Another World @作業用BGM紹介:http://www.nicovideo.jp/watch/sm9056316 (逆転検事より 追究〜つきつめたくて) 第22話.『チェック・メイト』  4月21日 23:46 ――― 「参ったな……。」 「……漸殿、Wars殿。策はあるか? 俺は頭が悪い。お主達を頼るしか無いのだ。」 「俺は何でもやるつもりだよ。……リリを安全なところまで逃がせればそれでいい。」  残る5人は身を一箇所に寄せ合っていた。  気絶したままのノアは起きる気配が無い。治療をしていた花蓮も飛ばされ、成す術が無くなってしまった。 「……あの見えない壁を何とかしたいが、あれが一体何なのか分かんね。  ってことで、ゴジャー……アンタ、身体を張ってもらう事になりそうだ。」 「それなら任せろ。望み通り、いくらでもぶつかろう。」  Warsは全身に痛みが走り、平静を保つのに必死でいる。  首に注入された何らかの薬が害を及ぼしているようだが、その正体は分からない。  だが、感じるままに痛がってしまえば他の仲間を心配させてしまう。  この状況下でそれは賢くない。……Warsはただ、耐えていた。 (認めたくはねーけど……この中で一番頭が回るのは、俺だしな。)  Warsは状況判断力に長けていた。いつもベイトの後ろで、自分にできることだけをやってきたのだから。  いつでも熱くならず、無理をせず、何が最善の行動かを考えることができる男だった。 (……こんなに前に出るキャラじゃねーんだけどな、俺……。嫌になる。)  Warsは一瞬、唇を噛む。  そして数メートル先で微笑むオクトリーの巨体を睨み、声を飛ばした。 「ゴジャー、難しい事は考えないでいい。暴れてくれ、力の限りに!」 「応!」  ゴジャーは張り切り、腕を回しながら突撃していく。  それを見るまでは不敵な笑みを浮かべたままじっとしていたオクトリー。ゴジャーの肉弾に笑いながら応じる。  両者のやり取りを、少し距離を取った場所にて眺めているWars達。 「Wars。オレは何をすりゃいいんだ?」 「少しの間、俺と一緒に様子を見ててくれ。……アイツが体を張っている間はな。」 「いいのか? あの鎧野郎相手に単機で挑むのは無謀に思えるんだが……。」 「まぁ、見てろ。その子が大事なんだろ。」  漸の上着の端を握り、怯えた様子のリリトット。  二の腕に抱えた小さな杖に震えが伝わっている。 「……分かったよ。」  漸はリリの頭を撫で、じっと見守る……。 「どういうつもりだ、体の大きな君。独りで突っ込んでくるなど、無謀だと思わなかったのか?」  オクトリーは向かいしゴジャーを嘲笑い、億劫そうに右手の盾を突き出す。  ゴジャーは全身の体重を乗せ、真っ直ぐに、真正面から、真正直にそれを殴りつけた。  ゴィィィン、と金属が揺れる重い音。  魔銀で造られた盾は些かも凹まず、オクトリーは丸い顔を微かに歪めただけだった。 「……先程のコンビネーションの方が強力だったよ。君一人じゃそれにも及ぶまい。  ゲームの基本は戦略。独りで突っ込むだけではどうにもならんことを覚えて置き給え。」  だがゴジャーは豪快に鼻を鳴らし、右拳を左掌に勢い良く叩きつける動作をした。  赤く腫れ上がる拳の痛みを“我慢”しながら。 「俺が暴れるのは自分の為ではない。仲間の為だ! ガッハハ!」 「……なるほど。」  オクトリーは目の前の筋肉バカと、少し先で待機している残りの数名を交互に見つめる。  Warsは少し冷や汗をかいた。 (仲間の為だ! じゃねーっすよ。カッコつける意味はねぇんだゴジャーさんよ。  ……悟られたか? 今ので。)  唐突に、ゴジャーの体が後退を始める。  オクトリーが“見えない壁”を出現させたらしい。 「ぬぬぬぬぬ……!!」  ゴジャーは両手を突き出して抗うが、じりじりと足を引き摺りつつ後退を続ける。  いくら力を込めても壁の圧力は防げない。“壁”そのものは存在しているかどうか分からないのだから。  そしてオクトリーが一層強く念を篭めると、ゴジャーの巨体は宙に浮かんだ。 「お……お……?」  そして本人にも分からぬまま、宙に浮いた体は突風に飛ばされたように舞い、Wars達目掛けて突っ込んだ。 