Another World @作業用BGM紹介: 第39話.『神への反逆者』  4月23日 6:15 ―――  朝日が荒れ果てた大地を照らす。  AW暦515年の春――日に日に暖かくなり、色とりどりの植物も生い茂る季節。  毎年それぞれに賑わいを見せるはずの各エリアの集落は、眠ったように静かであった。  裁きという名目の下、神の使いを名乗る軍団により踏み荒らされた被害の結果である。  AWに住まう人間の数は大きく減少し、生活体形にも著しい損害が出た。  この状況では、例え神の軍団が去ったとしても復興させるのは難しいだろう。  何十年、いや、何百年をかけて、ようやく不自由無い生活を送れるようになるかどうか……。  跡形も無く損壊した山腹の一集落を見て、イグルス・ウィーグはそう憂いた。  イグルス、キリュー、希更、ハットの4人は山岳エリアの折り返し地点付近の集落で一夜を過ごしていた。  彼女らのみが知る歩きやすい道を通り、雪原エリアの拠点へ向かう道中だった。  ここからはAWの特殊な気候が影響し、進むごとに気温が下がる寒冷地帯へと変化してゆく。  イグルス一行は寒さに備えて上着を着込むなど、対策を取り終えていた。  早ければ、昼頃には到着するという見立てがあった。 「もうすぐだな。……トレア、元気にしてるだろうか。」  ハットは何気なく呟く。それは返事を求めたものでは無かったが、  黒い厚手のコートを着て、フードで頭部を覆い隠したイグルスは言葉を返す。 「そうだな。トリードには、トレアに対する一切の攻撃を認めないと条件を取り付けてあったが……。  状況が状況だからな。もうそれは無しに等しいだろう。」 「後悔してんのか?」 「いいや。あの状況ではあれが最善だったと信じている。中立としてな。」  近衛兵トリードを一夜にして葬り去ったイグルス一行。  それが他の近衛兵たちの策略の一つだったと明らかになり、ゴッディアへの不審は更に強まる。  しかし、ゴッディアにしてみればイグルス一行が突然裏切ったという形になる。  それが原因で、余計な報復をされる可能性もあった。中立の立場を保つのは極めて難しい。 「……あの子はきっと大丈夫だ。雪原の環境と、力強い番人が味方している。我々は慎重に進もう。」 「ああ。肝が据わってんな、お姉サマは。」 「何か言ったか?」  ハットは舌を出して誤魔化し、会話を打ち切る。  その2人の後ろを、希更とキリューが無言で付いて来る。  辺りには大小様々な枯れた樹木があり、ぽつりぽつりと芝生が点在するだけの荒れた坂道を下る4人。  最初に異変に気付いたのは希更だった。  警戒心の強い彼女は微かな足音を聞き、拳銃を構えて後ろを向く。 「敵の気配……近いっ!」 「おやおや。夜明け前に接近されていたか……?」  希更の警戒を合図に、全員が手に持てる軽い武器を取り出し、四方に背中合わせになる。  いつ何時敵が現れても対応できるように、打ち合わせは念入りであった。 「准尉。何匹と、何人だ?」 「足音は2つ。共に二足歩行だと推定。……それぞれ、4時の方向と7時の方向であります。」 「……ゴッディアの追っ手か?」 「さてな。ゴッディアが差し向けることのできる追っ手は8割が影の神兵……足音もそうだが、この気配は獣のものではない。  とすれば、部隊長か……何が来るか分からない。全員、警戒しながら前進。」  4人はじりじりと、背を合わせて周囲に気を配りながら坂を下る。  坂の高低差を逆手に取られたらひとたまりも無いのだが、相手が姿を見せた時の対応策はすでに用意してある。  張り詰める空気。低い気温も相まって、4人の緊張感をじわじわと高めていく。  キリューの向いた方向から、不意にガサリと茂みが踏まれる音が聞こえた。  それは足音を殺しながら忍び寄ってうっかり踏み外した音ではなく、姿が見えても構わず一撃を入れようと踏み込むような音。  キリューは前方の視界を見張る。そこには太い枯れ木の数々。  