Another World @作業用BGM紹介:http://www.youtube.com/watch?v=-PUlvEsKCVE(ダンガンロンパ より 議論 -HEAT UP-) 第46話.『疑心と追究の先に』 ―――  4月23日 15:00 ―――  難攻不落、鉄壁の呼び名を誇っていたレジスタンス湖底基地。  その様子は、見るも無残に様変わりしていた。  傷跡だらけの壁。血飛沫まみれの床。破壊され落下したエレベーター。完膚なきまでに叩きのめされた生き残りの戦士たち……。  秩序が保たれていた昨日から、たった、一晩で。  小会議室に揃った顔ぶれは、数えると8つ。  ベイト。  花蓮。  ティア。  ホーエー。  アサメ。  斬燕。  クルミと、彼女と一体化していて表に顔を出さないネコ。  そして昨夜の審判により重傷を負った、ピーター。  この8人を残し、大勢の仲間は犠牲になった。  そして許されざる敵を追って、ノアは行方をくらました……。  椅子に座り、各々の姿勢で沈黙を嗜む8人の間に張り詰める空気は重い。  何故ならこれから始まるからだ。  この中に紛れ込んだ、惨状を呼び込んだ主――“裏切り者”の追究が。  ベイトは、中央のテーブルの西側に乱暴に居座っていた。  そして何かを呟いては貧乏ゆすりをし、室内に居る他の面々の顔を見回すのを繰り返す。  この局面に来て、とうとう苛立ちを隠せないようだ。  当然だろう。彼にとって親しい仲間は花蓮を除いて、ゴッディアの魔の手にかかって奪われてしまったのだから。  花蓮は、ベイトのすぐ後方で椅子に座って小さくなっていた。  死んだような表情で、そっぽを向き、議論のテーブルに積極的に関わろうとしない。  親友であるミュラを目の前で殺害され、リリトットの裏切りを目にしてから、ずっとこのような調子である。  最低限の治療士としての仕事は行うものの、まるで心を殺されてしまったかのように、塞ぎこんでいる。  ティアは、中央のテーブルの北側で腕組みをしている。  昨日今日の一件で最も憤りを覚えているのが彼ではないだろうか。  信用できる相手と判断した荒野エリアレジスタンスの一行を迎え入れたその晩に、この惨劇の発生。  アサメを除く湖畔の仲間を全て失い、絶望せずにはいられないだろう。  ホーエーは、中央のテーブルから離れた場所で、ピーターと共に座っている。  彼は近衛兵ソロの襲撃からずっと意識を失い、少し前にようやく復帰した。  昨晩からギニーの行動に苦悩してきた彼は、漸とリリトットの件を聞いても受け入れることができなかったようだ。  なにせ平原エリアから共に行動してきた3人が全て、信じられない行動をとったのだ。議論から離れた場所で自問自答を繰り返す。  アサメは、中央のテーブルの南側でベイトとティアの話に耳を傾けている。  エレベーター代わりのリフトを作成した疲労により厨房で眠りに落ちていた。昼過ぎに目覚め、現状を把握し終わったところだ。  彼と言えどもスレイン、エガル、リスナが死亡したと知った時はショックだったようで、しばらく言葉を失くしていた。  だが彼は誰よりも頭の回転と判断の切り替えが早い。裏切り者を見つけ出すという目標に向かってストイックに突き進む。  斬燕は、クルミの横で議論のテーブルを眺めている。  今朝はピーターを守るために会議室で待機していたため、詳しい事情は分からない。  だが、昨日までいたはずのたくさんの人間のうち、今日は姿を見せない者もいるのだ。  いくら子供と言えど、この基地で何が起こるかは知っていた。最悪の場合、再び自分が武器を手に戦わなくてはならないということも。  クルミは、一体化しているネコと精神で相談しながら斬燕と共に議論の行く末を見守っている。  