Another World @作業用BGM紹介:http://www.nicovideo.jp/watch/sm6501071(セブンスドラゴンより、戦場−七の脅威) 第19話.『嵐』 “聞こえますか? 聞こえるならば応えなさい。目を覚ますのです……。” 「……誰だ。」  樹海の奥地。何も見えない闇の中での、陰謀めいた会話。  最も、会話といっても場に居るのは男1人。会話の相手は見えない。  離れたところから一方的に語りかけているようだった。 “クインシアです。中枢より念話を行使していますの。よく聞きなさい。神の意志を与えます。” 「神の意志、か……。」  男は低い声で、不満そうに呟く。  だがそれは相手に伝わることが無い。念話は一方的に声を届けることができても、返事を貰う事ができない魔法。  だから女の声は淡々と続く。 “森林エリアに向かうのです。そこではキロン率いる我が部隊と罪人共が交戦中。  ……そこに向かい、加勢しなさい。厳正なる神罰を下すのですよ。”  男は表情を変えずに訝しがる。  キロン隊と言ったか? そいつらが相手をしている真っ最中だというのに俺が出る羽目になるとはな。  よほど戦況が厳しいのか、それとも……。 “……そうですわね。付け加えておきます。逆らった者には罰を。  ですが、可能な限りはこちらへ「逃がしてあげて」下さいませ。賢者様のお顔も立ててあげませんとね。  ……折角の“審判”なのですし。”  嫌らしい考えが駄々漏れだな、と男は思う。  俺の口が堅い事を熟知した上で喋っているのだろう。拷問狂め。  奴の考えている事は推測しただけで吐き気がする。  だが、……俺の知ったことではない。  何より、興味が無い。内部のゴタゴタも、罪人共の争いにも。……神の意志にも。 “後は貴方の裁量で構いませんわ。好きに暴れて下さいませ。”  そこは貴方の好きな樹海なのでしょう? ですから、貴方の足ならば30分程度の距離でしょうから。  ……任せましたわよ、ソロ。”  そして声は途切れる。念話が切れたようだ。 「嘗められたものだな。」  男は一言呟き、立ち上がり、地面を蹴る。  ――その瞬間、樹海の闇を風が散らした。  男の体は木々の海を飛び出し、月明かりに照らされる。  低い声とは裏腹に、2mに頭一つ満たない程度の身長の、中肉の男。  簡素な白い服と首のスカーフを纏った姿だけ見ると、まるで人間の青年と何も変わらない。  彼の体が空中で翻り、再び樹海に飛び込む。  そして凄まじい速度で――“跳ぶ”。  本当に、嘗められたものだ。  森林エリアまでだったら、20分と掛からん。  4月21日 19:11 ―――  テイクは、目を覚ました。見渡す限りの藍色、ところどころに散った光の粒が広がる。  どうやら仰向けに寝かされていたようだ。  体を起こそうとするが、自分の筋肉が硬直しているように感じる。  ぎこちない肢体をほぐしながら、顔を上げる……。  ……。  そうだ、あの少年は? キロンは?  すぐさま思い出して慌てる。そして、直後に全てが終わったことを知る。  自分が、レジスタンスの面々に取り囲まれているのだから……。  戦いは終わり、レジスタンスは休息を取っていた。  テントを張った場所からは遠かったが、既に日は暮れ、夜の闇に包まれてしまった。  無闇に移動するのも危険なので、最低限の持ち物で野宿を決め込むことに。  開けた場所の真ん中に焚き火を焚いて明かりにしている。  ホーエーは焚き火から少し離れたところで座っていた。  犬の化け物から受けた傷はもう目立たなくなっている。  治療を行った花蓮の腕の良さには関心するばかりだった。  彼は近くに居た難民仲間のギニーと話をする。 「……なんとか、みんな生きてる。」 「うん、良かった。良かった……。」  ギニーは戦闘中、蜂の大群が襲ってきた時は逃げ隠れていた。  無理も無い。彼は戦闘能力を持たない一般人なのだから。  