Another World @作業用BGM紹介:http://www.youtube.com/watch?v=fgVepnAn7Oc(うみねこのなく頃に より 牢獄STRIP) 第43話.『失くした男同士の決闘』 ―――  4月23日 10:45 ―――  ほんの少し、時間が経った。  嵐が去った物資保管庫の中は、燦々たる有様だった。  飛び散った布や衣類の物資、壊れた壁に割れた床、そして転がる死。  ノアの放った紫電の波動が引き、ようやく身体を動かせるようになった者は、現状を理解し、嘆き悲しんだ。  ノアがソロを追って飛び去り、この倉庫に生き残ったのは、8人。  ティア。ベイト。花蓮。リスナ。エガル。ホーエー。テイク。漸。  血の飛沫が乾き始めた時、ようやくこの惨状を受け入れ始める者がいた。  ……そうして、徐々に起き上がり、再び動き始める。 「……無事か、みんな。」  ティアが形式的に全員に問いかける。ぽつぽつと返事が返った。  何人かは意識を失ったまま眠っている。 「エガル。動けるか?」 「……はい。何とか。」  足を引きずるようにして治療士エガルがティアの側に寄る。  エガル本人のダメージは小さくないが、今は治療士としての義務を全うするべきタイミングでもあった。  ティアは、同じ治療士である花蓮にも声をかけようとするが、やめる。  花蓮は床に力なく座り込み、何も無い空間を見つめていた。  その目には何の光も宿っていない。  身体は生きていても、心が打ち砕かれていた。  そんな彼女に治療行為を無理強いする事もできない。ティアはそう判断し、湖畔のリーダーとして信頼のおけるエガルとリスナに頼る。  エガルとリスナの2人は、何を嫌がるでもなく黙々と治療の準備を開始した。  花蓮の側にはベイトが寄り添う。  そして、それぞれの想いを抱いて、目の前に横たわるかけがえのない仲間の亡骸を見つめる。  荒野エリアでレジスタンスをやっていた時から――たった数週間の短い間だったけれど。  築かれた絆は永遠のものだった。  だからこそ悲しい。悔しい。心が張り裂けそうなくらいに。  生きている限りこの痛みからは逃れられないのだろう。  もはや、戦い続ける事しか、道は無いのだから。  誰もが無言になり、エガルとリスナが黙々と負傷者の手当てを行っている音のみが響く。  しばらくすると、その静寂を男の声が破った。 「……リリ。……リリ……。返事してくれよ。……返事、しろよ……。」  いつの間にか意識を取り戻していたのか、漸が優しく言葉を語りかけていた。  自らの腕の中の、永遠に目覚めない眠り姫の身体を揺すりながら。 「嫌だ……オレを置いていくわけ、無いよな……約束したんだから、なぁ……リリ……。」  昨夜に決別を表明した男の、枯れそうな声を耳にしながら、ベイトは思った。  ……お互いに大切な人を守りきれなかったんだ、と。  あれだけ言い争って、ミュラちゃんを守るだのと意気込んでも、結果はこれだ。  ……リリトットを亡くしたあの野郎に、何も言う資格は無い。  ベイトは漸に背を向け、目を閉じる。  今は失った命の冥福を祈る時間だ。……傷が塞がるのを待ちながら。  ――しかし。 「漸さん、怪我を見せて下さい。」 「リリは……? リリはどうなんだ? 目を覚ますだろ? 頼む、治してくれよ……!」 「……リリちゃんは……。」 「頼むよ、頼む……。あんたら、治療士なんだろ!?」  傷を消毒しようと近付いてきたリスナに、必死で頭を下げる漸。  リスナは困ったようにエガルに視線を送る。  エガルはやるせなく息を吐き、足を引き摺りながら駆けつけた。  大量の血を流して安らかな死に顔を見せるリリトットを一瞥し、それを強く抱いている男へ静かに声をかける。 「……どうか、そんな顔をしないで。彼女はきっとそれを望んでいないでしょう。  心を強く持って下さい。そして、傷を治して、再び立ち上がれるように……。」 「何言ってんだ……何言ってんだ!!」  漸は取り乱し、エガルの肩に掴み掛かって叫び声を上げる。  エガルはそのような態度にも慣れているのか、目を閉じて、漸の感情を逆撫でしないように努める。 