Another World @作業用BGM紹介: 第23話.『唯一のチャンス』  4月22日 00:25 ―――  深い、まどろみの中にいた。  その時見た夢は不確かだが……途中で、大勢の人の悲鳴が聞こえた。  朧気だが、その中に力強い声も混じっていた気がする。  ……手を伸ばしたいのに届かなくて。そして、大切なものを失うような虚無感。 「…………さん、……っ、」  この不吉な夢のスクリーンは、不安げな少女の声に掻き消された。 「ノアさん、起きて下さい……ノアさんっ、……お願い……。」 「……!?」  目を開けたら、そこには俺の顔を覗き込むミュラがいた。 「……っと、っと、……っと。ああ、大丈夫だ。大丈夫……。」  俺はゆっくり身体を起こした。木の板?か何かに寝かされていたらしい。  そこはレジスタンスの皆が居る部屋だった。  天井の電灯はあまり明るく無い。  灰色の鉄骨が剥き出しのあまり大きくない部屋に、見る限りレジスタンスの全員がいた。  ……全員? いや、人数は少し多いか? 「ノアさん……。」 「あ、えーと……確か俺は、ソロに落とされて。」 「焦らなくていいです。ここは安全ですから。今から説明します……。」  ミュラと花蓮が側に居て、他のメンバーはその後ろで集まって話をしていた。  大抵の奴が深刻な顔をしている。  ……ん? 珍しい顔と声が混じっている。聞き覚えのある女の声だ。 「……貴様等がどうするかは任せる。感情のまま動くも良し、冷静に目的を遂行するも良し。  ただ私達はあくまでも中立。今回は、これ以上の支援はしない。」  あのメガネと、強気な声は……。 「イグルス……!」 「おや……。おはよう、ノア。といっても真夜中だがな。」 ―――  場の全員で、情報の周知が行われた。  まず、この場について。  ここは中枢エリア寄りの都市エリア内で、開発中の市街地らしい。  建設途中のビルの1階を勝手に借り、休憩地点にしたとのことだ。  次に、この場にいる人間といない人間について。  単純に言えば、レジスタンスの一行と、イグルス達4人。  だがレジスタンスのメンバーの方に異常事態が起こっているらしい。  高地エリアの崖上に取り残された筈のミュラがいて、  共に崖下に落ちたはずのWars、ゴジャー、そしてキロンがいない。  それらの理由についてだが、それはイグルス達がこの場に居ることと関係があった。  ミュラはあの後ソロと二人きりになったが、どうやら気絶させられたままで命は取られなかったらしい。  だが、その代わりに所持していた荒野エリアのキーが無くなっていたという。  その後、イグルス達に保護されてここに来たらしい。  そして問題はWars達だが、どうやら俺が気絶している間に近衛兵との戦闘があったらしい。  そいつ相手に逃げたりキックされたりで大半は無事なものの、未だにWarsとゴジャーは来ていないという。  それと、姿を消したキロン。  ネコが必死に運搬した為、一度はここに来たのだが、皆が目を離した隙に居なくなっていたという。  自力で逃げたか、誰かが逃がしたか。詳しいことは分かっていない。  イグルス達はこの中枢の周辺を監視していた。  その途中、近衛兵オクトリーとレジスタンスの接触を知り、様子を伺っていたという。  そして逃走したりキックをされたりして戦闘から逃れた人間を、この場所に集めたということだった。 「……現状、理解できたか? ノア。 ……ちなみに、私も他のレジスタンスの面々から全ての話を聞いている。」 「ああ。……まだ危険地帯に取り残されてる仲間がいるんだろ。」  俺は自分の不甲斐無さに腹を立てると共に、目の前の落ち着いた態度の女にもイラつきを感じていた。 「見てたんだよな、お前。……皆を助けてくれた事に礼は言うが。  ……まだ助けるべき奴らがいるだろう。すぐに行くべきじゃないのか? こんな話をせずに!」 「私が止めたんだよ、それは。……わざわざもう一度殺されに行ってどうする。」  周りを見てみろ、とイグルスは言う。  戦える奴らはみんな、疲弊しているように見えた。  身体の傷は塞がっていても、その疲れは隠しようが無い。  ……助けに行こうという提案があっただろうことは容易に想像できる。  