Another World @作業用BGM紹介:http://www.nicovideo.jp/watch/sm3549880(すばらしきこのせかいより、Give Me All Your Love) 第18話.『最後の弾丸』  暗き衣を纏いし子は振り返る。  無表情な顔を何かが動かしたのだろうか。 「……。」  一瞬だけ、地平を見つめる。が、見えるのは一面の山肌。斜面の下にはかすかに森の緑。  すぐに頭を振り、元の暗い表情に戻った。  そこに声をかける指揮者の女。 「どうした? ……何か、聞こえたか。」 「…………。」  合いも変わらず、無言で俯いたまま。  その反応も一行にとっては珍しいものではないらしく、歩む速さには何の変わりもない。 「貴様が今何を考えているかは知らないが。……何かを思い出したのなら素直に話せ。  私達が必要としている“情報”の鍵……それを握っているのが貴様だという可能性もあるのだからな。」 「…………。」 「……まぁ、いい。」  イグルスはふっと息を漏らすと、眼鏡を人差し指で直して前を向き直した。  一行は雪原エリアへの旅路の途中だった。  レジスタンスの者達が森林に滞在していた間、平原エリアから都市エリアを巡り、情報を掻き集めていた。  表面上はあくまでも『近衛兵トリードのメッセンジャー』として。  1週間前の襲撃でほぼ壊滅していた都市エリアには、少数の住民が隠れ住んでいる。  その中の『フォルミナ区武装自警団』の面々とは、霧瀬希更准尉を通じて情報の交換を行っているのだ。  ゴッディアの協力をしつつ、反逆勢力への情報提供も行う。“中立”に立つためのやり方だった。 「アーチャーズ伍長が言うには……秘密があるのはやはり、中枢……おそらく、地下、か。  准尉、何か心当たりは?」 「はっ! 私には特に思い当たる事はありませんっ! ……ただ。」  霧瀬希更は元気のいい返事を返したが、最後で少しトーンが落ちる。 「これは自警団内での推測でしかありませんが……やはり、中枢地下に関しての情報があまりにも少なすぎたということがあります。  管理人エタニティは、何かの事実を隠匿していたのではないか、と。」 「なるほど……十分だ。助かる。准尉が同行して頂けるのはな。」 「滅相もありませんっ! 上官からの指示でありますから! ……皆は願っております。争いを一刻も早く止める事を。  イグルス殿の行動に理解を示した上での協力でありますよ。」 「……そうだとありがたいな。」  イグルスは情報を整理する。そして暇そうにしてるハットに話を振る。 「……参ったな。」 「そうね。」  ハットは計算ができる。その為、イグルスがこの手の話をする時はいつも彼が相手だった。 「中枢の地下に秘密が眠っている。……同時に、中枢の塔はまるごとゴッディアの支配下にある。  “世界の真実”に近いのはゴッディアの方……ということか。」 「元からAWの罪とやらを主張してるのは奴らの方だからな。アドバンテージは当然そっちにあるに決まってる。  ……どの程度の秘密が眠ってるのかは想像もつかんけどね。思い切って潜り込むか?  不可能ではないだろうよ、俺達じゃ。」  イグルスは考える。確かに、“中立”の立場を利用すれば難しくは無い。  だがそれと同時に、その貴重な立場を失ってしまう恐れも高い。 「……取っ掛かりが欲しいな。今は中枢の塔に出入りする理由が何も無い。ゴッディア側からの不審を買ってしまう。  強行的に突入、または侵入……いや無理か。どれほどの戦力が地下を守っているのか不明。  迂闊な事をしでかせば袋叩きに会うかもしれない。」 「それ以前にだな、あの塔から地下へ潜る入り口さえ不明だぜ。どっから突入すればいいんだか。  