Another World @作業用BGM紹介:http://www.youtube.com/watch?v=Ki9JLoZvbPM(スマブラXより ボス戦闘曲1) 第40話.『近衛兵No.1 疾走する煉獄ソロ』  4月23日 6:57 ――― “聞こえますか? 目覚めなさいませ。クインシアです。”  夜明けの後も、樹海エリアの闇は晴れない。  大樹の枝に抱かれじっと目を瞑り、時が過ぎるのを待っていた近衛兵ソロの頭の中に、彼の嫌う女の声が直接流れ込んできた。  近衛兵は眠りが必要無い身体を持つ。だからソロがこうして眠った振りをして夜をやり過ごすのは、彼の無気力さを示す行動の一つである。 “相変わらず樹海で時間を持て余しておりますのね。まあいいです。神の命を与えますの。”  神の命……ね。  そう言っておけば俺が喜んで動くとでも思っているのだろうか、悪趣味な女め。  ソロはそう考え、頭を振っても耳を塞いでも振り払えないクインシアの念話を受け取る。  近衛兵の一席を担う彼だが、ここのところはまともに中枢エリアに帰還せず、近衛兵としての責務を放り投げているも同然だった。  だから他の近衛兵は、ソロの存在をほぼ無いものと思って計画を練っていた。  こうして時々、クインシアあたりは都合よく彼の力を利用しようとするのだが。  ソロも、特に断る理由も無いので大体はそれに従ってきた。  しかし今の彼は無気力も無気力で、興味の無い内容ならば実行せずに佇んでいようと考えている。  クインシアの良いように事が運ぶのは、流石にもういい気分はしない……。 “貴方にお願いしたいのは、湖畔エリアに所在が判明したレジスタンスの隠れ家への攻撃。  そして既に潜入しているゴッディアの部隊長の救出ですわ。”  ああ、今回は飛び切り面倒そうだ。  ソロは苦笑いをする。そんな高度な仕事、俺に任せようとするのはいくらなんでも計画が雑過ぎるだろう。  聞いてもいないのに、頭の中には声が流れ続ける。 “今ならば潜入は簡単ですわ。湖底の基地に巣食う罪人の皆様の間では、仲間割れが起こっておりますのよ。  そのため湖上に見える入り口の警備は非常に手薄……何も考える必要はございません。堂々と正面からドアを叩いて下さいませ。”  クインシアは、罪人が隠れ住む拠点内の情報を正確に掴んでいた。  何故、この女はそれを知っているのだろうか。普通なら疑問に思うところだが、ソロはクインシアという女をそれなりに知っている。  ……大方、また精神を操った人形を敵陣に送り込み、悪趣味に諜報活動を行っているのだろう。  とにかく、今回の仕事には興味が無い。  ソロが無視を決め込もうとした瞬間、彼の脳裏にある記憶が蘇った。  ――『忘れるな……いつか、お前の刃を圧し折りに戻ってくる!』  その言葉を最後に、高地の岩壁から落ちていったあの男。  ソロの左手の刃を欠かせた唯一の男。 “湖畔エリアの基地には、先日、貴方が高地エリアで逃がした罪人が数多く逃げ込んだようですわね。  貴方も少しは、近衛兵としての責務を全うしようとお思い下さいませ。……無能、と蔑まれたく無いのならば。”  裏付けのようにクインシアは語りかける。俺を挑発するような態度だが、それは置いておく。  近衛兵の責務などどうでもいいが、その男にまた会える可能性があるなら……話は別になる。 “難しいことは考えなくても結構ですわ。ドヴォール様にも念話で同じような合図を送っております。  貴方は潜入後、群がる罪人に鉄槌をお与え下さいませ。心の赴くままに。今度は、一切の手加減無しで。”  ソロが枝の上に立ち上がると、着ている簡素な白い服がはためく。  腰に提げている鎖に繋いだ、数々のエリアキーが鈍く輝く。  荒野。樹海。海岸。3つの輝きは、その持ち主がエリアの長だという事を示すもの。  奪ったもの、拾ったものであろうと、その効力に例外は無い。  ソロは高く、高く跳躍し、樹海の闇を守る木々を飛び出し、朝日をその身に浴びる。  クインシアの思惑に沿う形なのは癪だが。  神と、それに造られた筈の近衛兵の存在に悩み、時間を食い潰していた俺にとって、いい機会だ。  