戦う為に技を磨くレジスタンスや、魔術の修行をした者達とは根本が違う……。 「一時はどうなることかと思ったけどさ。……無事で良かったよ、ホーエー。」 「ハハッ、奇跡みたいだよ。あんなのはもうコリゴリだなぁ、ボク。」  ホーエーは傷跡を抑えながら、項垂れる。  あの時ほど、魔法を使えて良かったと思ったことは無かった。 「この人達に付いて来てほんと正解だったな。きっと、無事な場所まで送り届けてもらえるよ。」 「そうだね。」  2人は軽く笑い合う。  難民同士のささやかな共感。その横から、弱気な声が割り込んできた。 「……でも、本当にあるのかな……ぶ、ぶ、無事な場所って……。」  2人は声がした方向を見る。そこには地面から垂直に盾が立っていた。  ……正確には、盾に身を隠したピーターが。 「あのー、別に隠れなくても……ピーターさん、ですよね?」 「ご、ごごごごめん。癖で……。」  大きな盾の上端からゆっくりと頭が出てきて、ピーターの顔が2人を覗くようにはみ出た。  なんというか、盾の表側から見るとどことなくシュール。 「……えっと、干し肉があったからみんなで分けようと思って。ど、どうぞ。」  盾越しにピーターの腕が干し肉を差し出し、2人はそれを受け取った。  ホーエーはそれに口を付ける前にピーターに聞いた。 「どういうことです? 無事な場所があるのかな、って。」 「う、うぅぅ……思っただけですよ。ゴッディアに侵されてない場所なんて……考えられなくて。」  確かに、ゴッディア軍の侵攻は早い。各地のレジスタンスが粘っていても、いつまで持ち堪えられるかは誰にも分からないのだ。 「……でも、大丈夫だと思いますよ、ボクは。ティアさんって人が湖畔エリアに案内してくれるみたいだし。」 「そうそう、ティアさんもここの人達も十分に強いんだ。ゴッディアの一小隊だって撃退できた。  ……心配する必要は無いよな。うん。」  ギニーが無責任に胸を張る。 「ま、仮にAWが滅んでも、異次元に行けば安全な場所があるんじゃないかな。」 「何だホーエー。……ハハ、どうやって行くつもりだよ、異次元に。」 「……ただの冗談だよ。今のは。」 「地味だな、オイ。アハハ……。」  2人は笑い合う。つられてピーターが会話に加わった。  心配するだけ無駄。そうなる事を思いながら……。  ティアは夜風を浴びながら物思いにふけっていた。  ……偶然というか、成り行きというか。いやはや、すごい連中と一緒になっちまった。  あのノアが肩入れする連中……興味はあるんだけど。 「……ティア殿……。」  しかし、湖畔に帰るのが遅くなってしまっている……。  ちょっと管理人探しに出ただけなのに、このザマってのはなぁ……。  長い間あそこを空ける訳にもいかないし、明日中に辿り着きたいところ。 「……むぐぐ……ティア……殿ぉ……。」  それにしても収穫かもしれないな、今回は。  何しろゴッディアの小隊を退けてしまえるほどの力を持った奴らだ。  そいつらと同行できるってことは……。 「ティーアーどーのー……。」 「ん?」  ティアは目線を右横、更に下に向ける。  細目のゴジャーと目が合った。 「どいてくれないか……俺の腹から……。」  ゴジャーは仰向けに、大の字で倒れていた。  その腹の上に、足を組みながらティアが腰掛けていたのだ。 「……でもお前、大丈夫だろ。俺一人の体重ぐらい。」 「そういう問題では無くて……座るなら他に場所があるだろうに……。」 「都合のいい場所にお前が寝っ転がってるからだろうが。」  ゴジャーは普段、敵の攻撃を我慢して耐えている。  その為、いつも戦闘が終わって気を抜くとこのように倒れるのだ。  ティアはそれを理解した上でゴジャーを利用している。 「……ま、ずっとこんな筋肉馬鹿の上にいるってのも色気の無い話だしな。  考えもまとまったし、そろそろ輪に加わるか。」  ティアは大袈裟な体重移動をしながら、ゴジャーの腹から腰を上げる。  