だが、おそらく行っても無駄だということは皆理解していた。 「……どちらにしろ、敵の手中には中枢エリアキーがあるんだ。  それがある限り、外部からの戦闘の参加は不可能。」  おそらく、このイグルスという女が皆を止めたのだろう。同じような口ぶりで。 「もっと冷静に行動しろ。そして現実を見つめろ。  ……貴様等の捕虜が消えているんだろう? 誰かが逃がした線が強い。  つまり、身内に裏切り者がいるかもしれないということだ。」  ……それは考えたくは無い。だが、冷静に考えて可能性が無いでは……無い。  ミュラ、花蓮、ベイト、ティア、ピーター。  テイク、ネコとクルミ、漸、リリトット、ホーエー、ギニー。  この中に、ゴッディア側に寝返る人間がいる、だと……。  ……だが、まだ他に疑うべき人間はいる。  目の前の、鋭い視線を投げかけてくる女を、俺は睨み返す。 「イグルス。……お前達がやっていないと証明はできるか?」  その問いに、イグルスは想定していたとばかりに皮肉な笑みを浮かべた。 「クスッ。私達が犯人だと話が楽だろうな。まぁ疑うのは自由だ。というかそんなもの、どちらだって構わない。  何度も言っているが私達は中立なのでね。どちらとも馴れ合うつもりは無い。協力関係はギブ・アンド・テイクだ。」  そこまで言い終わると、イグルスは徐に俺から視線を外した。  そして銀縁の眼鏡をクイッと上げると、声のトーンを微妙に上げて喋り出す。 「……質疑応答は気が済んだか? それではここから本題に入ろう。  全員、話を聞ける状態になったようだからな。」  イグルスの口ぶりでは、俺をずっと待っていたようだった。  話し合いの代表者として、レジスタンス側は湖畔エリアのリーダーであるティアが出た。 「お手柔らかに頼むぜ、クールビューティーちゃんよ。」 「……。」  全員が静まったのを確かめ、イグルスは静かに語り出す。  彼女らがここに居る目的は何なのだろうか。 「……まず、教えておく事がある。今晩0時丁度に、予定通り審判が発動された。」 「それは……“トリードの審判”ってやつか。」 「そう。1日に1度、日付が変わる瞬間に放たれるトリードの魔砲。  その発動を、私達は先程確認した。……ハット達が見張っていたのでな。」  トリードの魔砲……。  あれは昨日、荒野エリアレジスタンスの拠点を破壊した、最悪の一撃。  ゼヴルトが死に、ゴッディアの力をまざまざと見せ付けられた瞬間だった。 「そういや、日付が変わったのに気付かなかったな。……何処に落ちたんだ、今回の審判は。」 「……。」  イグルスは少し沈黙する。  そして言葉を選ぶように、ゆっくりと続きを紡いだ。 「中枢エリア、防壁の内部。……近衛兵オクトリーと貴様等が接触した場所、だ。」  ……何だと? 「……は? おい、どういうことだ。無事なのか? Warsとゴジャーは。」 「それは分からない。……だが、話にはまだ続きがある。」  レジスタンスの間でざわめきが広がる。  あの強力な砲撃が、中枢内に。……何が起こったのか、全く読めなかった。 「その審判の直後、何者かが中枢の塔に侵入したらしい。……今、中枢では騒ぎが起こっている。  侵入者が暴れているというのでな。奴らは必死になって防衛しているところだ。」  イグルスは時計をチラリと見、言葉を続ける。 「私達も中枢へ向かおうと思ってな。……これでも中立の立場だ。  ゴッディアが致命傷を負う前に、その侵入者を食い止めなければならない。」 「……中立、ね。俺らにしてみりゃ、向こうへ肩入れしてる時点でいい気がしないけどな。」 「どう思ってくれても構わない。さて、……単刀直入に言おう。」  イグルスはティアの瞳を見据え、眼鏡を上げてハッキリとした声で言う。 「取引をしようと思う。私達は中枢に赴き、貴様等の仲間を助けよう。……生きて居ればな。  その代わり――貴様等は中枢エリアへ今後一切近付かないでもらいたい。」  ティアは即答せずに考え込む。  この取引にはどんな意味があるのか? 「ありがたい話だと思うけどよ。……俺達の仲間は俺達で助けに行く。  クールビューティーちゃんの提案を呑むまでも無いさ。」  イグルスは冷たい目線でティアを一瞥すると、口調をほんの少し和らげて説明に入った。  