Another World @作業用BGM紹介: 第33話.『ビトレイヤーの影』  4月22日 17:00 ――― 「失礼する。」 「……どなたですか?」 「ノアだ。」 「今開けます、どうぞ。」  カチャリと錠の外れる音がし、個室のドアが開く。  中から電灯の明かりが漏れ、法衣から簡素な白いローブに着替えていた男がノアを迎え入れた。 「何か御用ですか?」 「ノクスが夕食を用意していてな。何かアレルギーとか、食えないものはあるか?って。」 「それはご親切に……私には気を使って頂けなくて結構ですよ。このような場所で、施しを戴けるだけで奇跡というものです。  強いて贅沢を申し上げるならば……神に仕えし者にとって動物のお肉は、できれば控えたいのですけれど。」 「神に仕えし……。」 「ええ。……あ、今この世界を蹂躙せしゴッディアの主のことではありませんよ。あれは偽り……神を騙る無礼者です。  私は正しき神に仕えし者。……弱き者を守るのが努めです。」 「そうか。」  ノアは2,3個話したいことがある、とテイクに断った。  テイクは快く了承し、個室の中にノアを入れる。  整然とした、最低限の生活スペースに、ノアとテイクの2人が座る。  1人だとちょっと広いと感じさせる部屋の広さだが、2人でいる分には丁度良く感じた。 「申し訳ありません、ここが私個人の家ならば、お茶などをお出しできるのですが。」 「いやいや、いい。今日来たばかりなんだしな。徐々に、基地での生活に慣れてもらえればいいと思う。……お互いにな。」  ノアは考える。  テイクは、元はゴッディアの部隊長キロンの下に付いていた。  子供を襲う組織のやり口に疑問を感じ、森林エリアからレジスタンス入り。行動を共にする。  実際に誰かを手にかけたという話は聞かない。  ……この男は、果たして信用に値するのだろうか。  確かに、ネコとクルミを命を張って守ったという行動は本物だ。  俺も、皆も、この男の思いを評価し、信じ切っていた。  ゴッディアと近衛兵について、貴重な情報を提供してくれたという事もある。  しかし、それが――元上司キロンとの策謀である可能性は、完全に否定できない。  クルミから聞いたが、テイクが身を挺して彼女達を庇った時、キロンは“ロシアンルーレット”をしていたという。  いわゆる、余興。完璧に殺すのとは程遠い、運試し。  6分の1で強力な銃弾が出る? とは言うものの、それは仕掛け人のキロンの手でどうとでもなる。  あの一件でさえ全て演技で、キロンを捨て駒にして俺達のパーティに潜り込んだ……?  そして俺達に適当な誤情報を与え、捕虜となったキロンを逃がした……?  こう考えてもまだ、様々な点で無理がありすぎる。  だが、完全に否定することは、できない。  一度テイクへ向けてしまった疑いが拭い切れない。  ノア自らも信じられないでいた。仲間になったと信じていた者に、ここまでの嫌疑をかけるなんて思ってもいなかったのだから。 「……どうしました?」  テイクがノアの目を見つめてくる。  ノアはつい目を逸らしてしまう。――きっと、酷い目をしているであろうことが、鏡を見ないでも分かったから。 「いや、ちょっとな……。落ち着いたところで詳しく教えて欲しいんだ。ゴッディアについて、知ってることを。」 「……ええ、いいですよ。」  ノアは一度目をぎゅっと瞑り、何か見えない緊張のようなものを絞り出す。  次に目を開いた時には、ほんの少し、気分が落ち着いていた。 「聞きたいことは色々あるが、特に俺が知りたいのは……近衛兵、そして部隊長のことだ。  ゴッディアにどういう強さで、どういう能力を持った奴がいるのか知っておきたいからな。」 「そうですね。私の知っている情報は、昼の会議でほとんど言ったつもりですが……私自身も良く分かってない部分だらけですからね。  少し、確認しましょう。」  テイクが語り、ノアが聞き、時々質問した。  近衛兵は全部で9体。そのうちの1体、セクサーは撃破した。これはイグルスから貰った情報とも合わせて、確かなものである。  