Another World @作業用BGM紹介: 第31話.『姫君の手駒』  4月22日 12:33 ――― 「43。攻撃開始。」 「876。攻撃開始。」 「190。攻撃開始。」  3体のヘリが順にバルカンをばら撒き、爆風の花が連続して咲き乱れる。  ピーターの咄嗟のバリアで全てを防ぐものの、爆炎で周りが見えなくなった。 「次が来る……? ピーター!」  一同にはピーターの能力が頼りだった。  しかしピーターの顔には疲労を色が強く出て、すぐにバリアの張り直しはできないようだった。  灰色の煙の中で、ミュラは上空に向けて闇雲に矢を放つ。  何に当たるでも無いのだが、雷を纏わせて空中に留まらせておく。  全員は四方を警戒する。  煙が徐々に晴れ、向こうの景色が見えた。  そこには、駆動していた3体の他に、新たに2体が飛行していた。 「706。自己修復完了。」 「113。自己修復完了。」 「……マジかよ。」  先程倒したうちの2体が自己修復したらしい。  ゴッディアの兵器のテクノロジーに恐れる暇も無く、次の砲撃が飛ぶ。 「……レオ! 目を覚ませ!」 「…………。」  レオの炎剣を、強く語りかけながら防ぐノア。  剣の音さえ鳴らないが、激しい剣戟が行なわれる。  レオの右手の炎は剣の形こそ取っているものの、その実体は炎そのものだった。  レオの魔術の一部のようで、その形は自在に変形し、ノアを打つ。  刃物のように鋭く、線のような火傷となってノアの皮膚にダメージを与えていった。  ノアは内心が揺さぶられる。  見れば見るほど、剣をぶつければぶつけるほど、目の前の少年が旧知の人物だと確信してしまう。  ノアとレオは旧知の間柄だった。ノア自身もそれをはっきり覚えている。  遠い昔、共に語り合った。そして数日前、共に脅威と戦った。  その相手と別れて――まさか、このような事になるとは。  レオは正気を失っている。誰に、どのようなことをされたのかは見当もつかないが。  ボウッ……。  レオの手の炎が不意に消えた。  ノアは剣を振り被った体勢で止まる。これは攻撃の絶好のチャンス!  ……本来ならそのはずなのだが、ノアは覚えていた。  レオが次に何をするかを。  ――炎魔術、アルゲイバ。  術者の身体から多量の炎を周囲に放出する大技。  下手にレオに近付けば大火傷をする。  ノアはそれを瞬時に察知し、レオから距離を取った。 「ッ、ピーター!!」  そしてノアはピーターの名を呼ぶ。ヘリの攻撃を掻い潜っていたピーターは、ノアの方向を向く。  疲労を振り切り、ノアの周りに薄い防御壁を張った。  防御壁に包まれ、レオの炎をやり過ごす算段だったノア。  バリアが張ったのを確認すると、後ろを振り向く。  すると、鼻先にレオの手が触れた。  ――レオのスピードだけは予測を失敗したのだ。  ノアの周囲に張られたバリアの中に、レオが飛び込んでいた! 「……早い、」  ノアが叫ぶ前に、魔術アルゲイバが放たれた。  凄まじい爆音が防御壁内を満たし、ノアとレオの2人を熱風が包み込んだ。  ピーターが青ざめ、バリアを解く。  中から凄まじい熱気と熱風と、爆炎が噴き出す。  それが晴れると、見えたのは全身に熱傷を受けたノアと、  彼の首を掴んだレオの炎の腕だった。 「ノア……!!」 「くそっ、あいつ!」  誰もがノアを心配し、彼の元に加勢に入りたかった。  しかし武装ヘリの張る弾幕射撃が激しく、自由に歩くこともままならない。  レオが炎と化した腕で無慈悲にノアの首を絞める。  ジュゥゥ……と、肉を焦がすような嫌な音が出る。  ヒュカッ!  その音を掻き消すように、レオの脳天に一本の矢が突き刺さる。  続けて、2本目、3本目と、ミュラの能力で宙に留まっていた『タイニーサンダー』が炸裂した。  レオの腕はノアを解放する。ノアは力無く地面に崩れ落ちた。  