ピーターを守るために今朝の戦闘には参加しなかった彼女と彼。何があったのかを聞かされた時には、大いに悲しみ、無念の言葉を口にした。  特に、森林で彼女らを庇ってくれたテイクの死は、認め難いものだった。  自責の念に押し潰されそうになるクルミと、それを宥めながら動揺を隠そうとするネコ。2人の心も、限界まで傷付きつつある。  ピーターは、ホーエーと共に座り、ただじっと動かず話を聞いている。愛用の盾は彼の近くの壁に立てかけられていた。  夕べの審判で跳ね回る閃光を右肩に食らい、出血多量と痛みのショックにより気を失っていたが、花蓮の治療の甲斐あって数時間前に目を覚ました。  右肩から下の感覚は無く、もう二度と動かせないだろうと諦め、落胆している。  そして、意識を失っている間の出来事についての報せは、更に彼の胸を締め付けた。  この会議室に集った8人で、まず情報の共有が行われた。  昨晩の襲撃から、午前の惨劇まで。  ノクス、スレイン、ミュラ、リスナ、エガル、漸、テイクが犠牲になった事実。  まずは侵入者・ドヴォールによる襲撃。これでノクスが死亡。  アサメの奮闘により、エレベーター2基を犠牲にドヴォールを最下層に隔離成功した。  このドヴォールを呼んだのはギニーの裏切り行為によるもの。  外部へと合図を出し、湖底基地の裏口の位置を教えたからである。  そのギニー本人はというと、落下の衝撃に耐えられずに最下層の物資保管庫で死亡したということが確認された。  続いて、0時の審判。これでスレインが死亡。  直後にテイクが話していたが、どうやらこれは審判を担当する近衛兵が変わったことで、審判の内容も変わったということらしい。  ゴッディアはドヴォールを襲撃させる事で湖底基地の正確な座標を把握し、審判による狙い撃ちを可能とした……と。  これをきっかけにレジスタンス内が対立。“ベイト派”と“漸派”に分かれ、互いに裏切り者が存在するのではないかと疑り合うことに。  そして早朝、落下したエレベーターの代わりにアサメが作った手動リフトを使い、“漸派”がドヴォールの討伐作戦を強行。  ドヴォールを追い詰めたと思ったその時、突如として近衛兵ソロが基地内へ侵入、最下層の戦いへ乱入しドヴォールを逃がす。  ソロの出現に危機感を覚えた“ベイト派”はすぐさま最下層に急行する。  その途中で、基地内からの脱出を図ろうとしていたドヴォールと遭遇、交戦。  テイクと花蓮の連携によりこれを打ち負かし、気絶させる。  ……この時2人はトドメを刺さなかったようで、ドヴォールの死体は基地内の何処にも見当たらなかった。どうやら逃走したようだ。  最下層の物資保管庫では近衛兵ソロが大暴れ。それに反抗したミュラが死亡。  リリトットも死亡したかと思われていたが、これは仲間を欺くために仮死薬を用いた演技だった。  ミュラの死に怒りを爆発させたノアはソロへ反撃し、基地の外へと追いかけ、そのまま行方不明に。  その後、リリトットが死んだと思い込んだ漸が絶望により暴走し、リスナとエガルが死亡。  ベイトは漸を止めるために一対一の決闘を申し込み、これに勝利。漸は自殺。深夜から続く2人の対立が事実上決着した。  それで全てが落ち着いたと思ったその時、死亡したと思われていたリリトットが起き上がりテイクを殺害。  リリトットは、レジスタンスを乗っ取るために潜入した裏切り者だと告白、逃走する。  彼女の言葉によれば、『本当の裏切り者はもう1人いる』――らしい。  これが一連の悲劇の流れである。そして、そこから考えなければならない。  ギニーとリリトット、2人の他に、本当の裏切り者がいるのだろうか?  いるとしたら、それはこの中の誰なのか? 「状況は、よく理解した……と思う。」  