「おわあああああっ!!」  ドシーン!  白土の地面に叩き落されたゴジャーと、それに激突したWarsと漸。 「いってぇ……あー、マズかったな、さっきの。」 「リリ……大丈夫だったか!?」  漸は咄嗟にリリトットを庇う動作をする。背後の少女は肩を押さえてうずくまっていた。  ゴジャーが呻き声と共に腰を上げる。その時、漸は銃口を唸らせた。  ドンッ! ドンッ! 「!? おいっ、漸、何やってん……」  Warsが注意する頃には、漸は一歩二歩と前に駆け始めていた。 「これ以上待ってられない。アイツを放っておけばリリが傷付けられる……俺が、捻じ伏せてやる。」 「待てって、まだアイツの手の内が……くっ!」  銃弾が連続で発射され、それらは全てオクトリーの鎧に当たり重い金属音を鳴らす。  すかさず漸は弾をリロードし、血走った目で数メートル先の動かぬ巨体を見つめる。 「どうしたよ。……出せよ、“見えない壁”を。」 「……愚かな小僧め。」  オクトリーは一瞬、舌打ちをしたように見えた。  すると次の瞬間――漸の姿は掻き消えた。  Warsが土埃で汚れた目を拭っている間に、一瞬にして。 「……クソッ。だから待てって言ったのに。」  貴重なアタッカーがまた1人減った。Warsは全身の痛みの他に、頭痛も覚え始めていた。  それは軽い知恵熱。どうすればいい? この状況下で、どうすれば……。  痛みに耐え続けるWars。肩を抑え、うずくまるリリトット。両の拳を鳴らし、歯軋りをするゴジャー。そして眠り続けるノア。  ……その4人を、笑いながら見つめるオクトリー。 「さぁ、絶望するがいい罪人達。打てる手を存分に打つがいい。……そして悟れ。全てが無駄だということを。  改心し、祝福を受け、狩られる側から狩る側に回ろうではないか。」  煽る大声に逆らい、Warsは頭を働かせる。  ……あのデカブツは未だに動かない。ああやって声を張り上げて、俺達を挑発しているだけだ。  そうだ、動いてねーんだ。あの“見えない壁”を出し始めてから、一歩も!  アイツ自らが動いて攻撃してきてるわけじゃねぇ……。 「逃走も無駄、反撃も無駄。……理解しただろう? 賢く生きようではないか。  罪人といえど貴重な命。我らに刈り取られるよりは、有意義な使い方もあるだろう。」  アイツ、確か……『攻めるのは苦手だが、守るのは得意』とか言ってたか?  つまりあの壁は防御用? ……もしかして、そうか。そうなのか?  Warsの脳内を駆け巡る電気信号は極めて早い。  周りの会話はそれと同時進行をする。ゴジャーとオクトリーの会話。 「悪いが、俺はバカだからな。……賢い生き方というものが分からん。  信頼する仲間の為に体を張ることしかできん。ガッハハ!」 「それは結構。だが、現実はどうだ、体の大きな君。……成す術が無かったのではないか?」 「……ガッハハハハ! 覚えておらん!」 「ならば、もう一度、いや何度でも来るがいい。我が力で弾き飛ばしてあげよう。」  ……つまり、あの“壁”をどうにかすりゃ突破できるわけだ。それは分かる。  だけど、逆に言やあ、あの“壁”がある間は何もできない。こっちの動き、攻撃が全部押し流されてしまう。 「漸……どこ……? こわいよ、リリ、こわい……痛いよ……。  助けて、漸、誰か……うっ、うっ……。」  ……ん、待て! 全部? 本当に全部か?  思い出せ。  ベイト達の最初の攻撃。“見えない壁”を出してからの攻撃。アイツの行使したキック、言動……。 「おい、ゴジャー。……もう1回、手を貸してくれ。」 「おう、Wars殿。1回などとは水臭い。何度でも頼ってくれていい。」 「……アンタのプライド、ちょっと傷つけるかもしれねーから謝っとく。……これを持ってくれ。」 「ム? これは……。」 「俺が合図するまで懐に隠していてくれ。タイミングが来たら叫ぶ。その時……そいつを使って攻撃してほしい。」 「まぁ、構わんが……俺に隠せる懐は無いぞ。」 「…………そのボクサーパンツにでも入れとけ!」 「お、応!」  頼むぜ、マッチョ。ここからはアンタだけが頼りなんだ。  ……体の痛みとは裏腹に、だんだん頭がスッキリしてきた。  あの薬の正体は分からんが、今なら大歓迎だ。  