Another World @作業用BGM紹介:http://www.youtube.com/watch?v=UeOltqdR6Xg (スマブラXより ボス戦闘曲1) 第25話.『隠されし罪』  4月22日 00:58 ――― 「ジュジ・フラム・トレズ・ファイアリング!!」  トリードの身に纏っていた13発もの火の玉が、イグルス達に向かって飛んだ。  広く疎らに放たれた弾を、全て避わすのは難しい。  一発でも喰らえば服は焼け焦げ、皮膚は炭と化すだろう。  それに対して動いたのはハット。  抱えたバリスタを用い、矢弾を番えて即座に弦を引く。  ハット・ロッジは、一瞬にしてトリードの火の玉の弾道を計算する。  疎らに飛ぶ火の玉の内、どれを撃ち落とせば被害を防げるかを判断する!  そして彼は、――見抜く。  迫る火の玉に対し、矢弾の弾幕を作ることで。  ジュジュジュジュッ!!  火が掻き消える音がした。  ハットの矢弾は寸分狂わず、正確に狙った火の玉を撃ち落とした。  イグルス達4人の体には、少しの火傷も無い。 「……ジュジ・フラム・リリース……!」  難を避わしたと思ったのも束の間。  トリードは続けて、凄まじい速度で次の魔術の詠唱をしていた。  彼の身体を中心に炎のドームが構築される。  イグルスが指示を出すまでも無く、希更が動く。  再びレールガン「ソニックアロー」を用い、ドームを引き剥がそうとした。 「終わりだ……リベレイション!!」  しかし、トリードの術は更に発展した。  トリードは一瞬にして数メートル跳躍したかと思うと、両手を使って空中に印を描いた。  すると、展開されていた炎のドームが徐々に膨張していく。  ドームはゆっくりと、炎熱を放ちながらその面積を広げる。  トリードの姿は、ドームに飲み込まれて完全に見えなくなった。  炎の壁が、だだっ広い大広間の空間を支配していくように、飲み込んでいく……。  このままではイグルス達4人も、炎のドームに飲まれて焼かれてしまう。  希更は咄嗟に、ソニックアローの弾種を切り替える。  するとハットが、希更の狙撃を支援しようと動いた。  バリスタに再び矢弾を番え、弾幕の構築を始める。  火の玉を撃ち落とすのとは違う、“面”で襲い掛かる炎の壁への迎撃。  弾の数と威力を大幅に上げなければならない。文字通り、「弾」で「幕」を作るのだ。  ハットは複数の遠距離武器を操ることが得意なのだが、今は生憎、手元にあるのは一基のみ。  先程、窓を割る際に使ったからだ。  それでも彼は、持てる限りの弾を番え、弦を引き絞った。  ドドドドドドドッ!!  迫る炎の壁に、いくつもの矢弾が突き刺さっていく。  しかしそのどれもが、虚しく炎熱に飲み込まれて消えてしまった。  ハットは表情を変えず、二度目、三度目と弾幕を放ち続けた。  焦熱が肌を焼くぐらいにドームが接近した時、希更の準備が整った。  ソニックアローに、貫通性能最大の弾が篭められる。  着ている迷彩服に汗が滲む。それにも構わず、彼女は一言を放った。 「発射!」  シュドンッ!!  鋭い電磁砲の音が鼓膜を刺激した。  瞬きが終わる頃には、炎熱の壁にバスケットボール大の穴が空いていた。  その向こうには、トリードが身に纏う紅い法衣が見える……!  その一瞬をイグルスは待っていた。  彼女は既にホルスターから銃を抜き、その穴の向こうに見えるトリードの心臓を狙い済ましていた!  ズドンッ!  その弾丸は命中した。  炎のドームが消滅した事が、何よりの証拠だった。  トリードの真紅の法衣が、別の赤色で染まる。  そして彼は、ゆっくりと床に向かって、全身を落下させていく――  しかし、トリードの執念と言うべきか。  彼は倒れる前に、最後の詠唱をしていた。 「ジュジ・フラム・“エグゼキュート”・クリメイション……ごふっ、……!」  唱え終わると同時にトリードは吐血し、床に仰向けに倒れた。  