あと、隠されている秘密の大きさも問題だな。……危険なシロモノかもしれないし。  やっぱりまだ情報が足りない。全然足りないね。どうにかうまいこと奴らを言い包められないのか?  話術は得意なんだろう、イグルス。」 「無茶を言うな。口実が作れないとどうもこうもできん。」  イグルスは溜め息をつき、銀縁の眼鏡を直す。 「仕方ない。雪原にて策を練る……。」  何か、取っ掛かりさえあれば……。近衛兵の1体ぐらい、どうということはないのだが!  敵のキングに1手届かないもどかしさを、一行は感じていた。  4月21日 17:49 ―――  森林エリアの木々は背が高い。  上に上にと行くほど、枝が分かれて絡まって、日の光を遮るレースのカーテンとなる。  その複雑な網目は無理矢理こじ開けられ、裂け目から森に光が差す。  カビと苔に満ちた暗き世界に光が差し――そこから黒き翼が羽ばたく。  黒き怪鳥。その正体はゴッディアの兵器を心臓として稼動する巨大な生物兵器。  名はシーファ。とある異次元の世界にて“傲慢”を意味する言葉。  主は、執念に満ちた残酷なる女。  怒りは、暴風となる。  シーファの両翼の羽ばたきにより木の葉が枝から引き剥がされ、地上に向けて叩き付ける。  レジスタンスと黒き蜂の攻防が巻き起こる混乱の中、上空から叩き潰そうとする大いなる翼!  そこに飛び込むのはポルターガイストの魔術で飛行した岩石。それに乗る青年、ノア。  森より高く飛ばれたら間に合わない。ビルの5階ほどの高さで留まっている今が絶好の好機。  岩にしがみ付き、剣を構えながら向かい風に立ち向かい、そして確実に接近する!  地上で術を使っている少年は感覚で岩を動かす。  木の葉の暴風雨によって空への視界はほとんど遮られている。  ノアから岩石に伝ってくる微妙な感情を感じ取り、それを元に操作するデリケートな仕事。  少年を防護するのはレジスタンスの面々。コントロールを少しでも維持する為に、蜂を一匹も近付けない!  人間の3倍ほどの大きさがある胴を持つ、影の兵器。  その怪鳥の足首に掴まったキロンはノアの姿を認めた。 「……アンタ、どうやってここに…………!」  ノアがキロンの目を真っ直ぐ見られる位置まで近付く。  先端が折れた剣はすでに紫電を纏っていた。 「あんたがゴッディアに寝返った……裏切り者か。」 「だとしたら何? シーファッ!!」  キロンの命令で怪鳥は羽ばたき方を変え、巨体を傾けてノアから遠ざかる。  ノアの岩石はそれを追う。ノアは空中での立ち回りに慣れつつあった。  実質、ポルターガイストの魔術で動く岩石は巨体を持つ怪鳥より素早い。  十分、剣が届く距離まで詰めることができる! 「この……どこまでも、邪魔をっ……! あぁ嫌い、近寄るなっっ!!」  バキュンッ!  ノアの肩を銃弾が掠めた。キロンは懐から予備の銃を抜いていた。  ロシアンルーレットに使用した銃よりは小型で威力も低い、が殺傷能力は十分。  その銃を、シーファの足首を掴む手とは逆の手で持ち、近付くノアを捉える。  バキュンッ! ズギュンッ!  ノアは限られた足場の中で身を捩り、避ける。  空中で狙いが定まらないのが幸運だった。キロンは恨めしげな悲鳴をノアにぶつける。 「レジスタンスッ……あと一歩でッ……私は汚らわしいメスガキを始末できたってのに……!  どうして邪魔すんの! っどうして、私にここまで抗うのぉっ!!」 「……。」 「あんたに言われる筋合い無いわよ! 裏切り者ォ!? 裏切り者はこの世界の方なのに!  みんな私を蔑んだ! 服を汚したッ!! 色んなものを奪っていった!!  私は言うわよ、何度でも言ってやるわよ、嫌いよ嫌いッ! みんな嫌い!!  