テイクが知りえる情報は微々たるものだが、何も情報が無い現状よりは遥かに進歩したのだった。  近衛兵セクサー。  振動する拳を使う不気味な巨人で、脅威の跳躍力と質量に苦戦を強いられた。  大きな犠牲を払ったが――荒野エリアにて、消滅を確認した。  近衛兵ソロ。  平均的な背丈の青年のような姿をしている、“近衛兵最強の遊撃者”。  秘めたるパワーとスピードはセクサー以上。左手の仕込み刃もあり、対峙して生き残れたのが奇跡のようなものだった。  近衛兵オクトリー。  ノアは気絶していたため存在が分からない、中枢を守っていた聖騎士風の巨人。  自らを“底辺”だと語り、見えない壁を作り出す能力を持った鉄壁の化け物だったという。  ゴジャーとWarsを残して逃走・離脱した為……戦いの末路はまだ誰も分からない。  近衛兵トリード。  テイクが語るに、炎を自在に操る極めて高レベルな魔術師だという。  “審判”により放たれる巨大な魔砲……それの使い手だというだけで、レジスタンスにとっては悪夢。  近衛兵クインシア。  テイクが、中枢の塔内でよく姿を見かけた見目麗しき女性。  ドレスに銀髪、扇子に薔薇のコサージュ。居る場所を間違えているのではないかと思うぐらい、優雅。  噂では、精神に関する魔術の使い手であり、“拷問狂”という陰口を言われているとか。  その他、近衛兵デュオ、カルデオ、セプタスといった者がいるということが、名前だけ判明した。  テイクの話はまだ続く。ゴッディア内にいる部隊長、その他の協力者について。  最初に名前が挙がったのが兵器開発者のBiaxe。  湖畔エリア突入の際に遭遇した多数のヘリ。それを遠隔操作している、恐るべき才能の持ち主だと。 「部隊長について……も、齧るほどしか知りませんが、どんな名前の隊があったかは覚えています。」  次々に名前が挙げられていく。  壊滅したキロン隊を始め、砂漠で遭遇し――スティック清水に始末されたアヴァンが率いていたランガルム隊。  他には、功績をよく聞く順に、ヴィラス隊、ドヴォール隊、ベリアル隊、ドルフ隊、ゼシー隊、レイン隊。審判を突破した世界の裏切り者は、それなりに数がいた。 「確か、あとひとつくらいあった気が。……うーん、思い出せない。すみません、記憶があやふやで……。  もう一つ、部隊の名前があったと思うのですが……。」 「まあ、いい。十分な情報だ。ありがとう、テイク。」  この情報が真であるならば、心強い。  しかし、万が一テイクが裏切り者の場合――これらの情報は、一片も信じられなくなってしまう。  元ゴッディアの人間が、裏切り者。  そう考えるのはあまりにも安易。だが、一番有り得る――のかもしれない。  ノアの苦悩。  過去に、人を疑った経験があまり無い男は、酷く悩む事になる。  人を裏切った覚えも、人に裏切られた覚えも、彼には有りはしない――。手探りの、孤独の戦い。  できれば、信じたい。確信したい。  テイクという男が今まで着ていた法衣の裏側が、真っ赤な血で染まっていない事を……。 ―――  4月22日 17:15 ――― 「花蓮ちゃん? 大丈夫?」 「……ミュラちゃん。」  ミュラがドアを開けると、花蓮の姿が目に入った。  泣き腫らしたであろう目を隠し、ソファで俯く彼女の姿が。  花蓮は手の平をミュラに向けて力無く挨拶すると、居心地が悪そうに体勢を起こす。  ここまでの旅で負った傷はほとんど治療され、ボロボロの服も清潔な空色の部屋着に着替えられている。  しかし、彼女の傷は隠しようが無いぐらいに深い。ミュラにはそれが誰よりも分かった。 「……激しい戦いだったよね。」 「……。」 「あの日から始まって、私達が出会って、レジスタンスになって、そしてここまで……。  花蓮ちゃんのおかげで、ここまで来れたんだよ。皆、貴女に感謝してる。」 「……でも、大事な人が、たくさん、いなくなったから……。」  花蓮は――あまりにも繊細すぎる。  誰かが傷付くことを極端に恐れ、敵に対してですら積極的に害そうとはしない。  自ら『挑発』の魔術を選んだくらいなのだ。  そんな彼女が。