信念を賭けた戦いの間だけは全てを忘れる事が出来るだろう。  若き紫電の申し子よ。決意を固めるだけの時間は与えた。  今こそお前の守りたいものを守ってみせろ。  その意志に曇りが見えた時――お前の手からそれを奪ってやる。 ―――  4月23日 7:26 ―――  厨房のドアが開き、アサメが顔を覗かせる。 「ここにいたか……。」  アサメは目の下に濃い隈をつくり、髪や服を機械油で汚していた。  疲れ切った表情で、よろよろとリリトットが引く椅子に倒れるように座り込む。 「……手動のリフトは完成した。同時に乗れるのはせいぜい2人までだが、子供の力でも最下層まで十分に動かせる。  真っ先に報告しろって言うから工具も片付けないで来てしまったが。」 「ありがとうアサメ。疲れの取れる食事を用意してあるぞ。」  リスナが食卓に並べる皿には、備蓄している乾燥野菜と干し肉を使ったスープや、パンと果物が盛られていた。  アサメは眠そうな目を擦りながらそれを口に運ぶ。  一睡もしてない為に眠気は強そうだが、それ以上に空腹も酷いらしい。  一晩の頑張りを表彰するかのように彼を見守る、厨房内の一同。  ティア、漸、リリトット、ホーエー、エガル、リスナ。  0時の審判から湖底基地の仲間は決別し、別々の場所で夜を明かした。  ノアやミュラといった“ベイト派”は大会議室に。そして、漸の言い分を支持する“漸派”はこの個室群の一室、厨房に。  夜が明けるまでコツコツと一人きりで作業を続けていたアサメは、そのことを知らずにいるので、素朴な疑問を口にした。 「……何かあったのか? 夜は少し騒がしかったみたいだが。」 「別に。気にする事じゃないさ。」  ティアの返事は曖昧だったが、疲れ果てたアサメにそこから先を追及する気力は無く、ただスープを啜る音だけが立つ。  室内にいるそれ以外の者はというと、武器を手元に準備し、朝から戦う意気は万端だった。  アサメと違って睡眠で体力を回復し終えているというのもある。 「行くのか、皆。」  ティアの問いかけに、無言で頷くエガルとリスナ。  2人は既に覚悟が出来ていた。殺された同士、ノクスとスレインの為にも。  漸も2丁の拳銃を腰に提げ、リリトットを傍らに寄せて腕を鳴らす。  リリトットも、いつもお守りに持ち歩いている可愛らしい意匠の杖を握り締める。 「リリちゃんは置いていった方がいいと思うけどな。」 「心配する気持ちは分かるよ。でも、リリはオレが絶対に守る。……ここに1人で残してたら、疑り深い誰かさんが来てリリを襲うかもしれないからな。」 「漸、それは言いすぎだろ……。」  ホーエーが眉をしかめて咎める。  彼は彼なりに、状況を改善しようと説得に勤しんでいたが、漸のベイトに対する態度が改まる事は無かった。 「そんな事を言うイイ奴のホーエーは、覚悟はできてるのか? 不安ならアンタこそここに残ってもいいんだ。」  漸は意地悪く首を傾け、挑戦するような態度で睨む。  しかしホーエーの腹も決まっていた。いつもの青っぽい魔術師の服に身を包み、読み終えた魔術書を食卓の上に置く。 「ボクも行く。……ギニーが招いてしまった敵だから。アイツの代わりに、ボクが始末を付ける。」  ホーエーは、自身の魔術によってエレベーターごと落下していったギニーの顔を思い浮かべる。  間接的にとはいえ、ギニーを死に追いやったのはホーエー自身。  ギニーは十中八九生きてはいまい。……奇跡的に生きていたとしても、もう彼は仲間ではないのだ。  一晩経ち、ホーエーの迷いも吹っ切れた。もはや彼の表情はか弱き難民のそれではなく、立派なレジスタンスの一員であった。  ギニーの事は、彼の招き入れた災難を取り除いてから、理解し、赦そうと思う。  弱い心を共に分かち合った、仲間ではなく、友人として。  そう、この厨房に集まった“漸派”のメンバーは、アサメが修理したエレベーター代わりの手動リフトを使い、侵入者オル・ドヴォールを討伐しようとしている。  昨日と違ってノアやベイト達は戦力に入らない。  昨日より不利な状況で、その難題をこなそうというのだ。  策は練ったが、それでも半分は意地だった。  