すると、そのトリードの倒れた床に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。 「……審判の炎、かっ!」  ハットが叫ぶ。全員はすぐに理解した。  トリードは自らの命をかけて、0時に放つ“審判”の魔砲を行使するつもりなのだ。  しかし、前回の審判から1時間も経っていない。発動する為の魔力は、圧倒的に不足しているはず。  一体、どのような結果をもたらすか……。  イグルスの思考を、轟音が遮る。魔方陣が不気味に輝き、炎熱を召喚し始めた。  あらゆる人間を完膚無きまでに焼き尽くす熱と光。  それに裁かれし者の数は、この1週間で計り知れない……。  大広間を、目を開けていられない程の光が覆う。  そして、生み出される爆音と空気の振動。  光が収まった時、魔法陣から巨大な神の炎が召喚される……!  シュパッ……!  ――不意に、爆音が途切れた。  耳を押さえる希更とハット。眼鏡を直すイグルス。仰向けに倒れたままのトリード。  そして、剣を振りかざした体勢で静止する、キリュー。  魔法陣から召喚された炎は、横に分断され、静かに掻き消えた。  何が起こったのか?  トリードは、驚きと戸惑いと、絶望が混じった表情を浮かべていただろう。  キリューの剣は――裁きの炎すら真っ二つにしたのだから。 「ベリークール、キリュー。」  キリューは剣を鞘に収める。  表情一つ変えずに、イグルスの隣へ歩み寄っただけだった。 「……ゴフッ、グッ……ゼェ、ゼェ……。」  トリードは胸を抑え、上半身を起こす。  法衣だけではなく、口から出た血で髭も赤く染まっていた。 「……赦されざる、者達よ……これが如何なる大罪か、分かっているのか……。」 「なんだ、まだ起きてたか。」  イグルスは素っ気無く言い放つ。  トリードは立ち上がり、よろめきながらイグルスに近付いた。 「ゼェ、ゼェ……ゴホ、ゲホッ、グ……ゥゥ……赦さぬ、赦さぬ……。」  トリードは何かを詠唱しようとする度に、吐血し、咳き込む。  ただただ、恨み言を漏らす事しかできなくなっていた。 「トリード。以前に言っただろう? 私達はあくまでも中立なのだと。」 「ゴホッ、ゴホ……小娘……如きが……。」 「貴様等ゴッディアが隠しているモノ。今日こそ、全てを見せて貰おうか。」 「……ゼェ……ゼ……ェ。」  瀕死のトリードは、イグルスに向かって震える手を伸ばした。  しかしそれは、届かない。  イグルスのコートに触れる事も無く、トリードの身体は硬直した。 「ああ。万一に備えて結界魔術を張っておいたんだが……無用だったようだな。今、思い出した。」 「……グ……ォォ……。」 「何か、遺言はあるか?」  イグルスは余裕の表情で、硬直しているトリードの額に銃を突きつける。 「……ゴフッ……この罪深き畜生共に、相応しき報いを……!  我が偉大なる神よ、ゴッディアに、祝福あ」  ズドンッ!  その最期の言葉は、無表情なる銃声に掻き消されたのだった。  近衛兵トリードは絶命した。  時計の針は、午前1時丁度を差していた。  キリューはトリードの屍の法衣を漁る。  そこから、何か小さな鍵が出てきた。エリアキーとは異なった形状の、無骨な灰色の鍵。  それを見るとイグルスは頷き、銃を仕舞った。 「……さて、地下か。速やかに進むぞ。」  彼女は指で眼鏡をクイッと上げる。  近衛兵の亡骸に背を向け、4人はエレベーターへと向かった。 ―――  4月22日 1:16 ――― 「……だんだん、空気が澱んできたな。」 「大分歩いたし、そろそろだろ。」 「ああ。……ここから、沼地エリアだ。」  先導するティアに続いて、レジスタンスの一行がぞろぞろと足を踏み入れる。  平原エリア、森林エリアに咲くどれとも違う、色とりどりの美しい花が息づく場所。  