反動でゴジャーに些かの苦痛があっただろうが、まぁ気にしない。 「さーて、女の子の弱みでも握ってくるかなー。」  考え事をしていた時と180度違う表情をして、焚き火に集まる皆の輪に加わるティア。  ゴジャーは体を起こせず、放置されていた。 「………………我慢だ……。」 「……事情、聞いても?」  ミュラがテイクの前に立つ。その後ろにはノアとベイトがいて、鋭い目付きをしていた。  勿論、テイクのことについてはクルミから説明を受けている。  だが仮にもゴッディアの一員だという男に対し、油断するのは危険なのだ。  仮にミュラに対し怪しい素振りを見せたら……2人の男がどんな行動に出るのか。  だが、警戒は杞憂で終わった。 「全て、お話しましょう。……我々の目的。私の知っている限りの事を。  嘘は吐きませんよ。神の御心に誓って。」  テイクは落ち着いた様子で語る。 「……私はある村で牧師を務めていました。人々に神の教えを説く、誇り高き役目。」 「神だと? やはりお前は……」  ノアが攻めるように問う。 「いいえ、違うのです、神は……神は何の関係もありません。」 「続けて下さい。」  ミュラはノアを制し、続きを促す。 「1週間ほど前の……忘れもしない、運命の日。神の代弁者を名乗るゴッディアなる組織が現れた日です。  ……私は奴らに諭され、神罰に力添えをすることに。ですがそれは大きな間違いだったのです……。  ゴッディアはあくまでも神の名を騙るだけの組織。……それが先程、分かりましたよ。」  テイクは全てを後悔していた。  信じることしかしてこなかった、自らが犯した……“罪”に気付き。 「人はいつか滅びを迎える。神の怒りに触れ、根絶やしにされるのもまた運命でしょう。  私はその運命を受け入れるつもりです。……ですが、奴らを……ゴッディアを放っておく訳には参りません。  正しき神は告げられました。信じる者を救済せよ、と。  ……私は間違っていた。神の言葉を信じる前に……自分自身を信じなければいけなかったのだ。  貴女方に私の力をお貸ししましょう。弱き者を、1人でも多く救いたいのです。」  テイクの真っ直ぐな目線を受け……ミュラは考える。 「……慎重に考えな、ミュラちゃん。君が決めるなら、俺はそれに従うからよ。」  ベイトが小声で耳打ちをする。ミュラの意志は完全に固まった。 「では、テイクさん。私達のレジスタンスに迎え入れましょう。  ……これから、よろしくお願いします。」  ミュラは手を差し出す。誓いを求める、右手。 「……ありがとうございます。ミュラさん、皆さん……。」  テイクはその手を取る。握手をし、晴れてレジスタンスの一員となったのだ。 「早速ですけど、教えて下さい。ゴッディアについて……色々と。」 「承知いたしました。」  テイクが語るには、ゴッディアという組織は2段構えの層になっているらしい。  上部を占めるのは異次元からやってきた“近衛兵”達。  近衛兵の指令に従い、各地に勢力を広げる各“部隊”。  部隊の隊長には、AWの裏切り者である人間が就くことになっているらしい。  そして各隊長には一定数の“影の兵”を召喚できる権利を与えられている。  人間の兵、影の兵。それらを纏めて1つの部隊と呼称しているようだ。  キロンはその部隊を統べる者の1人で、テイクはその下に付いていたらしい。 「……まさか、イグルスさんから伝えられたあの“審判”……。」 「そうか。「審判を突破した者はゴッディアの部隊長に」。そう言ってたな……。」 「そういうことです。近衛兵による“審判”は、部隊長を選別する為に行われていたのです。  家族も仲間も省みず、世界を裏切る強い意志。それを持つ者が相応しい、と。  “審判”のルールは担当する近衛兵によって異なるそうです。まさに、ゲーム感覚のような……。」  近衛兵については、下等の兵に分かることは少ない。謎に包まれている存在らしい。  