Another World @作業用BGM紹介:http://www.youtube.com/watch?v=xSKWf_20Lkg(うみねこのなく頃に より dir)           http://www.youtube.com/watch?v=QO6NSc0MO5U(うみねこのなく頃に より rog-limitation) 第42話.『はじまりの男』 ―――  始まりは、あの日。  ゴッディアの襲撃が行われた4月14日の正午――その1分前。  私とお兄ちゃんは、山岳エリアの修行場を離れ、故郷の集落へ帰ろうとしていた。  その途中の出来事だった。  聞いて、お兄ちゃん。  あの日に何が起こったのかを。  私達を利用した、敵の正体を……! ―――  4月14日 11:59 ―――  春の半ば、季節の移り変わりの波が穏やかなこの世界でも、幾ばくか風の暖かさを感じるようになった頃。  私とお兄ちゃんは、お互い別々の場所で修行を行っていた。  山岳エリアの慣わしで、住民は若いうちから身体の鍛錬をし、武具の扱いを極める事を目標とする。  だからあの日も、何てこと無い、日常の一部だった。  お兄ちゃんは才能と実力があり、他の誰も近付けないような場所まで軽々と行ってた。  例えば山岳エリアの頂点、火口とか。  私はお兄ちゃんの強さに憧れ、お兄ちゃんを目標にして、毎日頑張っていた……。  そんなお兄ちゃんが言うには、最近の火口の様子がおかしいらしい。  いつもモクモクと煙を噴き上げているはずの火口が、この春は何故か冷え切っているというのだ。  山岳エリアの環境がおかしくなっている……それが何を意味しているのか、考えても分からない。  だからその日は2人で、冬が来るまでに寒さ対策をしよう、と話し合った。  帰り道、私達の住む集落まで、あと少しの地点。  お腹を空かせた私達が足取り軽く歩いていく、その下り坂。    その中央、木陰の中から、見知らぬ男が現れた。 「……やァ、お二人さん。」  不自然なほど馴れ馴れしい口調でこちらに語りかけてくるその男を、私達は知らない。  狭い集落だ。ご近所さんの顔ぶれなら完璧に把握している。しかし私の記憶に思い当たる顔では無い。  何より、顔立ちと格好と――身に纏う雰囲気まで、“異質”だった。 「……お前は、誰だ?」  疑問をぶつけるお兄ちゃんの背に隠れ、その男を見る。  暗い紫の、ところどころに赤黒いメッシュが入っているロングヘア。刃物のような威圧的な目付き。庶民的なラフな服装だが、その上に銀色のマントを羽織っている。  一目で余所者だと分かる風貌だ……。 「あぁそうだ、ハジメマシテ……だっけな。ごめんごめん。」  陽気に笑いながら男は自分の髪を撫でる。  私も、おそらくお兄ちゃんも、言葉にできないような気味の悪さを感じていた。 「自己紹介も大切だけど、急ぐんだ。……オレのお願い、聞いてくれるかな? ノア。ミュラ。」 「!? ……俺達の名前を?」  お兄ちゃんは私を庇うように前に出て、背に括っている剣の柄に触る。  不審な男は舌を出して笑い、愉快に話し出す。 「君達の事はそれなりに知ってるよ。山岳に住まう実力者……可能性を秘めた兄妹。オレは楽しみにしてるんだ、色々とね。  さて……どうしたら理解し合えるだろうか。これを見て貰えれば、分かるかな?」  男はマントの裏から何やら汚れた塊を取り出した。  それを右手の人差し指と親指で摘み、見やすいように前に差し出してくる。  その塊から、赤黒い液体がゆっくり滴る。 「……っ!?」 「それは……エリアキーか!?」  私はその液体が血だという事に気付き、怯える。  お兄ちゃんは塊の正体に気付き叫ぶ。そしてどういう事なのかを悟り、剣を引き抜いて大声で疑問を投げ付けた。 「そう。ちょっとばかり汚れてるけど、正真正銘山岳エリアのキーさ……。」 「長に、何をした!?」  お兄ちゃんの持つ傷一つ無い剣が、不審な男に向けて構えられる。  山岳エリアのキーは、山岳に点在する集落を束ねる長が持つと聞いていた。  万が一の事が無い限り、長の家系が他の誰にも渡さず守り続けていくという話のはずだ……。  しかし、目の前で見せ付けられたのは血塗れの山岳エリアキー。  持っているのは、何処の馬の骨とも知れない不審な男。  長に、万が一の事が起こったらしい。 「恥ずかしいんだけど、話して分かり合う時間も無かったし、手っ取り早く実力行使でね……貰っちゃった。」  いやー、オレには本来要らない鍵なんだよ? でもまぁ、必要になっちゃったからしょうがない。  あんまり変なコト、しないほうがいいよ。君たちのこと簡単にキックできるから。」  山岳エリアリーダーの証である山岳エリアキーを奪われたという事は、このエリアに滞在する権利はこの男のもの。  お兄ちゃんは慎重に、男に向かって質問を投げる。 