アサメが頭を掻き毟り、決して愉快ではない態度で言葉を吐き出す。 「それで、今この部屋の中に? この惨状を招いた元凶がいる……と。考えたくない話だな、全く……。」  アサメは腕組みをし、目線で室内を横に一閃する。  ティアを除き、昨日から見知った顔、顔、顔。比較的クレバーな人間はずのアサメも、現実から目を背けたくなる。 「……リリトットの話が本当なら、だけどな。」  テーブルを挟んでアサメの向かい側に座る、ティアが乱暴に言い放つ。 「正直、あの子の話は信用に値しないだろ。散々に掻き回した挙句、俺達の目の前でテイクを殺したんだ。  末恐ろしい、ませた幼女だったな……あと10年もすれば立派な小悪魔レディになりそうだ、畜生め。」  皮肉交じりに、吐き捨てるように。  リリトットの話は信用できないとティアは言う。 「どうせあれもまた、俺達を混乱させるために吐いた嘘だろう。今頃どこかで俺たちを嘲笑っているに違いないな。  ……基地内の火器の破壊も、非常ブザーの破壊も、あの子の仕業だろう。」 「ティアは、この中に裏切り者はいないと思ってるわけか?」 「当然だな。……というか、残ったお前達に俺からお願いだ。……俺を信じさせてくれよ。  これ以上誰かが敵だっていうなら、俺はリーダーでいられる自信が無い。もう、嫌なんだ。……仲間を、好きになった奴を死なせるのは。」  ティアは力強く言葉を紡ぎ、部屋の中にいる全員に浸透させるように言い聞かせる。 「……分かったな。だったらこんな馬鹿な話し合いは終わりだ。  次にいつ来るか分からない襲撃に備えて対策を考えておく方が大事なはずだろう。」  ティアの提案に、アサメが口を挟む。 「待ってくれ。……君の意見は分かった。だが可能性が少しでもあるのなら検証したい。私はそういう性分でね。」 「俺もアサメと同じだ。俺だって皆を信じたいけどよ、ここで思考停止しちゃ駄目だろう。……報われねぇよ、犠牲になったあいつらが。」  アサメの意見にベイトが便乗し、ティアはやれやれと頭を掻く。 「……別にいいけど。虚しいんだよな、かなり。」 「ああ分かるさ。気持ちは同じに決まってるだろ。俺だって全員を信じ切ってやると決めた。……何も信じられなくなった漸の前でな。  俺らが仲間を疑うのは、信じるためだ。怪しいとこなんか何もないって、心からそう思えるようになるためだよ。」  ベイトが食らいつくように、ティアを説得する。 「そうやって、俺は全員を信じ切ってみせる……だからきっと見破ってやる、裏切り者のヤローが何を考えて、何をして、こうなっちまったのかをな。」  その言葉は輝いているようだった。室内にいた他の面々も、一言ずつ賛成の言葉を口にした。 「ベイトさんに同意……かな。ボクはギニーを止められなかった、その後悔をもう1度するぐらいなら、頑張って考えるよ。」 「うん。それがいいと思うにゃ。……私だってみんなと仲良くしたいけど、悔しいままなのは嫌にゃよ。」  ホーエーの同意に、クルミも続く。  どうやらネコと2人で結論をまとめたらしい。  ティアは目を伏せ溜め息を吐く。 「……やるからには手短に終わらそう。疑問を順番に検討していけば、この中に裏切り者なんていないって分かるだろう。」  そしてテーブルに向き直り、議論の手綱を取った。 「昨晩からこれまでで、レジスタンスを裏切ったとはっきりしているのは2人、ギニーとリリトット。  この2人の取った行動を振り返ればいいんじゃないか?」 「他に手掛かりがない以上、そうだな。……まず、裏切り者を臭わせる最初のきっかけといえば……。」  ベイトが記憶を辿る。  裏切り者が存在すると思い始めたのはいつからだったか?  湖底基地にやってきてから?  