だが、いくつかの役割を近衛兵同士で分担していたことは間違いないという。  戦力となる裏切り者を掻き集め、部隊を作る為の“審判”を起こす存在。  兵を統率し、指令を与える者。影の兵や兵器などを研究し、生み出す者など。  そして、セクサーのように各地に直に出向き、破壊行為を行う“執行者”と呼ばれる者。 「近衛兵というのは……全部で、何体いるんですか?」 「私も全容は知りません。聞いた話では……少なくとも8体以上、ということぐらいしか。」 「……みゆを殺した奴らが、8体以上……か。」  ノアは小声で呟き、歯を食いしばる。  ゴッディアはこの世界に降り立った時、中枢エリアを根城に勢力を拡大中。  その勢いは、レジスタンスの人間が想定するより遥かに、大きい。 「私達キロン隊に命じられていたのは、行方不明の管理人の捜索です。  森林の隅から隅まで、兵を使って。……キロンは自身の復讐に囚われていたようですが。  結局、成果は上がらず……。」 「管理人の行方、ゴッディア側も把握して無いのですか。」 「ええ……」  テイクは話を続けようとしたが、その時、辺りは真っ暗になった。  どうやら焚き火が消えてしまったらしい。  急に風が吹いたような気がした。天気が悪化してる……?  不安に思いながら、焚き火の近くにいた花蓮が火を点け直す。  火種は再び燃え、小さな炎が生まれた。  辺りの闇を徐々に照らしてゆく……。 「……!!」  赤い炎の光が、見知らぬ者の姿を映し出した。  それは、花蓮の真正面に。白い服の男が、鋭い眼光でこちらを睨み、片足を振り上げた――一瞬!  ザッ……  その姿を照らし出したのは1秒にも満たなかった。  男の振り下ろした足が焚き火の火種を掻き散らし、辺りは再び闇に包まれた。同時に男の姿も消える。  今度は花蓮も火を点け直そうとせず、危険を感じて叫ぶ。ボリューム全開の大声で叫ぶ! 「皆さん気をつけて! 不審な人物が紛れ込みました!!」  花蓮の声は全員に届いたかは分からないが、闇の中が慌しく動いた。  間髪入れずに、鈍い音が1つ響き――野太い叫びが1つ聞こえた。 「ぬ……わっ!!」 「その声は……ゴジャー! どうした!?」  声の主はゴジャー。ティアが真っ先に気付き、ゴジャーが倒れていたと思われる場所を手探りで探す。 「い、いや大した事は無い。我慢だ……。」 「お前、動けないはずだろ! 無理してんじゃねぇ!」  ゴジャーは無理矢理体を起こし、闇の中の見えない敵に構えを取る。  木々が揺れる音が聞こえる。どうやら敵は凄まじい速さで枝を飛び移っているらしい。  ノアが叫ぶ。 「全員、北に走れ! 高地エリアは近い、そこで体勢を立て直す!」 「……っても、どっちが北だ……?」  誰かのそんな声が聞こえた。  それに返事をするように、ベイトが自身の改造ボウガンを引いた。 「北に向けてブッ放す!! 怪我したら許せよ!!」  ボゥッ!!  空気中に火薬が弾ける音がした。  それと同時に1本の矢が、火花を放ちながら闇の中を突き進んでいった。  場にいる全員は一目散にそれを追う。  当然、見えない敵も、彼らを追う!  闇の中を、文字通り闇雲に走る人間達。  暗い場所で目が利かないのは、どうすることもできない生物の性。  でも、それは敵だって同じの筈だろう……?  一行のその考えは、すぐに打ち砕かれる事になる。  ドッ! ガッ! ゴッ!  鈍い音が連続でした後、数々の呻き声が重なる。  次いで、木の枝が揺れる音。  一体、何がどうなってる……? 「まさか、敵は目が利くのか? 正確に、俺達を……狙っているのか!?」  ノアの考えは追いつかない。敵は何者だ?  暗闇で目が利く獣? それとも、魔法か何かで視力を補強している?  くっ……油断していた。このような形での急襲を想定していなかったとは!  走る。走る。走る。  そして、今までよりも強い風を感じた。  それは、風を遮る障害物が無くなったということ。  木々の生い茂る森林エリアを抜けたのだ!  