そのままレオも倒れそうな様子だったが、レオの身体は空気に溶けたように霧散する。  ミュラの矢がカラカラと音を立てて地面に落ちた。  ティアの銃撃が炸裂し、動きが停止したヘリ「190」に更に高速の斬撃『風絶』が加わる。  そして、テイクの十字架が「876」のプロペラを弾き、機体を大きく傾けた。  それによって大きな隙が生まれ、弾とビームの雨の中をミュラが駆ける。 「ノアさんっ!」  ミュラはノアに駆け寄り、その身体を抱き起こす。  見た通り、服はボロボロに焼かれ、皮膚も酷く焼かれてしまっている。 「すぐに、花蓮ちゃんを……!」  花蓮は岩陰に避難をさせている。  この激しい戦場に呼ぶのは危険だが、すぐに手当てを行なわなければノアの命が危ないだろう。  ミュラは花蓮のいる岩場に向かって走った。  だが、ミュラはすぐに足元を取られ、転倒する。  ……誰が邪魔を?  ミュラの足首を、燃え盛る腕が掴んでいた。それはレオのもの。  腕から炎に包まれた肩、首が形作られ、レオの姿そのものになった。 「……炎、そのもの……? そんな、まさか!」  レオは炎そのものに変化し、空気中を風に乗って移動したということか。  本当にその身体が炎に化けられるならば、物理攻撃は全て受け流されてしまうということ。  ミュラが倒れたその時、ヘリ「43」が岩場へ向かってミサイルを放った。  ……隠れている花蓮と少年が危ない! 「花蓮ちゃんっ! 逃げて――」  ミュラの足首をレオの炎が焼く。  ネコがクルミに『交代』し、猫のような素早さでミサイルを追う。  せめて、隠れている2人に気付かせられれば――しかし、それは間に合わなかった。  ドコォォォン!!  ミサイルが、岩場を爆破した。  岩の欠片が飛び散り、白い埃を撒き散らす。 「花蓮ちゃんっ!?」  ミュラと、「706」を再度撃墜し、爆破したベイトが同時に叫ぶ。  クルミは岩場に駆け、2人の無事を祈りつつ確かめた。 「……にゃっ!」  クルミは悲鳴を上げる。  花蓮が斬燕を庇うように倒れていて、背中に大きな傷を負っていた。 「し、しっかり! うぅ……どーしよう!」  クルミは花蓮の身体に被さる岩片を除け、彼女の身体を揺さぶる。  意識はあるようだが、かなり痛がっているようだった。  クルミはとりあえず、ある物で傷を塞ごうと――したが、斬燕を見て振り返る。  斬燕は震えながら、クルミの後ろの上空を指差していた。 「……!」  見れば、そこには新たな武装ヘリが迫っていた。  クルミは剣を持ち直し、“跳んだ”。  人間の少女とは思えないほどの、猫のようなクルミのジャンプ力。  それはあっさりと飛行するヘリに追いつき、プロペラに向かって剣を振った。  クルミの軽い身体はプロペラに弾かれるが、クルミはそれを利用して回転し、コクピットを思いっきり蹴りつけた。  武装ヘリの機体は大きく傾き、一旦停止する。  その瞬間、向こうから放たれたベイトの矢弾がヘリの尾翼に食らいついた!  その鋭い矢弾は装甲を貫通し、ヘリの動力部分を傷つけたようだ。  ヘリはゆっくりと駆動を停止し、地面に墜落した。  クルミは右手の拳を突き出して指を立て、ベイトにお礼のサインを送る。  ベイトもそれを返しながら、武装ヘリ「113」と応戦していた。  ミュラの足首から炎が広がり、右足全体が焼けていく。  地獄のような苦しみからミュラは逃れることもできない。這おうとしても、レオの炎の腕がそれを逃さない。 「う……っく……!」  遠くからティアと漸の銃弾がレオを撃ち抜くが、レオは身体を自在に炎に変えてそれをかわす。  飛び道具の類は本当に通用しないようだ。ティアは銃を短剣に変え、急いでミュラの救出に近付く。  ミュラの苦悶の声は強い。間に合うか……  バシャッ!  その時、ティアは、レオに何かがぶつかり、液体が飛び散ったのを見た。  その液体を浴びたレオは、狂ったように叫び声を上げ、ミュラを解放した。 