大気中に散った魔力を浴び、育った植物達は独自の進化を遂げた。  その不思議な草木で覆われた林を抜けると、大きく開けた空間に辿り着く。  日の光さえも遮る不気味な空気の中、ただそこに君臨する――沼地エリア。  沼地エリアは、人知の及ばぬ秘境の一つとして有名だった。  エリア内にいくつかある沼を中心に、未知の動植物が繁殖している超自然の空間。  その沼は毒々しい色をしており、耐えず濁った霧を吐き出している。  誤って沈めば最後、二度と死体が上がることはない、という噂が広がっていた。  ゴッディアの破壊活動がどこまで進んだのかは分からないが、今は踏み入ったレジスタンスの人間以外の生物の気配は無い。  小さな蝶や羽虫は確認できたが、暗い夜闇の中、松明の明かりだけで深い霧の奥を見通すのは困難だった。  とりあえずイグルスの言うとおりにルートを選んだティアだったが、その足取りは強張っていた。 「……やっぱ、夜中の行軍は無理あったな……霧が濃すぎる。」  イグルスの言うことに逆らい、森林エリアや高地エリアを経由するという手もあった。  しかしそれは却下した。一度通り、ゴッディアの部隊と対峙した道だ。待ち伏せされている危険性が、十分あった。  地理的には多少険しくても、ゴッディアの支配が深く及んでいないであろうこちらのルートを通る方が安全だと思えたのだ。 「みんな、足元注意しろよ。何処に何があるか分からねぇ。」 「うっかり泥濘に嵌ったら、そのまま沼へ引きずり込まれることだってあるからな。」  ティアと、以前に立ち寄った事があるノアが全員に注意を促す。  心許無い明かりで、おっかなびっくりと前進するその様子は、住み慣れた動物達にとっては滑稽に見えるだろう。 「そら、出た。……でっかい、沼の一つだ。」  開けた場所に出て、霧を吐き出す大きな沼を発見する。  数十メートルの大きさはあるようで、向こう岸は全く見えない。  少し危険だが、一列になってぬかるむ沼の縁を移動するしかないようだ。  ティアは再三、全員に注意を促し、そしてこう言った。 「花蓮ちゃんもミュラちゃんも、危なくなったら俺に掴まれよ。」 「あ、ありがとうございます……。」 「遠慮せずに、ギュッとな。」 「……気をつけて歩きます。」  その会話を後ろで聞いていたネコは、心の中で一体化している相手、クルミに話しかけられていた。 『お寺。お寺。どうしてティアさんは、女の子ばっかりに声かけてるの?』 『そういう人なの。お寺って呼ぶな。』 『私も優しくされたいにゃ。表に出たい、出たいっ。』 『ああもう、黙っててよ。おまえがハシャいで沼に落っこちたらどうすんのさ。』 『にゃー……。』  ネコは少しイライラ気味だった。それはクルミにも分かる。  任されていた筈の捕虜、キロンの逃亡。  それに少なからず、責任感を感じていたのだ。  足を引っ張らないように、引っ張らないように……それだけを意識してきたというのに。  花蓮はふと立ち止まった。  仄暗い暗闇の中に、一際目立つ紫色の花を見たから。 「この色……。」  どこかで見たことがある。花蓮はそう思ってから、思い出すのにさほど時間はかからなかった。  そういえば、清水さんが言ってたっけ。……あの目印のインク弾は、沼地エリアの花から造られたって。  そして、もう一つ、辛い記憶も思い出してしまう。 「みゆちゃん……。……。」  花蓮はぎゅっと、胸の前で拳を握った。 「あっ。」 「……どうした、ミュラ。」  ミュラは泥濘に足を取られたのか、躓いて体勢を崩してしまった。  なので咄嗟に、前に居たノアの背中にぶつかる。 「いえあの、ごめんなさい……。」 「別に……。」  ノアはそれだけ言うと、黙り込む。  ミュラは少しの間ノアの背中の温もりを感じていたが、我に帰り、焦ってそこから離れた。 「どうした?」 「な、なんでもありま……」  ミュラは赤面し、ノアに謝ろうとした。  