ベイトに負けたくない漸の意地。失った仲間の敵討ちとなるティア、エガル、リスナの意地。ギニーの罪を清算しようとするホーエーの意地。  アサメは、スープを平らげると食卓に突っ伏して、夢の世界に堕ちた。  流石に徹夜明けのまま、作戦には参加できそうも無い。全員がそれを察し、休ませてやる。 「あの侵入者は恐ろしく強い。……死ぬかもしれないからな。本当に覚悟はいいな。」  ティアはリーダーとして、何度も念を押す。  しかし漸はその真意を見抜いていたようで、笑いながら言った。 「ティアさんもよく言うよ。アンタ、最初っから、一人でも戦うつもりだっただろ?」 「……バレたか。」  ティアは誤魔化すように舌を出した。  彼は胸元を押さえ、懐に忍ばせてある湖畔エリアのキーを服の上から握り締める。 「湖底基地の不祥事は全部リーダーの責任。後始末つける覚悟はとっくに出来てる。  裏切り者だろうがなんだろーが、全部受け入れてこそのリーダーだろ。」  そして、ドンッと胸を一回叩き、立ち上がった。 「俺は不出来なリーダーかもしれない。現に、この状況でも仲間割れを認めてしまった。  だけど俺は皆の命を守ってやる。また安心して、安全に湖底基地で暮らせるようにしてやるよ。  ……その為なら特攻ぐらい簡単にやるさ。それが俺なりの“リーダー”だ。」  それに応えるようにして全員が同じく立ち上がる。室内の士気は最大限に高まった。 「へへっ、なんか湿っぽくなるのも嫌だなぁ。景気付けにリスナ、乳でも揉ませてくれない?」 「やめて下さい。」  緊張感をあえて壊すように、ふざけてセクハラをするティア。  それをリスナは慣れた様子であしらう。  これが湖畔エリアレジスタンス。……ティアという男が守る、小さくも大きな世界。  その真価が試される時が、来た。   ―――  4月23日 7:51 ―――  慎重に、手動のリフトを使って最下層へ下る。  ドヴォールに気配を気取られないように、静かに。  リフトを使えるのは同時に2人まで。アサメの職人技で操作はしやすい構造だが、足場の大きさだけはどうにもならない。  エガルとリスナ。漸とリリトット。ティアとホーエーが組になって、全員が最下層へと降り立った。  不気味なほど静まり返っている湖底レジスタンス基地最下層、物資保管庫。  最初に一行を出迎えたのはシャフト内の凄惨な光景。ひしゃげたエレベーターと飛び散ったコンクリートの破片。  そして、そこから点々と通路内に続く、赤茶けた床の染み。  それはよく見ると、酸化した血液の跡。ドヴォールとギニーが出血をしながら通路内へ移動したという跡だった。 「……これを辿ればいいのか?」 「油断はするなよ。」  先頭にティア。殿にリスナ。一行は足音を殺し、物音に気を配りながら一歩一歩と進む。  床の血の跡を辿ればドヴォールがいるはず。この最下層に誰かが来たと察知される前なら、不意打ちを仕掛ける事が出来る。  まともに正面からぶつかり合っても勝ち目は薄い。ならば、出来る限りの策を講じる必要がある。幾ら卑怯だと思われようと……。  薄暗い地下深くの倉庫を歩く。気配を気取られるため、明かりは点けない。  ドヴォールの持つ能力は運命を歪ませる力。それ故、気配が敵だと認められればその時点で何が起きるかは分からない。  慎重に進んでいく一同は、血の跡が途切れた地点まで辿り着く。  そこは衣類や布などを保管してある大部屋。  ドアは半開きだった。先頭のティアが息を呑んで中の様子を伺う。  明かり一つ無い室内を探るのは容易では無かったが、暗闇に目が慣れてきたのか、次第に分かるようになる。  部屋の内部にぎっしりと置かれた箱や袋。奥の方に行くほどそれが天井近くまで積まれ、暗闇の中でもある種の威圧感を醸し出していた。  そして、室内に漂う衣類独特のにおい。それに混じる、微かな鉄錆のようなにおい。  血を滴らせた手負いの侵入者が、この部屋の何処かに居る事は明白だった。  各々が静かに武器を構え、魔術の発動準備をし、物陰にてじっと待つ。  自らの心臓の鼓動が聞こえるぐらいに、待つ。  ……ザッ……  微かに、何かが擦れる様な音がした。  