Another World 第3話.『裏切り』  砂漠エリア。  人々が付けた名はデリープリューン。  照りつける太陽と、一面に広がる砂丘。  ところどころにあるオアシスは、住民の憩いの場所だった。  エリアの中心に街が広がり、たくさんの大きな屋敷が連なっている。  灼熱の環境の中、住民達は楽しく動き回る―――  それはもう昔の話。  デリープリューンの街は破壊され、生存者は残っていない。  無事に、他のエリアに避難できたのか。それともオアシスの辺りに隠れ住んでるのか。  良い想像をしようとすればするほど、砂嵐が目に沁みる。  足元に転がる屍は、何も語らない。  このエリアに入ってからというもの、みゆは物思いにふけってばかりいる。  道案内を頼めば返事は返ってくるが、心ここに在らずだった。  だが、状況が状況だ。いつ敵の襲撃があるか分からない。  集中力を切らすのは良いことではないだろう。  気を遣っていても仕方ないし、俺は思い切って訊くことにする。 「ここが故郷、なんだって?」 「あっ…… うん。……そうだよ。」 「どうしたんだ、さっきから?」 「……別に……。何でもないし……。」  どうにも女の子との会話は苦手だ。  聞き方をどう工夫すればいいのやら。  ……仕方ない、自分の話から入るか。 「俺には妹がいてな。」 「え……?」 「大人しくて、真面目な奴でさ。俺と二人でいろんなことをして遊んでた。  ゴッディアが来てから離れ離れになってしまって……どこにいるか分からないんだけどな。」 「……。」 「他にも、家族がいて、友達がいて……楽しかった、あの頃は。  今となっては思い出せない……けど。幸せな日々だった気がする。」 「家族、友達……?」 「お前にもあるだろ、故郷の思い出。教えてくれないか。」  みゆは俯き、ゆっくり口を開く。 「みんな。……みんな、殺されちまったよ。」 「……そうか。悪いな。」  俺は目を伏せる。やっぱり、みゆにもトラウマが存在したか。  親しい者が殺される事。それは今のAWにとって、残念ながら珍しいことではない。  だけど、その記憶を引き摺っていても先には進めないのではないか。  今は戦う時。悲しみを、闘志に変える時。 「私の一族は、街の統治者……デリープリューンの貴族一家だったんだ。  このマスターキーも、父さんが持ってたやつ。」 「へぇ。思ったより偉かったんだな。」 「偉い、って言われる所以はないよ。」 「意外ですよね。みゆちゃん、ガサツに見えるけどお嬢様なんですよー。」  様子を見ていた花蓮が割り込んでくる。 「言うなよ、それは。ムズがゆくなるっての。」  みゆは慌てて帽子を目深に被りなおし、顔を隠す。  確かに意外だな。貴族のイメージじゃない。 「私はどうでもいいんだ、あんな家。作法だの振る舞いだの五月蝿いし。  友達も遠慮して近寄ってこないし、外は暑苦しいし。せいせい……してるよ。」  言葉にこもっている力が、徐々に抜けていく。 「みんな死んで、せいせいして……ようやく気付いたんだ。  あんな家でも、愛があった。私は、それを忘れてた……馬鹿だった。  今なら。少し遅かったけど……今なら私。戦える……故郷の為に。」  みゆは顔を上げる。もう、悲しげな表情は消えていた。 「この帽子は母さんの形見なんだ。被ってると、力が溢れてくるっていうか。  ……戦って、生き延びて……仇はとる。必ず。」  悲しみを乗り越えて。そこにあるのは、抗おうとする強い意志。 「そうだな。俺も故郷が滅ぼされた身だ。気持ちはよく分かる。  ……勝つぞ、ゴッディアに。」  それから花蓮と話をする。  レジスタンスの近況とか。メンバーの詳しい紹介とか。  幸いなことに、ゴッディアの化け物による攻撃は一度も無かった。  ほどよく話題も盛り上がり、時間も潰れた。  ――そして、拠点が見えてくる。  オアシスの周辺に作られた土の建造物。  