ゴッディアからの手先として、一行を窮地に晒したなどとは、絶対に考えられない。  もとより、ミュラはひとかけらも彼女を疑ってはいないのだが。 「私は、戦うのが怖くて。誰も守れなくて……治療士の腕で助けようにも、助けられないところにいっちゃった人達がいて……  ……悔やんでたってどうにもならないって、分かってるんですけど。駄目だ、私。何も変わらない……。」  戦場では気丈に振舞っていた女の子が、部屋の片隅で苦悩し、頭を抱えている。  同じ年代の少女として、花蓮を理解してあげられるのはミュラだけなのかもしれない。  ――最も花蓮を理解していたのは、おそらく、みゆなのだから。 「花蓮ちゃんは変わったよ。たくさん頑張って、強くなったじゃない。」 「そんなの、気のせいです……。」 「気のせいじゃないよ。だって……。」  ミュラはそっと、花蓮の手を取る。 「いつの間にか、花蓮ちゃん、私のこと「ミュラ“ちゃん”」って呼んでる。」 「…………っ!」  その指摘が恥ずかしかったのか、花蓮はミュラの手を振り解いて目頭を抑える。  どうやら無意識に呼んでいたのではなかったらしい。柄にも無く取り乱した様子だった。  少し呼吸を置いて、花蓮は溜め息を一つつく。 「……だって、羨ましかったんですよ。ミュラちゃんもみゆちゃんも、喋り方が親しげで。  なんか……私だけ他人行儀みたいでしたし。」  二人称という、他人は特に気にしない、細かいところを花蓮は気にしていたのか。  やはりこの少女は繊細だ、とミュラは思った。 「それに……あんなに元気で、行動力があって。……体も心も強いあの娘のことが、羨ましかった。」  そう言いながら、花蓮は部屋の片隅に置いてある細長い包みを取り出した。  ボロボロの布を剥ぎ、手厚く包まれたそれが露わになる。  柄に高貴そうな紋章が彫られた細身の剣。刀身には細かい砂粒が付着していた。 「これ、って……。」 「……。この基地の倉庫に荷物を預ける時に……“これ”だけ、持ち出してきたんです。」  花蓮は深くは語らない。しかしミュラははっきり覚えている。  これは、みゆが愛用していた剣だ。 「まだ、信じられません。……これを使っていたあの子が、もう、どこにもいないなんて。」 「花蓮ちゃん。希望を持って。まだ、みゆちゃんは生きてるかもしれない。……生きてる、きっと。」  みゆの遺体は発見されていない。  砂漠の地割れに飲まれて地中深くに埋まったからだ……。  しかし、遺体が無いということは、生きているかもしれないということでもある。  彼女の生存を信じることが、できる。 「でも、みゆちゃんが生きてたら……きっと、すぐに私達のところに駆け付けてきたはずです。」  しかし、みゆの性格を知れば知るほど、その可能性には疑問点という名の壁が立ちはだかるのだ。  例えどんなに離れていようとも、持ち前の素早さで大地を駆け、仲間のピンチに駆け付けて助太刀をしてくれるのが彼女。姫龍みゆという女。  彼女と逸れて約2日。徐々に、希望は萎んできていた。 「それに、もし生きていたとして、この湖底基地にはどうやっても入れません。……こちらから迎えに行かない限りは。  私達は、外――死神が徘徊する危険地帯に、みゆちゃんを置き去りにしてしまったんです。」  現状を語る花蓮の前に、ミュラは何も言えない。  少し、時間が経過した。 「……この剣も、ここで燻っているよりは、ゴッディアとの戦いの為に役に立ちたいと……そう言っている気がするんです。  みゆちゃんの、ためにも。」  震える声で花蓮は言った。それは彼女なりに考え、導き出した、“臆病な自分との決別”……。  過去に囚われず、来るべき戦いに備えて前を見ようという宣言。 「この剣を、誰かに使って貰いたいんです。……その方がきっと、良いと思いますから。」 「……うん、そうだね。そうだよ、きっと。」  ミュラも、肯定した。戸惑いつつも、前を見る花蓮の瞳を。 「……私は、ノアさんに渡すのが相応しいと思うんですよ。ノアさんの剣って、欠けていましたしね。  それに、みゆちゃんの意志を託せる剣使いは誰かって考えたら……これ以上無いぐらい、相応しいじゃないですか。」  