湖畔エリアに足を踏み入れてから?  沼地エリアで怪物に襲われた時から?  中枢エリアで近衛兵と対峙した時から?  ……そうだ、あの晩、可能性を示唆したのはイグルスだ。  一行が捕虜として身柄を拘束していたゴッディアの部隊長、キロンの逃亡。  これに関わった裏切り者が、レジスタンス内部に存在するのではないか、という疑惑。 「……あれは、誰にでも可能だった、か。」 「一人で呟いても私達には伝わらんよ、詳しく教えてもらおうか。」 「ああ、アサメは知らなくて当然だよな。中枢エリアでの一悶着あった隙に、捕虜のキロンが逃げ出したんだ。  あの時は全員バラバラで……誰が逃がす手伝いをやってたか、絞り込むのは不可能だな。」 「いや、まずは、ギニーかリリトットにできたかどうかを検証するべきだろう。  あの2人にできなければ第三者が関わっている。……そういう風に考えていくんだ。」 「なるほどな。」  ベイトの記憶とアサメの検証が続いていく。  あの場にいた他の仲間に問いかけ、何かおかしなことはなかったかを確認する。  しかし、ギニーもしくはリリトットがキロンを逃がしたのではないかという可能性は得る事ができなかった。 「……キリがないな、キロンの件を掘り下げても。」 「他に、何かなかったのか?」 「後はアサメも知っている通りだ。この湖底基地の侵入者騒ぎまで、特に怪しい事は無かったはずだ。」  ティアも頷く。アサメは淡々と話を進めた。 「分かった。昨日の侵入者騒ぎ……オル・ドヴォールの出現だな。これはギニーが、湖底基地の裏口を開放して呼び込んだ。  それで間違いないな。」  ギニーが怪しい行動を取ったことは間違いない。ノアや、他の仲間の証言で明らかになっていた。  ホーエーはぎゅっと拳を握って頷く。 「……本当は信じたくない、けど……間違いない、と思う。」 「アイツは、結局エレベーターの落下に巻き込まれて死んだ。……何を思ったのか、真相は闇の中、だがな。」  少しの沈黙を挟んで、アサメが話を続ける。 「あの騒ぎについて、まだ不審な点があったな。……あの時刻、私は基地の上層で爆音を聞いたんだ。  原因は見張り小屋への爆撃。湖の周りを徘徊している、ゴッディアの武装ヘリによるものだった。  急いで小屋へ駆けつけた私は……そこで、備え付けの重火器が全て破壊されているのを、ノクスと確認したんだ。」 「そんな事、言ってたな。」 「後から確認したら、基地内の火器という火器が全て壊され、使い物にならなくなっていた。  それだけではなく、何かあった時に基地内全てに危機を知らせる非常用ブザーも破壊されていた。  ……これも、裏切り者による工作と考えていいだろう。」 「なんでそんな事をする必要があったんだ?」  ベイトが首を捻る。アサメは推測を口にする。 「まあ、基地内部の混乱と戦力の減少を招くためだろうな。火器の破壊は言わずもがな。  ブザーの破壊は、外部から攻撃を仕掛けた時に応援を呼ばせないようにするためだろう。」 「あーいや、そっちじゃなくてだな。見張り小屋への爆撃、だっけか?」 「ああ。それはおそらく、ドヴォールをスムーズに侵入させるために注意を引き付けるためだな。  現に私とノクスは見張り小屋に昇り、ドヴォールを止めに裏口へ向かうのが遅れてしまった。」 「そうか。小賢しいマネしてくれるぜ、ゴッディアめ……。」  ベイトは腕を組んで不快感を吐き出す。  だが数秒後、ベイトの表情が変化した。 「あれ? おかしくね?」  その言葉をベイトが口にし、少しの間を置いた後、アサメが聞き返した。 「何がだ?」  ベイトは額に手を当て、首を捻って考えを巡らせる。だがどうしても納得行かないようで、自信なさげに切り出した。 「俺、まだよく分かって無いんだけどよ。