すると次の瞬間、室内に積み上げられた箱の一角が、ボトリと崩れ落ちる。  何かが物資の山の中を這いずり回っているような不気味な気配が溢れ出した。  それを合図にして、ティアが風のように走り出す。  潜入は静かに、着実に。そして暗殺は――素早く、確実に!  何のためらいも無い。ティアは物資の山の中に人陰を認めると、持ちえる技を惜しみなく叩き込む。  扇凰弾。標的に向かって走りながら愛用の銃を唸らせ、無慈悲な弾幕を形作る。周囲の箱や袋は穴だらけになった。  焦滅弾。人陰を確認した場所に接近し、凶悪な爆風を引き起こす弾丸を撃ち込む。  風殺牢。ティアは銃を短剣に変形させ、止めを狙う。  爆風によって嵐のように舞い散る衣類。その中に露わになった人陰をティアの腕が捕らえ、その胴に短剣の一撃を見舞った。  直後、天井に何かがぶつかる音がする。  ティアに斬り付けられた人陰が、物凄い勢いで宙に打ち上げられたのだ。  人間の胴体すら浮かす、荒々しくも重々しい斬撃によって。  ティアはその人陰が再び床に落下する前に、心臓に向かって銃口を向ける――。  ズドンッ!  撃った。銃声がそれを証明した。  銃弾は標的の心臓を貫いた。飛び散る血飛沫がそれを物語った。  しかしそこでようやく、ティアの瞳は暗闇に対して十分な適応力を発揮する。  ティアは自分が撃った人陰の顔を、そこで始めて確認した。 「……っ! これは、ドヴォールじゃねぇっ、ギニーか!」  ギニーの身体は床にドスンと落下し、有り得ない角度に捩じれる。  ティアの頬に付着した返り血は冷え切っていた。  そもそも、心臓を打ち抜いたにしては手応えが無さ過ぎる上に、飛び散る出血も少ない。  つまりこれは、物資の山に紛れさせたギニーの死体を盾に……!  ティアが気付いた時、仲間達が遅れて室内に雪崩れこんで来た。  振り返るとまず見えたのが漸。次にリリトット、ホーエー、エガル、リスナ。  そして、その後ろに、特徴的な髪型と鎧の男の姿が。オル・ドヴォールの姿が!  リスナはまだ気付いていない。  ドヴォールの腕が獲物を狩る蛇のように、リスナの首に―― ―――  4月23日 7:58 ―――  デフィーラ湖を徘徊するBiaxeの武装ヘリ。  湖上に飛び出た湖底レジスタンス基地の一部、外部に対するダミーである見張り小屋をぐるりと取り囲むように徘徊する数機。  それらの内1機が、見張り小屋に向かって静かに近付いて行く。  ヘリの裏側のハッチは開かれ、そこからは丈夫なアームが伸びている。  そこに片手で掴まっているのは近衛兵ソロ。  クインシアの命令に形だけ従う事にした彼は、湖底レジスタンス基地への侵入を目論む……。  本来ならこれは無防備すぎる接近だ。  いくら強靭な肉体を持つソロであっても、見張り小屋に備え付けられている何十門の砲台、重火器の数々に狙撃されれば、無事に近付く事もできず墜落するだろう。  しかし、今日はもう、事情が違う。  鉄壁さを誇る湖底基地も、内部の裏切り者、裏口からの侵入者を許してしまった時点で、それはもう過去のもの。  何故なら武装ヘリに迎撃を行う為の兵器は全て、裏切り者によって破壊され、  監視・迎撃を行う筈の人員すらも、内部分裂によりいなくなってしまったのだから。 ―――  4月23日 8:03 ―――  ドヴォールは右手に力を込める。  リスナが悲鳴を上げようとするが、喉が握られているせいで掻き消える。  飛び道具を持つ面々は焦り、リスナを解放しろと口々に叫びながらドヴォールを撃つ。  しかし大斧を持っていない軽装備のドヴォールは、軽々とした身のこなしで上半身を捻り、回転し、散乱する衣類を隠れ蓑のようにして避ける。  その度にリスナの首に指先が食い込み、彼女は苦悶の表情を浮かべるのだ。  ドヴォールは、何の表情も浮かべていなかった。  もう一対一の堂々とした戦いを楽しもうという驕りさえ無い。  ただひたすらに、冷徹に、与えられた任務を――レジスタンスの殲滅を遂行しようという意志そのものになっていた。  ティアがドヴォールに声をかけながら銃を構え、前へ前へとにじり寄る。 「……やってみろよ。殺すんだろ。