あんたも嫌い! レジスタンスも嫌い! ゴッディアも嫌い! 神も大嫌い!  根絶やしがお似合いよこんな世界。みんな殺しあってさっさと終わりになればいい!!」  ノアは、冷静に――目標を見る。  撃昂しながら銃を向ける、この世界のイレギュラーを、見る。 「……どれえだけの過去を抱えれば、全てを嫌うことができるのか……俺には想像も付かない。  だが、俺は知ってる。嫌悪の感情は、争いを生む最も醜い原因なんだ……。」  故に、目の前の存在は――醜く歪んで見える。  シーファは旋回しつつ、ノアに突風をぶつける。  キロンの怒りを暴風に変えて、全てを吹き飛ばすように。  ノアは、揺らがない。  剣を振り被り、飛び込む一瞬を待つ。 「その嫌悪の感情が火の粉を撒き散らすなら。俺はそれを跳ね返す力になる!  あんたらが何を壊そうと、俺の仲間には決して手を出させないっ!!  そう、誓ったんだ!!」 「黙りなさい、何も知らない小虫がっ!!」  バァンッ!!  ノアの眼前に銃弾が飛び込む。  刹那。  紫電を纏いし一太刀が銃弾を斬り落とし、その勢いでキロンの懐に迫り、薙ぐ!  キロンの目の前を横に一閃。まさに胸先三寸の位置を剣が泳いだ。  傷は与えられなかったものの、理想的な一撃だったと言える。  何故なら。  その迫力で、キロンの銃口は一瞬の間ノアから外れていた!  ズダンッ!  銃弾は虚しく風を切る。  そして、運命の一太刀が振り下ろされ――  その時、地上で。  レジスタンスの壁を潜り抜け、1匹の蜂が少年の胸に飛び込んだ。 「いつっ……。ッ、しまった!」  チクリと、わずかな痛みが神経を傷付ける。警護用の蜂が持つのはたったそれだけの力、命に別状は全く無い。  だが、一瞬――集中を乱してしまう。  ガクンッ。  ノアの乗っていた岩が、大きく傾いた。  キロンの口元が緩む。……露わになった勝利をもぎ取る瞬間。  好機は生かす。躊躇うことは無い。  撃つ!  しかし硝煙を吐く銃口の前に、既にノアはいない。  空っぽの岩石がひとつ。  ノアは自身の身体がバランスを崩してしまうその前に、岩石に体重を預けることをやめていた。  つまり、岩石を蹴り上げ、  ――怪鳥の首元目掛けて決死のジャンプをしていた!  キロンは怪鳥にぶら下がったまま、成す術も無く見上げる。  逆光の中にて弾ける――光の剣を。 「――紫電、」  ノアの剣は怪鳥を狩る。左の翼の付け根を貫いた。  そしてそのまま、剣から怪鳥の体内へ紫電が流れ込み、凄まじい光を放つ! 「――轟閃衝ッッッ!!」  紫電の光は怪鳥の体組織を焼き切り、破壊する。  左翼に根元からガバッと裂け目が走り、紫電のエネルギーを撒き散らしながら……完全に焼き切れた。  そこでようやく、シーファは断末魔の啼き声を上げた。  人間は重力に逆らえない。当然、宙に留まることはできない。  翼を両断された怪鳥は空中で断末魔を上げながら、必死で巨体を悶えさせ、暴れ狂う。  少しでも長く空に居座る為に。地に墜落せんと片翼を羽ばたかせる。  その激しい衝撃に触れ、キロンとノアは森へと叩き落される。  墜落する、とはいっても高さはせいぜいビルの5階の程度。  焦るな、まだ勝機が潰えたわけじゃない。  うまく受身を取れれば死ぬことは無い! ……キロンはそう考えた。  落下しつつ、身を翻す。即座の反撃に移れるように。  しかし、地上にはレジスタンスの面々がいた。  蜂の大群を退け、怪鳥の啼き声を聴きつけ……落下してくる2人に注目する全員。  リリトットが、狙っていた。  手元にある何かで、キロンを狙っていた。  ――それは、銃。  キロンの手から弾き飛ばされ、木の枝に引っ掛かっていた電撃の魔弾が篭められたあの銃!  