「長を、殺したのか?」 「野暮な事聞くね。その答えは必要?」 「……せめてこれだけは答えろ。お前は、誰だ?」 「…………言わなくちゃわかんないかぁ。ま、普段は表に顔出さないし。しょうがないかなー。」  男は面倒くさいと言った風に、右耳を覆う髪を掻き上げる。  そこに見えたのは特徴的な右耳のピアス。そこには何かのエムブレムのようなものが付いていた。  よく見ると、そのエムブレムはアルファベットを組み合わせたようなマークであることが分かる。  頭の中でそれを解くと、明らかになったのは『A』と『W』の2文字。  Another World の頭文字。 「……管理人……エタニティ……!!」 「そう。君は誰に剣を突き付けているか分かったかな……? 以後よろしく……。」  エタニティは、大袈裟に畏まったような仕草で礼をする。  そして頭を上げると、再び気味悪く笑う。 「聞いてもらえるかな、オレの頼み事。」 「……何だ。」  お兄ちゃんは戸惑いを隠さず、怒りを堪えて聞く。  いくらこの世界の管理者と言えども、山岳エリアの長を殺害したという事実は上書きできない。  この男が何を考えているのか、全く予測不可能なのだ……。 「オレはとある事情で、この世界にある16のエリアキーを集め直さなきゃいけないんだ。  一刻も早く、ね。その手伝いをお願いしたい。」 「……何故だ?」 「だから、野暮な事聞くね君。……そのうち分かるさ。ちなみに断ったらどうなるか、考えた方がいいよ……?」  エタニティは銀色のマントの下から、一冊の……本を取り出した。  そしてそれを徐に開き、ページを捲り始める。  その際、こちらにも表紙が見えた。タイトルは……『ゆめをみる あくま』。  それは、幼い頃に聞かされた事のある、有名な絵本だ。  人間嫌いの悪魔が人間の女の子と恋する夢を見て、それを切っ掛けに人間と仲良くなろうとする……といったような内容だった気がする。  だけど、何故今、それを読んでいる? 「『悪魔は、アリーザと仲良くするトマスが気に入りませんでした。   勇気の無い悪魔は、トマスがいるせいでアリーザに話しかけることもできません。   ある日、アリーザの様子を見ていた悪魔は、トマスとその友達に石を投げつけられ、とても痛い思いをしました。   悪魔はとても悔しくて、どうにかしてトマスに仕返しできないかと考え始めました。』」  エタニティが絵本のフレーズを読み始める。  遠い昔、どこかで聞いたような懐かしい話。 「『ある晩、悪魔はまた夢を見ました。   深い森の中で迷った悪魔は、凶暴な獣に出会います。   その時、通りすがりの狩人が弓矢で獣を見事に仕留める、そんな夢でした。   悪魔は、トマスへの仕返しの方法を思いつきました。   悪魔は目覚めるとすぐに、村の中で一番腕のいい狩人、ボーンに魔法をかけに行きました。』」  お兄ちゃんも、この話を不思議そうな顔で聞いていた。  すると―― 「あ、あれ……?」  私の身体の様子がおかしい事に気付く。  私の意に反し、手が、腕が、肩が、動いて――修行で使っていた弓と矢を取り出す。 「何これ……!? お兄ちゃん!」 「ミュラ!!?」  お兄ちゃんは振り返り、信じられないといった表情で私を見る。  それは当然だ。だって私にだって信じられない。  ――私の両腕が、お兄ちゃんの背に向かって矢を撃とうとしているなんて。 「か、身体が勝手に、動く……!?」 「『朝も早く、夢心地のボーンは簡単に魔法にかかりました。   ボーンは狩りに使う弓矢を持って、ふらふらとトマスの家に向かいます。』」  ――そうだ。この話の続きを思い出した。  物語の序盤で、人間に嫉妬する悪魔が魔法を悪用し、恋をした女の子と仲の良い男の子を撃ち殺すのだ――!  つまり、今現在、私は『ゆめをみる あくま』の内容と同じ事をしていることになる。  これはエタニティの能力だろうか? 「そろそろ気付いたんじゃないかな。僕は物語の内容を現実にできる。このAWに存在する物語なら、全て……ね。  さあ、ノア。返事を聞こうじゃないか。……トマスのように撃ち殺されたくは無いだろう?」  お兄ちゃんは歯を食い縛りながら全身を震わせる。  私の弓矢が、私の意を反して引き絞られていく。このままでは……! 「に、逃げて、お兄ちゃん……!」 「ミュラ……くっ!」  お兄ちゃんの様子もおかしい。剣を構えたまま、足は微動だにしない。  お兄ちゃんの身体もエタニティの物語の影響下にあるようだった。 「『トマスは早起きをして、庭に生った野菜を収穫していました。   近くに隠れる場所はありません。   ボーンは弓矢を引き絞り、せっせと野菜をもぐトマスの心臓を狙います。』」  物語は進行する。トマスの死まで、あと3行程度しかない。 