しかし、何かがおかしいことに気付き、言葉を失う。  足が――動かない? 「あ、あ、あの……。」 「ミュラ? おい?」  ミュラは顔面蒼白になる。そして自身の足元を確認し――叫んだ。 「な、何かが」  ミュラの言葉は掻き消された。  彼女の立っていた場所に、激しく音を立てて泥が飛び散った。 ―――  4月22日 1:05 ―――  エレベーターのドアが開く。  イグルス達4人を迎え入れたのは、薄暗い鉄の回廊だった。  通常時は、このエレベーターは地下へと動くことはあり得ない。  1階の大広間から、上へ上へと管理塔内部を上昇するだけ。誰にもそう思われ、利用されてきたのだ。  エレベーター内の階数を表示するモニターは取り外せるようになっていた。  そこの中には、小さな穴と丸いスイッチ。  先程トリードから奪い取った鍵を、怪しく開いている穴に差し込み、捻る。  その状態でスイッチを押すと、エレベーターはゆっくりと、下降を始める――  イグルス達が怪しんでいた「中枢の地下」。そこにようやく侵入できたのだ。  各々武器を構え、暗い回廊を一歩一歩進む。  扉一つ無い鉄製の通路を5分程度歩いた時、先頭のイグルスが不意に歩みを止める。  それに順ずるように、他の3人もストップする。 「……。」 「どうした、イグルス。」 「……いる。」  イグルスが眼鏡越しに睨むその先には、扉があった。  赤いランプで照らされ、厳重にその先を閉ざしている。 「開けるか? きっと、この先に……。」 「待て、ハット。私は“いる”と言ったんだ。」  准尉、とイグルスは声をかける。  希更はその指示に従い、大型の改良レールガンを構える。  そして電力を蓄え、すぐさま高速の弾丸を発射した。  ズガァン!  凄まじい音を立てて、扉はひしゃげ、吹き飛んだ。  その先の空間の様子が露わになる……が、照明は点いておらず暗いため、赤いランプの光しか感じることはできなかった。  イグルスは再び気配を探る。どうやら、もう少し奥に誰かがいるらしい。  4人は足音を殺し、その扉をくぐる。  相変わらず中は暗く、何の部屋かは分からない。  しかし――何やら薬品のような臭いを感じ取る事ができた。  部屋の中央あたりまで歩みを進めたとき、唐突に、暗闇の向こうから声が聞こえた。 「お待ちしておりました、勇敢なる罪人様ご一行。……歓迎しますのよ。」  優しく慈愛に満ち、しかしどこか残酷なる声。  中枢に出入りしていたことのあるイグルス達は、その声を聞いた事があった。 「……確か、近衛兵の一人……クインシア、だったか。」 「覚えて下さいましたか。光栄ですの。」  その声の持ち主は、優雅な動作でお辞儀をした。  しかし暗闇の中だから、イグルス達の目には見えるはずもない。 「明かり一つ無いというのも、失礼でしたわね。直ちに点けますわ。」 「遠慮しておこう。私達は暗がりが好きなのでな……そこを退け。」  イグルスは、敵が雑魚では無いことを知っている。  だからこそ、速攻で仕掛け、打ちのめそうとした。  しかし――4人の誰もが、指一本動かせないことに気付く。 「遠慮なさらず。既に“お茶の用意”はできていますのよ。」 「……っ!」  クインシアは上品に笑う。 「先程、わたくしの気配に気付き、排除なさろうとしたのでしょう。  ですが、早とちりはいけませんわ、罪人様。……どういう罠なのか、見通せなくては。」  イグルス達の身体は、いくら力を篭めても自由に動かせない。  まるで見えない糸で雁字搦めにされているような感覚だった。  ……ここにきて、イグルスは自身の気配感知魔力を強くしている事を後悔した。 「……此処がどういう場所なのか、知りたいのでは無くて?  賢者様を討つという大罪まで犯してまで探りに来たんですものね。それほど必死……ウフフ。」  クインシアは、身動きが取れない侵入者4人に対し、余裕の口調でいる。 「……知っていたな、貴様等。