「ミュラちゃん!」 「……ハァ、ハァ……何が?」  ミュラは赤く焼けた足を庇いながら、後ろを振り返る。  レオが狂乱しつつ、痛みに呻くような絶叫を上げながら暴れている。  身体からは、白い湯気が大量に出ていた。  あの液体が、何かダメージを与えているのか? 「ただの水筒なんだがなー。それが弱点でいいのか? おまえさん。」  見慣れない声が聞こえてきた。  その声の主は、レオの背中を肘で突く。レオは仰け反り、倒れた。 「……だ、誰ですか?」 「んあ? 名も無き傭兵。それだけだ。」  その男は、ミュラには特に興味を示さず、倒れたレオにショットガンを向けた。 ―――  真っ白い空間の中に、人が2人。  落ち着きの無いギニーと、落ち着きのあるクインシア。  ギニーは、クインシアの提案を黙って聞くしかなかった。 「……わたくし達が調査したところによりますと、湖畔エリアのレジスタンス拠点の守りは強固。  湖上に構えられた基地までには、飛行ができる者しか辿り着けない距離がありますの。  しかし、馬鹿正直に飛んで近付けば、すぐに狙い撃ちをされてしまいます。  どうすれば、わたくし達が基地まで駒を進められるか? ……ギニー様に、ぜひやって欲しいお仕事がありますのよ。」  ストレートに告げられたのは、シンプルな裏切りの提案。  基地にゴッディアが襲撃する為の手伝い? ギニーは冷や汗を掻きながら拒絶する。 「ば、ば、ば、ばかな。そんな、できるか!」 「大丈夫。貴方にもできる簡単なお仕事ですのよ。考えてみて下さいな。  ……敵が堂々と侵入できない場所の基地に、味方をどうやって入れるつもりなのか? 疑問ではありませんか?  ギニー様にお願いしたいのはひとつだけです。……今晩20時までに、わたくし達が安全に潜入できる経路をご確保下さいませ。」  それをやってしまうとどうなるか。誰でも分かる。  安全である筈の拠点の守りは簡単に崩れ、内部にゴッディアの手の者が入り込む。  つまり、ギニーの行動によって、拠点内部が危機に陥ってしまうのだ。 「勿論、貴方にも十分なメリットがありますのよ。  神の御意志に多大な貢献を行なったとして、貴方の罪は赦されるでしょう。  そして、貴方に絶対の安全と、ゴッディアとしてのお好きな地位を。差し上げますわ。」  ギニーの頭脳が悪賢く回る。  これに協力すれば、もう命は狙われずに済む?  レジスタンスの奴らを裏切ることになるけれど……俺一人は無事に生きれるのか?  どうする? どうする?  こんな悪魔のような誘い、乗るのは馬鹿げている。  レジスタンスの奴らの実力を間近で見ただろう。  あいつらは仲間を大切にしてくれる。あいつらに付いていた方がいい。  ……でも、待てよ。あいつら、今回は俺を守ってくれなかったじゃないか……。  あいつらも人間だ。力に限度もある。異次元からやってきた神の使いなんかに勝てやしない……。  というかさ、そもそもこの状況、おかしくね?  俺、逃げ場ないじゃん。  断ったらすぐに殺されるんじゃね??  目の前の女はさっきからニコニコニコニコしやがって。  近衛兵だぞ? 俺なんか一撃でドーンされてパーンだろ?  ……なんか、茶室では流血がないとかどうのこうの言ってたっけ? あれ信じていいのか?  うおおおおおおお!  仕方ない、ここはYESと答えて、後からゆっくり考えよう。20時まではまだ猶予があるんだ。  っていうか俺が指示に従わなきゃ従わないで、拠点に辿り着けば安全なままなんだから。  報復で殺しに来るってことも簡単じゃねぇだろ。 「…………。」  ギニーは口で“分かった”の形を作るが、声は発しない。  最後の最後で躊躇っているのだ。  その様子をクスクス笑いながら見つめるクインシア。 「前向きに検討して頂けているようですわね。有難う御座います。」 「あ……まぁな……。おぅ?」  ギニーは息を呑んだ。  