「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ!」 「くっ……そぉおおおおぅ!!」  どうしようもなく、叫ぶ私とお兄ちゃん。  不意にエタニティは物語を読むのを止め、私達を冷ややかに見る。 「……さっさとオーケーすりゃいいのに、何でそこまで頑ななのかな。  これだけ実力の差を見せ付けられたんだから、従うでしょ、フツー。」  エタニティは本を閉じる。  その瞬間、私の身体を操る力は消えた。お兄ちゃんも同じのようだ。 「あ、あれ……?」 「君達は本当に面白いねぇ、利用しがいがある……。」  エタニティは余裕を見せ、不敵に笑う。  それを見たお兄ちゃんは、再び剣を握り締めた。 「ふざけるな……俺たちを何だと……!」  エタニティの態度に、流石のお兄ちゃんでも腹を立てたらしい。  しかしそれを見たエタニティは更に冷ややかに言ってのける。 「ん? そりゃあ、この世界に住んでるんだもの……オレの、玩具……でしょ?」 「……っ!! 管理人……エタニティ!」  お兄ちゃんは、勇ましく飛び掛った。もう相手が管理人だろうと構いはしない。 「お前が何を企んでいようと……俺たちは、お前なんかに利用されるもんか!!」  エタニティの懐に飛び込み、一瞬にして流れるように剣を振り払う。  鮮やかな太刀筋が、エタニティの喉元を華麗に捕らえた。 「やった……!……?」  私はお兄ちゃんの一撃が確実に決まったと思った。  しかし、エタニティの首を見ると、白めの清潔な肌には傷一つ無い。 「……。」  エタニティは不愉快そうな表情をしてお兄ちゃんと距離を取る。本当に無事なようだ。 「……え……?」  私と、少し遅れてお兄ちゃんは目を白黒させる。  どういう事だろう。  ――エタニティの喉を斬った筈のお兄ちゃんの剣の先端が、消えた。  そしてお兄ちゃんの足元に、小さな金属片が転がっているのが見える。 「だからさァ。余計な事すんなって。」  エタニティが首の骨を鳴らしながら、切れ長の目で私達を睨んだ。  まるで、何も分かっていない無知な子供を嘲るように……。 「管理人権限の一つ……“絶対的天運”とでも呼んでるが。  この世界の中で、この世界の住民がオレを死に至らせる行動を取っても、ほとんどの確率で失敗する。  ……分かったか? 玩具ども。」  エタニティは再び本を開く。私とお兄ちゃんの身体の自由はまたしても奪われた。  お兄ちゃんの硬直した手から剣が零れ落ち、地面に転がる。  その先端は本当に折れているのだ。  エタニティの持つ絶対的な権限の前に、成す術も無く。  そして、私の身体も笑えるほどに動かない。  私の両手は弓と矢を握っているが、それをエタニティに向けることさえできない。  ……必死で修行したというのに。その成果が、生かせない。 「おっと、そういや、急いでたんだった。……もう過ぎてるよなぁ、時間。  いやー全く、勇ましい玩具どもだよね。全部の住民が、君らみたいだったら嬉しかったんだけど。  ……やれやれ。」  エタニティは元の飄々とした口調に戻り、本をペラペラとめくりながら溜め息を吐く。  そして動けない私達2人の間を縫うように通ると、両手を上げて首を振る。 「まァ、君らが素直に従わない気はしてたからさ。それはそれでいいわけよ。  分かる? オレが、君たちに期待する役割は別なんだよなあ。」  そしてエタニティはマントをはためかせながら振り返り、悪魔のような笑顔を浮かべる。  次に彼の口から、想像も付かないような言葉が紡ぎだされる。 「大抵の凡人は知らないんだ。この世界を維持するってことが、どれほどの事か。  世界に何が起きているかも知らず、ぬくぬくと日常とかいうものに浸ってさ……。  あー……そういう奴らを実験動物にしてやりてーと幾度思った事か!  玩具としても役に立たないなら、エネルギーの一部となってこの世界の礎になれよ、ってね。  分かる? オレの気持ち。」  エタニティはまるで自分に酔ったように、言葉を走らせ続ける。  聞き返したい事がいくつもあったが、彼はそれを寄せ付けない迫力で語り続ける。 「AWはもう終わるんだよ……そういう腐食しきった奴らのせいでさ!  “神”だよ! “神”を自称する馬鹿が現れたんだ、笑えるだろ!?」  エタニティは高い笑い声を上げる。 「奴は異次元から寄せ集めた技術や戦力を従え、中枢の管理塔を占拠しやがった!」  そして、今日の正午――といっても、もう過ぎたかな? 本格的に殲滅を開始するつもりなんだよ!  ククック……ハハハハッ。  侵略者どもは強い。君たちのような強者ならいざ知らず、平和ボケした大半の住民は勝てるわけが無い。  すぐに全滅して、焼け野原になるこの世界の大地が、ありありと想像できる……。  ……そして……とうとう、オレ達が管理してきた515年の歴史が強制終了だ! こんな笑える話があるか?」  