Another World @作業用BGM紹介: 第30話.『湖畔の戦い』  4月22日 12:00 ―――  交代で休息を取り、湖畔エリアレジスタンス拠点を目指す一行。  騒動を乗り越えようやく睡眠を取る事ができ、疲労を取る事ができたのだが、既に太陽は高く昇っていた。  湖畔エリアの南部には、巨大な湖「デフィーラ湖」が存在する。  エリアの大半を占めるそこは、山岳エリアから流れる小川の水や地下水を大量に蓄えた、非常に澄んだ湖である。  溜まった水は、湖から更に海岸エリアに流れ、海に放流される。  ――ゴッディアの襲撃が起こる前は、澱みない自然の楽園だった。  今は、大量に流された流血や川に捨てられた屍が水を汚し、環境の濁りを見せていた。  ティアによれば、その湖の北部に基地が存在しているらしい。  距離も、湖畔エリアに突入したこの地点からはそう離れていない。  レジスタンスと難民の一行は、もうすぐ手に入れることが出来る安息を求めて、足並みを揃えて歩く。  その行軍の音を、大木の枝の上で聞きつけた男がいた。  男は大きな欠伸を一つし、面倒そうに足元を見下ろす。  数メートル下に敷かれた道を、ゾロゾロと10人以上の男女が歩いている。  男は、その様子を興味が無さそうに見送り、もう一度大きな欠伸をした。 「……おっと。」  その欠伸の反動で、口に咥えていた電子タバコがポロッと落ちる。  そのまま木の下に落下し、地面を転がっていった。  勿体無い、というような表情をする男。  しかしそれを拾いに行く素振りも見せず、手近にあった枝に実っていた小さい緑の果実をもぎ取り、それを齧った。  太い枝の上に器用にバランスを取りつつ寝そべるその男は、全身を武器と防具で固めていた。  背中に括り付けた大型の銃器は一層目立つ。  果実を食べ終わると種を適当に吐き出し、懐からさっき落としたタバコと同じような筒を取り出し、それを咥えた。  男は電子タバコの蒸気を吸い、吐きながら湖の方角を見る。  バラバラバラ……とプロペラの駆動する音がいくつも鳴り響く。  一瞬、砂埃が舞い上がったのが見えた。  するとそれに続くように、爆音が大気中に轟いた。  男が寝そべる枝が、ビリビリと揺れた……。  湖畔エリアに広がる土と草の大地。  そこに、どう見ても不釣合いな無骨な機械。  レジスタンス一行の間近で、それらは唐突に出現した。 「何だ、こいつら! ゴッディアの兵器か……?」  各々が武器を構える。  目の前に現れたのは4体の、人間と同程度のサイズの――武装翼機。 「拠点はこの先だってのに。アイツら、無事か?」  ティアは湖畔の仲間の事を懸念する。  もしこの機械達がゴッディアの戦力ならば、湖畔エリアは危険な状況に陥っているということになる。  最悪、拠点はゴッディアに乗っ取られているという可能性も想像できてしまう。 「……皆、あれを迎撃しろ!」  ベイトが取り敢えずの指示を出す。4体の翼機がどれほどの脅威なのかは分からないが。  全員が武器を構え、様子を見る。プロペラの音が耳を刺激する。  すると、翼機のひとつから電子音が聞こえた。それは、人間の声のようだった。 「275。標的を認識。情報と一致。レジスタンス。」  それを聞いた者は戸惑う。この翼機が一体何なのかを考える……が、そんな暇は勿論与えられない。 「84。指令を確認。攻撃準備完了。」 「113。攻撃準備完了。」 「706。攻撃準備完了。」 「275。攻撃準備完了。攻撃開始。」  次々に電子音が共鳴すると、4体それぞれが砲口を開き、レジスタンス一行に向けた。  レジスタンスの面々は一斉に散る。  さっきまで大勢で立っていた場所に、弾丸が炸裂した。  ババババババババッ!!  地面が抉れ、土埃が舞った。  爆音が大気を振動させる。  4体の翼機はバルカンやビームを乱射し終わると、四方に散り散りに逃げたレジスタンスに追撃した。  ノアは身軽な動きで弾丸をかわしつつ、翼機「113」の背後に回る。  「706」はそのノアを狙うものの、ベイトの放つ爆薬を受け狙いを定めることができなかった。  「84」は小型ミサイルを放つ。4発のミサイルがゆっくりとベイトに迫るが、ミュラと漸の飛び道具がそれを破壊。  