すかさずベイトとミュラが名前を呼び合い、位置を確認した。  そしてベイトがボウガンに少量の火薬を篭めたカートリッジをセット。  ミュラの声がした方向へ、高めの角度に打つ!  ボウッ!  そのベイトの放つ矢の呼吸を、ミュラは感じ取った。  ほとんどが、射手の勘。だが飛んできた火の矢に手元の木片をうまくぶつけ、先端に炎を灯した!  それが松明となり、辺りの景色を照らし出す。  夜闇の中の――高地エリアを。  高地エリアに入る際は斜面を登る。  山岳エリアの麓に広がった広大な台地には、いくつかの村が点在している。  そして高地の西は急斜面になっていて、その先が見渡せる。  一行はその先を見た。  闇に薄っすらと浮かび上がる、中枢エリアの巨大タワーの影。  その存在は、松明の炎が無くとも十分感じられた。  すぐ近くにあるAWの中心拠点。今は、ゴッディアの活動基地。  一行の目の前は崖。  逃げ場所が無いことに気付いた者から、後ろを振り返る。  そこには立っていた。  炎の赤い光に照らされただけでも伝わるその迫力。  濃い色の赤髪と、光が宿らぬ真っ暗な瞳。首に巻いた白いスカーフが風で微動する。  その持ち主の、男が1人。  たった1人が、目の前に。  眼前にいる敵。背後は中枢へ続く絶壁。  闇に惑わされていたせいで、追い込まれていたことに気付かなかった。  巧妙に、完全に逃げ道を封じられていた。  テイクは仁王立ちをする敵の顔を見て思い出すように言った。 「あの赤髪と白のスカーフ、まさか……近衛兵最強の遊撃者、ソロ……。」 「近衛兵!?」  誰かが叫ぶ。だが、テイク以外の誰もが等しくそう思っただろう。  目の前の、人間の青年と変わらぬ見た目の男が……近衛兵!  砂漠にて凄まじいパワーを見せつけた巨人と同等の力を持つ……。  ――いや、テイクは何て言った? 「近衛兵最強の遊撃者」?  ソロは一行に向けている目線を下ろすと、右肘を引き――  ズンッ!!  バラバラの陣形において、比較的ソロと距離が近かったホーエーの足元に拳が炸裂した。 「うわっ!」  遅れてホーエーは飛び退く。砕かれた土の破片が飛び散り、周囲にいた人間は自らを庇う。  攻撃に入る際の構えはとても小さく短かった。ソロは隙を見せない。  ホーエーは即座に詠唱し、水の魔術を練り上げる。  エネルギーを収縮させ、反撃に出た。  ゴオッという音と共に一直線に伸びる水の砲撃。  それに対し――ソロは瞬き1つせず拳を突き出す。  ドルルルッ!!  少しの間拮抗し、拳は水の砲撃を押し返し、弾き飛ばす。  砲弾が水なので跳ね返ることはなく、飛沫となって飛び散った。  その後ろから様子を伺っていたミュラはソロの拳の既視感に気付く。  素手にしてはあの不自然なまでの破壊力……。 「――あの巨大な近衛兵が使っていた、拳の振動!」  荒野エリアで迎撃した近衛兵セクサー。跳躍しつつ拳を叩き付けてきた強敵。  その危険な拳を、目の前の男は持っている……! 「なんてこった。近衛兵ってやつはみんな、あの冗談みてぇなパンチをしてくるってか。」  ベイトが吐き捨てるように言いながら、手持ちの矢をボウガンに篭める。  それに反応したソロは地面を蹴り、消える。――一瞬でベイトに向かい、拳を繰り出そうとする。  ガキィン!  その拳の前に壁が立ち塞がり、鈍い金属音が鳴った。  ピーターもあの戦いを思い出したようだ。振動する拳に対しては、防御壁が多少なりとも通用する。 「テイクさん! あの近衛兵について教えて下さい!」 「キ、キロン含む隊長達が言っていたのを聞いたのです。肉弾戦において、近衛兵最強……!  主に樹海付近に潜んでいて、特別な任務の時にのみ動く孤高の存在!  まさか、キロン隊壊滅の報せが、もう……?」  ピーターの張った障壁に拳を打ち付け続けるソロ。  ミュラは松明をリリトットに託し、何発かの矢をトリッキーに放ち、霍乱を試みる。  ガシャン!  