頼む。」 「は、はい。」  花蓮はテイクの身体の診断に入る。  それを見届けた少年は、両手を合わせて何かを呟いた。  すると……ノアが乗っている岩が、地面を離れた。  大地から剥がれ、30cmほどの宙を浮く。 「少しの間だけでいい、耐えてくれよ。ミュラ。」 「は、はいっ!」  蜂たちの群れに囲まれながら、魔術師が叫び声を上げる。 「みんな、ボクの後ろに……っ! 水の破壊砲で一掃するッ!」 「ホーエーさんっ、あなたは肩の傷が……。」 「ハハッ、大丈夫。君の治療が良かったみたいだから。……いくよッ!」 「来るなら来るがいい、ハチ共! ガハハ、この俺の肉体が相手だあっ!」 「よっし、そのままそのまま。お前、いい盾だぞ、ゴジャー。」 「ティ、ティア殿! あまり前に押し出さ……ムグッ、フンッ! 我慢だ、我慢!」  ノアの乗っていた岩がどんどん上昇していく。  1mの高さに及び、ノアと少年は意志を確認し合う。 「乗り心地は?」 「悪くない。」 「感覚で動かすから……間違ったらごめん。」 「上に上がりさえすればいい。俺がなんとかする。……してみせる!」  少年は強く意識を集中した。そして、ノアを送り出す。  決戦の場――森林エリア、上空へ。  第18話へ続く