クインシアの身体が、こちらに近付いてくる。  何だ、と思う暇も無く、クインシアがギニーを抱擁した。  ギニーは怯えたが、その不安さえクインシアは包み込む。  慈愛に溢れた姫君の両腕が、ギニーの背中までを優しく覆う。  目を閉じ、ただ一心に彼を抱き締める近衛兵クインシア。  ギニーは、言葉を出すことができなくなった。物理的にも。  どうして急に抱き付かれたのか、なんて考えを巡らせるような事もできないまま理性が攻撃される。  クインシアの身長はギニーより高く、首から顔にかけてなめらかな生地のドレスが当たり、クインシアの体温が透き通る。  息を吸うだけで、高貴な薔薇の香りを感じてしまう。  ギニーの心臓の鼓動は、本人にとっては不本意ながら加速した。  恐るべき近衛兵だ、残酷なゴッディアだ、なんて先入観が頭の中にあっても、それは実際に触れられれば消えてしまう。  柔らかい肌の感触、人並みの温もり。クインシアは女性の姿をしており、女性の性質そのものを持つということか。  優雅な仕草で優美な表情で、とても妖艶で――  頬に当たる胸の感触が、ギニーの感情を麻痺させていく。  クインシアの抱擁が数分間続き、彼女はゆっくりと両手を離した。  ギニーはその場で硬直し、顔を赤くさせて口をパクパクするのみだった。 「あ、あ、あ、あ……。」 「クス……いかがでした?」  ギニーが理性を取り戻すスピードは非常にゆっくりだった。  その間にクインシアは数歩退き、左手を胸の前に上げ、手の平をギニーに向ける仕草をした。 「貴方のお体に、ちょっとした呪いをかけさせて頂きました。」 「の、呪い……?」  ギニーの精神はまだ火照っている。  クインシアは可愛らしく首を傾けると、胸の前に開いた左手をキュッと握った。  その瞬間、ギニーの理性は無理矢理正常な方向に引っ張られる。 「イ、イデデデデデ……ゴホッ、ゴホッ!?」  ギニーは喉を押さえ、強く咳き込む。  原因不明の痛みが、急激に喉を襲ったのだ。 「この瞬間より、ギニー様は、わたくしとの約束を破れません。  もしも嘘を吐くような事があれば……死にますので、お気をつけて。」 「ゴホッ、ゴホッ、ゲホッ!!」  ギニーは天国から地獄に突き落とされた気分だった。  ……馬鹿! 馬鹿馬鹿俺の馬鹿! 何でイイ気分になっちゃったんだ!  逃げ道、無くなっちまったよ!! 「では、お答え下さいな。」  クインシアは笑顔で迫る。 「わたくしのお願いを聞いて下さるのか。否か。  ……罪を清める絶好の機会を与えたつもりですわよ?」  ギニーの顔は、再び冷や汗でいっぱいになる。  覚悟を決めるしか無さそうだ。  俺は何としても生きる。死ぬのは嫌だ。死にたくない!  生き延びる為には……!! 「お、俺は……」 ―――  ドシュッ!  ショットガンが炸裂し、地面に弾がバラ撒かれた。  レオは?  名も無き傭兵の一撃を、寸前のところで炎と化し回避していた。  炎が身体を形成し、傭兵の背後にレオが立つ。  そして間髪入れずに、右手の炎の剣で傭兵に斬り付けた。  傭兵はそれを咄嗟の前転で避わし、振り向きざまにもう一度、散弾をお見舞いした。  レオの上半身が炎となり、風になびいて掻き消える。 「ちっ。水ねーか、水。」  傭兵は電子タバコを噛んだまま、身を固めた武装とバッグの中を漁る。  しかし投げ付けた水筒を最後に、手持ちの水は使い果たしてしまったようだ。 「ったく、水が効くならあの野郎がテキメンだったろーよ……。」  傭兵は愚痴りながら、レオの炎剣を銃で防ぐ。  ミュラを始め、レジスタンスの面々は、この男の正体が分からない。  しかし……襲撃者のレオと戦う、敵ではない事だけは咄嗟に判断する。  ティアは傭兵の戦いを見て、瞬時に何かを判断し、叫んだ。 「ベイト! コーラだ!」 「あ!? ……あぁ!」  