……一思いにやればいい。」 「……。」  ドヴォールは無言でリスナの首を絞め続ける。  ティアは銃口を真っ直ぐ向けたまま、決して激昂せず、静かに怒りを燃やす。 「そいつを殺した瞬間、お前は生きてここから出られないと思え。  俺の前で人質を取るって事は、そういう事だ。」 「……。」 「どうした? アサメから聞いた話じゃ、お前は正々堂々戦う気質を持ってる戦士らしいじゃんか。  やっぱりお前も、人を殺すのに手段を選ばない卑怯な殺人者か……?」  ドヴォールはティアを睨み、重々しい口調で短く返事を返す。 「俺はゴッディアの部隊長だ。俺の目的はどうあれ、今は神の意志に従う事が定め。  罪人は全て殺す。運命を覆す力の無いのなら、そのまま消えろ。」 「……くっ、……あっ……」  ドヴォールはトドメを刺すかのように、リスナの首を強く絞める。  リスナの目が白黒し、細い悲痛な声が漏れる……。  それを見て、ティアは唇を噛み締め、叫んだ。 「そうかい。……なら、俺達も手段は選ばねぇよ!!」  それと同時にホーエーは水の弾丸を放つ。  何処に? ドヴォールにではない。部屋の壁に取り付けられた、小さなスイッチ目掛けて飛ばしていく。  水の弾がスイッチにぶつかり弾けると、室内の電灯が眩しく点灯した。  暗い地下倉庫に突然明かりが現れ、これまで暗い場所で戦っていた一同は目が眩む。  それはドヴォールも例外では無い。  彼がニ、三度瞬きをしている間に、ティアの両腕がドヴォールの元のリスナの腰を掴み、魔手から引き剥がした。  そして振り返りざまに1発、銃弾を見舞う。  ドヴォールはその弾丸が眉間に命中するより前に、側の衣類の山の中に手を突っ込み、そこに隠していた大斧を引き抜いた。  そしてそれを豪快に振り翳し、間合いを取ったティアに向かい襲い掛かる。  即死威力の武器である銃を相手に、凄まじい威力を持つ大斧で突貫して行った。  ガギギ、ガンッ、ゴン!  間合いを詰められ、射撃体勢の取れないティアは銃を短剣に変えて応戦する。  けたたましい金属音が鳴り、重いインパクトが室内の空気を揺らす。  解放されたリスナは強く咳き込み、エガルがその手当てに当たった。 「指が食い込んだ跡は深いが……大丈夫だろう。休むといい。」 「げほ……、で、でも……。」 「案ずるな。リーダーの本気は、侵入者一匹程度には劣らん。」  ティアとドヴォールが激しくぶつかり合う。  漸はリリトットをその攻撃の余波から守るので精一杯で、ホーエーも慌てて逃げ回る他無かった。  他者の入り込む隙の無い本気の決闘が繰り広げられる。  右肩、左足、頭部、右足、左肩、胸。身体の各部位に順番順番に武器を突きつけ、防ぎ、回避する。  互いにそんな応酬が続き、どちらも退く様子を見せない。  一体、いつまで互角の勝負が続くのだろう。  誰もがそう思いながら2人の激突を見守っていると―― ―――  4月23日 8:00 ―――  普段から早寝早起きを心がけた生活を送っていたテイク。  そんな彼は、会議室で睡眠を取っていた誰よりも早く起床した。  昨夜の出来事のせいで目覚めは悪い。  しかしテイクはテイクなりに、考えをまとめていた。  彼の出した結論は、やはり和平。  レジスタンスの仲間同士で争う事は良くない事。  かつてゴッディアで歪んだ上下関係に苦しんでいた彼は、それをよく分かっていた。  テイクは寝静まっている他の仲間を起こさないように廊下に出ると、“漸派”のメンバーを探した。  彼なりに説得をし、関係を元通りに修復させる為に。  非常階段のある場所まで来ると、エレベーターのドアが見えた。  そこは開きっぱなしになっており、空洞のシャフトが闇を覗かせている。 (アサメさん……まだ修理中なのでしょうか。)  テイクはエレベーターの空洞に近付き、内部を見渡した。  足元には深い深い闇。底には今もなお恐るべき侵入者が眠っているのだろうか。  頭上を見上げると、そちらにも広々とした空洞が広がっている。 (確か、一番上は……見張り小屋、とやらに繋がっているんでしたっけ。)  テイクは珍しい光景をまじまじと見つめていると、何かの影がシャフト内を走り抜けていくのを見た。  