その際に生じた灰色の爆風の中を無理矢理ティアが潜り抜け、氷の弾丸を「706」に見舞った。  「706」は機体が大きく凹み、動きが止まった。それを見て、レジスタンスは士気が上がる。 「行ける! 俺たちでも倒せるぞ、こいつら!」 「とにかくここを突破だ!! 連携を怠るな!」  前衛の鋭い動きに圧倒される翼機。  その中で「275」は、動きの鈍い難民達に狙いをつける。  土埃の中で咽るリリトットに向けて、ビームの砲口を開く「275」……。  しかし彼女の前にピーターが躍り出る。  ピーターは精神力を磨り減らしてバリアを展開した。  「275」のビームはその障壁に受け止められ、拡散する。  ピーターと、彼の後ろの仲間達は無傷であり、ビームは代わりに周辺の岩を砕いた。  それによって大量の岩の欠片が飛び散るが、ネコは即座に精神を集中、破片を念動力で支配し、操った。  大小様々なサイズの破片が収束し、「275」の砲口目掛けて雪崩れ込む。  次のビーム砲の準備を開始していた「275」は一溜まりも無かった。  砲口に岩の破片が詰まり、ビームエネルギーの行き場を無くして「275」の機体は爆発した。  ズガァァン!!  金属片が飛び散る。  ピーターはそれを障壁で防ぎ、仲間を守った。  「うわああああ……助けてぇっ!!」  ……と、不意に障壁の外から、仲間のものではない悲鳴が聞こえてきた。 「誰だ? ……子供?」  ノアが最初にその姿を見る。小さな子供が、目を抑えて地面を転がっている。  ……しまった、関係無い一般人を巻き込んでしまったか!?  すると、どこからともなく飛翔した「84」と「113」が、標的をその少年に向けた。 「84。邪魔者を発見。マスターに確認。」 「113。ミサイル準備完了。」 「84。殲滅許可受諾。攻撃開始。」  2体の砲口が開く。 「や……やめろっ!!」  ノアがピーターの後ろから飛び出す。剣には既に紫電を纏わせていた。  シュバッッ!!  空気が裂ける音と、鉄が高熱で溶けるような音が重なって聞こえた。  「84」の機体が左右にばっくり裂け、「113」の砲口が深く抉られた音だった。  ノアの紫電による魔法剣で、ミサイルの発射は阻止された。  2体のヘリの爆発音が轟き、火花と黒煙が散った。 「こいつら、何なんだ? 人が操縦しているわけじゃなさそうだが……。」 「これはおそらく……“Biaxe”の手足となる兵器ですね。」  ベイトが発言した、全員共通の疑問をテイクが補足する。 「ゴッディア内部にいる、兵器開発者の名前です。私も噂を大雑把にしか聞いた事がありませんが……。  どうやら異次元から来た天才で、無数の武装ヘリを自在に遠隔操作する、とか……ッ!」  テイクは言葉尻を荒げ、金属の十字架を放る。  それは綺麗にカーブし、ノアの背後に接近しつつあった1発のミサイルを撃墜してリターンした。 「気をつけて下さい。Biaxeが同時に操作できる兵器の数は千にも上ると聞きます。  ……まだ居ます、すぐ近くに!」  テイクが周囲の仲間に警告する。その直後、上空からプロペラの音が響く。  ひとまず、ノアは地面で怯える少年を起こした。 「おい、大丈夫か?」 「うー……目が痛い。」  ノアは花蓮を呼び、少年の手当てをさせた。  花蓮は「大丈夫、埃が目に入っただけです」と言い、少年を連れてその場を避難した。  ノア達は上空を見上げる。  眩しい日光の中、更に6体もの翼機がこちらに砲口を向けているのが見えた。  前線で戦うレジスタンスを見ながら、避難をし続けるホーエー。 「えーと、ギニー? うーん……逸れたか。」  彼が振り返る先には、必死で翼機の大群と戦うノア達が見える。  しかし、それと同時にホーエーの視界に妙なものが入った。  それは緑の葉の生い茂る大木の枝の上。  地面から何メートルか高いその場所に、全身をゴツゴツさせた装備で固めた男がいた。  その男は緊張感の無い様子で寝そべり、レジスタンスの戦いを眺めている。  ホーエーは話しかけてみた。 「あ……あの。そこの人。」 「んあ?」  その男から返ってきた面倒そうな返事。  戦場を前に、緊張感の抜けた様子でいるその男に、ホーエーは強い口調で言う。 「何やってるんです、そんなところで! 危ないですよ。  ミサイルが飛んでこないうちに、逃げるなり戦うなり……。」 