エタニティは長い髪を掻き乱し、私達に向かって両手を広げる。 「気に入らないんだよ、そういうバッドエンドは。  ……だからオレは作ろうと思う! 侵略者に対抗する戦力、抗う者達……“レジスタンス”ってやつを。」  話しながら、お兄ちゃんに近寄るエタニティ。  その目は狂気に支配されているように見えた。 「実は、この話するの君らだけじゃないんだ。他のエリアにも何人か、君らのような使える奴らに声はかけてある。  そいつら皆で大々的に盛り上げてくれよ、レジスタンス。  絶対にこの世界を奴らにくれてやるなよ。少しでも長く戦って、抗って、時間を稼げ。  期待してるぜ?」  エタニティは勝手に話を切り上げ、本をめくる。  当然、お兄ちゃんは異論の声を上げる。 「……どういうことだかさっぱりだが……神? 侵略者? そいつらと戦え、と?」 「その通り。オレはオレでやる事あるし。はっきり言って人手が足りないんだわ。  侵略者に勝てとは言わねぇよ。ただ、出来る限り時間を稼いで欲しくてね。  ちなみに、これにはNOと言わせねぇぞ?」  エタニティはお兄ちゃんの耳元にそっと口を近付け、何かを囁く。  私の位置からは、何を……やってるのか……聞こえない。分からない。  だけど確実な事は、それを聞いているお兄ちゃんの様子がおかしくなり始めた事だ。  なんとかしないと……エタニティを、黙らせないと……!  動け、動け、私の手……動けっ、動けええぇぇっ!!  ガクリ、とお兄ちゃんの身体が傾いた。  そして力を奪い取られたように地面に膝を付き、うつ伏せに倒れた。 「お兄ちゃん……!!?」  その時一瞬だけ、エタニティの能力が弱まったのか、私の両足が動くのを感じる。  私は弓を放り出してお兄ちゃんの下へ走る。  しかしエタニティが再び本を開いたまま念じると、私の全身は石のように重くなり、その場に倒れた。  私は諦めず、倒れたままお兄ちゃんに向かって手を伸ばす。その時、指先が何か硬いものに触れた。  それは割れて落ちたお兄ちゃんの剣の先端だった。  私は夢中でそれを掴む。 「悔しいかい? 悲しいかい……? まァ安心しなよ。君のお兄ちゃんは無事だよ。“身体は”ね。」  エタニティが、私を見下ろすようにして立つ。  圧倒的な能力を持つ、管理人。それを前にした、絶望……。 「……何を、したの。」 「気になるかい? 君にも同じ事をしてあげるから、目を瞑りな。」  エタニティは私の腕を踏む。そして本を開き、『ゆめをみる あくま』の続きを口にする。  私は痛さより、悔しさを感じた。 「『トマスが死んでから、アリーザは泣いてばかりいました。   毎日毎日トマスのお墓の前に行っては泣き、泣き疲れて帰る、そんなことが何日も何日も続きました。   さすがの悪魔も気の毒に感じ、どうしたらアリーザが笑顔になるかを考えました。   でも悪魔は人間のことが分かりません。   結局、アリーザが泣いているのはトマスのせいだと考えたのです。   悪魔は魔法を使って、アリーザの記憶を消してしまいました。   すると、次の日からアリーザはぜんぜん泣かなくなりました。   アリーザは、トマスのことをきれいさっぱり忘れてしまったのです。』」  エタニティの声が、私の耳を通って脳に入り込む。  それはガンガンと頭蓋骨の中で反響し、次第に大きくなり始めた。  頭の中から、大事な情報が欠けていく……そんな絶望的な感覚。  必死に頭を振り、もがいても、それは止まらない。  そして、ハッと気付く。  私だけじゃない。  お兄ちゃんも同じように、この感覚を味合わされたのだとしたら……! 「今日は、レジスタンスの創立記念日になるなァ。尤も、それに居合わせた人はオレを除いて都合良く記憶を失うわけだけど。  目覚めた君ら自身は、レジスタンスとして戦う理由をちゃんとしたものだと思い込むだろうね。  まァ、その方がスッキリするだろうし、脅してイヤイヤやらされるよりはマシでしょ?」  もはや、エタニティが何を口にしているのかが分からない。意識が遠ざかる。  お兄ちゃん……お兄ちゃんと離れ離れになるなんて、嫌だ。  お兄ちゃんの事を忘れてしまうなんて、嫌だ……! 「生き残りなよ。……生きていれば、いずれいいコトあるさ。」  そう言ったエタニティが山岳エリアキーをチラつかせた瞬間、私の意識は途切れた。 ―――  4月23日 9:30 ――― 「……多分、私はその時、山岳からキック、されて……荒野エリアまで彷徨ってきた、の……。  そして、花蓮ちゃんと、……みゆちゃんに、出会った……。」  息も絶え絶えな状況で、傷だらけのミュラの話は続く。  ノアは息を呑んで、妹の信じられないような話の内容に耳を傾けていた。 