細長い形状をしていて、泉を取り囲む壁のような形だ。  その両端に扉が取り付けられている。 「すみませーん! 荒野エリアから来たレジスタンスの者です!」  みゆが扉を開け、挨拶をする。  すると、凛とした男の声が返ってくる。 「動くな! 何の用だ!」  警戒しているようだ。正直に答えを返す。 「AW管理人が行方不明なったという情報があります。状況が状況です、私たちに協力してください!」 「……入れ。」  俺達三人は扉の奥へ進む。待ち構えていたのは三人の男だった。  いずれも、警戒を解いていない様子だ。 「余計な真似はするなよ? 私は君達を信用したわけではないのでね。」 「お気持ちは理解します。ですがまず、自己紹介させてください。」  花蓮が前に出て、自己紹介をする。俺とみゆもそれに倣う。  信用を勝ち取る為には、素直さをアピールするのがセオリー。  向こうの三人も、少しずつ自己紹介を始める。  まず、我々を怪しんでいる様子の黒衣を纏った魔術師的な男。 「私の名はゼヴルト。私を信用させたくば、行動で示すがいい。  レジスタンスでも例えそれ以外でも、役立たずには用は無いのでね。」  次に、大剣を背負った大柄な若者。口調が少し馴れ馴れしい。 「俺、アヴァンっていうんだ。まぁそうピリピリしなくてもいいぜ。ゼヴルトもよぉ。  我らはレジスタンス。同士だろ、な。」  最後の一人。……顔が見えない。部屋の端で、盾のようなものに隠れている。 「ぼ、ぼく、ピーター……です。あなたたちは、本当に味方?  ぼくは、騙されないぞ……。近づかないで、下さいね。」 「はぁーぁ。ゼヴルトもピーターも硬いな。裏切り者なんてそうそう出てこねぇってー。」 「君の適当さ加減にはほとほと呆れるね。もう少し私を見習ったらどうだ、ん?」 「そ、そうだよアヴァン……この砂漠エリアが壊滅した時のこと、わすれたんですか。  デッカくて、早くて強い化け物……! ぼく、あれから安心して眠れないよ……。」 「おいおい、この三人を見てみろよ。デッカクも強そうにも見えないだろ。  それに女が二人! 警戒してるこっちが馬鹿みたいだぜ。」 「そうかなぁ……。見くびりすぎだと思いますよ……。」  三人は俺達を信用するか否か、話し合っているようだ。 「なーんか、好きなこと言われてる……。」 「みゆさん、我慢ですよ。グッと。」 「面倒だなー。」  少しして、アヴァンという男がボトルとコップを持ち出してこちらにやってきた。 「ま、せっかく来てもらったんだから飲んでくれ。オアシスで汲んだ清水だ。  俺らは向こうの部屋で話し合ってくる。なに、心配することはねぇぜ。ハハハ。」  そう言いながらコップに水を注ぎ、三人は去っていった。  部屋に取り残された俺達。  それぞれの目の前に置かれた、美味しそうな水の入ったコップ。 「オアシスの水はさ、本当に澄んでいて美味いんだぜ。  デリープリューンの名物でもあったんだ。」  みゆが解説をしてくれた。  今の俺達は軽く疲労している。砂地の移動に体力を消費し、熱気で頭もクラクラだ。  一刻も早く、冷たい水で喉を潤したい衝動に駆られる。  ――だが。 「お二人とも、まだ飲まないでくださいね。」  花蓮が静止し、懐から何かの小瓶を取り出す。  その中身を数滴、コップの中に垂らした。  垂らした液体は無色透明。  しかし、コップの中の水に触れた途端――禍々しい色に変化したのだ。 「毒、入ってますね……。」  花蓮が断定する。彼女は人体の治療だけでなく、薬学にも精通しているらしかった。  しかしコップの中の色を見れば明白だ。俺にだって分かる。 「三人のうち誰かが裏切り者か。もしくは全員か。」 「一体、誰が……?」  そう、ここまでは想定済みだった。  問題は「誰が」、レジスタンスの皮を被って俺達を殺そうとしたのか。 「花蓮、この毒はどれぐらい強力なんだ?」 