上から下へ、何かが恐ろしいスピードで……。 「……今のは?」  テイクは記憶を探る。記憶の何処かに引っ掛かりを感じたようだ。  一瞬だったが、目に焼き付いた姿。  暗く赤い髪。白っぽい服。首のスカーフ……。 「……まさか。」  そんなまさか。  こんな場所に、あんな男が現れる筈が無い。  ……有り得ないだろう。  しかし、テイクは戦慄を覚える。  外部からの侵入者を1人許し、深夜に審判の恐怖を味わった。  ……それで攻撃が終わったと、誰が保障した? 「た、た、大変だ……!!」  テイクは一目散に、仲間の元へ向かった。  この脅威に一番早く気付いたのは、彼だった。 ―――  4月23日 8:10 ―――  そして、それはもう手遅れであった。  脅威――近衛兵ソロが、保管庫のドアを破壊しつつ登場したのだ。 「…………ここか。」  ソロは、斧で暴れ回るドヴォールの顔を確認すると何かを呟いた。  ドヴォールもそれに気付き、ティアから大きく距離を取った。 「何だ? っ、あいつは……!?」  当てようとしていた短剣の一撃を回避されたティアはドヴォールの動きを目で追うと、ソロの姿に気付いた。  高地エリアでの対峙が脳裏にフラッシュバックする。  どうしてこの男がここにいるのか……? そんな事を考えている暇は無い。  ドヴォールとの戦いに火照った身体が冷水をかけられたかのように冷め、ティアの理性が叫びとなって飛び出た。 「皆、逃げろ! あいつは相手にしちゃいけない!!」  ホーエー、漸、そしてリリトットには、現れた敵の強大さがよく分かっていた。  高地エリアにて、何人もの仲間を崖下へと落下させた怪物。  それが目の前に――まさか、安全だと思い込んでいた湖底基地の中で会うなんて。 「クインシアから依頼された。この場は俺が引き継ぐ。」 「……まだ、俺は……。」 「不服なのか。……去れ、と言っている。その全身の傷で指令が遂行できるものか。  ……足手纏いだ、オル・ドヴォール。」  ドヴォールは悔しげに唸る。昨日、最下層に落下した際のダメージは大きく、今もまだ響いている。  万全の状態ならばティアに対してすら優位だったであろう。 「……。」  ドヴォールは無言で駆けて行く。ソロに促されるまま湖底基地を脱出するつもりだろう。  ティアを始め、誰もがその後を追いたかったが、近衛兵ソロが目の前に立ち塞がっているのだ。 「また会ったな。……今度は、見逃してくれないか?」 「……。」  ティアが皮肉に笑いながらソロの意識を逸らそうと努力を続ける。  しかしソロは何かを探すかのように室内を見渡し、首を振る。 「何処だ?」 「何?」 「あの紫電の剣士は何処にいる。」 「紫電? ……ノアの事か?」 「その男に会わせろ。……いや、いい。」  ソロは片足で床を蹴り、天井近くまで舞い上がった。 「お前達を屠れば、向こうから駆け付けて来るだろう?」 「……!!」  そして、振動する右手を携え、凄まじい速度で漸の胸元に飛び込んで行った。 ―――  4月23日 8:13 ―――  武器を携え、乱れた足並みで廊下を駆ける一同。  予期せぬ来訪者の報せを聞いて、十分な準備を整える時間は無かった。  アサメの修理したリフトへ向かうのはノア、ベイト、ミュラ、テイク、花蓮。  ネコとクルミ、斬燕は重症のピーターを守る為、会議室に残った。  相手は最強の近衛兵。嵐のように現れる最大の脅威にして恐怖。何が起こってもおかしくは無い。  相対する時がいつかは来ると思っていた。しかし、それが今日だとは誰が分かっただろうか。  戦力としてティアや漸を欠いた状態で、どれほどの事ができるか……。  逃げる事も考えないでは無かった。しかし、湖底基地を制圧されれば、レジスタンスはもう生き残る術が無い。  レジスタンスとして生きるか死ぬか。この戦いは、それを決めるに等しくある。  ノアは、エレベーターのドアに取り付けられた手動リフトのロープを掴もうとする。  これを使って最下層へ向かう……のだが、何やら様子がおかしい。  下から上へ、誰かが昇ってくる。  