そのどこかに隠れた敵が、こちらへ向かって飛び込んでくる……?  ――否。キリューは剣を横にして、頭上に構えた。  そこへ向かって、木の上から獣のような勢いの男が金属の塊を振り下ろしながら飛び込んできた。  ガキンッ、と重い感触。キリューの手は痺れながらも確実に敵の一撃を受け流した。  男は華麗な動きで受身を取り、素早くキリューとの距離を取る。  その男の持つ金属の塊をよく見ると、それは刃を剥き出しにした斧であった。  地味で目立たない黒い服を身に纏っているその男は、まるで蛮族のように下品な笑いを浮かべ、殺意を剥き出しにする。  キリューの横に素早くハットと希更が付く。謎の襲撃者と1対3の構図になる。  ハットと希更はそれぞれの持つ拳銃を男の足元に撃ち、攻撃と威嚇を兼ねる。  イグルス達にとっては、即座に撃ち殺す訳にもいかない。それは男も薄々と理解しているようで、前進せずに斧で足元の土を抉った。  そして土塊を舞い上げ、対峙する3人の視界を隠す。  目くらまし。  戦闘経験が豊かな者はそう思うだろうが、男の狙いは別だった。  飛び散る土塊に3人の注意を向けた後に――もう1つ、別の影が接近した。  希更は気配だけでそれを察知すると、甲高い声で合図をし、ハット共々地に伏せる。  そうして空いた空間を薙ぐようにキリューが剣を背後に振り翳す。  そこには、同じような黒い地味な服装をした、槍を構えた男が不気味な笑みを浮かべていた。  槍の穂先を額に突きつけられたキリューと、剣を喉元に突きつけられた男。2人は硬直する。  そしてまた、斧を持った男も。  隙が出来たキリューに向かって再び斧を打ちつけようとしていた男は、背後からイグルスに銃を向けられ、静止していた。  そのまま、少しの時間が流れる。  イグルスが襲撃者の情報を聞き出そうとした時、もう一つ別の気配を感じた。 「十分だ。下がれ、ドルフ。ゼシー。」  威厳に満ち溢れた男の声。それに従い、2人の黒い襲撃者は各々の武器を下ろす。  その気配は堂々としていて、敵意を全く感じさせない。  ズン、ズン、と豪快に大地を踏み鳴らし、両手を広げながら近付いてくる男。  大柄で、肩に掛かる赤い豪奢なマントが揺れる。頭髪は炎のように逆立ち、闘気の鋭さを見せる。 「“神”とやらが、この大地を滅ぼし……生命の種は枯れ果てる。その光景を想像した事があるか?  次元における、世界というひとつの単位。これが減るという事態は忌々しきもの……。  世界を滅ぼすなど愚の骨頂、世界という資源は万能の主によって支配され、使われるべきだろう。  ……そうは思わぬか? 荒れた大地を彷徨う、奇跡を求める者達よ。」  意味の分からないことを呟きながら近付いてくる荘厳な男。  友好、殺気、謀略……それを超越した何かの臭いをイグルスは嗅ぎ取った。 「……まず名を名乗れ。話はその後で聞こう。」  イグルスは銃口を男の足元に向ける。男は怯む事も無く、子供の悪戯を見るように笑い飛ばした。 「慎重なのはよろしい。だが貴様が求めるものは何だ? 暴力による支配でも、上辺だけの解放でもなかろう。  神の使いを名乗る組織は、愚かな信念の下破壊を続ける狂信的な輩の集団……。  それに抗う蒼き戦士達の一派は、ただ破壊者を討つ事ばかりを続ける。理不尽への復讐などと、青臭い言い訳を掲げてな。  どちらにも属さず逃げ惑う弱き民衆。惑わされ寝返る弱者。金や食料のみに執着し信念を厭わない傭兵……。  貴様等はそのどれとも違う。間違いはあるまい?」  イグルス一行の目的に迫る謎の男。イグルスは更に警戒を強め、魔術を使う準備に入った。 「それ以上近付く事は許さない。……名を名乗れ。  貴様はゴッディアの追っ手か? 違うというならば、所属と目的を明らかにしろ。  10秒だ。それまでに応えなければ、分かるな?」  銃口と、眼鏡越しにも分かる明らかな敵意を向け、男を煽る。  交渉中に罠を張るのはイグルスの真骨頂。