「治療士といえど、このエガルには死を変える力は無い。  できる事はただ一つ、祈りを捧げる事だけ。……どうか、リリトットが安らかに眠れますように。」  漸はエガルの言葉を前にし、徐々に叫び声を収めていく。  そしてがっくりと肩を落として、手の平で顔を覆った。  その様子を見て、リスナは改めて漸の傷の消毒をしようと近付く。  小声で「失礼します」と許可を取り、漸の着ているタンクトップ越しに見える程の大きな傷に触れる。  ドンッ!!  その瞬間、あってはならないはずの銃声が聞こえた。  その音で瞬時に、室内にいる疲弊していた仲間達が身構える。  一体誰が?  この場で銃を持っているのは、ティアと――漸。  エガルは、漸の治療をしようとしていたリスナの背中を見ていた。  その背中を、真っ赤な飛沫を散らして、鉛の塊が貫通していく瞬間を――見ていた。  ゆっくりと崩れ落ちていくリスナの身体。  その向こうに、俯きながら――手元に握る銃の引き金に手をかけている、漸。  エガルがそれを認識した瞬間、その銃口は、こちらに狂気の笑顔を向けた。 「おい、待っ――」  ドンッ!!  エガルの叫びを掻き消す二発目の銃声。  膝を付くエガル。激痛を放った胸部を手で押さえると、そこには血の間欠泉が出現していた。  的確に心臓を貫かれ、瞬く間に意識が暗くなり、そして死へと堕ちて行く。  治療士といえども、この状況で自分自身を救命する事はできなかった。 「え……? え……?」  何が起こったかも分からず、誰もが戸惑いの声を上げた。  悲鳴も絶叫も起こらない。  銃声が去った後、気付けばふたつの骸が増えていただけというだけの話。  ――命を脅かすほどの危機は、まだ去っていなかったというだけの話。  誰もが困惑する中、弾切れを起こした銃を投げ捨て、荒々しく躍り出る漸。  そして予備の銃を取り出し、息を荒げて、血走った目で室内を見渡した。 「はぁ……ハァ…………ハ、ハハハハ……!」  狂ったように笑うと、無礼にもリスナの遺体を蹴り飛ばしてエガルの遺体に重ねる。  そして長い髪を掻き上げてガリガリと頭を掻き毟り、天井に向けて1発の弾丸を放つ。  そして、何かに取り憑かれたように、絶望に染まった声色で言葉を放つ。 「もう終わりだ。何もかも終わりだ。終わりだ終わりだ終わりだ!  ……ハハハ、全員動くな。誰だよ、誰の仕業だ、出て来いよ……くッ、くくくッ、リリ、リリトットォォォォォ!!」  只ならぬ雰囲気を誰もが感じ取る。  この漸はもはや正気では無い。狂気に支配された、殺人鬼だ。 「答えろよ。誰だよ……誰が裏切り者なんだよ!! アンタらの誰かがあの近衛兵を呼び寄せたんだろ!?  そいつを晒せ! オレが、処刑してやる!! 死ぬ前にブチ殺してやるよぉぉぉおぉぉおおォ!!」  吼える漸。ティアが痛みを堪え、大切な同士2人を撃ち殺した男に向かって怒鳴る。 「何考えてんだ……? 馬鹿野郎、その銃をしまえ!! お前、何やったか分かってんのか!?  ……もういいだろ、悲しいのは誰だって同じだ! 馬鹿な事考えてんじゃない!」  漸は髪を振り乱して笑い、狂ったように銃を乱射する。 「もう終わりだよ。レジスタンスはもう終わりだ、誰も助からない……だったらオレの手で片付けてやる。  ハハハ……ハハハッ、リリのいない組織に何の価値がある!? リリのいない世界に何の希望がある!!  ここにいる全員、リリに詫びろ、死んでリリに詫びろぉッ!!」  漸は銃口をティアに向けた。距離は少し開いているが、引き金にかかっている指に一切の躊躇は無い。 「おい!! こっち向け、アホ!」  引き金が引かれようとするその瞬間、漸は挑発的な叫び声を聞いて振り向く。  その声の主はベイトだった。漸は口を開こうとしたが、それを遮るようにベイトがまくし立てる。 「なに自暴自棄になってんだ。夕べのふざけた態度は一体どこ行った?  ミュラを裏切り者だと決め付けて、それで勝手に仲間割れ起こして、挙句の果てに皆殺ししようとする。何のギャグだよ、笑って欲しいのか?  呆れてものも言いたくねぇ。あれだけ大切にしてたリリトットも死なすしよ。」  リリトットの名前を出された事が琴線に触れたのか、漸の表情が鬼のように変わる。  