ノアは一向に目を覚ます気配が無い。土埃に服が汚れたまま、横っ面を空に向けて眠ったままでいる。 「そのまま寝てろよ。俺が安全なトコまで案内してやる。……そんぐらいの仕事、やってやるよ。」  ゴジャーは叫び声と共に肉弾となる。  何度も同じように真正面から突撃してくることが滑稽に見えたのか、オクトリーは溜め息を吐いた。 「何も学ばぬものは、どの世界でも勝者にはなれない……分かるかね、君。」  そして、盾を構える両手に力を篭め、今一度“見えない壁”を作り出す。  それは衝撃に耐えるエアバッグのように、ゴジャーの肉弾を受け止め、押し返した。 「どのゲームでもそうだ。格上の相手を打ち破る為には、その相手の倍以上に頭を働かせなければならない。  そうでなくては……見世物にすらならん。強者に食われて漂う塵となるだけなのだ!」 「ぐぬぬぬぬ……ぬおおおおおおぉぉぉぉっ!」  ゴジャーは両足を軸にし、押し迫る壁に対抗する。  そして渾身の、重みのある拳を何度も叩きつけ、何度も何度もノックする!  しかしゴジャーの身体がそれ以上前に進むことはない。  オクトリーの目の前、わずか1m弱の距離を詰められずに、じわじわと後退していく……。  足の裏が摩擦で擦れ、熱を帯びる。その痛みすら我慢。  無尽蔵の体力が彼の巨体を突き動かす……! 「ひっく、ひっく……助けて、死にたくないよっ……。」  リリトットは訳も分からず、Warsの隣で怯えて震えているようだった。 (参ったな……俺一人じゃ荷が重い。この子に頼むしかねーんだが……。)  Warsはリリトットの側にそっと寄り、声をかけた。 「リリトット。リリ。……あー呼びづれえ……おい、しっかりしてくれ。」 「……ううっ、漸……。」 「泣いてる場合じゃねーんだ。漸は外に飛ばされちまった。……俺達だけでやるしかねーんだよ。  ……な。」  リリトットは泣き止まない。Warsは彼女の目線まで屈み、その震える両肩を掴んだ。 「しっかりしろ、リリ。漸に会いてーなら言う事を聞いてくれ。  リリしか頼れないんだ、俺には。……頼む。」 「……なんとか、してくれる?」 「任せてくれよ。俺、頼りなく見えるけど……やる時ゃやるぜ?」 「…………Wars、さん……。」  リリトットは赤い瞳でWarsの目を見据える。長い黒髪は乱れ、頼り無さを感じさせる。  ……だが、杖を握る両手には力が戻ったようだ。 「Warsでいいから。……で、リリに頼みたいことは……。」  Warsは少女に耳打ちをした。リリトットは頷く。徐々に勇気が戻ってきたようだ。 「分かった。……やれるだけやってみる。……で、できるもん。リリひとりでも、やれるもん!」 「ああ。頼りにしてる。」  リリトットは立ち上がった。Warsは肩を掴んでいた手を慌てて引く。 「……あ、そうだ。悪いな、肩。」 「えっ? ……あ、ううん。別に、へーきだよ。」 「そうか? ……ま、いいや。」  ゴジャーは気合いで壁との力比べを繰り広げていた。  後退するスピードは非常にゆるやか。両者のパワーが拮抗しているということだ。 「なるほど、君にはそこまでの力が……“把握”したよ。  ならば、これで十分だろう。」  本人にしか分からないが、オクトリーはゴジャーを押す壁を厚くする。  2倍、3倍に膨れ上がった圧力はゴジャーの気合いをものともせず、強靭にして純粋なる力となって彼を押し返した。 「ぐおおおっ……まだまだ……。」  ゴジャーの腕は悲鳴を上げ始める。足元はもう限界で、爪先が地面を離れ始めた。  そこで、待ち望んでいたWarsの号令が下る! 「今だ!!」 「応っ!!」  ゴジャーはおもむろにボクサーパンツに手を突っ込むと、そこから小さな……鈍く光るナイフを取り出した。  そこから起こったことは、全て一瞬。  ナイフを乱暴に、真っ直ぐに、全力で投げつけるゴジャー!  それは時速にして250kmをゆうに超えたか。オクトリーの“見えない壁”を無いもののように貫き、その術者本人の懐へ飛び込んだ。  ギンッ、と金属の擦れる嫌な音が鳴る。  勿論、魔銀でできた鎧に対し、ただ鋭利なだけのナイフをぶつければそうなることは分かりきっている。  見えるか見えないかの傷を一筋残し、ナイフはどこへともなく弾き飛ばされた。   