私達が、近衛兵トリードを討ちに来る事を。」 「ええ、勿論。むしろ、遅かった……とまで感じていますのよ。」 「見殺しにしたな? トリードが殺されそうになっても、一切援軍を出さなかったのだから。」 「……さぁ? わたくし達としても、賢者様には貴女方をしっかり断罪して頂きたかったのですが。」  期待外れでしたわね……と、クインシアは笑う。 「さて、茶菓代わりにお見せ致しましょう。これが、貴女方の求めた……この世界の真実ですのよ。」  すると、部屋の照明が点灯した。  目の前には、近衛兵クインシア。  至る所にフリルが装飾された、派手といえば派手な紫色のドレスを着込み、紫色のヒールを履いている。  美しいカールのかかった長い銀髪。頭の右側を飾る薔薇のコサージュ。  整った顔立ちに浮かぶ残酷な笑み。その口元は扇子で隠している。  ――そんな目立つ姿の女を前にしても、少しも霞まない衝撃。  4人は言葉を失った。  部屋中に並べられた装置の中に、薬品の水溶液が満たされてあり……その中に漬されていたのは、明らかに、人の形をしている。  それも1つ2つではなく、部屋中に、ぎっしりと。  生きているかどうかも分からない「人の形をしたもの」が、全身を弄くられる、まさにその中途の光景。  咄嗟に連想できるのは、“人体実験”。 「これは……全部、“人間”か?」 「ええ、勿論。全部、“この世界の人間”です。」  有り体に言ってしまえば、  裸に剥かれて薬品漬けにされている人間が、装置に繋がれて、  腕や脚の形を異形に変えられたり、  全身の皮膚に獣の体毛を植えつけられたり、  四肢をバラバラにされ、玩具のように繋ぎ合わされたり。  そのような身の毛のよだつ実験が、この部屋で行われていたのだ。 「この施設は……百年以上前に造られたもの。過去のAW管理人の手によって。」 「管理人が……?」 「ええ。歴代の管理人は、その称号と共にこの地下研究施設の管理を受け継いでいるんですのよ。  ……勿論、現管理人エタニティも。」  誰からも頼られる、この世界の為政者。管理人エタニティが……人体実験に手を染めていた事実。  推測ができないわけはなかった。しかし、現実を目の当たりにすると、ショックは大きい。 「でも、忘れてはいけませんのよ。……この施設で生み出されたテクノロジーは、この世界を大きく発展させたのです。  その恩恵に与っていたのは? 幸福な生活を送れていたのは? 一体、誰ですの?」  イグルスは唇を噛む。  犠牲者の上に成り立っていた世界……か。 「この検体一人一人の血で、貴女方は生きているのです。……罪深いと思いませんか?  でも、それだけではありませんのよ。現管理人エタニティの指示で、この施設は規模を拡大したのです。」 「……何の為に?」 「記録が残っていましたわ。……エタニティの目的は、生物兵器の開発。  より強力な兵器を造り、戦争を起こそうとしていたのです。」  一行に、衝撃が広がる。 「戦争!? 世界の主が、何で戦争仕掛けようとしてんだよ。」 「この世界での話ではありませんわ。エタニティの目的は……次元を跨いだ戦争。  『無二の楽園』へと攻め入る為の……大いなる罪ですわ。」  無二の楽園。その単語が何を意味しているか分からないが、  管理人エタニティは何かとんでもない事を企んでいた……ということになる。 「納得いくかい。そんな、トップの勝手な企みのせいで、俺達全員が殺されなきゃならないなんてよ。」  ハットが噛み付く。しかし、クインシアは表情を変えずに扇子をはためかせた。 「まだ分かりませんの? ……貴女方はエタニティの兵隊なのですわ。  戦争が起これば、貴女方はその身を使って『無二の楽園』へ攻撃するしかない。  ……エタニティは、この世界の住民を道具だとしか考えてないのですから。」  クインシアは装置に繋がれた検体を見ながら、宣告する。 