それでなんでブザーを壊す必要があったんだ?」 「……?」 「いや、ヘリの襲撃が、ドヴォール侵入をカモフラージュするためなんだろ?  だったら、ブザーを鳴らして全員に注意を引き付けさせればいいはずだよな。  ブザーを壊したら、せっかくのカモフラージュが無駄になっちまうんじゃねーか?」 「…………あっ!」  ベイトが口にした疑問は、アサメに一つの事実を気付かせた。  話を黙って聞いていたティアが口を挟む。 「確かにそれはおかしいな。アサメ、どういうことか分かるか?」 「ああ、そうだ……これは矛盾している。ドヴォール侵入のための陽動と、ブザーの破壊。この2つの事実が噛み合ってないんだ。  ドヴォール侵入を引き起こしたのがギニー。リリトットの話では、ブザー破壊については一切触れていなかったそうだな。  だとすると……ギニーでもリリトットでもない、“第三者”の意志による行為か?」  やはり、もう1人の裏切り者がいる……その可能性が浮上した。  ここまでで議論に参加できていなかった者も、真剣に耳を傾ける。 「俺は言ってるんだがな。リリトットが嘘を吐いているだけだって。」 「その可能性は捨てきれないが……仮にリリトットがやったとして、いつ、どうやって?  リスナから聞いていたが、あの晩リリトットは、騒動があるまでずっとリスナの手伝いをしていた。  ブザーや火器を壊しに行く暇はなかったんじゃないか? それに……。」 「それに、何だよ?」 「基地に来たばかりのリリトットが、ブザーの位置を知っていたか?」  それは最もな疑問だった。  火器、ブザー。どちらも、簡単に手を出せる場所に置いてあるはずがないのだ。  すなわち、基地に訪れたばかりの人間に、その行動は難しいと言える。 「でも、そんな事を言ったら……。」 「湖底基地に詳しかった奴らはみんな殺された! 残るのはアサメ、そしてティアだけだろ?」 「……そうなるな。」 「アサメが裏切り者だなんて馬鹿馬鹿しいな。やっぱりどこかで間違っているんだよ。」  湖底基地の構造に熟知していなければ不可能な行動。  その事実から指し示すのは、ティアかアサメが怪しいということだった。  疑惑の視線が2人に向き始める中、クルミが甲高い言葉で割り込んだ。 「待ってにゃ! そうだとは決め付けられないにゃ、よ?  だって私ね、ここに来てからすぐに、ノクスさんとリスナさんにこの基地を案内してもらったの。  これからずっとお世話になるんだし、お仕事とかお手伝いできるようになりたいにゃー、って。」 「何が言いたいんだ?」 「うんとね、スレインさん、ノクスさん、エガルさん、リスナさん……誰かにお願いすれば、簡単に基地のこと教えてもらえるはずにゃ。  だからティアさんやアサメさんじゃなくても、ブザーのことが分かるんじゃにゃいかな?」  クルミの言葉を受け、ティアは確かにそうだ、と頷く。 「あの4人には、皆がここの生活に慣れるまではホストとして歓迎してくれ、って指示してた。  聞かれればこの基地のことぐらい、喜んで答えるだろな。」 「……あの4人はもういない。誰に何を聞かれたかなんて、今となっては分からないか。」 「ってことは……まだ何の手掛かりも掴めてないのか。クソッ!」  議論は、ここに来て停滞する。  誰か特定の人物を示す手掛かりは、まだ一つも見つかっていない。  重苦しい沈黙が続く。  誰もが、疲労と疑心暗鬼で頭がいっぱいで、音を上げてしまいそうになる。  ただ残酷に、時間だけが経過する。  その時、グゥゥ、と。  沈黙の帳を切り裂くように、少年の腹の虫が小さく主張した。  大人しく座って議論を聞いていた斬燕は両手で腹を押さえ、正直に告白する。 「……ご、ごめんなさい。お腹すいちゃって。」  