花蓮はノアの名を挙げる。彼女は、ミュラもそれに賛成してくれるだろうと思ったのだ。  彼には荒野から世話になり続けていたのだから、いい機会でもあった。  思ったとおり、花蓮の提案に、ミュラも同意した。 「うん、ノアさんなら大事に使ってくれる、よ。」  その時、ミュラは胸の奥にチリッとした痛みを感じた。  何故かは本人にも分からない。  大して気にも留めないまま、二人は剣の汚れを払い始めるのであった……。 ―――  4月22日 17:32 ――― 「失礼します。」 「はい?」 「ノクスです。夕食のことについてお聞きしたいことがありまして。」 「……どうぞ。」  眠たそうな幼い声がして、ドアの錠が開いた。  迎え入れられた先は他と変わらない簡素な生活スペース。  個室群の中の一室で、ネコという少年が目を擦っていた。 「……何?」  少年がぶっきらぼうに尋ねてくる。  無愛想だというわけではなくて、単に疲れていて誰の相手もしたくないといった風だった。 「ええと、夕食ですが……ネコさん、とクルミさん。2人分ご用意する必要がありますか?」 「あーうん。僕達は胃は共有していないからね……。というか、僕とクルミは同時に表に出れないだけで別々の存在だから。  慣れないだろうけど、そんな感じでお願い。」 「なるほど……。」  ノクスは、この一体化の2人については会議室でさらっと説明があったが、よく理解できなかった。  実際に目にしても、ただの生意気そうな子供にしか見えないが……。 「あの、クルミさんは今……?」 「寝てる。それはもうグッスリだから、表には出てこれないよ。何か用事?」 「いえ、特には……。寝てる、とは、その、ネコさんの意識の中で……?」 「んーと、なんていうか……ああもう説明難しいな。」  ネコは面倒そうに身体を揺らしながら説明をする。 「僕とクルミは、2人の精神を1つの器で共有してる……って感じ。  どちらかが器を使っている時は、もう片方は精神だけになってる……っていうか。  だから今は、クルミは精神だけになって寝てる。僕だけにしかそれは分からないけど。」  ノクスは、はあ〜っ、と分かったような分からないような声を漏らした。 「……とすると、例えば、ネコさんが起きている時にクルミさんが寝て、クルミさんが起きたらネコさんと交代して、ネコさんが寝る……  というのを繰り返せば、永遠に眠らず動ける、ということですか?」 「……まあ、そうなるね。」 「凄い。詳しい原理は分かりませんが、便利な身体ですね。」  ノクスは闇雲に問答し、闇雲に褒める。  その間に視線を動かし、部屋の中を探っているのだ。  扉、壁、天井、棚、テーブル、ソファ、ベッド、どこかに裏切り者の手がかりが無いか探す。  しかし何も見つけられなず、ネコの暗い声が返ってきた。 「……そんなわけないじゃん。自由に入れ替われるとはいえ、2人別々の方がずっといい。  何処行ってもクルミと一緒なんて、うんざりするよ、ほんと。」 「はあ……どうしてそんな身体になってしまったんですか。」  ノクスが何気無く発した質問は、ネコにとって禁忌だったのかもしれない。  変わらない、ぶっきらぼうな声で、一言だけ呟いた。 「知らない。」  それっきり、少年はそっぽを向いて何も話さなくなった。 ―――  4月22日 17:40 ―――  個室群の一室で、リーダー・ティアは腕組みをしていた。 「……ご苦労だったね、皆。不在の間、いろいろあったみたいで。」  部屋の中にはティア、エガル、アサメの3人。  ティアは話を聞きつつ、自らが不在の間の仲間の苦労を労っていた。 「アサメ。義理堅いなお前も。……好きに行動したっていいんだぞ、お前なりにな。」  アサメはソファーの縁に腰掛け、足組みをしながら鼻で笑う。 「そうしたいところだが行く当てが無くてね。そこら辺の情報も記憶と一緒に落としてしまったようで。  まあ、ここが一番安全だろう? しばらくは寄生させてもらう。」  お前達にとってはこんな異端者、消えた方がいいのだろうがな……と、皮肉っぽく口を結ぶアサメ。  