「……自由っしょ? そんなの。」  男はホーエーの方を見ずに返す。 「いやいや……。こんな時に暢気な。もしかしてアレですか、君、ゴッディアの人!?」  ホーエーは一歩退き、両手を構える。  男からの返答が無いのを確認すると、ホーエーは水の魔術を発動させた。  召喚された水の柱が伸び、男の登っている木の幹に当たる。  男が寝そべっている枝が揺れ、男はバランスを崩して落ちた。  しかし男は、落下しながら体勢をコントロールし、器用に両足で地面に着地した。  男は顔を上げる。表情は冷静なまま、口にはタバコのような筒を咥えていた。  男の口元が微妙に動き、ニヒルに微笑する。 「……なんつーか……アレだよ。疲れてんだ。俺、傭兵だし……。」 「よ、傭兵……?」 「ああ。一人にしてくれや……。」  そう男は言い捨て、ホーエーから背を向ける。 「待って! ……傭兵なら、仕事をお願いしてもいいですか?」 「……シゴト?」  傭兵の男は、振り返ろうとしようともしない。  仕事と言えば大抵の傭兵は食い付くものだが、この男はそれほどまでに疲弊しているというのか。 「向こうの人達と協力して、あの空飛ぶ機械をやっつけて下さい。お願いします。」  ホーエーの指差す先には、爆音と銃声と金属が擦れる音。その中で必死に戦うレジスタンス達の姿。  倒しても次から次へと沸き続ける武装ヘリに、苦戦を強いられていた。 「……やだね。」  しかし傭兵は、そのホーエーの頼みを一蹴する。  ホーエーが理由を問うと、傭兵は欠伸を一つして気だるそうに答えた。 「テメェでやればいいじゃねぇか。立派な水の魔法使えんだろ?」 「ボ、ボクは弱いし、遅いし……それよりも、戦える人にお願いしたいんだ。」 「ふーん……。」  傭兵は目を閉じ、タバコを深く吸い、煙のようなものを吐く。  それは一見、本物のタバコの筒のように見えるが、よく見ると火が点いているわけではないことが分かる。  電子タバコのようだ。 「……何くれんだ?」  傭兵は煙を吐き出し終えると、ホーエーの背負う荷物をチラ見しつつ言った。 「え?」 「報酬だよ。何くれるつもりだ?」  ホーエーは考える。が、考える事でもない事だと結論を出した。 「ボクの持ってるものなら、何でも。……いや、この中身、全部あげます。」  非戦闘員のホーエーの持つ荷物は多く、大半がレジスタンス共通の食料やテイトの物資だった。  それを勝手に渡してしまう事は許される事ではない。  しかし、ここは湖畔エリア。目的地のすぐ側まで来ているのだ。  安全な拠点に辿り着きさえすれば……旅の物資も、役目を終える。  だから、これは絶好のタイミング。  傭兵は電子タバコをもう一吸いすると、背中に括り付けたショットガンを触りながら答えた。 「やだね。」 「……えええっ?」  ホーエーはその返答に落ち込む。これでもダメなのか。  しかしすぐに傭兵は、ニヒルに笑ってショットガンを構えた。 「他人と協力すんのは死んでもお断りだ。だから、俺は適当にやらせてもらう。  ……報酬も、半分でいいぜ。」  そう言いながらホーエーに背を向け、戦地に走る傭兵。  ホーエーは気圧されたようにその背をぼーっと見つめる。  そして、すぐにその背中に向かって大声で尋ねた。 「あ、ありがとう……っと、おーい! 君の名前は!?」  傭兵は振り返らず、ホーエーと同じぐらい声を張って答えた。 「好きに呼べよ。俺に名前はねぇ!」 ――― 「えっと、斬燕……くん? でいいんですか?」 「うん!」  爆撃が続く戦地から少し外れた岩陰で、花蓮が先程救出した少年の治療を終えて会話をしていた。  万が一流れ弾が飛んできたり、敵が狙いを変えてきた場合に備えてティアも側にいる。  少年の目の調子が直ると、花蓮は互いに自己紹介をした。  少年の名前は斬燕と言うらしい。  見た目に違わず何も持たない少年のようで、単にヘリの攻撃に巻き込まれてしまっただけのようだ。 「斬燕くんは、ここの近くに住んでるの?」 「うん……向こうに村があったんだけど、この前、全部燃えちゃって……みんなとはぐれちゃったから、今はひとり。」  村が燃えた……間違いなく、ゴッディアの襲撃によってだろう。  花蓮はすぐに想像できた。  ――近衛兵トリードの、審判。  