静かに魔術を発動させ、男の足元の周囲をぐるりと囲った。  無闇に踏み出せば、イグルスの意志により起動する激痛の罠。  男の注意を引き付けつつ、逃げ場を奪う……。  男はその事に気付いていないのか、変わらぬ余裕でイグルスを嘲笑った。 「ふむ。一切の油断すら持たぬ貴様はやはり有能な女。我が欲する力のひとつだ。  ……だがその警戒は無駄というもの。我は貴様と敵対しにやって来たのでは無い。」  男はイグルスの銃口に怯えもしない。10秒が経過する。  イグルスは容赦せず引き金を引こうとする。逃げようとすれば、足元に仕掛けた激痛の罠を起動させるつもりでいた。  その時、大気が鳴動した。  男は、何処からともなく空間の切れ目を呼び出し、そこから巨大な何かを引き抜く。  仰々しく現れたそれは金属質なフォルムで、豪奢な装飾が施された高貴な斧槍――ハルバード。  槍の先に斧を取り付けたような、豪快な武器であった。  男は片手を用い、その斧槍を振るう。  そして地面を抉り、イグルスの張った罠の魔術を全て粉砕した。 「何だと……!」  イグルスが驚き引き金を引くタイミングを誤る。  次の瞬間には、はためく赤いマントがイグルスの視界を覆った。 「口は上手くとも、女は女。死の飛び交う戦場で生き残る事はできんだろう。  私の側に来い。貴様の頭脳を使ってやるというのだ、このクシャナ・ヴィラスが。」  一瞬だった。イグルスが反応する事もできない一瞬で、男――クシャナは、イグルスの銃を構えた腕を捻り上げ、彼女の動きを制した。  拳銃が地面に落ちる音が鳴る。イグルスが珍しく歯を噛み締めた。  そしてあっという間に防寒着の上から両腕を絡め取られ、抵抗を封じられた。  クシャナという男に策を見破られ、捕らわれてしまったイグルス。  しかし彼女は危機を感じこそすれ、微塵も敗北したとは思っていなかった。  希更、ハット、キリューが、一斉にクシャナの頭を狙って武器を向ける。  クシャナはそれを見てもやれやれと頭を振り、余裕を崩さない。 「我が配下とすると決めたのはこの女のみだ……何をするにも自由だが、貴様達の命は保障せぬ。  必要なのは力……力を示す事だ。ドルフ、ゼシー。」  クシャナが命じると、2人の黒い襲撃者は斧と槍を構える。  そしてイグルスを救おうとする3人と、死闘を繰り広げようとした――その時。  バラバラバラバラ……と、最初は小さく、徐々に大きく鳴り響くプロペラ音。  上空に、Biaxeの遣わす武装翼機が5体。出現した。  ――追っ手か!?  それを見たイグルスとクシャナは同じ事を考えた。  イグルスはトリードを倒した件で狙われ、クシャナは洞窟エリアでゴッディアに反旗を翻した事で追われていた。  つまり両者にとって、Biaxeの武装ヘリは共通の敵。 (またしても追っ手か……私達の行方を察知されるとまずい。迎撃したいが、今の状況では……!) (どこまでも着いてくる神の虫め。ドルフとゼシーには荷が重いか……この女は後回しだ、撃ち墜としてくれよう。)  クシャナはイグルスの身体を解放し、再びハルバードを構える。  解放されたイグルスはクシャナのその行為に疑問を感じつつも、眼鏡を直して銃を拾い上げた。 「589。目標を発見。」 「170。目標を発見。」 「905。目標を発見。」 「433。目標を発見。」 「692。目標を発見。マスターに報告。映像を送……」  「692」がコンピュータを動作させているその最中、クシャナが跳んだ。  本当に人間かどうかを疑わせるような強靭な脚力で。  ――身長の数十倍の高度を飛ぶヘリを見下すような高さまで跳び、「692」の装甲に斧槍の一撃をぶち込む。  「692」の装甲は凄まじいほどにひしゃげ、地面に叩き付けられて爆発炎上を起こした。  いくら武装ヘリに自己修復機能が搭載されていると言っても、それがどうしたと言わんばかりの完膚なきまでな破壊だった。  そんなクシャナの超人的な力に圧倒される一同。  