ティアは相変わらずだと微笑む。 「お前がそう思うんならいい。ただ、後悔はして欲しくないからな。  ……俺としては、お前が可愛い女の子だったら土下座してでもここに留まらせるんだけどな!」 「相変わらずだよ、君も。」  ティアはエガルの報告を聞き終えると、ノートに書き留め、閉じる。  普段は――特に女の子の前でははっちゃけている彼も、リーダーとしてやることはきちんとやる。  今日はたくさんのレジスタンスの同士・そして住む場所を奪われた難民達を保護できたのだ。  これから湖底基地は更に活性化するだろう。その期待と不安、重責と戦わねばならない。 「一気に人が増えて大変だろうけど、皆がここの生活に慣れるまではホストとして振舞ってくれな。」  エガルにそう言い聞かせ、ティアはぐっとソファーに倒れこむ。 「お疲れで?」 「ああ、ちょっとな。甘い飲み物あるか。」 「……ノクスに用意させましょう。」  治療士エガルは不器用にティアの身体を慮る。彼なりに、ティアの心労を理解してやることも治療士の仕事であった。 「これだけの戦いです。いつ、誰が犠牲者となるか分かりません。……ですが、ご自分を責めませんように。  貴方が悔いていては、亡くなった者達も浮かばれません。目的を果たすその時までは……。  このエガルも、死すその瞬間まで、お供致します。」 「……ありがとうな。」  ティアはソファーにもたれかかり、仰向けに天井を見る。  そして、半分エガルやアサメに向けて、半分独り言のように呟いた。 「本当に、頼りになる奴らだよ。俺なんかがこうしてリーダーやってるのが情けなくなる。  レジスタンスは……強力な集団になっていくだろうな。」 「はい。……ですがそれは、貴方のお力ですよ、ティア殿。」 「……いくら軍勢を集めようとも、敵わない相手は何処にだって居る……それを忘れないように。  大切な人を失くしたく無いのなら……な。」  最後の一言は、ティアがティア自身に浸透させた。  エガル、アサメはその真意をすぐに察する。  ティアが今、そのことについてどう思っているのか……確かめるつもりもあり、アサメはあえて口に出した。 「アユミのこと、か。」  ティアは何も返事をしない。  少し気まずい時間が流れた後、それを掻き消すように、ティアはニカッと笑った。 「まあ、信じてるからさ。お前達と一緒にいれば、俺達は絶対に勝てるって。」 ―――  4月22日 18:44 ―――  時計は進み、外は夜の闇が飲み込み始める。  といってもここは湖の底の基地。外の景色などは拝めるはずも無い。  窓の無い個室。テーブルの上には使い捨ての紙皿が数枚。  ソースで汚れており、数分前までそこに料理が乗っかっていたことが伺える。  テーブルを挟んで、男女が真剣な眼差しを向け合っている。  積極的なのは男。女は戸惑い、迷っていた。 「教えてくれよ、ミュラちゃん。……君が疑っているヤツの名前を。」 「わ、私は……。」  その迷いも当然のものだった。裏切り者の調査にて出会った男に詰め寄られ、望まずもこうして密談のような状況になってしまったのだから。 「気が進みません……。そんな、特定の誰かを疑う、なんて……!」  少女はまだ答えを決めかねていた。  そもそも、約束した相手以外と、このような話をすることが既に予定外なのだ。  男は少女の答えを待たない。そもそも、男の目的は少女から話を聞くことではなかった。 「特定の誰か、か……ミュラちゃん、別に、裏切り者は1人とは限らないんだぜ。」  彼は、自らの考えを披露し、同意してもらう事こそが狙いだった。 「俺が怪しんでいるのは……2人だ。」 「ふ、ふたり……。」  裏切り者が1人だという決まりはない。確かにその通りだった。  その男は、鋭く――推理を重ねていた。 「俺だって気が進まないさ。共犯とはいえ小さな女の子を疑ってしまうなんてな。男として……恥ずかしい。  だが、意見は曲げねえよ。俺にとってその2人は――“容疑者”だ。」  テーブル越しに、男の口からその名前が告げられた。 「漸。……そして、リリトット。」  第34話へ続く