「エタニティは、ね、私達の記憶を都合良く弄って、レジスタンスという勢力が大きくなるように……運命を操作したの。  そうすることで……エタニティ自身の存在を隠した。私達の記憶から、“いなくなった”……。  きっと、そういうこと、なんだ……。」  ミュラは深呼吸をし、傷の痛みに耐える。  ノアにとっては受け入れ難い事実ばかりで、何も言う事ができない。  ただ目を大きく見開いて、口をぱくぱくと開閉するだけである。 「……エタニティは、神と、その勢力がやって来る事を知っていて……。  そして、“やる事がある”って言ってた……。私達に“時間を稼げ”とも言ってたの……。」  花蓮は懸命にミュラの傷の手当てを続ける。  その手は小刻みに震えていた。 「管理人……エタニティは、何かを知ってる……。  それを追究されたくなくて、行方をくらませた……世界からも、記憶からも、姿を消したんだ……!  ……そうだ……エリアキー……。  エタニティは、集めようとしていた……16個の、エリアキー。  お兄ちゃん、エリアキーを、集めれば…………集めれば、何かが……起こるかもしれない……ゴホッ!」  ミュラは大きく咳き込む。 「もう、もういい、ミュラ……。ゆっくり休め。話は、また後で聞くから……。」  ノアの顔は冷や汗でびっしょりだった。それを拭うのも忘れて、妹の話を受け入れようと気持ちを落ち着ける。  話す事を全て話し終わったミュラは、満足そうに笑う。 「……全部、これで……全部。私の失くしていた記憶は、これで全部……。  話せて良かった。最期に、思い出せて、良かった……!」  ミュラはむくりと起き上がり、服の端で顔の汚れを拭う。  そして愛用の弓を手に――立つ。 「おい、……ミュラ?」  ノアもミュラを追って立とうとする。しかし全身に走る痛みがそれを苛み、膝立ちになってガクガクと震える。  慌てて花蓮がミュラを止めようとする。 「ミュラちゃん、駄目です。安静にしてて下さい。本当に、酷い怪我だから……。」 「ありがとう花蓮ちゃん。痛み止めのおかげで、いくらか楽だよ……私、戦える。」 「駄目!!」  花蓮は戦地に向かおうとするミュラを全力で止める。  少し離れた場所では、ソロとティア達の壮絶な戦いが繰り広げられている。  ソロの身体も幾許かダメージを負っているようだが、それでもレジスタンス側が劣勢なのは明らかだ。 「……知ってるよ。私、もう限界なんでしょう……。血を流しすぎたって、自分でも分かるよ。」 「関係ありません! 私は治療士です、絶対に治してみせます!」 「いいよ。……私はもう、十分だから……。」  それでも頑なに前へ進もうとするミュラ。  止むを得ず、花蓮はミュラの首筋に注射器を突き立てる。 「……! 花蓮、ちゃん……。」 「大丈夫、ただの麻酔です。……こうでもしないと、ミュラちゃん、死んじゃう……。  もう、やめて下さい。みゆちゃんのようには、ならないで! 私を置いていかないで……!」  麻酔を打たれたミュラは、ゆっくりとその場に倒れる。 「花蓮、ミュラを……くッ。」 「ノアさんもです。横になって下さい、治療、します!」  花蓮はありとあらゆる治療器具を広げ、倒れる2人を前に気を引き締めた。  しかしその時、ソロと戦う戦士達に限界が訪れた。  近接戦闘で体を張っていたティアが打ち倒され、その隙を付かれてエガルとリスナも再び床に沈む。  残ったテイクも、抵抗虚しくソロの拳によって弾き飛ばされ衣類の山にダイブした。  その瞬間、ソロは戦う相手を失い、周囲を見渡す。  そして距離を取って治療行為に勤しむ花蓮と、倒れる二人が視界に入り込んだのだ。  ソロは、筋骨隆々な上半身を怒らせ、花蓮に向かって歩き出す。 「……次は、貴様だ……!」  花蓮もそれに気付き、危機を感じる。  手当てを一旦中止し、ノアとミュラの身体を引き摺って逃走しようと足掻く。  しかし花蓮の力ではそれはどうともならない。  万事休すかと思ったその時、ふらりとミュラが立ち上がる。 「……え……?」  花蓮は信じられないといった表情で彼女を見た。  視界すら朦朧としているはずなのに。右腕の関節が折れているはずなのに。全身に麻酔が回っているはずなのに。  まるで呪われたかのように、弓を手にして脅威に立ち向かう――燃え上がる生命力。 「短い間だったけど、ありがとう、花蓮ちゃん。お兄ちゃん……私は、幸せだったよ。」  殴られてボロボロの、傷だらけの顔で不恰好に笑うミュラ。  前歯が欠けていて、とても見ていられるようなものではなかったけれど。  ミュラは2人に背を向け、前へ出て、矢を番えた弓を引く。右腕が軋み、激痛が走る。  それは当然ながらいつもに比べて遅く、スマートな姿勢ではない。しかし、ミュラの全力だった。  ソロはミュラの顔を見ると、反吐が出ると言わんばかりに表情を歪め、腕を振り被る。 