当の本人は地面に着地し、愚痴のように呟いた。 「ふむ、この数だとカートリッジの充填が間に合わぬな……。」  その言葉の意味するものはイグルス達が知る由も無かったが、イグルスは今何をすべきか理解していた。  ゴッディアから遣わされた武装ヘリを、自分らの情報を告げさせずに撃墜すること。  残った4機のヘリは一斉にビーム砲を開門していた。超大なエネルギーが空に集っていくのを感じる。 「ハット。……任せられるな?」 「おう。空中戦は俺の得意分野だよ!」  ハットはイグルスに言われる前に、背と肩と腕に紐で括り付けた大柄の兵器を下ろしていた。  それは彼が独自に改良し、携帯性を強めた弩砲。  対・近衛兵トリードの時、大広間のガラスをまとめてぶち抜いた威力を誇った彼の武器。 「准尉! 発射準備は!」 「既に完了しています! 発砲許可を!」  希更も、都市エリアのテクノロジーにより小型化された必殺兵器『ソニックアロー』を構える。  射出には莫大な電力を必要とするレールガン。そのチャージは既に完了していた。  希更が手頃な岩場にしゃがみ、ソニックアローを構え狙撃体勢に入る。イグルスが希更の側に付き、狙撃のナビゲートを行う。  イグルスが右手の人差し指と中指で示す標的、ヘリの1機に照準を合わせる。  そして、上空のヘリからビーム砲が放たれたと同時に、希更のソニックアローが唸りを上げた。  レールガンの弾速は、光のエネルギーを利用するビーム砲に劣る。しかし、威力は比べ物にはならない。  マッハを超える速度で放たれる質量のある弾丸は、収束したビームをいとも簡単に掻き散らす。  希更は2発目の充填を始める。4機のヘリも再びビーム砲のチャージを開始する。  どちらが早いかと言えば、ヘリの方に分があった。しかしその間に、もう1人の狙撃手が弦を爪弾く。  ハットがバリスタから撃ち出す重量感のある矢弾が、2機のヘリ「589」「170」の装甲に順番に突き刺さる。  2機のヘリはゴリゴリと駆動音を歪め、高度をどんどんと落としていく。  そこに、待ってましたとばかりにキリュー、ドルフ、ゼシーの3人の近接戦闘の専門家が飛び付き、袋叩きにした。  キリューが機体を蹴り付けプロペラと尾翼を破壊すると、「589」をドルフの斧が両断し、「170」をゼシーの槍が串刺す。  そして残された「433」と「905」はビーム砲のチャージを中止し、退避行動に入ろうとする。  しかしイグルスと希更はそれを許さない。充填が完了したソニックアローが高速の弾丸を射出し、「433」の心臓部を貫いた。  「433」が煙を噴き上げて墜落している中、「905」は機体を回転させ、場を離れようと動く。 「905。退避開始。マスターに報告。」 「逃がすかよ!」  ハットが矢弾を撃ち込む。しかし距離が既に遠く、命中するものの撃墜させるには至らなかった。  希更が3発目の充填を開始しようとした時、クシャナが一同の前に躍り出た。 「なかなかの実力ではないか……それでこそだ。それでこそ我が配下に相応しいっ!」  クシャナが笑いながら、片手に掴んだハルバードを持ち上げる。すると、ハルバードは大気に溶けるようにして消滅した。  それと同時に、地鳴りが響く。微かに地表が揺れたと思った瞬間、クシャナの右足の前の地面が隆起した。  その隆起した部分から剣の柄のようなものが飛び出し、クシャナはそれを徐に掴んで引き抜く。  ズズズ…… と、大地が唸りを上げるように共鳴し、クシャナの手にその力が集まってゆくように見えた。  クシャナの引き抜いた柄の先に、金色に輝く高貴な金属で造られた、太い剣の刀身が徐々に構成されてゆく。  クシャナはその剣を振り被るが、刀身の構成は終わらない。長い。まだ長い。  既に100m近くになるが、まだ刀身は伸び続ける。 「大地の魔剣ティルフィング。王者の力の前に……平伏すがいい!!」  クシャナの傲慢な叫びと共に剣が翻り、大気を切り裂き始める。  