シーファの羽ばたきによって吹き飛ばされていたのか、何かの衝撃で落下していたのか――  いずれにせよ、その運命の銃はリリトットが拾い、手にしていた。  その幼き彼女が、鋭い目で。  落下中の、無防備の、キロンを、その銃で狙う。  100%の死が篭められたその銃でキロンを狙う!!  ドッ……  銃口が火を噴き、空気が鳴動する。  死が篭められた最後の弾丸が、仕掛けた張本人目掛けて突き進む。  玉響の時の中で、キロンただ一人が、まるで走馬灯のようにゆっくりとした世界に浮かんでいた。  逃れられない銃弾。それに掛けた魔法は、衝突と同時に発せられる電撃。  生物の神経を完全に焼き切る死の恐怖!  キロンは判断した。――弾丸が向かってくる箇所に、右手の平を向ける。  そして、  ォォォォォン!!  銃声が響き終わる。  ノアは、宙に浮かびつつゆっくりと落下し、ふわりと緑の芝生に着地した。  間一髪で少年がポルターガイストの魔術を行使したのだ。 「……ったぁぁ〜!! 痛ったぁい、肩が痛いよっ、漸〜っ!!」 「無茶するから。俺に任せておけば良かったのに。」  リリトットは銃を撃った衝撃が堪えたのか、肩を抑えて涙目になっていた。 「ごめんなさい……。でもでも、リリが撃ったほうが早いって思って……。」  漸が屈んで彼女の肩をさすってやりながら、よしよしと頭を撫でている。 「まぁ、俺の銃を扱えるぐらいだから心配はしなかったけどね。……いい仕事をしたよ、リリ。  ほら、しっかりと命中したらしい。」  一方のキロンは地に倒れ伏していた。  うつ伏せで、その下の地面が徐々に赤く染まってゆく。  死亡の確認をしようと漸が近寄った時、彼女の身体がピクリと動いた。 「……まだ、息があるか。」  次に、キロンの身体は突然起き上がり、レジスタンスの面々に姿を晒した。  服はボロボロで血塗れだった。銃創からの出血は止まらないようだ。  しかし、よく見るとその銃創は、右肩にあった。  彼女の右肩から下は力無く下がったままで、左腕で傷口を庇っていた。  キロンの息は荒く、言葉にならない。  何か小さく唸り声のようなものを発すると、気を失い再び倒れた。 「……受け止めやがったのか、あの弾を。」  リリトットの放った一発は、キロンの肩を貫いていた。  弾丸の電撃は仕掛けた本人が目論んだ通りに作動し、右肩の神経を完全に焼き切ったようだ。  銃弾が身体に命中するその直前、キロンが本能で咄嗟の防御をしたらしい。  右腕を使って銃弾の勢いを無理矢理殺し、結果、電撃の魔弾は肩に着弾した。  命は拾ったものの、右腕の出血が途轍もなく酷い。  おそらくは――二度と使い物にならなくなるほどのダメージ。  皆がそのように分析していると、上空から影が降り注いだ。  ノアとキロンから遅れて怪鳥シーファが力尽き、その羽が散りながら舞い、影の雨となって溶けて消える。  見上げると、巨体が重力に引かれて落ちてきているようだ。  落下速度が徐々に増し、片翼を失った胴体が加速する。  ドクッドクッドクッ……。  ――その胴体は蕩けながら脈を打っていた。  すでに強く、大きな鼓動。 「皆さん、下がってッッ!!」  この瞬間、ミュラは声を飛ばすと同時に一歩踏み込み、弓を引く。  そして続け様に4発。速度で銃器に劣るはずの弓を素早く爪弾いた。  ミュラが狙ったのは脈動を続ける核ではない。崩れ落ちる怪鳥シーファの翼と胴の4点。  放った矢はシーファの身体を、2本の大木の幹を利用しぴったりと縫い付けた。  木と木の間に固定されたおぞましき“核”。  その中心を――ティアの銃が刳り貫く。  ズドンッ!!  