ベイトは遠くのヘリと戦っていて、状況がさっぱり把握できていなかったが、ティアの指示の通りに一発の矢弾を放つ。  コーラが詰められたカートリッジが飛び、レオを狙う。  しかし距離が遠すぎる。レオは上体を捻るだけでそれを回避し、傭兵と剣戟を続けた。  突如、ティアは地面を滑る。そして、レオを撃ち漏らしたコーラの矢弾に自ら当たった。  いや、正確には――当たったのはティアの持つ短剣。  バシャリとコーラの液が飛び散り、短剣に炭酸が弾ける。  短剣の刃はビチャビチャに濡れてしまった。そう、“濡れた”。 「イイもん貰った。……行くぜ!?」  そして、その短剣を構えたと思ったら、次の瞬間レオの懐へ飛び込んだ。  高速のステップから繰り出された刃の一振りは、レオの右手を確かに薙ぐ!  レオの右手に召喚された炎の剣を、コーラの水分が根元から引き千切った。 「……ちっ。」  傭兵はタバコを噛み締めながら、ショットガンの引き金を引く。  散弾が、屈んだ姿勢のティアの頭上を掠めた。  それによってレオの身体が蜂の巣のようになる。銃創から炎が噴き出し、傷を埋めるように修復した。  胴体にダメージは与えられなかったが、右腕は水分が効いているのか、剣を再び出すことも無く左手で庇っている。 「あっぶねぇな。俺ごと撃つ気だったのか、タバコ野郎。」 「んあ? 知らん。俺は俺でやらせてもらう。」  ティアの物言いに傭兵は興味無さそうに返し、レオの腹にショットガンを突きつける。  ミュラはその戦いを見ながら、痛む足を引き摺りながら上体を起こす。  上空から、バラバラ……と、新たなプロペラ音が聞こえてきた。  また新しい武装翼機が現れたのだろうか。  見上げると遥か上空に、ヘリの影が見える。しかし、今までの機体とは違う、異常な高度を飛行していた。  漸はリリトットを庇うようにしてヘリと応戦していた。  2人を狙って飛ぶミサイルを、テイクの十字架が空気を切り裂いて軌道を逸らす。  そして、ベイトが必殺の火薬弾をコクピットに見舞い、「43」を破壊した。 「……よし。」  ベイトは額の汗を拭う。今ので一通りのヘリは破壊したはずだ。  しかし、自己修復機能に気を配らなければならない。 「大丈夫ですか、ベイトさん。」 「おう。無事か、テイク。あとリリちゃんと、漸。ピーター。」  名前を呼んだ面子は大きな怪我をしていなかった。  バラバラバラ……  プロペラ音が上空から聞こえる。また新たなヘリが現れたのか。  全員はウンザリしながら空を見上げる。  そのヘリは、かなり高くを飛行していた。その為、距離のおかげで小さく見える。  あれだけ高くを飛翔している事を全員が疑問に思った時、そのヘリから何か黒いものが落ちた。  それはとても小さく、地上から見上げた限りでは何なのか判断がつかなかった。  しかしそれが地上に迫るにつれ、プロペラ音に混じって不吉な音が目立つようになってきた。  そして、その音を知る全員が、息を呑む。 「……マジかよ。」  ドクン……ドクン……ドクン……!  黒く脈打つ死神が、地上との距離を縮めてゆく。 「……あれ。君、どうしたの?」  クルミは花蓮の背中の傷にハンカチを当てながら、斬燕少年を見る。  斬燕は、立ち上がって空に向かって指を差していた。  その指の先の上空には、飛行する一機のヘリが。 「何、あれ?」  クルミは、また新しいヘリが来たと思った。  しかし今は花蓮の側を離れるわけにはいかない。  斬燕はしゃがみ込み、先程クルミが落としたヘリから飛び散った金属片を拾い上げる。  それはとても鋭利で、持ち方によっては短剣のように扱える。 「君……何するつもりにゃ?」  その行動をクルミは少し不審がる。  すると突然、斬燕は金属片を持ちながらベイトらのところに走っていった。  ヘリ「876」が自己修復し、上空からの落下物に脅えるベイトらの背後に接近し始めたのは、それと同時だった。  ヒュカッ!  