Another World 第4話.『脅威』  砂漠エリア・レジスタンス拠点内。  ノア、みゆ、花蓮、ゼヴルト、ピーター。5人のレジスタンスと、  アヴァン・ランガルム率いるランガルム隊の戦闘。  ランガルム隊と呼ばれた数匹の影の化け物が、ノアとゼヴルトに襲い掛かっていた。  それらは荒野エリアでノアが斬った敵よりも大型で、力強い。 「俺が攻撃を受け止める。後ろから援護を頼む!」  ノアはそう言い、ゼヴルトが応じる。 「しっかり耐えてくれよ。私の魔術は強力だが少々手間がかかる。」  ゼヴルトが懐から取り出したのは、赤い表紙の本。  慣れた手つきでそれをめくり、詠唱を始める。  ノアに襲い来る化け物は4匹。  喉に胸に額に目。触手のような両手は急所を的確に狙ってくる。  それらをやり過ごすのに精一杯で、攻勢に転じることはできない。  少しして、みゆが化け物の背後をとる。  それに気付き、化け物の一匹は振り返り攻撃を加えようとする。  触手のように蠢く細長い腕が、みゆを貫こうと迫り――  届くこと無く、飛び散り、消えた。 「……必殺・100本霧。」  みゆの剣は何度翻ったのか。  瞬きする間に叩き込まれた無数の剣撃は、さながら霧のように揺らぎ、炸裂した。 「抉りたまえ、ジャベリン!」  直後、ゼヴルトの詠唱が終了し、呪文が放たれる。  すると、ゴゴゴゴという音と共に大地から太く鋭い槍のようなものが突き出て、残る化け物を的確に貫いた。 「私の自慢の魔術の一つだ。……生きてはいまい?」  体を貫かれた3匹の化け物はピクピクと痙攣し、そして動かなくなった。  それを確かめ、ゼヴルトはジャベリンの魔法を解除する。 「良し。ご苦労だった、ノアとやら。」 「……ふぅ。流石の破壊力だな。」  警戒を解く二人。そこに少しの隙が生まれる。  その少しのチャンスを見逃さず、アヴァンが一撃を加えようと跳ぶ!  ガキィ!  ゼヴルトに直撃しかけたその剣は、謎の障壁に弾かれる。  それはバリア。ピーターが咄嗟に張った、守護の能力であった。 「ゆ、油断しちゃ駄目……アヴァンが、いるよ……!」  ピーターは危険を察知することのできる特殊能力を持っていた。  何者かの殺意をキャッチし、事前に防御壁を展開できる技。  その能力を持つ彼が、油断するなと告げている。  バリアスペルに弾かれたアヴァンは、剣を持ち直すと荒々しく叫んだ。 「神の裁きを受け入れろ! テメェらを待つ運命は死ぬことだけだ!  おおおおおぉぉぉぉぉりゃあああああああああ!!」  大剣を横に構え、アヴァンは疾走する。  武器のリーチが広く、避けることは困難!  ノアが正面に飛び出し、自らの剣で受け止める! 「ここは通さないっ! うおおおおあああぁっ!」 「死ね、死ね死ね斬り刻んでやらぁぁあああ!!!」  ノアに防がれたアヴァンは一歩距離を取り、豪快に剣を振り回す!  一撃一撃が重く、ノアは自らの剣を魔法で強化して対抗する!  ガキン! キキィン! ドガガガガ!  剣と剣がぶつかり合う音。  状況は互角。  しかし、力の均衡を保つことは難しく、とうとうノアが力負けしてしまう。  ガチィン! 「くっ! ……やられた……!」  弾かれ、飛ばされるノアの剣。  アヴァンは容赦なく、トドメを刺そうと踏み込んでくる。  ドシュ! ドシュドシュ!  その時、身構えるノアの背後から火球が飛び、アヴァンを押し戻した。  ゼヴルトが魔術で援護を続ける。  だが、大剣が振り回され、それは簡単にかき消された。  次はアヴァンの四方八方に土の壁を出現させる。  物理的に動きを封じる魔術だ。  それはほんの少し効果があったが、すぐに破られてしまう。 「小賢しい!! ゼヴルトォォ!!!」  アヴァンの吼え声に舌打ちをしつつ、ゼヴルトは別の魔術書を取り出す。  詠唱が始まるが、敵は既に丸腰のノアの眼前まで迫っていた。  アヴァンの大剣が振り下ろされるのが見える。  避けようと思えば避けられる。しかし、ノアが避ければその刃は背後のゼヴルトに襲い掛かる!  魔術による援護を期待するなら、この一撃は耐えねばならない!  ノアは歯を食いしばる……!  ガキィィン!  その時、間一髪のところでピーターの防御壁が展開され、敵の手をほんの一瞬怯ませる!  それで十分だった。 「蕩けたまえ、メルティゲート!」  詠唱が終了し、アヴァンの足元に魔力が集中する。  すると、その部分だけ床が液状化し、アヴァンの両足をすっぽり包み込む。  思うように足が動かせなくなり、アヴァンは唸りながら足掻くが効果は無い。  底なし沼のように、足掻けば足掻くほど床に飲み込まれていく……。  それを見て、花蓮が動く。  先程弾かれた、先端のないノアの剣を拾い上げ、その持ち主に手渡した。 「決めてください、ノアさん!」 