壁が割れるような音がミュラの耳に飛び込んできた。ソロの動きは迅速にして迷いが無い。  雷撃の矢を受け流しつつ、ミュラの眼前に迫る!  他のメンバーも飛び道具や魔法でソロの動きを止める為に力を尽くす。  だがソロはそれらの攻撃に怯む事は無かった。  セクサーと同威力の拳が、セクサーの何倍のスピードで接近し――ミュラに狙いを定めた。 「……まだっ!」  ミュラは身構えず、胸を張った。  ミュラの頭上、天に打ち上げた主砲を解き放つ。  雷を纏った必殺、タイニーサンダーが空を切り裂いてソロの心臓を狙い撃つ!!  光が弾けた。  その矢は、地に突き刺さっていた。  ソロは矢よりも早く、跳んでいた。  タイニーサンダーを回避し、空中でソロは左の拳を握る。  ミュラは今度こそ成す術が無い。  ガシッ!  その攻撃を、身を挺して庇ったのはティアだった。  一瞬の時間稼ぎが功を成し、手持ちの短剣で受け止める。  拳圧により短剣は弾かれ、宙を回転した。  ソロは体勢の崩れたティアに追撃。  再び地に降り立ち、右の拳を振るう!  だがティアの動きは劣らない。短剣を弾き飛ばされた瞬間、ティアの上半身もまた弾かれている。  ティアはその勢いに敢えて乗った。飛ばされた短剣を追うように、悠々とバック宙。  空中で短剣をキャッチすると同時に銃に変形させ、引き金に指をかける! 「平伏しな。扇凰弾!!」  ソロは再び拳を握り直し、そして勢いよく地面を蹴る。  ティアの銃が唸り、8連発の弾丸が飛び散る。  ミュラは咄嗟に屈み、空中の2人を見上げた。  ソロの服に1発の弾が命中。服に穴が開き、血を滲ませた。  ――だが勢いは死なない。表情を変えず、ティアの胸に左の拳を打ち込んだ!  ドッ……!  ティアは歯を食いしばり、受け止める覚悟でいた。どれだけ弾き飛ばされようと耐える!  ――だが、次にティアが感じた痛みは、思ったよりも鋭いものだった。 「……ッ! がはっ……!」  ティアは喘ぎ、ソロと共に地面に落下した。  ソロの拳は未だティアの胸に食い込んでいる。  ――いや違う。拳そのものはティアの体に触れてもいない。  ソロの左拳の甲から、薄い刃が伸び、ティアの胸を裂いていた。  咽るティアの口からは血が零れる。傷口から、ドクドクと、赤い色が溢れ出す……。  松明を持っていたのはリリトット。揺れる炎の明かりはティアからは少し遠く、滴る血が闇に混ざっていく。  ソロは刃を引き抜くと、ぐったりしたティアを足で蹴飛ばす。  中枢へ続く絶壁の方向へ……!  血を流しながら闇の中の地面を転がるティア。だが彼は力を振り絞って耐える。  絶壁に投げ出されそうになった瞬間、両腕で崖の際を掴み自らの体重を支えた。  明かりが乏しく判断がつかないが、きっと彼の顔色は悪い。 「……ティアさん!」 「ティアさん!! すぐ、引き上げます……。」  花蓮が形振り構わずティアの元に駆け寄る。 「ハァ……ハァ……な、なんつー隠し玉……。パンチだと思ってたんだが……ぐっ! うぅ……。  お、俺に、構うな……あいつが……っ!!」  花蓮はティアの腕を取り、力の限り引き上げようとする。  血の臭いが空気に混じって漂っている。……傷口が見えなくとも、すぐに手当てすべき怪我だということは分かる。  ……だが、ソロは手を緩めない。  何故なら彼は、近衛兵だから。  ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!!!  花蓮の背後で数発の拳が炸裂した。  それらの衝撃は――絶壁の上の不安定な地面を破砕し、崩す。 「っ!?」 「あ……ああああぁぁぁぁっ!!!」  ティアと花蓮は身体の傾きに気付き、悲鳴を上げる。  その悲鳴は徐々に小さくなり、聞こえなくなっていった。 「ティアさん!? 花蓮ちゃんっ!? そんな……っ!!」    2人は瓦礫と共に、中枢へ続く闇へと落下していった……。  20話へ続く