天より落とされる黒き死神に、一筋の雷が突き刺さる。  それはミュラが上空に留めておいたタイニーサンダーの一本。  正確に黒き核の中心を撃ち抜き、恐ろしき爆発の機能を停止させる。  その黒き核が地上にボトリと落ちる頃には、不吉な鼓動は止んでいた。  まるで、黒いリンゴに矢が刺さったような、そんな形になった。少々グロテスクだが。  ベイトは胸に手を当て、ミュラに上出来と合図をする。  ミュラは上体だけを起こし、それにウインクで応えた。 「……あっぶねぇーなぁ。こんなモン落としたら焦るっつの。」 「これは確か、ゴッディアで開発された新兵器……ですね。キロンが使っていました。」  テイクが、砂塗れになって転がるグロテスクな赤黒い塊を、突付きながら言う。  かつてゴッディアに協力していた身として、思い当たる事が多々あるようだ。 「動力源である魔力供給部分を、爆発性のある生物細胞でコーティングした構造……だそうですね。  強い衝撃を与えるか、寄生した宿主が死を迎えた時、起動する仕組みになっています。」 「分かるのか、テイク?」 「……うろ覚えですけど。製造しているところは見たことありませんのでね。」  テイクが言うには、これはBiaxeが開発した強力な兵器で、魔力を利用した生物の性質を持つ爆弾のようなものらしい。  起動すれば、中心部から外部の細胞に魔力が供給され、爆発性のある細胞が活性化して大爆炎を引き起こす代物。  要は、停止させるには中心の魔力供給部分を銃か何かで貫いて破壊すればいいのだが、  外部の生物細胞部分を無闇に潰してしまうと、それ自体が暴発してしまう、というメカニズムらしかった。 「なるほど……じゃ、森林での戦いで取った対策は合ってたってことか。」 「ええ。……それと、この核を使って、7体もの強力な生物兵器の開発が進んでいるとか。  確か、キロンが使役した怪鳥シーファも、その試作だったみたいです。」  見上げたヘリの、胴の裏側のハッチが開く。  そこから、ポロポロと……赤黒い心臓のような兵器が、鼓動を刻みながら更に落ちてきた。 「ミュラちゃん!」  言われるまでも無く、ミュラの右手が何かを指揮するように空気を切る。  すると、空中に待機させていた雷を帯びた矢が全て、弾けるようにして飛ぶ。  稲妻と化した矢はそれ相応の速度を伴い、次々と落下する核を落下する前に縫い止めた。  しかし、放っていた矢の数は有限。  たった1個だけ、その鼓動を止めることができずに垂直落下を許してしまう。 「すみません、撃ち漏らしが!」 「しゃあねぇ、漸!」  ベイトは漸の射撃精度を信頼し、彼に賭けた。  ベイトは自分でも理解しているのだ。破壊力はともかくとして、飛び道具の扱いのスマートさならば漸の方が圧倒的に上だと。  漸も、誰よりも優先して守りたい女の子がいる。  前に躍り出て、射撃の構えを集中した。  漸は集中する。集中する! この一発は外せない!  ――漸は全ての感覚を目と右手に集中させ、周りの音を全て遮断したのだ。  だから、彼は気付くことはない。  周りにいる面子も、気付くのにまだ数秒を要するだろう。  数十メートル背後に、蘇ったヘリ「876」が彼を狙って砲口を開いたのを。  「876」はビームのエネルギーををチャージする。  ミサイルやバルカン砲と違って、光子力のビーム砲ならば標的に気付かれる前に始末できる。  今から放つものは、発射から命中まで、秒もかからないのだから。  最初に気付いたのは、周囲を確認したピーターだった。  安全確認の為に周りを見回したピーターは、こちらに砲口を向けている「876」を見つけて、まず驚いた。  すぐに防御膜を張ろうとも、張り終わる速度がビーム砲に敵う筈も無い。 「876。エネルギーチャージ完了。発……」  そして、ピーターはもう1度驚いた。  そのヘリ「876」と同程度の高さに飛び上がり、装甲に食らい付かんとする少年の姿があったのだから。  