「……!」  オクトリーはその音で怯む。何が起こったかの把握に数秒を要した。  だがその数秒の間に――ゴジャーは前進していた! 「ぬ・お・お・お・お・お・お・お・お・お・お・お・お・お……」  叫び声と同時に繰り出されるタックル。  ゴジャーとオクトリーの体格差は3倍程度はあった。  しかしゴジャーの全力のタックルを無防備にくらい……不動のままではいられなかった。  如何な刃物や銃弾すら通さない重厚な鎧。  しかし、それでも、純粋なる圧力を受け流さずに跳ね返すことは困難だった! 「……お・お・お・おッッ!!」 「な……んだと……?」  ゆらり、とオクトリーの体は傾く。  そして、ゴジャーに激突された左半身を守る盾を、取り落とした。  その盾は地面に落ちて大きな音をたてる……筈だったのだが、オクトリーの耳には何も聞こえない。  落とした盾を、ゴジャーが直接掴み取り――そのまま回転して――遠心力を加え――オクトリーのみぞおちにぶつけたのだ!  ガツンッ!!  鈍く大きな音に鼓膜が刺激される。  オクトリーは2度もよろめき、――鎧の胸元に隙間を開けることを許してしまう。  そこから、小さな何かが零れ落ちた。  オクトリーは歯を食いしばり、必死の形相でそれを拾おうと手を伸ばす!  しかし、タッチの差でチャンスを逃した。  近衛兵オクトリーの、最悪の失態だった。  落とした中枢エリアのキーは、小柄ですばしっこい何者かに先に拾われてしまったのだ。  それは先程からずっと機会を伺っていた。  この場で一番小さく、無力に思えた彼女は――誰よりも早くそれを手にした。 「はいっ、Warsさんっ! リリ、やったよ!」  リリトットはそのキーを後ろのWarsに投げ渡す。  Warsは歯を見せた笑みを浮かべ、それを片手で受け取った。 「上出来だ!」  想定していたよりも上手くいった。Warsは思う。  まさか、デタラメな位置にキーを隠してたとは……あいつの驕りだな。  えーと、こいつはどう使うんだ? 念じるだけでいいんだっけか?  みゆがやってた時のことを思い出して……こうか?  すんなりと、倒れたままのノアの身体が音もなく消え去った。  Warsの想像している通りならば、中枢エリア外の安全な位置まで転送されたはずだ。  次にWarsはリリトットを安全な位置に転送した。  ……良くやってたれたよ。漸と一緒に休んでな。  リリトットは何も言葉を発する暇も無く、即座に消えていった。  そして最後にWarsはゴジャーを転送しようとした。  しかしその時、ゴジャーの叫び声が聞こえてくる。  Warsが顔を上げると、それは眼前にまで迫ってきていた。 「うおおおおおおおぉぉぉ!」 「なっ……うわああっ!」  オクトリーが体勢を整え、再び“見えない壁”を招来したのだ。  ゴジャーの身体は三度吹き飛ばされ、質量のある巨体がWarsの顔面にクリーンヒットした。  数メートルの距離を舞い、Warsは飛びかける意識の中で悔やむ。  ……折角奪ったキーが、弾き飛ばされた! くそっ! 「まだそんなモノを隠し持っていたとは……“把握”が遅かったようだ。  しかし私はもう君達を追放する術を持たない。……ならば、潰すのみ。」  中枢エリアキーは衝撃でどこかに飛ばされてしまった。  しかしそれを探す余裕は誰にも無かった。  オクトリーがWarsとゴジャーを睨み、“見えない壁”を最大の出力で放つ。――二人の、真上から!  Warsは、ズンッ、という音を聞いた気がした。  しかしそれは厳密には音では無い。  真上から来る圧力が、何倍もの重力として圧し掛かり、全身を圧迫する。  Warsは立ち上がろうとしたが、地べたを這う姿勢のまま白土に貼り付けられた。  ……もう、分かってるんだ。全部。  あと1回、アイツの懐に飛び込めれば……。  ハハッ、それは高望みか。良くやったよ、俺……!  全身の外側から圧力を受け、全身の内側から痛みが響く。  今までずっと歯を食いしばり耐えてきた。とうとうそれも限界が訪れる―― 「Wars殿。……指示を、くれっ!」  その呼びかけはゴジャーのものだった。  全身を土埃まみれにし、無数の擦り傷を作り、それでもなお、逞しい両腕を突っ張らせて“壁”に対抗する。 