その銃声が響き終わった時、それは戦いの終わりを告げる合図となった。  “核”の中心に綺麗な風穴が開き、鼓動は静止した。  怪鳥シーファの死骸は、黒い霞となって大気に溶けていった……。 ――  ミュラは、確認を取る。 「いいでしょうか、ノアさん。」 「俺が決めることじゃないな。ミュラの好きにすればいい。」 「……分かりました。では、花蓮ちゃん。治療をお願いします。」  キロンにトドメは刺さず、傷を塞いで拘束しておくことにした。  情報を引き出し、何かあった時の為の武器にする為。「捕虜」として生かしておく。  利き腕が破壊されている為、意識を取り戻しても大した危険が無いと判断したのだ。    少しして、花蓮が治療を終えた。 「銃創は何とかなりました。右腕の機能は……二度と戻らないでしょうけれど。」 「ありがとう花蓮ちゃん。それで十分だと思います。」 「それじゃあ、次は皆さんの治療に移りましょう。手の空いている人は手伝って下さい。  ……あ、リリトットちゃん。肩は大丈夫ですか? 一応、診てみましょう。」  花蓮が心配して、漸に寄り添うリリトットに声をかける。  どうやら銃の反動が響いているらしく、肩を抑えて苦しそうにしていた。 「ん、ありがとう花蓮さん。でもリリ、大丈夫だもん。」  リリトットは強がっているようだった。無理に笑顔を作り、花蓮を制す。 「無理はいけませんよ。多少の怪我でもすぐに治さなきゃ。」 「大丈夫ったら大丈夫! ただの筋肉痛だもん! 他のひとの手当てを先にしてよ!」 「でも、素人判断は……」 「大丈夫だ。」  力強い声と共に、太い腕が突き出される。漸が掌を花蓮に向けていた。  その仕草は拒絶を意味しているようだ。 「リリが大丈夫だって言ってる。いいから気にしないでくれ。」 「で、でも私は……。」  花蓮は弱気になるが、怪我は見過ごせない。  彼女は誰の目から見ても肩を負傷している。満足に腕が上がらないはずだ。 「リリのことなら俺が一番分かっている。よくあることだよ。俺がなんとかするから、他の人達を頼む。」 「…………。」  強く言い切られてしまい、言葉無く下がるしかない花蓮。  戦場における怪我の一つを甘く見ることは、命取りだというのに。  ……まぁ、リリトットは前線に立つことはないだろうから、取り立てて必要と言うわけではないのだけれど。  花蓮は諦め、他の皆の治療に当たった。 ――  開けた森の片隅で、少年は座って治療の様子を眺めていた。  つい一緒に居てしまったせいで、立ち去りづらく――どうしたもんかと悩んでいる様子でいた。  しばらくして、彼に最初に声をかけたのは、治療の済んだノアだった。 「君のおかげだよ。ありがとう少年。」  ノアはかがみ込み、座る少年との距離を縮めながら話しかけた。 「……。」 「名前、聞いてもいいか。」 「……。」 「おい?」  ノアが返事をしない少年の肩を叩く。  すると、少年の体勢がグラリと崩れ、横になった。  ノアは一瞬、ドキッとする。しかしよく見たら――少年は眠っていた。 「なんだ、疲れてたのか。……まぁいい。」  そう言い、ノアは少年に背を向けた。  するとその時――高い声が聞こえた。 「あのっ、こ、こちらこそ、ありがとうございましたっ!」 「!?」  ノアは驚いて振り返る。そこには少年はいなかった。  その代わりに、同じ位置に、同じような背丈の女の子が正座をしていた……。 「えっと、私は猫寺クルミ! さっきのはお寺! この森に住んでたの。  あの迷惑なゴッディアの人達を追い払ってくれて、感謝しますにゃん。」 「え、ちょ、ちょっっっと、待て!」  至極当然、ノアは混乱する。  少年が少女になっただと?  猫寺クルミ……さっきのはお寺?  