それを切っ掛けに張り詰めていた空気は少しだけ和らぐ。  空気を入れ替えようと、ティアが進んで提案をした。 「俺たちも一息つくか? このまま続けても答えは出ないだろ。」 「そうだな、休憩しよう。喋りすぎて喉が渇いた。」  凝り固まった頭をリフレッシュさせようと、首を回すアサメ。  他の仲間も同様にリラックスしていた。  そんな中、相変わらず腕を組んでぶつぶつ呟いているベイト。 「……リリトットの言葉……あいつはもう1人の裏切り者を知っているって言ってた……。  あいつの視点……あいつにしかできない考え方……あいつが何を考えたのか考えれば……辿り着ける……。」 「おい、ベイト。そんなに頭使うと脳がパンクするぞ。頭脳労働は向いた奴に任せればいいんだよ。」  真剣に思考を巡らせるベイトを、ティアは茶化す。 「……荒野エリアではな、頭を使う仕事はWarsに頼りっきりだったんだ。  あいつがいねぇと何もできねぇ俺が許せねぇ……。」  ベイトは椅子の背もたれにもたれて、天井を見上げた。 「みんな疲れてるみたいだし、私が水と軽い食べ物用意するにゃ。花蓮ちゃんも手伝って?」 「……はい。」  クルミの誘いに対し、力無く頷く花蓮。 「基地内の飲料水は貴重だからな。使う分量に気をつけてほしい。」 「だいじょぶ! ノクスさんほど慣れてないけど、そこはキッチリやるにゃー。」  アサメの注意を素直に聞き入れ、花蓮を連れて部屋を出て行こうとするクルミ。  その時、ベイトが何かに弾かれたように立ち上がる。 「……!」  ガタッと大きな音を立ててテーブルが揺れた。  間髪入れず、ベイトは水を用意しようと部屋を出て行く2人を呼び止める。 「待て! ……ちょっと、待ってくれ。」 「は、はいっ?」 「どうしたベイト。」  ベイトは両手の指を広げて頭を押さえ、興奮している自らの精神を落ち着けようとする。  呼吸を整え、きょとんとしている室内の仲間たちに向かって、問いかける。 「あ、あのな。……水って貴重なんだよな。アサメ?」 「ん? さっき言った通りだが、そうだ。」 「……裏切り者がやった火器の破壊には、確か、大量に使われてたって話だよな……“水”が。」 「あ、ああ……そうだ。」  基地内のあらゆる火器、火薬などを使用する爆発物が破壊されていた件。  それについて、アサメは観測していた。「どれも水のような液体を浴びせられ、着火口が死んでいる」ことを。 「裏切り者は、一体どこから水を調達したってんだ?」  その一言に、アサメは電撃が走ったような衝撃を覚えた。 「た、確かにそうだ。見落としていた! ……飲料水の管理はノクスやリスナに任せっきりにしていたからな。  基地内にある水が使われたのだったら、タンクに貯蔵してある水が不自然に減っているはずだが、そんな報告はない!」  アサメの一言で、場の緊張感は再びやってきた。  新たな疑問が沸き上がり……そして、議論は新たな展開を見せる。 「出所不明の水。こっから裏切り者に近付くことはできねぇか?」 「水……か。……1人、思い当たった。」 「……俺もだ、アサメ。……もう、みんな気付いているんじゃないか?」  アサメとティアは、驚愕の表情で、ある人物に視線を向ける。  そして、遅れて他の仲間も気付く。  “水”というキーワードが、誰を指しているのか。 「私がドヴォールと戦った際……エレベーターを落下させるに至った、大量の水。  見事な魔術だった、あれが無ければ私は負けていただろう。……流石だったよ、水の魔術使い。  あれだけ使いこなせれば……火器を破壊するには十分過ぎるほどだろう?」 「まさか、お前だとはな……ホーエー。」  全員の視線を一気に浴びて、ホーエーは一瞬硬直した。  その視線が、疑いの視線である事に気付き、ホーエーは喚く。 