「はぁ……まだ眠らせちゃくれないか。」  上から押し潰そうと迫る見えない力を、全身で遮るゴジャー。  両腕でそれを持ち上げる姿勢のまま、静止したように動かず、ただじっと対抗している。 「俺はいくらでも我慢できる……Wars殿に頼るしか無いのだ。……ヤツの突破口を。  この俺が……何をすればいいのか、教えてくれっ!」 「……おいおい、俺を買い被りすぎじゃね? まだ出会って一晩目だぜ。  アンタが俺の何を知ってるってんだ。」  Warsはあえて皮肉な問いを投げかける。  実際は逆も当てはまるからだ。Warsはゴジャーのことを全然知らない。 「……何も知らんっ!! だが、仲間のはずだっ! 俺はレジスタンスになる為にここにいる。  教えてくれ。俺は……何をしたらいいっ!? ぬおおおお!!」  ゴジャーの両腕に圧し掛かる圧力は徐々に強くなる。  もう、問答ができるほどの余裕は無かった。  Warsはゴジャーの強靭な身体に寄り添うように立ち上がる。  そして彼にそっと耳打ちし、真っ直ぐに――倒すべき敵を見据えた。 「やってやろうぜ。マイ・ファミリー。」  ゴジャーは一歩ずつ、確実に進む。圧し掛かる見えない壁を跳ね除け、驀進する。  オクトリーの顔には焦りと、疲労が見えていた。  どうやら集中力を欠くと壁の強さが落ちるようだ。Warsの読み通り。  オクトリーは一度、能力を解除した。  そして一瞬深呼吸をすると、再び力を展開する!  その間に、ゴジャーはオクトリーの手の届く範囲まで進行していた。  そして右拳を硬く握り締め、鎧に包まれていない顔目掛けてそれを振るう。  ――その拳は顔にヒットすることなく止まり、弾かれる。  寸前で強大な力を持った“見えない壁”が出現し、ゴジャーを押し退けたのだ。  オクトリーはニヤリと笑った。……もう限界だろう。そのまま、平伏せ!  再度力を収束し、体勢を崩したゴジャーに追撃をかける!  ……それでいい。ありがとな、筋肉バカ。  アンタのバカみてぇな体力、誇っていいぜ。  オクトリーは知らず知らずのうちに視野を狭められてしまっていた。  何度吹き飛ばしても諦めず、“壁”をものともせずに突っ込んでくる馬鹿がいたから。  ――だから、視界の外にWarsがいることに、気付いていなかった!  ギィン! ギギギギギ、ギンッ!  金属を何度も何度も擦り付ける音がする。  オクトリーの鎧の背中に、脇腹に、雨のようにひたすらナイフが撃ち込まれる嫌な音! 「何だ! 何の音だ、これはっ!」  オクトリーの集中力をしっちゃかめっちゃかに乱すその音が鳴り止む時、ゴジャーがまた立ち上がった。  そして両手を突き出し、ただオクトリーの足を掴んで倒れ込む。 「……これで、どうだ……。」  ゴジャーは最後の力を振り絞り、オクトリーの左足を掬い上げた。  オクトリーは左膝を地面に付く。そして足元に倒れるゴジャーを見、次にWarsの姿を探した。  Warsは、ナイフを右手に持って、オクトリーの左肩にしがみ付いていた。  体格差がかなりある為、ほとんどぶら下がるような形で。 「……クッ、分かっているだろう。私に何をしようと、幾重もの盾がそれを防ぐ!」 「ああ。そいつのタネは分かってる。……やればいいさ。」 「…………まさか、君は……!」 「ずっと見てたよ。……漸が銃を使った時、あんたは慌ててあいつをキックした。  ……銃が、怖いんだな。アンタの作り出す“壁”は、貫通に弱いんだ。」  Warsの考察は概ね当たっていた。  オクトリーの行使する能力は、空気を操作して瞬間的に突風を発生させるようなもの。  だから人間の肉体は吹き飛ばせても、局所を集中して貫通するものは防げない。 「……投げナイフか。今の今まで、隠していたとはな。」 「だって、見られたらキックされるじゃんよ。  このナイフは俺の魔術で顕現させる。まだまだ呼び出せるぜ。」 「だが、無駄なことっ! 私の全身はあらゆる攻撃が通用しない。証明済みだろう!」 「ああそうだ。アンタの鎧は頑丈だ。……だったらわざわざガードするまでもないよな?」  Warsはナイフを構えた手をオクトリーにかざす。  かすり傷だらけの鎧でもなく、兜でもなく、剥き出しの顔面に。 