「駄目……だめ……嫌だ、やだよっ!!」  花蓮は形振り構わず、魔術書を取り出し、詠唱の言葉を叫ぶ。 「ビクティム・プロヴォークッ!!」  ソロに向けて放たれる挑発の魔術。  頭に血が上っていたソロは、花蓮の声を耳にした途端、カッと目を見開いた。 「うゥッ……!? く、き、貴様……!!」  まるで理性を掻き乱すように、ソロの脳にプロヴォークの魔術が染み渡る。  そしてミュラを仕留めようと一直線に向かっていたその足が、花蓮の方へ向く。 「そんなに死にたいなら、貴様から殺してやる……!」  花蓮はミュラから距離を取る。そして目を閉じ、歯を食い縛る。  親友の代わりに殺されるのなら本望だと思っているのだろう。  花蓮の優しい心が、ミュラの命を救うのだ……。  ――そんな花蓮を、誰が見捨てられるというのか。  花蓮は誰かに突き飛ばされた気がした。  しかしその威力は軽く、ソロのものでは無い。  花蓮は目を開く。そして、驚愕した。  目の前に、ソロに弓を向けた姿勢のミュラの背中が飛び込んでいた。 「ミュラ、ちゃん……!?」  花蓮は尻餅を付き、成す術も無く目の前の攻防を見守る。  ソロの右拳が放たれる直前に、雷を纏った一本の矢が放たれる。  しかしそれはソロの左腕で受け流された。  ミュラは次なる弓を引こうとする。しかしその前に、ソロの拳がミュラのこめかみに炸裂した。  崩れ落ち、右膝を付くミュラ。しかし弓と矢は取り落としていない。  続けて2本目の矢を放とうとする。  だが、ミュラは弓を構える事ができなかった。  関節の折れた腕に、ソロの手が食い込む。ギリギリと強く握られている。  ミュラは激痛に全身を震わせて抵抗するが、最後の力を使い果たした身体に体力は残っていない。  ブチリ、と想像を絶する音が鳴った。  それと同時に、わずかな血が動脈から噴き出す。  花蓮のけたたましい悲鳴が響く。  ミュラはもう弓を引く事が永遠にできなくなった。  彼女の右腕が、ソロの握力により、根元から引き千切られたのだから。  ミュラは勢い余って床を転がる。周囲に血を飛び散らせながら。  ソロは掴んだミュラの右腕を投げ捨て、跳躍する。  狙いは、倒れたミュラの――頭部。  ソロは空中で拳を振り被る。これが止めの一撃となるだろう。  時間がゆっくりと流れる一瞬。両者の距離が確実に縮んでいく……。  その時、ソロの背中に何かが突き刺さった。ソロの硬い皮膚を突き破り、電撃のエネルギーが走る。  それは、ミュラが放ち、弾かれたはずの、1発目の矢だった。  ミュラの決死の足掻きは、僅かながらもソロの身体にダメージを与えたのだ。  そして、――  ソロの右拳は赤黒く染まっていた。  花蓮は、泣き叫びながら、床に散らばる血塗れの破片を掻き集める。  もう駄目だという事は分かる。治療士だから誰よりも分かっている。  そして、現実を受け入れようとしない自分を諦めさせようとして、嗚咽を漏らす。  花蓮は涙を零しながらミュラの名前を呼ぶ。  しかし、遺骸は返事を返さない。  その死に顔は安らかか?  いいや、死に顔さえ、無い。  ミュラの首から上は、ソロの強靭な腕力により一思いに叩き潰され、砕け散っていた。  周囲を赤黒く染めている血液と脳漿の中に、彼女が身に付けていた赤いリボンが漂う。  ミュラの頭蓋を貫通して、その下のコンクリートの床にヒビが入る程度の力だ。  抵抗する体力が残っていなかったミュラには耐える術も無かっただろう。 「……ミュラ……? 嘘、だろ……? こんなの、……なぁ……。」  ノアは、呆然としていた。  瞬き一つせず、惨状を見つめたまま動かない。 「……しぶとい小娘め。」  ソロはミュラを殺し、いくらか血の気が引いて落ち着いたらしい。  呼吸を置いて、身体の傷を確認していた。  背中に突き刺さったままの矢には手が届かず、舌打ちをしている。  そして、目の前でしゃがみ込み、泣き続けている花蓮を睨む。  彼女に近付き、その左腕を掴んで無理矢理立たせる。 「余計な感情を持つからこうなる。不要なんだよ、絆など。  耳に障る泣き声を上げている暇があったら、覚悟でもしたらどうだ。」  ソロに腕を掴まれた花蓮は、放心しながら泣き続けている。  ソロはイライラした様子でその腕を捻り、ミュラにしたのと同じように、無慈悲に拳を加えようとする……。 「……ミュラちゃん……うっ、うぅ、……っ、ぅぅ……ぅ……。」  赤黒く汚れたソロの拳に、力が籠められる。  花蓮にとって親友の命を奪った拳だ。  もう誰も、ソロの暴虐を止めることはできない……。 「……待てよ。」  その時、小さく、弱々しく……しかし、やるせない怒りの篭った声が、ソロの耳に入った。  ソロは声の主を探す。それはノアだった。  ノアは、疲弊した全身を座らせたまま、花蓮に手を出そうとするソロを見据える。  