「致死性はありますが……即死するほど強力なものではないようです。  既に解毒剤が作られているぐらい、簡単な薬物ですね。」 「その解毒剤ってやつは、今持ってきてるか?」 「はい。もちろん。」 「よし……俺に考えがある。俺の言うとおりにしてくれ……。」 ―――  しばらくして部屋に三人が戻ってきた。  しかし目の前に広がる光景に、口を開く前に言葉を失う。 「…………ッ!?」  ノア、みゆ、花蓮の三人が倒れている。  先程差し出したコップをその側に転がして。 「な、なんだ、一体何があったんですか!?」  ピーターが叫びを発すると同時に、ゼヴルトが三人の元へ駆け寄る。  アヴァンは入り口で立ち尽くしていた。 「これは……まだ、辛うじて生きてる、のか? ピーター、脈を確認しろ。」 「う、うん。……。」  三人の腕を順番にとり、脈を確認するピーター。 「うん、まだ生きてます。……でも、弱ってる……。何をされたんだろう?」 「外傷は見当たらない……毒か、呪いか。  全く、我々の拠点でこんなことになるとは……クッ。」  ――そう、外傷はない。  状況から判断するに、おそらくは毒だ。  毒ならば、誰が飲ませた?  さっき、コップに水を注いだのは誰だ?  ゼヴルトとピーターはほぼ同時にその考えに至る。  そして、ほぼ同時に後ろを振り向く。  シュッ!  間一髪。  ピーターの前髪が切り払われ、ゼヴルトは頬に一筋の赤い跡をつける。  何が起こった。  その答えは明白。  アヴァンが背中の大剣を引き抜き、殺意を持って振りかざしてきた! 「よぉ。……悪いな、ゼヴルト、ピーターよぉ。  計画が狂っちまってねぇ。テメェら全員ブッ殺すことにした。」 「ア、アヴァン!?」 「君は、裏切り者だったのか!!」 「そうだよゼヴルトぉ。5日間一緒に過ごして来た男は実は裏切り者だったのさ。  あわよくばテメェら二人も利用するつもりだったんだが……  困るんだよなぁ、このタイミングで管理人捜索してもらっちゃぁ。」 「管理人の失踪には、君が関わっていると!?」 「さぁてどうかねぇ。俺は何にも知らないぜ。ハッハハ!」 「う、嘘だ……アヴァンが敵だなんて……。」 「おっと、アヴァンか。俺のフルネームは教えてなかったよな?  俺はアヴァン・ランガルム。ゴッディアのランガルム隊隊長だ。」 「神の、狗め!」  大剣を荒々しく担ぎ、笑うアヴァン。  後退しながら身構えるゼヴルト、ピーター。  互いに向き合っていた。  だから気づくはずもない。  虫の息だと思っていた三人が、奇襲をかけたのを。 「ん、ぐあっ!?」  急に背中に痛みが走り、表情を歪め仰け反るアヴァン。  みゆの剣による速攻が炸裂。  大きな傷を負わせたが、致命傷にはならなかったようだ。 「参ったな。思ったより皮膚が硬かった。」 「き、貴様ら!? 服毒したんじゃなかったのか!」 「うちの治療師をなめるな、バーカ!」  ゼヴルトとピーター、ノアとみゆと花蓮。  五人のレジスタンスによって、アヴァンは挟み撃ちのようになる。 「解毒剤があったからな。仮死状態になって様子を見てたよ。」 「毒の存在は簡単に看破できました。でも誰が入れたのかは分かりませんでしたので。  『私たちが死んだ後』のシチュエーションを観察させてもらいました。」 「ぐ……ぐおぉぉっ……!」 「まぁ早い話がこうだ。  ――狼はお前一人で間違いないな?」 「……来い、俺の手下共ッ!」  アヴァンが合図をすると、外から数匹、影の化け物が入ってきた。  ゼヴルト、ノアはそれに対応する。 「なかなかやるようだね、君達。見直したよ。」 「それはどうも。で、協力してくれるか。」 「勿論。裏切り者を葬ったらすぐにでも。  私の華麗なる魔術、見せてくれよう!」  姿を現したゴッディア軍の隊長格。  レジスタンスが一丸となる時が来たのだ。  第4話へ続く