1日1度に放たれる巨大な砲撃。それは、小さな集落ならば一つを壊滅させるに等しい程の規模。  花蓮はまたあの夜を思い出し、胸が痛んだ。  トリードが存在する限り、また今晩0時に、大きな犠牲が出てしまうのだろう……。  少年はその審判から逃れ、一人必死で生きていたという。  草木に実る天然の果実や野菜を食いつなぎ、道端に倒れていた犠牲者から物資を拾う……そんな数日。  このような幼い少年が、唐突に、相当な地獄に追いやられてしまっていたのは想像に難くない。  花蓮は優しく、斬燕の頭を撫でる。 「……辛かったね。」 「…………そんなことないよ。僕、平気だったよ。」  少し、涙を堪える様子を見せたが、すぐに強がる少年。 「影の兵に襲われたりしなかった? 他に怪我とかは?」 「大丈夫だよ。怖かったけど、やっつけた。」 「斬燕くん、強いんだね。」 「うん。それに、覚えてたから。お父さんが敵と戦うところと、お母さんが魔法を使うところ。」 「覚えてた?」 「うん。……だから、黒い敵が出てきても、やっつけられたよ。」  その言葉に花蓮は返事を返さず、「偉いね」と言ってただ微笑み返した。  覚えてた……? だから、やっつけた……?  幼い少年の言動が繋がらない。  子供の言う事だから深く考えるのは野暮だろうか? 花蓮の思考が少し混乱する。  家族のことを意識したから、勇気を振り絞って戦うことができたということだろうか。 「それじゃあ、斬燕くん。ここで、一緒に休んでよう。」 「分かった。」  斬燕は元気に返事をする。  心に負った傷は、心配するほど深くは無いようだ。  まだ10歳程度の幼さだが、強い精神を持っている。  花蓮と斬燕は岩陰で身を隠し続ける。  耳には絶えず爆発音が聞こえ、2人を不安にさせる。ひたすら仲間の無事を祈る花蓮。  やがて、周囲の様子を見張っていたティアがやってきて、発言した。 「……おい、花蓮ちゃんとその隣の子供。」  呼ばれた花蓮は返事をして岩陰から乗り出そうとしたが、ティアがそれを制した。 「……ヤバそうなのが来た。絶対にそこから出るなよ。絶対にな……。」 「ティアさん? ……はい、分かりました。」  ティアを心配する花蓮だが、彼の様子を見て素直に頷く。  ティアの顔に流れる汗が物凄い。服もベトベトと、掻いた汗でひどく汚れている。  花蓮は息を潜めてじっと待つ。斬燕も静かに待機している。  やがて、ティアの強張った声だけが聞こえてきた。 「おい、お前。……熱いんだよ。こっちに来るな。……それ以上、一歩でも近付いたら、ヤる。」  言動から察するに、ティアは敵と対峙しているようだ。  そして、その敵がこちらへ来ないように、守ってくれている……。 「何だ? ……変な真似すんなよ。お前。ゴッディアの部隊長か? 何か言えよ。」  どうやら、敵は人の姿をしているらしい。  それも、今までに会った事の無い人物。 「……お前、正気か? くっ!」  ドンッ! ドンッ! ボゥッ!  会話の末に、銃声と、何かが燃える音が聞こえた。 「珍しい魔法、使いやがって。ここは場所が悪いな……! おい、ノア!」  乱れる足音。銃声と爆音の応酬。  それが徐々に遠ざかって行く。ティアが敵を誘導してくれたのだろうか。  花蓮は戦いの様子が気になったが、ティアの警告を守ることにした。  余計な事をして、皆を危険に晒したくない。  ……花蓮は、ただただ祈った。神ではない、何かに。 ―――  ギニーは硬直していた。  レジスタンスの皆とも、難民達とも逸れ、一人孤立していた。  ここは一体何処だ?  真っ白で、何も見えない。東も西も南も北も分からない。何より、身体が動かない!  ギニーは落ち着くことのできない頭で、必死で落ち着いて状況を整理する。  俺は逃げた。思いっきり逃げた。  敵からも、レジスタンスのあいつらからも、ホーエーからも離れた。結構遠くまで走った気がする。  ……いや、それほど遠くない気もする。っていうか遠いはずがない。俺の脚力的に考えて。  でも気付けばこの真っ白い空間だ。俺、一体何処からここに来た?  何処だ。ここは一体何処だ??  混乱して涙目になるギニーの前に、ふわりと、銀色の影が降り立つ。  その影は徐々に人の形を取り、ギニーの目にはっきりと映った。  優雅なドレスを身に纏った、銀髪の淑女。  ――近衛兵クインシア。 「わたくしの茶室へようこそいらっしゃいました。ギニー様。歓迎致しますわよ。」 「ひ、へ、は……。」  ギニーは声にならない悲鳴を上げる。  その様子を楽しげに見つめながら、流暢に挨拶をするクインシア。 「わたくしはクインシア。偉大なる神に仕えし近衛兵の5番目の席を賜りし者。」 「こ、こ、こここ、このえっ……!!」  ギニーの白めの肌が更に白くなる。  目の前に現れた女は近衛兵。  近衛兵と遭遇したとなれば、何をされるかは明白―― 「あ、勘違いなされませんよう。この茶室で流血はありえませんわ。  わたくしはただ、貴方とお話をしたいだけなのです……。」  クインシアは優雅に扇子を開く。  するとその瞬間、ギニーの身体は軽くなり、まるで操り人形の糸が切れたように床に縮こまった。 「は、は……は……。」  ギニーは自分の身体が動くことを確認すると、すぐさま立ち上がり、クインシアに背を向けて一目散に逃走しようとした。  しかし、少し走っただけで見えない壁のようなものにぶつかり、それ以上先には進めなかった。  必死で出口を探すギニー。数分間ひたすら見えない壁に食らいついていたが、やがて疲れ果てて倒れる。  その様子を、ニコニコした表情で、さぞ面白いかのように眺めているクインシア。 「理解しまして?」 「う……うぐ……く……。」  冷や汗まみれになったギニー。  これから先、自分が一体何をされるのか、想像もしたくない。 「……そ、そうだ。誰かきっと来てくれる! レジスタンスの皆は強いんだ。こんなとこブチ破って、俺を助けに……。」  ギニーがすがる最後の希望、助けに来てくれる仲間。  クインシアは笑顔のまま、それをやんわりと否定する。 「一応、この茶室に出入り口はございますが……見つけられないでしょうね。聡明な皆様でも。」  ギニーは言葉に詰まる。 「しかし今現在、助けを求めても、だーれもいらっしゃいませんわ。お仲間の皆さんは応戦に夢中。  貴方のような難民お一人、気に掛けている余裕はございませんでしょう。」 「う……う……嘘だ……あ、あいつら……俺たちの安全、確保してくれるって……。」  ギニーは両手両足をわなわなと震えさせる。 「無理をおっしゃらないで。お仲間の皆様にはゴッディア随一の兵器開発者と、わたくしの可愛い子を接触させましたので……。  貴方一人、ここにご招待することは容易でしたのよ。」  恐怖に顔を歪めるギニーを可愛がるように、クインシアは扇子で彼の顔を撫でる。 「わたくしと、ここで優雅に、お話しましょう?」 ――― 「……おい、ノア!」  ティアが声をかけた先には、ノアが呆然と突っ立っていた。  ノアの左頬には薄く火傷のような傷ができている。 「……大丈夫か。」  ノアの様子がどこかおかしいことに気付くティア達。  現在駆動している翼機は3体。  しかし、ノアの傷は武装ヘリの群れにつけられたのではない。  突如現れた青年が、あからさまな隙を見せたノアを強襲したのだ。 「……ティア。これは、どういうことだ……?」 「急に襲ってきたんだ。……妙な雰囲気だろ? アイツ。」 「ああ……。妙だ。どうなってるんだ? ……おい。」  ノアが呼びかける相手は、眼前の襲撃者。  それほど高くない身長を持つ青年で、赤のシャツに金色の長髪がかかり、首をオレンジ色のマフラーで覆っている。  どこか幼さを感じさせなくも無い中性的なビジュアル。右手首から指先の方向へ細長く炎が噴き出し、真っ赤な剣のように見える。  しかしどこか様子がおかしい。赤色の瞳は、暗く沈んでいる。  敵にしろ何にしろ、正気の人間の取る挙動とは違っていた。  彼は、ノアにとっては、数日前に共闘した人物。  いやそれ以前に、昔から――ロクに辿る事の出来ないノアの記憶の中でも、昔からの付き合いが想起できる人物。  ノアはぶんぶんと頭を振る。 「どうした? 見覚えがあるのか、ノア。」 「ああ。……ついこの間、一緒に戦った奴だ。森林エリアで別れて……。」  剣に冷気を纏わせ、生気の無い襲撃者の突貫を防ぐノア。 「何があった……? レオ!」  ノアに、レオと呼ばれた襲撃者は、狂ったように炎の剣を振り翳した。  何も感じず、何も考えない、生物兵器のように。  第31話へ続く