しかしソロは、もう興味が無くなったと言わんばかりにノアから目を逸らし、花蓮に向かって拳を振るおうとする。 「待てって言ってるだろうがああぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁあああああぁぁああぁああああああああぁぁぁぁああああああああああ!!!」  花蓮の頬に拳が当たるその寸前で、ノアの絶叫が轟いた。  それだけではない。  ソロは、拳に何か静電気のようなチクリとしたものを感じ、花蓮を殴るのを止めた。 「……何?」  花蓮を掴み上げるソロと、ノアの距離はかなり離れている。  しかし間違いない。ノアの放った何かのエネルギーが、ソロの拳を刺激したのだ。 「とりあえず、花蓮を放せ。……いいからさっさと放せって言ってるのが聞こえないのか。」  そのノアの声は、今までに無く粗暴で、投げやりで……静かな怒りに満ちていた。  ミュラを失ったことで、彼の中の何かが、壊れたのか。  ソロはノアの言うとおりに花蓮の腕を放し、向き直る。 「……それが、貴様に秘められた真の力だな。……いいだろう。  仲間を失った事で覚醒した孤独の境地。見極めてやる。」 「いって……てて、……クソ、やりやがったな……どこだ、アイツは、ッ……!?」  ベイトが意識を取り戻し、朦朧とした頭を振って乱暴に正気を保とうとする。  見渡す限り、散乱した物資の山。傷付き倒れた仲間たち。  圧倒的な力を持つ化け物、近衛兵ソロにせめて一矢報いようと、ベイトは鉛のような身体を起こす。  その瞬間、全身に強烈な痺れが走る。 「ぐぅ……あっ!?」 「……うぉっ!」 「ひ、ひぃっ!!」  部屋中から複数の悲鳴が聞こえる。どうやらベイト以外の仲間も同じ感覚を味わったらしい。  立ち上がろうとしても、静電気のようなチクチクした痛みが全身を苛む。  そのエネルギーの中心にはノアが立っていた。  彼の全身から放たれる紫電のエネルギーが、波動のように拡散し、室内を無差別に包み込んでいく。  ノア自身は――不自然なほど落ち着いていた。  表情は、無かった。  悲しみとか、怒りとか、そういうものが一切無いかのような顔で、凝視する。  ――目の前の、許されざる敵を。 「……ノア、さん……?」  力無く座り、腫れるほどに目を擦っている花蓮が、ノアの顔を見た。  そして花蓮は自分自身の視覚を疑った。  一瞬だけ……そう、一瞬だけ。ノアの表情が、ソロが浮かべるものと同じような不気味さを纏っていたように見えて……。  そして、ソロは、身構えた。  背中に突き刺さっている矢のことも忘れ、意識をノアのみに集中させる。  睨み合うノアとソロ。  睨み合う、ノアと、ソロ。  刹那、ドカリと、重々しい音が鳴り響いた。  そして、誰もが予想だにしない攻防が繰り広げられる。  踏み込みと共に繰り出されたノアの拳の一撃が、ソロの腹部を打ち抜いた……!  ソロは無言で受身を取ると、床を蹴って体勢を立て直そうとする。  しかしノアの追撃はそれを許さず、更に拳を加えようと駆ける。  ソロの動くスピードは凄まじいが、ノアはそれにすら追い着き、2,3発の鉄拳を見舞う。  信じられない事に、ノアの肉弾によって、ソロの身体が浮いた。  足の裏が床から離れ、無防備に虚空を舞う――!  そのままソロの身体は重力に従い、床に落下するはずだった。  しかし、ノアは肘を構え、無防備のソロを、撃つ!  ソロの身体は勢い良く、もはや物理法則など嘲笑うかのように吹き飛んだ。  そしてコンクリートの壁に背中から激突する。 「グオオおぉォッ!!?」  ソロが、今まで発した事の無い苦悶の声を上げる。  それは痛みによる――悲鳴だ!  ミュラの最後の足掻きによって背中に突き刺さっていた矢。  背中から壁に激突した事により、それが槍のように押し出されることになった。  まるで串刺しのように貫通した矢によって、ソロの背中から腹部に風穴が開き、当然の如く濁った血が溢れ出す!  それにしても、鬼神のような無類の強さを誇る近衛兵ソロが、どうしてノアの腕力ひとつでここまで追い詰められるのか?  ……いや、今は逆に考えるのが正しいのだ。  ノアの腕力が、ソロを凌駕した――と。 「……クッ、クックク……そうだ、感情を殺せ。お前の力は……そうして覚醒する!」 「…………。」  傷付きながらも、ノアを挑発するソロ。  ノアは何の反応も返さない。  ノアの拳は裂け、赤い傷口が見えていた。  自らの体力の限界を超えて力を振るっている証である。  このまま凄まじいパワーを発揮し続ければ、その代償は、安くは済まない……! 「ノ、ノアさんっ、落ち着いて……それ以上、身体に負担をかけたら……。」  それに気付いた花蓮が、警告を投げかける。 「そ、そうだ、ノア。てめぇ一人にはやらせねぇ……俺達が、力を、合わせ…………ぐぉっ!!」  