「だから、我らの神はお決めになったのです。この世界の価値は潰えた、と。  次元における危険分子であるこのAnother Worldを、消去せよという偉大なるお告げを下さりました。  ……罪は、裁かれねばならないのですわ。」  誰もが黙り、沈黙が走る。  イグルス達4人は相変わらず動きを封じられたまま。  もし、何かの攻撃をされたら瞬く間に全滅してしまうだろう。  しかし、イグルスは口を開き、疑問をぶつける。 「これがAWの罪だというなら。貴様等が裁きを下す理由だというなら……何故。貴様等はこの装置を維持させている。  繋がれた人間達もそのままだ。……人間を、救済するんじゃなかったのか?」 「……。」  イグルスの問いに対し、クインシアは口を扇子で隠したまま黙り込む。  イグルスは更に追究した。 「戦争を起こす為の兵器開発だというのなら、実験が行われている部屋がここだけでは規模が小さすぎる。  奥にまだ何かあるな? 何を隠している?」 「……知る必要はありませんのよ。」  チクリ、とイグルスの喉を刺激が走った。  クインシアは何をしたのかは分からない。ただ、イグルスに黒い瞳を向けただけだった。  これ以上の深追いは危険……だと考えたが、イグルスは吹っ切れる。  折角の真実を掴むチャンス、みすみす逃がしてなるものか……! 「貴様等ゴッディアは……この研究施設を利用しているな?」 「…………。」 「貴様等が各地で使用した“兵器”……あれの出所が謎だった。  どこかで開発されているのだとしたら、それ相応の規模の施設が必要になる。  ……貴様等、一体何を企んでいるんだ?」  クインシアは無言でいる。……張り詰めた空気の重みが、ピリピリと肌を刺す。  しかし、しばらくするとクインシアは、フッと息を緩めた。 「何のことか分かりませんが……どのみち貴女方にはこれ以上の追究は不可能ですのよ。  仮にわたくし達がこの施設を利用していたとして、何か問題が?」  ウフフ、と静かに笑うクインシア。 「妙な話だ。罪を裁くと言ってる者が、罪人と同じ罪を犯している。貴様等の偉大なる神は、この矛盾を厭わないのか?」 「……さぁ? 知りませんわね。」  クインシアは不敵に笑う。 「わたくしは……賢者様のようにご立派ではありませんので。」  そうか……なるほど。イグルスは推理する。  近衛兵の中でも、意見の食い違いが発生していたようだ。  だから、この女はトリードを、“始末”したのではないか。 「いずれにせよ、貴女方の身に宿る罪は消えませんわ。どうぞ、お静かになさって下さいな。」 「待て。」 「……まだ何か? そろそろ、身体のほうは限界なのではなくて?」  クインシアが微笑むと、イグルスの身体は見えない力にギュッと締め付けられる。  イグルスの後ろにいる3人もきっと、同じように圧迫されているに違いない。  しかし、イグルスは突き進む。この状況で、安全な退路が無いのだから。 「……この施設で作られている、“兵器”とは……何だ?」 「…………。」  クインシアは意味深に口を噤む。  そしてイグルスに近付き、顔を興味深そうに覗き込むと、彼女の顎に扇子を当て、顔を持ち上げて問うた。 「……何だと思います?」  イグルスは、クインシアの暗い瞳を真っ直ぐ見て答える。 「私達が何体も何体も殺してきた「影の神兵」。……あれを造っているのか。」  その答えを聞き、クインシアは、薄く笑う。 「さぁ……。実は、わたくしは専門ではありませんので。兵器に関しては詳しくないのですわ。」  そして、彼女はくるりと身体の向きを変え、部屋の隅にあるドアに向かって歩く。 「良き機会ですの。話を聞いていかれます? この研究施設の現責任者に。  ……丁度、揃ったようですし。」  クインシアはクスクスと笑い、身動きの取れない4人を嘲笑った。  そして、ドアが開く。  部屋の中に、黒き狼の群れが雪崩れ込んで来た。  26話へ続く