「……ぐっ!」 「強がらなくて……いいぞ。……ずっと変だと思ってたんだ。  アンタ、全身フル装備でガチガチのクセに、顔だけは剥き出しで……さ。  普通、あえて弱点を晒す真似は、しなくね? ってな……。」 「……だが、私には効かない。あの最初の銃弾さえも通用しなかったではないか。  あれ以上の攻撃力を君は叩き出せるというのか!?」  Warsには、全ての検討がついていた。  オクトリーにもはや、逃げ場は無い。 「あんたの顔面にも鎧が付いていたはずさ。……そして、ティアの銃撃の時、そいつが砕けた。  だけど俺達にとっては、一見、傷一つ負ってないように見えていた……。  ……だからアンタは、平静を装って、自分は無敵のように見せた……そうだろう……?」 「…………!!」  オクトリーの顔に浮かんだ明らかな動揺。  どちらにせよ、Warsに取れる行動は一つしか無かった。  Warsの右手のナイフの数が増える。増える。どこまでも増える……!! 「チェック・メイトだ。  ……俺の全弾、よく噛み締めろっ!!」  ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッ!!!  Warsの右手から溢れたナイフの連弾が、ゼロ距離でオクトリーの顔面に雪崩れ込んだ。  そして……不動の巨体は、空を見上げる姿勢で倒れた。  その口腔を、貫通したナイフで真っ赤に染めて……。  Warsは倒れたオクトリーの側に立ち、彼を見下ろした。  末席の近衛兵は微かに呼吸をしているものの、口から喉にかけて血塗れで虫の息だ。  何かを言いたそうにヒューヒューと喉を鳴らしているが、それは声になっていない。 「勝者の権利だ。……ここ、通らせてもらう。」  オクトリーに止めは刺さずに逃げることにした。  放っておけば死ぬであろう重症だし、何よりそうするエネルギーは残って無い。 「歩けるか? Wars殿。」 「俺は……平気…… だ、ぜ?」  Warsは強がっているが、右足と左足がもつれてまともに歩けていない。  やがて地面にへたり込み、頭を抑えてうずくまった。  ……さっきまでギンギンに冴えてた頭の中だが、その反動が来たようだ。  全身の痛みと疲労も合わさって、目の前が霞んでゆく。 「行かなきゃな……みんなのとこに。」  中枢エリアの周りを歩けば、何処かで再会できるはず。  Warsは身体に負担をかけないようにゆっくり立ち上がろうとするが、またしてもよろめき、オクトリーの顔の側に倒れてしまう。  そんなWarsに肩を貸そうとゴジャーが歩み寄った時、微かに声が聞こえた。  それは、血を吹きながら何かを呟くオクトリーのもの。 「…………0時…………、……トリー……ド……、……む。」  そこで始めてWarsは気付き、思い出す。  ……もうすぐ、0時。  Warsは急いで立ち上がり、駆け足で去ろうとした。  しかし無理をすればするほど上手く走れない。またしても倒れてしまう。 「無理をするな、Wars殿。ほら、俺の肩を。」  ゴジャーがWarsに歩み寄る。  咄嗟にWarsは、ゴジャーの後ろの何も無い暗闇を指差した。  そして仲間に、最後の指示を出す。 「おい、ゴジャー……あそこに、敵がいる……。こっちを見てる。」 「ぬ? そんな曲者は見当たらんが。」 「居たんだよ、さっき。……ここのことを報告するつもりだな。  ゴジャー、あいつを逃がすな……頼む。」 「お、応、任せろ!」  ゴジャーは敵を探しに走り出していった。  ははっ。……バカで、助かった…… な…… …  ゴジャーはWarsの言う敵を探す。  信頼のおける男が言うのだ。確かに敵が居たのだろう。  逃げられたのなら、追いかけなくてはな!  数秒後、一瞬だけ辺りが真昼のように明るくなった。  少し遅れて、雷が落ちたような轟音が地を這った。  ドドドドドドゴゴォォォォン!!  ゴジャーは振り返る。  オクトリーが倒れていた場所に、Warsが座り込んでいた場所に、 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」  ――赤黒い塵を撒き散らす、炎の柱が居座っていた。  第23話へ続く