ベイトも身を乗り出し、ノアを諫めようと声をかける。  しかし溢れ出す紫電の波動が、2人の口を塞ぐように激化した。  ノアは、落ち着いたように見える動作で、足元の剣を拾い上げる。  先端の割れた――鞘の無い剣。  その剣の柄を握り締め、ミュラの持っていた金属片を懐にしまい、ノアは呟くように暗い声を放つ。 「……俺は、今まで、ずっと忘れてたんだ……忘れてたことさえ、忘れてた…………。  そして、未だに思い出せない……。直に話を聞いた今でも、受け入れられそうにない……。  ……冗談だろ。こんな俺が、兄、だって……? そんな最低な兄がこの世にいていいのか……?  レジスタンスとか、仲間とか、それ以前に肉親一人守り切る事ができなかった、俺が……?」  ノアは大きく息を吸うと、――感情を放出した。   「嘘だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?!?」  ノアの叫びと共に、分厚い紫電の波動が室内を駆け巡る。  それはまさに暴走しているかのようで、ソロも、仲間達も、無差別に衝撃を受ける。  ノアとソロの2人以外は、立ち上がれなくなった。 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?!」  そしてノアは叫び続け、全力で剣を振るう。  正面にいたソロは反射的に左手の甲の仕込み刃を取り出し、それを床へと受け流す。  バリッ、バリッ、メキメキ、ドカッ!  コンクリートが裂け、数センチ程の地割れのような裂け目が広がる。  それは今までのノアの振るう太刀筋とは比べ物にならない、破壊力を現した。 「……予想以上……! 上出来だ、紫電の剣士! ノア!」  それを見たソロは、壊れたドアへ向かって、逃げる。  ソロはここに来て始めて「逃げ」という行動を取ったのだ。  勿論、ノアはそれを許さない。  叫びに叫んで、その後を追う。――紫電と化して! 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」  ノアの全身が紫色の光に包まれる。  そしてノアは、飛んだ。歩くのでも走るのでも無く、雷光の疾さで、飛んだ!  物資保管庫のドアをくぐり、薄暗い通路を照らしつつ、エレベーターのシャフトへと飛び込む。  ソロも同じぐらいの速さで跳び、シャフトの壁を蹴りながら跳躍を繰り返す。  ノアは飛ぶ。ソロは跳ぶ。共に人知を超えたスピードで!  そうして徐々に両者の距離を縮めながら、長い長いシャフトを上昇していく……!  もうすぐ見張り小屋の、湖面へと脱出するエレベーターの到達地点。  ソロが逃げ切ろうとしたその瞬間、ノアの剣が翻り、紫電の衝撃波を放つ。  ソロは両足を斬り付けられながらも最後の跳躍を果たし、見張り小屋の一室へと飛び出る。  そしてすぐさま窓を割り、そこに待機しているBiaxeの武装ヘリに乱暴にしがみ付く。 「236、近衛兵ソロ様を確認。……っとと、何かありましたか。」 「すぐに飛べ。予想以上に強大な力を呼び起こした!」  武装ヘリ236は、近衛兵ソロの感情の昂ぶりを感じ取る。  そしてただならぬ事態が発生していることを予測し、急発進の体勢に入る。  その時、ヘリの後部がズシリと重くなった。  ――ノアだ。ノアが尾翼にしがみ付ついて来ている。 「236、飛行不能、飛行不能……!」  ヘリは徐々に高度を下げ、高台にある見張り小屋より低く落下していく。  このままでは着水するのが目に見える。  周囲で監視行動を行っていた他の武装ヘリが集合し、236とソロの援護に入った。  ソロはこの状況において、皮肉な笑みを浮かべていた。  ノアの潜在能力を引き出したはいいものの、それに追い詰められているとは。  笑い話にしても性質が悪い。  ――だが、これで新たな可能性が生まれたのも事実。  ソロはノアの肩に手を伸ばし、力強く掴む。  高度を落としながら滑空していく中、ソロは何かに踏ん切りが付いたように宣誓した。 「ここまで食らい付くか、ノア! ……ならば最後まで、相手をしてやろう!!」 「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおぉ!!!」  ノアはソロの顔面に向けて凄まじい叫び声を放つ。  そして紫電のエネルギー一段と強く暴走させた。  その範囲は広く、周囲にいた武装ヘリも全て巻き込まれる。  そして飛行機能に異常が発生したことにより、湖面へ落下する速度が更に速まった。  紫電にまみれ、落ちて行く真昼の湖の上で、ノアとソロは全力をかけて激突する。  それを観測する者はもういない。  着水と同時に紫電のエネルギーが弾け、全てを紫色の光が覆い隠した。  第43話へ続く