森に住んでて、ゴッディアと……?  それに、語尾に、「にゃん」?? 「参ってたの。あの女隊長っぽい人に逆恨みされて……」 「待て。皆を呼んでくるから……説明は分かりやすく。」 「にゃ?」  Warsが確認した。この猫のような少女は、自分の危機を救ってくれた人物であることを。 「あの時は助かった。礼を言うよ。」  Warsは素直に礼を述べる。本当に、この少女が居なければやられていたから。 「いいのっ、お互い様だから!」 「しっかし何で、俺なんかを助けようと思ったんだ?」 「だって、ゴッディアの人と戦ってたでしょ。敵の敵は味方にゃ。」  聞くところによると、この少女と少年は森の奥に住んでいたらしい。  ある日、ゴッディアの影の兵が家の周りをうろつき始めた事が気になり、2人は行動を開始。  隊長であるキロンに奇襲をかけ、追い払おうとしたのだった。  しかし中途半端に手を出したことによりキロンの怒りを買い、そのまま隠れていたという。 「君たちの住処って……俺たちがポルターガイストを食らったあの家か?」  ノアは思い出す。あの背筋の凍る出来事を。 「そう。あの時はね、あなたたちも敵だと思ってたから。だからお寺が隠れたところから攻撃を――  あ、お寺が話したがってる。代わるね。」 「代わる? って……。」  クルミと名乗った少女が一息つくと――消えた。  消えたというのは正確ではない。代わりに、同じ場所に少年が現れたのだ。  つまり、少女と少年が“入れ替わった”。  その出来事に、全員が呆気に取られる。 「僕は“お寺”じゃないっての……少し気を抜いて眠るとこれだ。クルミめ。  改めて紹介するけど、僕の名前は御流琥寺(みるくでら)ネコ。  少し長いからって、お寺って呼ばれるけど断じて違うからね……ふわぁ、眠い。」 「あ、あの……今のは?」  皆が聞こうと思った疑問を、まずミュラが聞いた。  2人の着ている服は全く違う。同一人物が変身の魔法を使ったわけでもない。  魔術に比較的詳しいホーエーすら、「こんな魔法は知らない」と言う。 「……説明、面倒だなぁ。眠いし。後はクルミに任せたよ……。寝る。」  と、呟くと再び2人は入れ替わり、クルミが姿を現した。 「もう。面倒なことはいつも私にまかせっきりで寝てばっかり。疲れてるのは同じなのに。」 「えっと、それは何かの魔法ですか?」  花蓮が尋ねる。彼女も見たことの無い出来事に驚いているようだ。 「うーん……魔法とかじゃないにゃ。私とお寺はただの幼馴染。ちょっとした事情で“一体化”してるの。  二つの心と体を一つの魂で共有してるというか……ううん、違うかな。表と裏が分かれてるというか……。  原理は説明しにくいけれど、とにかく私とお寺は片方しか出れないの。」  クルミは言葉を切り、息を吸い直してからゆっくりと説明を続ける。 「私とお寺は心の中で繋がってる。会話もできる。入れ替わる時は、心の中で2人一緒に呪文を唱えるの。  片方の意識が無い時は、もう片方が呪文を唱えるだけでいい。……色々大変なのにゃ、これでも。」  そこで、ミュラが質問をぶつける。入れ替わりの原理などよりも気になる、根本的な疑問がある。  この場にいるほとんどの者が、等しく気になっている事であった。 「あの、それはどうして……そうなったんですか?」 「? それ、って?」 「お二人が一体化した理由、です。それは自らの意志で? それとも、何か事情が?」  ――クルミの声は甘く、猫の声のような愛嬌を感じさせる。  一言で表すならば可愛らしい声質。  その声であることに変わりは無かった。  だが、次に彼女が発した一言は、とても暗く、重く感じられた。 「わかんないよ。」  19話へ続く