それが誰だか分かると、一同は瞬間的に身構えた。 「オル・ドヴォール!?」 「下がれ、こいつは……!」  リフトで上昇してきたドヴォールも、ノアを見るや否や跳躍し、斧を打ち下ろす。  それはコンクリートの床にガインッとぶつかり、大きな傷を作った。 「どうした、脱出するつもりか?」  ベイトが呼びかけると、ドヴォールは無言で再び大斧を持ち上げる。  全身傷だらけで、戦うには万全では無いようだが、無言の威圧は殺意を含んでいた。  貴様達程度なら殺してゆく――まるでそう言いたいかのように。  ノアとベイトも、今の疲弊した状態のドヴォールを逃がすつもりは無い。  ……通常時ならば。 「悪いが、」 「てめぇの相手なんざしてる暇はねぇんだ!」  ノアとベイトは斧を構えるドヴォールの横をすり抜ける。  今最優先で倒すべき敵は近衛兵ソロ。ならばこんな場所で、疲労困憊の部隊長1人相手にして時間を食っている場合では無い。  逃げたいなら逃げるといい、と、全員はドヴォールを相手にすらしない。  それが少々、ドヴォールのプライドを刺激したらしい。  ノア、ベイト、ミュラが脇を通り過ぎ、リフトに飛び乗った瞬間、ドヴォールは手に見えない力を籠めた。  すると、ノア達が飛び付いたリフトが大きく震え、空中ブランコのようにぶらぶらと揺れだす。  その揺れは徐々に強まり、このままでは壁に激突してしまう! ミュラは覚悟し、強く目を瞑った。  しかし壁に激突する寸前でブランコは静止し、ゆっくりと元のスピードへと戻る。  ドヴォールが歪ませたリフトの運命が正常になったという事の証明だ。 「部隊長オル・ドヴォール。残念ですが、その力の行使は認めません。」  テイクが珍しく強気で迫る。  何が起こったのかというと、テイクの十字架がドヴォールの手を弾き、運命を歪ませる力を弱めたのだ。  激しく疲労しているドヴォールにとっては、その程度の攻撃でも集中力が荒れる要因になり得ていた。  テイクとドヴォールの対峙を見ていたノア、ベイト、ミュラは、徐々にリフトが落下していくのに気付く。  それも当然、2人用のリフトに3人がしがみ付いているのだから。 「この男は私と花蓮さんに任せて下さい。一刻も早く、ソロを止めなくては!」 「すぐに追い付きますから。……信じてる、ミュラちゃん。」  テイクとその後ろで魔術書を抱える花蓮は3人を送り出す。  意を決して「先に行く」とベイトは言い、ミュラは返事の代わりに笑顔を返し、ノアは“2本の”剣の柄を持って合図をした。  その直後、リフトは急降下を始める。エレベーターのシャフトに飲み込まれて、ドアの外からはすぐに気配すら見えなくなった。  それを見届けたテイクは、次の十字架を手の中で回転させる。  微妙に発生する衝撃波により、法衣が揺れた。  ドヴォールは無言で歯を食い縛り、大斧を振り上げる。  しかし体勢が安定せず、よろけた。ドヴォールの体力はもう限界だと、誰が見ても明らかだった。 「逃げるなら止めません。ですが、これ以上私や他の誰かを傷付けるつもりならば……ここで眠っていて貰いましょう。」 「……。」  ドヴォールは斧を振り上げたまま、間合いを詰めようとテイクに近付く。  しかしその動きはとても遅く、テイクですら簡単に見切る事が出来る。 「神は告げられました。人が人を裁くことは驕りだと……。  その斧は本当に罪を裁く斧ですか? 貴方自身に罪は無いと、言い切れますか……?」 「……調子に乗るな。」  テイクを前にして、息を切らしながらドヴォールが言葉を発する。 「良かった。私の言葉、届いていたのですね。」 「神の指令は絶対だ。貴様の運命は、俺が終わらせる。」 「ええ、私の運命如き、お好きにして下さい。……それが全てでは無いと、私は知っていますから。」  ドヴォールが、渾身の一撃を振り下ろし、同時にテイクが右手の十字架を放った。 ―――  4月23日 8:27 ―――  ベイトが通路の角を曲がると、鼻が異臭を感じ取った。  床にはポツリポツリと茶色い乾いた血の跡が残っているが、それとは別の真新しい、血のにおい。  一体何が起こっているのか?  