「ありがとう、花蓮。ゼヴルト。行くぞ!!」  アヴァンは、ぬかるむ床から足を引き抜こうと踏ん張っていた。  顔を上げたら、目の前でノアが剣を構えているのが見えた。  ――耐えられる。ノアの一撃だけならば。  そう確信していた。  確かに、ノアの一撃だけなら耐えられた。  体力も防御力もアヴァンのほうが上なのだから。  ――だから、気付いた時には遅かった。  ノアの横で、みゆがフォローに入っていたことに反応できなかった!  ズバッ! ザシュッ!  二人の斬撃がアヴァンを吹き飛ばした。  壁に激突し、建物はガラガラと音を立てる。 「やったか……?」  誰かがそう言った。  今の攻撃で仕留められていれば、戦いは終わる。  ゴッディアの小隊を潰すことに成功したのだ。 「あ、あ……気をつけて、みなさんっ! まだ……!」  ピーターが震えた。  危険予知。まだ終わりはないらしい。  舞い上がる塵の中でアヴァンが立ち上がる。 「……ケッ。やるねぇ、カスどもの分際で……。ちょっと、ヒヤヒヤしたぜ……。」  口から血を吐き捨て、凶暴な眼光を飛ばす。 「これでもゴッディアの一隊長……まだ、本気じゃねぇぜッ!!」 「しぶとい奴! もう観念しろよ、みっともないぞ!」  みゆが言う。それに対し、アヴァンは薄く笑う。 「みっともない、だァ? 黙れ、女が。これは殺し合いなんだ。  プライドなんて関係の無い、血と汗と悲鳴の応酬だッ!!  俺は止まらねぇぞ、止めることはできねぇぞ、テメェら全員を殺すまではなァ!!」 「なんて奴だ……!」  みゆの額に嫌な汗が浮かぶ。  今の状況は5人VS1人。圧倒的にこちらが有利のように思える。  だけどさっきのぶつかり合いで、こちらが大幅に消耗した!  もし、アヴァンの言う「まだ本気じゃない」がハッタリではないとしたら、これ以上の戦闘は危険。  私はともかく、前衛であるノアの体力は半減して、奴の大剣に対抗する力はあるかどうか……。  私の懐にあるのは「砂漠エリアキー」。  このキーの能力を行使すれば、アヴァンをエリア外に飛ばすことができる。  そうすれば、私達は安全。誰も死ぬことなく、戦闘を回避できる。  ……でも、考え方を逆にしてみれば。  私達は安全になる代わりに、他のエリアを危険に晒すことになる。  ミュラが待つ、荒野エリアが襲撃されるかもしれない……!  今の私はエリアマスター。  迂闊な判断はできない! できれば、ここでアヴァンを仕留めたい!  じりじりと、大剣を担いだアヴァンが距離を詰める。  ノアとみゆが覚悟をして前に出る。  今まさに両者が衝突しようとするその時、ピーターが口を開く。 「く、来る……危険が、迫ってくる……!」  それは言うまでもなく明らかなこと。  目の前の敵を打ち破らなければ、レジスタンスに勝利は無い!  だがピーターは、更に高く声を張り上げる。 「み、みんな違う! アヴァンじゃない! 脅威が、やってくる!」  その叫びの意味が誰も分からず、その場の全員が何言ってんだこいつという視線をピーターに集中する。 「デッカくて、早くて強い、あの化け物! 街を粉々にした、あの化け物が!」  危険予知能力というのは、本人にしか分からない危険を察知すること。  故に、実物を見るまで信じられないのも無理はなかった。  ドゴォォォーン!!  轟音。  そして捲き起こる砂嵐。  何事かと思えば、空が見えた。  ――突然、壁と天井が吹き飛んだ! 「な、何だ!? 何が起こっている!? 説明しろ、ピーター!」 「ぼ、ぼくにもよく分からないですよゼヴルト! ただ、危険なんです! とても!」  急な出来事に、場は混乱する。  ノアは砂を飲み込んでしまい、ゴホゴホと咳き込む。 「皆さん、怪我はありませんか!?」 「大丈夫、花蓮! 私は平気……あ。」  花蓮に気遣われたみゆは、頭がスーッとする感覚に気付き、表情が青ざめる。  ない! 帽子が、ない!  砂嵐に持っていかれてしまったのか!? 「帽子! 母さんの、帽子……! どこ!? どこにいった!?」  今まで、みゆの心を支えてきた母さんの帽子。  それが無くなり、慌てふためいてしまう。  ここまで場を混乱に陥れた原因は何か?  建物を破壊した「それ」は、外にいた。  巨大で、禍々しい姿をした、灰色と黒の兵隊。  戦闘が始まる前にピーターは言っていた。  砂漠エリアを壊滅させた化け物がいる、と。  アヴァンが「それ」を見て、勝ち誇ったように笑う。 「血の匂いを嗅ぎ付けてきやがったか。『神の近衛兵』。  ……終わったな。もう、全員死ぬしかねぇ! ヒャハハハッ!!」  体力を消耗したノア。  魔術を使いすぎたゼヴルト。  そして、心の支えを失ってしまったみゆ。  現れた『脅威』を前に、生き延びることはできるのか。  第5話へ続く