強気で押すよりも、話の地盤を固めた方がいいと判断したのだろう。 「中枢はゴッディアの本拠地だ。外部の者が容易く入れるような場所ではない。  ……分かっているだろう? 貴様等はもうボロボロだ。近衛兵1人と出会えば勝てはしないだろう。  中枢に近付いて欲しく無いというのも、私達からの希望だ。……あそこは重要な手がかりが眠る。  それらが生きている限りは、余計な手出しをされたくないのでね。」  イグルスは言葉の節々をぼかしている。  “重要な手がかり”“それらが生きている限り”……何かを隠しているのは明白だった。 「だったら、俺達と一緒に行こうぜ。それならその“手がかり”とやらも守れるだろ。」 「駄目だ。貴様等と共に行動すれば、ゴッディアからの不審を買う。」 「……ふぅ。慎重なことで。」  イグルスは提案を先に進めた。 「それならばもう一つ、情報をくれてやろう。……聞くが、貴様等。ゴッディアの近衛兵は全部で何体か、分かる奴はいるか。」  その問いに明確に答えられる者は居なかったが、テイクが小さく呟いた。 「8体以上、と聞きましたが……。」 「全部で9体いる。そのうちの1体、セクサーは一昨日消えたから8体。……私達ですら全員の姿は把握していない。  ……どれも、強くて厄介な奴ばかりだよ。」  今までにレジスタンスが出会ったのは、セクサー、ソロ、オクトリー。  それと同等かそれ以上の敵が、まだたくさんいる……。 「……今の貴様等に中枢への侵入は不可能さ。オクトリーから逃げてこられただけで良くやったほうだと言える。  ここらで一度、引くべきじゃないか?」  レジスタンス一行の本来の目的は何だったか。  湖畔エリアの拠点に向かい、安全を確保し、それからゴッディアへ反撃することだった。  それが、森林でソロに襲われて、危機に陥って――  無事に目的地に辿り着く前に全滅したかもしれなかった。 「ここから湖畔へは、沼地エリアを経由するルートが安全だろう。  ……後は私達に任せて、素直に旅路に戻れ。それが最良の選択の筈だ。」  そこでイグルスは話を切る。  後はティアがどう返事をするかだった。  ティアは一応、部屋内の者の表情を見渡す。  何か、目で訴えてくる者がいないかどうか。  ノアは一度、目を閉じる。  ――諦める訳じゃない。今は、ただ……。  そして目を開け、ティアに向かって頷く。  それを受け取ったのかどうか分からないが、ティアはいつもの軽い調子でイグルスに返答した。 「ゴジャー達のことは、君らに任せたよ。……よろしく。」  イグルスの表情は堅いままだったが、どこか安心したような口調に変わった。 「安心しろ。取引した内容は裏切らない。生きてさえいれば、貴様等の元へ届けるさ。」  イグルス達の実力は高い。  彼女らを完全に信用する訳では無いが、この状況ではその力を頼る他無いのだ。  ……本当は、仲間の危機にすぐにでも駆けつけたいと思う者はたくさんいる。  だが、心はそう思っても身体の自由は利かない。  近衛兵相手に無茶をできる体力が、残っていないのだ。  既に日付が変わり、長い夜も折り返しに差し掛かる。  無理にでも身体を休めておかなければ、生き延びることはできない。  イグルスは席を立ち、後ろの3人の同志と目配せをする。  そして服装を整えるとレジスタンスの面々を一度見回し、力の抜けた口調で言った。 「……この建物も、じきにゴッディアの追っ手が来るだろう。  夜明けまでに離れ、沼地エリアを迂回するのを勧める。……強制はしないがな。」  Warsとゴジャーの事は任せた、とティアは今一度念を押し、背を向ける彼女を目で追った。  イグルスは彼に背を向けたまま、愚痴るように言葉を紡ぐ。 「私は貴様等もゴッディアも同じくらい信用していなくてね。……目を離すとすぐ馬鹿な行動に走る。」  ……余計なお世話だ、とノアは言おうとしたが、それを飲み込んだ。 「情報の提供、及びこの場を私達に任せてくれた判断には礼を言う。  ……そうだな、その借りは貴様等を助けたということでチャラにしてくれ。」  イグルスは小さめの声で、誰にともなく呟く。 「貴様等、勝手に死んだりするなよ。無駄な犠牲者は出ない方が助かる。  私達が“箱舟”を見つけさえすれば戦いは終わる。