金属片を握り締め、“跳んだ”斬燕。  人間の少年とは思えないほどの、猫のような彼のジャンプ力。  それはあっさりと、飛行するヘリの高度に追いつき、斬燕はプロペラに向かって金属片を振り翳した。  斬燕の軽い身体はプロペラに弾かれるが、斬燕はそれを利用して回転し、尾翼を思いっきり蹴りつけた。  武装ヘリの機体は大きく傾く。  それだけで十分だった。「876」がチャージしたビーム砲は、漸を狙うどころか大空に向かって放たれた。  それどころか――ただの偶然かなのかどうかは誰にも分からないが――「876」のビーム砲は、  天空にて黒き破壊兵器をバラ撒いたあのヘリに命中し、その機体を炎上させた。  ドンッ!  漸の銃口から一発の弾丸が撃ち出され、それは見事に落下する核の中心を抉り抜いた。  爆発を回避できて一安心。胸を撫で下ろす一行は、空でいつの間にか炎上している翼機を見上げてまた驚きの声を漏らした。 「こ、今度は何だ?」 「自爆か!?」  ビーム砲が当たる一瞬を見ていなかったため、一行の間に妙な緊張感が走った。  しかし……その緊張感は紛れも無い現実。炎上する上空のヘリから、不吉な音が響いてくるのだ。  ドクリ、ドクリ、ドクリ、ドクリ……。  「876」のコクピットに追い付いて蹴りを入れ、再び撃墜させるクルミ。  何故斬燕がクルミと同じ身体能力なのか、ということはまず置いておいて。  斬燕をその場に待機させ、走るクルミ。  上空から響く不快な音はクルミの耳にもしっかり聞こえていた。  何故ならそれは、複数の鼓動が混ざり合って鳴り合っているような、巨大な音の振動となって響いているから。  つまり、爆発すれば甚大な被害を引き起こすことは間違いない。 『ビームで暴発しちゃったのかな?』 『おそらく、ね。』 『どうすればいいか分かってるよね、お寺。』 『……もちろん。』  クルミとネコの二人は、心の中で同時に呪文を唱えた。  たちまちクルミの身体は消え、代わりにネコがそこに現れる。  炎上したヘリはどんどん高度を落とし、地面との距離を縮める。  その内部には危険な“核”が複数搭載されており、不気味な脈動を放ち続けている。  決して、近付けさせてはならない! 「おい、どーすんだ、アレ!」 「ピーターのバリアで何とかできないか?」 「い、一応やってみるけど……。」  真下にいるベイトらは慌てていた。  よくよく考えてみれば、実際に“核”の爆発を見た事のある人間はここにいない。  だから、どれだけの規模で、どのように防げば効果的なのか。それが的確に判断できないのだ。  ピーターが広範囲にバリアの傘を広げる。  少しでも襲い来る衝撃を和らげる為に。  その横にやって来たネコは、念じた。ひたすら集中し、念動の魔力を強めていく。  すると……爆弾を抱えたヘリの落下速度が弱まり、ピタリと止まる。  そして、そのまま徐々に、少しずつ持ち上がってゆく。 「ネコ……?」  見れば、ネコの顔には汗の玉がびっしり浮いていた。  目を閉じ、歯を食い縛りながら、必死で落ちゆくヘリを魔力で持ち上げているのだ。  ヘリの上昇速度はどんどん上がってゆく。  ネコの精神力の続く限り、何処までも高く上がってゆく!  ――これで、どうだ!  地上から見て、炎上するヘリが豆粒のように小さくなった時、爆発の時がやって来た。  ド……ゴガガァァァァァン!!  その時咲いた花火は、赤黒くとても不気味なもの。  一瞬、辺りに眩しい閃光が走ったかと思うと、ヘリが凄まじい音と共に破裂した。  そしてヘリを中心に赤黒い爆風を飛び散らし、想像を絶する風圧が一行を叩き付ける。 「ぐぅ……ぅおお……!」 「きゃぁああっ!!」 「リリ! 俺から離れるな!」 「神よ……うわあああぁっ!!」  ピーターのバリア傘は降り注ぐヘリの残骸を防ぐ事しか出来ず、風圧によって全員が数メートル吹き飛ばされた。  