ひしゃげたドアの向こうに明かりの点いた部屋があり、その中の様子がよく見える。  衣類のようなもので散らかった室内に、複数の人影。  ベイトは足を止めた。続けて、ノアとミュラも追い着き、同じように足を止めた。  中にいたのは近衛兵ソロだけではない。  表情を歪め、ソロに対し銃を構えながら仁王立ちをするティア。  その後ろで折れた刃物のようなものを手に、弱々しく身構えるエガルとリスナ。  青い服をボロボロに汚し、それでも目の前の敵を見据えようとするホーエー。  どうやら漸一派が先に最下層に乗り込んでいた。……という事を、ベイト達は察する。  しかし、肝心の漸と、いつも一緒に居るリリトットが見当たらない。  何処へ行ったのか? 考えるまでも無く、すぐ近くに答えはあった。  2人は、部屋の入り口――ドアの脇に散らばった真っ赤な布の上に、佇んでいた。  漸は布の上に両足を開いて座り、項垂れている。  彼の日焼けした両腕にリリトットの小柄な身体が抱かれていて、彼女の様子はよく見えない。ピクリとも動かないところを見ると、眠っているのか……。 「……ノア。」 「……ああ。」  ノアが早足で2人の下に駆け寄った。ソロからは距離と角度があり、まだ見られていない。  漸とリリトットが無事かどうか確認する為、ノアは2人の付近の赤い布に踏み込んだ。  足元でグチュリ、と嫌な感触がする。  ノアは血の気が引いた。――この赤い布は、血を吸って真っ赤に染まった布だ。 「……息は、あるのか。」  ベイトが小声でノアに呼びかける。 「漸は生きてる。……怪我が酷いが、すぐ手当てすれば……。」 「……リリちゃんは?」  ミュラが恐々と聞く。  ノアは返事を躊躇った。しかし、見たままの事実を、告げる。 「……息、してない。……もう、駄目だろう。」  リリトットの着ている、女の子らしい装飾のついた可愛らしい服は、赤黒い死に装束になっていた。  胸や腹……胴体の急所を切り裂かれた跡があり、そこから激しく出血したのだろう。  血の気の引いた顔は、大きな傷も無く綺麗に残っていた。まるで眠っているような、安らかな表情。  いつでも明るく一生懸命だった小さな女の子は、その身を騎士に抱かれながら――逝った。  リリトットの最期と、意識を失いながらも彼女を抱き続ける漸を見て、ベイトは吐き捨てるように呟いた。 「ザマァねえな、漸。その有様はよ。……てめぇが俺に言ったくせに、てめぇは守るモン一つ守れてねぇ。」  仲間達が分裂した切っ掛けとなった、漸の発言。  今やそれも空虚なもの。 「疑ったこと、謝っといてやるよ。漸、リリちゃん。……仇は、討つ。」  ベイトはコンクリートの床をうるさく踏み鳴らし、堂々と室内に入った。ノアとミュラもそれに続く。  近衛兵ソロが3人の姿を認めた。 「……ノ、ア? ……お、まえ、たち……。」  ティアも3人に気付き、振り返る。その顔は傷だらけで、死闘を繰り広げていた事が読み取れる。  そしてティアは糸が切れたようにばたりと倒れた。  仁王立ちをしていたティアが倒れた事により、ソロの姿を遮る者はいなくなった。  ミュラは雷の魔力を籠めた矢を番え、ベイトは改造ボウガンで狙いを定める。  そしてノアは、右手にいつもの先端の折れた剣を。左手に、高貴な紋章が刻まれた細身の剣を持つ。  ――ミュラと花蓮から託された、今も主の帰りを待つ蜃気楼の剣。 「……よく来たな、近衛兵野郎。歓迎パーティ食らう覚悟は出来てんだろうな?」 「あの時、貴方は私を見逃しましたよね。……後悔して下さい。」 「忘れてないよな? 俺はお前の刃を圧し折ってやる。仲間の命を奪ったその刃を、根元からな!」  紫電の魔力をスパークさせるノアを見て、ソロは興味深そうに微笑む。  その口元はスカーフで隠れて見えなかったが。 「ああ、忘れてない。見せてもらおうじゃないか。」  ソロは屈み、跳躍の姿勢に入る。  彼の身体は至る所に銃弾による傷があったが、出血は微々たるもので大したダメージにはなっていないようだった。  最強の身体能力を持つ近衛兵――ソロが、拳と刃を剥き出しにして、跳ぶ。  静かな湖底の最下層で、命と誇りを賭けた死闘が、始まった。  第41話へ続く