しかしベイトは挑発的な態度を崩さない。 「男の風上にも置けねぇよな。リリトットに同情するぜ。  弱い上に情けない、自分勝手な男なんかに愛されてよ……。」 「……クソが……もう一度言ってみろ。」  漸の目線と銃口がベイトを捕らえて離さなくなる。  その隙に、ベイトは後ろ手で他の仲間に合図をする。逃げろ――と。  ベイトが挑発的なことを言ったのは、漸の視線を引き付ける為である。  暴走し危険人物と化した漸が、これ以上誰かを傷付けないように。 「守るって約束したのに、その約束すら果たせずにおめおめと生き残ってよ、最悪だな。  どの面下げてあの世に行けばいいのか、分かるわけねぇよ……。」  しかし、ベイトの言葉は漸に投げかけているものではなかった。  自分自身へ言い聞かせている、後悔の言葉でもある。  ミュラを想いながらも守りきる事ができなかった――哀れな自分への。  だからベイトは漸に提案を持ちかける。 「誰も信じられないから全員殺すってんなら……かかって来い。こいつは失くした男同士の決闘だ。  俺が死ぬまで、他の奴らに手出しはさせねぇ。」 「……ハハハハハハッ! 気持ち悪い事言ってるな。もう終わりだって言ってんだろ?  関係ないよベイト。もう全員死ぬって決まってんだ。……ただし、」  漸は手を横に伸ばし、呆然として逃げ損ねている花蓮に銃口を向ける。 「アンタはまだ殺さない事にする。そして、アンタの目の前で他の仲間を殺す。  そうしてオレの苦しみの百分の一でも味わってもらう。……オレが勝ったらそうするぞ。」 「って事は、乗るって事だな……決闘に。」  ベイトは改造ボウガンを構え、漸と距離を詰める。  お互いに身体はボロボロで、体力も残っていない。  この状態で勝敗を決するには、“決闘”が最も相応しい。  銃を構える漸と、ボウガンを構えるベイトが睨み合う。  この日の審判から明確に敵意が芽生え、信じるものと疑うものの為に決別した2人。  互いに守るべき者の命は消え失せ、心に秘めた想いは悲しみに変わった。 「行くぞ。リリの命を奪ったこのレジスタンスは今日で終わらせる。せめてリリの為に、全員を消し去ってやる。」 「じゃあ俺はミュラちゃんの為に、全員を信じ切ってみせる。……お前も含めてな。」  後は――雌雄を決するのみ。  先制射撃をしたのは漸だった。  漸の持つ2丁の拳銃のうち右手に構えた方が咆哮し、大気を切って弾丸が飛び出す。  いくら改造ボウガンといえど、拳銃の発射速度には敵わない。  もちろんベイトはそれを理解していた。  頭を屈めて漸の初弾を回避し、ボウガンに矢弾を番えながら距離を詰める。  この時、漸は続けざまに2発目を放つ余裕があった。  しかしそれをせずに、一方の拳銃を無造作に床に投げつける。  そして隠し持っていたもう一方の拳銃を取り出し、慣れた手付きで発射準備を完了させる。  そのタイミングで丁度、ベイトの蹴りが漸の腹部目掛けて飛んできた。  銃を持ち替える一瞬の隙により両者の距離は切迫する。  漸は即座に側転し、ベイトの蹴りを緊急回避した。 「弾切れか。近衛兵とやりあった直後だもんな、苦しいか?」 「ハンデってやつだよ。オレとアンタの武器じゃ不公平だろ。」  ベイトが見抜いた通り、漸の持つ弾丸の数は残り少ない。少なくとも拳銃1つ分は無力化した。  漸は距離を詰めようと近付くベイトに格闘で対抗する。  蹴りには蹴り。膝には膝。肘には肘。  とにかく、確実な1発を放つタイミングを待って、肉弾の応酬を繰り返していく。 「こんなもんか、テメェの想いはよ! 悲しいだろ、悔しいだろ!? ぶつけてみろ、俺に!!」 「喚くなよ。アンタにゃ何も分からない。オレがリリをどんなに愛していたか……リリがどんなにオレを愛してくれていたか……!」  挑発と共に振るわれるベイトの膝蹴りを受け流し、静かに怒りを燃やしながら吼える漸。 「何も分からないアンタなんかに、何も言う権利は無いィッ!!」  漸の左の肘が、ベイトの胸元にクリーンヒットする。  ベイトは背後に飛び退いてかわすが、ボウガンの発射態勢を崩してしまう。 「失せろ、消えろ、死ね、あの世でリリに頭を下げろッ!!」  