それはこの地点を中心に、広範囲に及ぶ。  レオと交戦するティアと傭兵も、ミュラも斬燕も花蓮もノアも、凄まじい爆風に圧倒されざるを得ない勢いだったのだ。 「ちっ……ペッ! ペッ! 砂飲んじまった……。」 「……。」  ティアと傭兵も、突如吹き荒れた気持ちの悪い爆風により戦いの手を止めていた。  対するレオは、ぼうっと空を見上げている。  そして何かを感じ取ったのか、いきなりティアらに背を向け、逃走した。 「あ!? おい、待て、この!」  ティアが立ち直る頃には、炎と化したレオは既に見えなくなっていた……。 「何だよ。……逃げられたか。……たく、邪魔しやがって!」  ティアは傭兵を横目で睨み付ける。傭兵は興味を失くしたように、電子タバコを肺一杯に吸っていた。  ティアは不満がありつつも、一先ず本来の目的を果たし、負傷者の救助に当たった。  全てのヘリは墜落し、これ以上自己修復の兆しは見られない。  襲撃者レオも、逃走して行った。  ……釈然としない気持ちを抱えながらも、レジスタンスは難を逃れることができたのだった。 ―――  真っ白な空間。  そこには、クインシア一人。  先程まで対話の相手であった、ギニーはもう空間内にはいない。  静かな空間で、クインシアは声を出さずに、遠く離れたある男と会話をしていた。 “ありがとうございました。これで、わたくしのやるべき事は全て終わりましたわ。感謝いたします、Biaxe様。”  クインシアの念話に対し、別の場所に居るBiaxeは念話を返した。 “調整の指標ができたな。” “調整?” “ああ、こっちの話だ。……奴らと私の『娘』をぶつけてみて、分かったことがある。  いい収穫だった。次の目標地点が、カッチリと定まったのだからな。”  その声色には――念の会話だから、正確には声では無いが――上機嫌のトーンが含まれていた。  Biaxeは何かを得たようだ。天才にしか分からない何かを……。 “それでは失礼致します、Biaxe様。次はお暇がある時に、ご一緒に茶会を致しましょう。” “この世界に居る間に、暇なんてものがあればな。……例のモノが出来上がればこの不毛な争いにも決着が付く。  そうしたら、AnothorWorldという名の世界は、次元の地図上から消え去るわけだ。そうすれば、君達の目的も達成だろう?” “そうですわね。……救済された世界に祝福を捧げ、わたくし達は神の下へと帰るでしょう。” “その日が待ち遠しいよ。私もな。”  クインシアとBiaxeは静かに笑い合う。  互いに顔を見ずにいても、目的を共有していることで何かが繋がっているようだった。 “それでは……茶会は、目的を果たした後に催させて頂きます。景色の良い場所で、罪人から解放された真っ更な大地を見渡しながら……。” “……楽しみにさせてもらうよ。研究の手を早めたくなるってものだ。” “ええ。それでは……例のお仕事を、お願いいたしますね。”  2人の念話が途切れる。  クインシアは右頭の薔薇のコサージュを撫で、薄く微笑んだ。  その表情は誰にも見られることは無かったが、誰かが見たらどういう表情だと解釈しただろうか。  クインシアの目の前には何も無い。  しかし、さながらそこにチェス盤があるかのように、姫君は囁く。 「手駒は揃いましたわ。……後は、詰めるのみ。  80手後には、完成するでしょう……偉大なる神がご満足なさる、至高の盤面が。」  クインシアの自陣には、数個の駒が並んでいる。  相手方から見て、手前には小さな駒があり、奥に行けば行くほど大きな駒が立っているのが見える。  その駒たちに隠されて――キングが立つ筈の最奥のマスが、見えない。  クインシアは右手で、最初に動かすべき駒を拾う。 「まずはその1手目から。レジスタンスと名乗りし罪人の会堂を、浄化致しましょう。」  そして、その駒を――相手の陣に突入させた。  第32話へ続く