その剣の長さは、逃走を続けるヘリとの距離など問題にせず、両断できる程。  それ故にクシャナ以外の全員は、巻き添えとならないように――身を屈め、“平伏す”しかなかった。  クシャナが一歩だけ踏み込み、同時に剣を振り下ろす。  その刃先は数百m先まで逃走した武装ヘリを地に叩き落し、破壊した。  その驚くべき長さを誇るクシャナの剣は、一撃と共に崩壊する。  追っ手の危機を回避した矢先、クシャナは地に散った武装ヘリの残骸を拾い上げるように、自らの配下に命じた。 「この虫共は放置していれば蘇生する。……二度と動けないようにせねばならん。」  クシャナが斧槍を呼び出し、それを叩き下ろして地面に巨大な傷跡を作る。  土はまるで何かの機械で耕したようにボロボロに崩れ、枯れた地面に小さな谷が出来る。クシャナとドルフ、ゼシーはそこにヘリの残骸を放り込む。  そして土をそこに流し込む事によって、自己修復機能を持つ武装翼機を“封印”した。  全てを片付けたクシャナは、赤いマントをはためかせながらイグルスに向き直る。  イグルスと彼女の仲間は再び武器を構えて臨戦態勢を取った。  その様子を見て、クシャナはまた豪快に笑う。 「良い。武器を下げろ。気に入ったぞ、女。  改めて名乗るとしよう。我が名はクシャナ・ヴィラス。」  警戒を続けるイグルス達4人。武装ヘリとの戦闘を経て、クシャナの態度が明らかに違っていた。  まるで4人を認めたように、クシャナは親しげに名乗り、話を続ける。 「私は異次元より、神の使いと名乗る者共に招かれた。……しかし今は違う。  この大地は滅ぼすには惜しい。故に私は、神に反逆し世界の王となる。今はその戦力を集めているのだ。  ……それを良しとしない愚か者共が、しつこく虫を遣わして来るのだがな。」 「今は、ゴッディアとは繋がっていないと?」 「そうだ。」  確かに、ゴッディアに与する者ならば、偵察の武装ヘリを撃ち落すならまだしも、土中に埋めるのは考えられない。  ……豪奢に振舞う男が、イグルスの思考を先回りする。 「先程の戦い、楽しかったぞ。見込んだとおり、実力も申し分無い。  貴様達には興味が沸いた。名乗れ、女。貴様の知りたい事は全て話したぞ。」 「……分かった。私はイグルス・ウィーグ。貴様等がゴッディアの追っ手でないとすれば話は別。  お互いに損害を被らない程度に、話そうか。」  イグルスは即座に交渉の姿勢に入る。  クシャナという男からは胡散臭い雰囲気を感じるが、同時に何か重要な情報を持ってそうだと感じたのも事実。  イグルスはキリューを傍らに護衛のように立たせ、情報の交換を行った。  クシャナは元ゴッディアの部隊長であり、彼の側に付いている2人の男、ドルフ、ゼシーも同様。  3人は一斉に神に反旗を翻し、新たな勢力の拡大を狙っているらしい。  その活動の一環として、イグルス一行の行動をマークし、今回の勧誘に至ったようだ。 「ゴッディアについての情報を教えるのは、私としては一行に構わん。近衛兵、そして神は我々にとって共通の敵だ。  互いのメリットにもなるだろう。……さて、私としてはそろそろ、そちらの目的を知りたいな。」  クシャナは一通りを話し終えると、イグルスにも同じく情報の提供を要求した。 「……イグルス殿。」 「問題ない、准尉。……私に任せろ。」  希更、そしてハットも、まだ警戒を続ける。  イグルスは意を決して話し始めた。誰に対しても伏せていた、彼女らの目的を。 「私達の目的はこの世界を救済する事……そして、この世界に戦乱が起こる前の平穏を蘇らせる事。  その方法を探している。」  襲撃によって荒れ果て、汚され、無数の命が失われた大地。  仮にゴッディアが打ち倒され、神の裁きが去ったとしても――悲しみは永遠に消えない。  元凶を取り除いても世界そのものを救わなければ、AWは寂れ、緩やかに滅びてゆくだろう。  その未来をイグルスは案じていた。 「途方も無い事を考える。