漸は拳銃の引き金を引く。  ドンッ! ドンッ!  2発。銃声が室内に響き渡った。  先に打たれた1発はギリギリでベイトの脇腹をかすり、2発目は脇腹の肉を削り取った。  赤い飛沫が弾け飛ぶ。  ベイトは表情を歪めたが、悲鳴一つ上げない。強い痛みが走っているはずなのに。 「……そんなもん、知ったこっちゃねぇんだよ……。」  ベイトはボウガンの弦を引く。  漸は銃弾を発射した後、一瞬だけ硬直していた。  反撃しようとするベイトを見て再び引き金を引こうとする。 「てめぇがリリトットを愛していたとか! 俺のミュラちゃんに対する気持ちとか! そんなもん、知ったこっちゃねぇんだ!!  このブチ壊れた世界で、俺たちは協力し合って戦う仲間だろ! 愛とか恋とか、そんなのは個人のつまらねぇ気持ちでしかねぇ!  それを引き摺って、仲間に迷惑をかけるとか、やっちゃいけねぇんだよ……!」  ベイトは矢弾を放った。  一瞬送れて漸が引き金を引く。  改造ボウガンの矢弾と拳銃の弾丸では、速度に僅かな差がある。  例え少し出遅れたとしても、漸の銃弾がベイトの肩に突き刺さる方が先。  ……そのはずだった。 「俺とてめぇは、つまらねぇ気持ちに引き摺られたお荷物同士だ。  だから俺達で決着を付ける。答えを出す。ケジメを……つける!」  ベイトの矢弾は、漸が拳銃を構える際の銃口の位置を狙って放たれていた。  改造ボウガンの矢弾と拳銃の弾丸では、重さにも差がある。  重量のある矢弾が小さな弾丸を弾き飛ばしながら直進し、漸の手首に直撃した。 「うがッ!?」  拳銃を弾かれた漸はそれを拾おうとして――ベイトの放つ次の矢弾の照準に入る。  パシャンッ!  漸は目を瞑った。場違いのような水音が鳴り、漸の顔面は甘い独特の芳香で覆われた。  ――それはベイト特製のコーラ弾。  漸は焦って顔面を拭い、無理に目を抉じ開けて足元の銃を拾おうとする。  しかし、彼が目を開けたとき、すでにこの決闘の勝者は決していた。  床に落下した漸の拳銃はベイトに拾われ、その手に握られて――漸の額の前に突きつけられていた。 「俺は乗り越える……。仲間の死も、別れも、全部乗り越えて強くなるって決めた。  だから、いつまでも前を向けないてめぇは置いていく。」 「く……クソぉ……クソォオォオォォォ!!」  漸は敗北と死を悟り、悔恨に満ちた絶叫を上げる。  それを見届けたベイトは引き金を引いた――銃口を、遠くの天井に向けてから。  ドォン!!  銃声のみが轟き渡り、勝敗が決した。 「……言っただろ、俺は全員を信じ切ってみせるってな。お前に考える時間をやる。  お前がリリのことを乗り越えられるまで待ってやる。そうしたら、俺たちはまた仲間だ。」  漸の持っている拳銃の全ての弾丸が撃ち尽くされ、漸はこの場において無力化した。  ベイトは拳銃を捨て、空いた手を漸に差し伸べる。  ベイトの、勝利だった。 「……。……そういうのが腹立つんだよな。」  漸は捨てゼリフを吐いて、ベイトの差し伸べた手を弾いてよろよろと立ち上がった。 「まだ、オレの気持ちは揺らいじゃいない。今更許してもらおうなんて思ってない。  ……本気だからな。」  漸は狂っていたとはいえ、2人の仲間を手に掛けた。  その罪は消えはしないし、許される事も無い。 「……それでいいぜ。また何かしようとしたら、その都度俺が止めてやる。」  ベイトは不敵な笑みを返す。  すると、糸が切れたようにドサリと倒れ込んだ。  ソロとの戦闘に引き続いての決闘で、とうとう体力の限界が来たのだろう。  いや、すでに限界を超えていたのだ。 「あー……力が入らねぇや。」  ボウガンさえも手放し、疲労の溜まった虚ろな目で室内を見回すベイト。  入り口付近から、こちらに駆け寄る仲間の姿が見えた。  ベイトの目線は何となく、漸の挙動を追う。  漸は身体を引き摺って、床に落ちた空っぽの拳銃を拾った。  それを見つめると、ポケットをまさぐり始める……。 「おい、何やってんだ?」  ベイトの声を無視し、漸はズボンのポケットから何かを取り出す。  それを見た瞬間、ベイトは叫んだ。 「おい! やめろ!!」  