それまでは、……な。  逃げ回っても裏切ってもいいからしぶとく生き延びろ。それが利口だ。分かったな。」 「お前達はどうするんだ? これから。」  ノアは問うたが、イグルス達は返事もせずに立ち去った。  その背を、皆は何も言わずに見送る……。  しばらく、場は沈黙していた。  イグルス達の真意は分からない。この戦いを終わらせる為というが、何を考えているのか。  誰もが考えを巡らせ、そしてティアが最初に沈黙を破った。 「あいつ、コートで隠れてるが案外スタイルいいな。脱いだら凄そうだぜ。」 「……何処見てたんですか?」 「全身の凹凸に決まってんだろう。」 「……人と話す時は、目を見て話しましょうね。」  彼の隣に立っていた花蓮がその発言をたしなめる。  ティアは、それが女性を見る時の礼儀だというように開き直り、いつものおちゃらけた雰囲気に戻った。 「……さて、湖畔エリアに向かおうか? 案内するぜ。」 「おい、ティアよ。……あの4人を信じるつもりか?」  明るく前を向こうとするティアに、ベイトが突っかかる。 「Wars達が生きて帰ってくる保障はねぇ。……いくらあいつらが実力者でも、それは確実じゃねぇんだ。  いつでも合流できるように、ここを離れない方がいいんじゃねぇのか。」 「でもな、あのクールビューティーちゃんも言っていただろ。じきにゴッディアの追っ手も来るって。  ……不安なのは俺も一緒。あの筋肉バカだって同じピンチにいるんだからな。」 「…………チッ、しゃーねぇか。」 「ここでまた厄介事に巻き込まれちゃ意味が無い。……前進するしかないのさ、今はただ。」  反論は無い。ティアの指示で、全員は移動の支度を始める。  目的地は湖畔エリアということで、そこのリーダーであるティアが全ての指示を出すことになるのだ。 「湖畔エリアには……っと、沼地を経由すればいいって言ってたな。  地理的には遠回りになるが……。どうする?」 ―――  真夜中の都市エリアを、足音小さく移動する4人。  その内の1人、ハットが先頭を歩くイグルスと言葉を交わす。 「結局、お前は肝心なことを言わなかったな、イグルス。」 「……。」  ハットは両手で、鋼鉄の弾丸の1個1個をポーチから出しては磨き、出しては磨きを繰り返している。  それをしながらイグルスの表情を見ることも無く、いつものことのように話しかけていた。 「例の塔への侵入者……あいつらの仲間のことだ、ってな。  無理だと分かってるんだろ、あいつらの元に生きたまま返す、なんて。  いくら俺でも、その確率は小数点何桁までいくか計り知れないぜ。」 「……それを伝えたところでどうなる? 奴らが余計な行動をするのは分かりきっているだろう。  これは唯一のチャンスだ。“箱舟”へ辿り着く唯一の、な……。」 「俺も年を取ったかな。……お前の冷静さ、感心するよ。時々な。  嘘を吐いていたってことが奴らに知れたら、どんな顔されるかね。」  ハットは茶化すように言う。イグルスの口調と歩調はそのまま、何の変化も無い。 「嘘を吐いたつもりは無い。……証明しようが無いだろう?  それに、こうした方が目的の遂行確率が高い。分かっている筈だ、ハット。」  ハットは、その返答を見越していたように笑う。 「違いないな。随分シンプルに事が済みそうだ。……“これは、平和の為に必要な犠牲です”ってか。」 「何が言いたい?」 「何も言うつもりは無いさ。俺は、無謀な事を口にできるほど若くも無いしな。」  ハットはポーチに弾丸を収納する。そして、先程から抱えていた大型の『それ』を、軽く撫でる。 「俺はいつでも行けるぜ。霧瀬准尉?」 「同じく、武器の整備は完了。いつでも出撃できますっ!」 「……。」  ハットと、希更と、灰色の少年。3人は各々武器を携え、横一列に陣を作る。  その3人の前に立ち、指揮を出すのはイグルス・ヴィーグ。  待ちに待ったこの瞬間。諦めていた塔への潜入に、唯一の活路が開けた時。  凛とした声を、大きくは無いが張りのある声で、響かせる。 「これより、中枢の塔に潜入し、その秘を暴く。“世界の真実”……その鍵を見つけ出そう。  ……立ち塞がる者は必要に応じて殲滅。以上だ。」  4人の眼前には、闇に包まれし巨大な塔が聳えていた。  第24話へ続く