……それは神も慄く奇跡の奇跡、どうやって実現するというのだ?」 「私の師が言っていた。世界の何処かに眠る“方舟”に、その力があると。」 「“方舟”……?」  クシャナは聞きなれない単語に耳を傾ける。 「師は、方舟を“このAWと異次元を繋ぐ鍵”と呼んでいた。それが実在する確証は無いが、試してみる価値はあると思った。  ……その手がかりを、管理人エタニティが握っているという情報もある。」 「管理人か。……部隊長の座に甘んじていた頃は、その捜索を行っていたが……。」  クシャナは顎に手を当て、興味深そうに話を聞くと、強く頷いた。 「分かった。教えるとしよう。……昨日の夜明け前の時点で、管理人エタニティの姿が確認されている。  観測したのは虫ケラ……先程の武装翼機のひとつ。都市エリア方面へ向かう姿を捉えたそうだ。」 「本当か?」 「ああ。言っただろう、我々にとって、ゴッディアは共通の敵。……この情報に偽りは無い。」 「……礼を言っておこう。」 「些細な事だ。しかし興味が沸いたな、その師とやらに。……どのような人物だったのだ。」 「……。」  クシャナはイグルスの師について、興味本位で尋ねる。  イグルスは一瞬だけ口を噤む。しかし、クシャナを信用してか知らずか、思い出すように語り始めた。 「……師は、本当に世界の為を思って行動していた。先代の管理人ともよく話し合い、住民の意志を尊重するような行政を行おうと努力を続けていた……。  今はもうこの世にはいない。……私は、あの人の代わりに、目的を果たす。それだけだ。」  イグルスの師との思い出、約束。それらを抱えて、イグルスは行動していた。  少数の同士と共に、この戦乱においても独自の立場を貫き、奇跡のような目標を達成しようと。 「……なるほど、それが貴様の目的という訳か。納得が行ったよ。  だが、それは貴様の師の意志であって貴様の意志ではないだろう。……貴様の心は、何処に置いてきた?」 「……。」 「まあ、いい。深入りしようとも思わんよ。」  クシャナは2人の配下を従え、イグルスに背を向ける。  これ以上は同じところに留まるつもりはないらしい。 「時間を少々使いすぎた。再び追っ手に嗅ぎ付かれては面倒になる。……私はこれからも勢力の拡大を続けるぞ。  貴様達には興味が沸いた。次に会う時に改めて誘うとしよう。それまでは、貴様達が少しでも目的に近付ける事を期待しているぞ。  勿論、進んで私の配下になりたいと願い出てくるならいつでも歓迎するがな。楽しみに待っているぞ……イグルス・ウィーグよ。」  クシャナは赤いマントを翻して、枯れた大地を堂々と去ってゆく。  その後ろをドルフとゼシーが追うように付いて行き、後には踏み荒らされた土が残った。 「……。」  クシャナの一言が感情の琴線に触れたのか、じっと黙るイグルス。  彼女の気持ちを分かっているのか、3人の同士は話を逸らし、言葉に囚われつつある意識を変えようとした。 「都市エリア方面に管理人。新しい情報だが……どうする?」 「ただ、その情報も昨日の夜明け前。一日以上古いものでありますね。十分に警戒するべきかと。」  突然現れ、嵐のような衝撃を与えて去っていったクシャナ一派。  彼らの思惑は世界の破壊を防ぎ、新たな権力によって支配すること。  世界を救済し、平穏を再生しようとするイグルス一行の目的とは大きく異なっている。  裁きと言う名の殺戮と、理不尽な暴力への対抗。  もはやAWに蔓延るのはその2つの勢力だけではない。世界がどちらに向かうかは、もう誰にも予測できない。 「……今は予定通り、雪原に向かう。トレアが帰りを待ち焦がれているだろう。一旦、体勢を立て直さなくてはな。」  イグルスは冷徹な表情を浮かべ、眼鏡を直した。  3人も彼女の言うことに倣い、坂の下の光景を見下ろす。  行く手の空気は冷たく、春だというのに似合わぬ雪化粧を纏っているAnother Worldの北東。  雪原の入り口は、すぐそこにあった。  第40話へ続く