ベイトは漸の銃を取り上げようと、立ち上がろうとする。  しかし、疲労だらけの全身の筋肉はその言う事を聞こうとしない。  ベイトは縺れた足によって派手に転ぶ事となった。  漸がポケットから取り出したものは――銃弾。  拳銃に篭めて発射するための新しい銃弾だった。  ベイトがすったもんだしている間に、漸は拳銃に弾を篭め終わってしまう。 「……オレの気持ちは変わらないよ。リリのいない世界には何の価値も無い。」  そして、漸はその銃を――自らのこめかみに突き付けた。 「ふざけんな……くっ、俺はてめぇを死なすつもりは……!」  ベイトがよろめきながら漸に近付く。  しかし、漸は既に引き金に指をかけていた。 「やめてくれよ。オレは狂った人殺しだ、これ以上同情されたくない。謝るつもりもないしな。  リリを死に追いやった裏切り者の正体が分からないのは残念だけど……オレはここまでだ。」  漸は微かに笑って、目を瞑る。  ベイトだけでなく、この様子を見た他の仲間も一斉に駆け寄る。  しかし――間に合わない。 「やめろおおおぉおおぉぉ!!」 「じゃあな。リリと2人で、世界の行く末を見守ってるよ。」  ドォンッ……!  今までに幾度と無く鳴り響いた銃声だが、これが一番虚しさを含んでいた。  一途な愛情の為に狂い、決して許されざる2人の仲間の命を奪った罪と引き換えに、自らを殺した男、漸。  彼が最期に抱いた感情は絶望だけだったのか。  今はもう、誰にも分からない。  物資保管庫に静けさが戻った。  この一連の騒動に参加し、生き残ったのは、5人。  花蓮、ベイト、ティア、テイク、ホーエー。  ノアの行方はもはや誰にも分からない。  屍となった者も、5人。  リリトット、ミュラ、リスナ、エガル、漸。  大き過ぎた。  犠牲は、大き過ぎた。  もう、これ以上の、犠牲はいらなかった。  凄惨な保管庫の状況を見ながら、花蓮は呟く。 「私達は、信じあわなくちゃ、いけなかったんだ……。」  どうしてこうなってしまったのか。考えればキリが無いが、後悔は尽きない。  仲間同士で疑い合って、対立して、襲撃されて……。  そうして協力し合う事ができなかったからこそ、ここまで被害は大きくなったのかもしれない。 「裏切り者なんていない。私達はみんな、仲間なんだよ……。」  涙をはらはらと零しながら、受け入れたくない現実を前にして嘆く花蓮。  隣にいるベイトは何も言わない。今はただ、花蓮のように現実から逃げるのが利口なのかもしれない……。。  ティアも身体を休めながら、今後の事を考えていた。  怒りや悲しみに支配される前に、彼はレジスタンスのリーダーである。  遺体の移動とか、この保管庫の片付けとか、山積みの仕事を何とかすべきなのだと分かってはいる。  だが、それは後回しにする……と、彼はそう考えるしかなかった。  傷付き眠っているホーエーの横で、法衣がボロボロになったテイクが立ち上がる。 「……せめて、祈りを。彼らの魂が迷わないように、祈りを捧げましょう。」 「ああ……頼んだ。」  牧師であったテイクは、せめて死者の魂が安らぐようにと、できる事をする。  ……それしかできないのが悔やまれるが、それがせめてもの弔いになる。  1人1人の遺体に近付いて、テイクなりの想いが込められた鎮魂の言葉を捧ぐ。  その間、この凄惨な地獄であった保管庫が、優しい空間へと変貌していくような幻想を感じさせた。  花蓮やベイトの耳にも、テイクの慈愛に満ちた声が聞こえる。  そして、テイクの言葉に続いて、心の中で別れの言葉を紡いだ。  ――今までお疲れ様。後は任せて。  ――犠牲は無駄にしない。きっと仇をとるからな。  折れかけた心が、少しずつ癒されていく。  別れの言葉を捧げる事によって、心の整理ができたようだった。  ありがとう。さようなら。  何度も何度も、繰り返し呟く。  何度も何度も、繰り返し――  ――5人の死者を、順番に回って祈りを捧げるテイク。  その彼の視界に、“あり得ないもの”が映る。  そして、それは、  昨日今日に訪れた悲劇が終わったなどというのは、甘い考えだと嘲笑うのだった。 「う、うわああああぁぁぁぁぁ!?」  第44話へ続く