「……へ? いや、違う……! ボクじゃない!!」  議論のテーブルから離れた場所で、慌てふためいて弁解をするホーエー。  まさか、自分に嫌疑がかかるとは想像もしていなかった、という態度だ。 「どうしてボクなんだ!! 確かにボクは水の魔術が得意だけど、それだけで疑うのは酷すぎる!」 「……お前はギニーと仲が良かったな。そもそもそれだけで、十分怪しかったんだ。」 「ボクとギニーが共謀して、侵入者を招き入れたっていうのか!? だったらどうしてボクは、アサメさんに協力して侵入者と戦ったんだよ!  このボクが裏切り者だっていうなら、行動がチグハグすぎるだろ!?」  ホーエーに詰め寄るように、ティアが追及する。 「……それもこれも全部、壮大な演技だったんじゃないか? 俺達の信用を得るための。  ギニーに全てを押し付けて、のうのうと生き延びようとした……そうとしか思えないな。」 「違う、違うッ! 信じてくれよ、ティアさんっ! ボクはギニーの裏切りなんて、ぜんっぜん知らなかったんだ!!」 「そうかもしれないな。」  ティアと比較してアサメは冷静に、目の前でうろたえる男に対して検証をする。 「ギニーの行動と、“もう1人の裏切り者”の行動には矛盾があることは証明された。  つまり、その2人はお互いに、何をするかが分かっていなかった……そう考えられる。  “もう1人の裏切り者”が、予め湖底基地に工作をしていた。それを知らなかったギニーは、単独で侵入者を招き入れた。  ……そういう流れだろう。ホーエーが裏切り者だとしても説明は付くな。」 「違うッ! 違うんだ……!」 「違う違うというなら、他の可能性を出すんだな。その態度じゃ余計に疑わしくなるだけだ。」 「そんな……ボクは何も知らないのに……。……みんなの仲間として、必死に付いてきたのに……。  こんなのって無いよ……あんまりだっ……!!」  否定したいが、否定する材料がない。  ホーエーの苦悩は喚き声となって流れ出る。  ホーエーが裏切り者だという確たる証拠は無い。  だが、他の人物が裏切り者だという証拠も一切無い。  だから、全員の視線がホーエーに向く。  彼が喚けば喚くほど、疑惑の視線は強まっていく。  部屋中の疑心が彼に注がれ、仄暗い議論が決しようとしている――その時。 「待っ……て……!!」  弱々しくも、意志の篭った声。  それを発しながら、ピーターがよろよろと、ホーエーを庇うように前へ進み出た。 「……か、可能性……思い出した。……ホーエー以外が裏切り者の、可能性……!!」  完治しきっていない大怪我を負っているピーターは、叫ぶと同時にガクリと膝を付く。  そんな彼を宥めるように、ティアが前へ進み出た。 「無理するなよ。ホーエーを庇いたいのは分かるけど、寝てたほうがいい。」 「……こ、これだけ、い、いい言わせてほしいんだ……!」  ピーターは、今朝の事を何も知らない。議論のテーブルにも付いておらず、口出しせずに成り行きを見守っていた。  だが彼はこのタイミングで立ち上がる。立ち上がらなければならなかった。  疑われ、苦しんでいる友人を救うために。 「“水”を使うことができたのはホーエーだけだから裏切り者……そ、そそ、それなら、違う!  ほほほ、他にもいたよ! さ、昨晩、水をつ、使えた……人は!!」  ピーターは歯を食い縛って立ち上がり、息を切らしながら、力の限り叫ぶ。 「……み、みんなの部屋に……く、く、配られた……水差し!!  ほ、ほほ、ほほほほとんどの人が、あ、あれを使えた……! 火器を壊せる、ほどのっ、たた、大量の、水っ!!」  昨夜、リスナとリリトットによって配られた水差し。  リリトットがひとつ運ぶのに苦労する程度には、かなりの水の量を蓄えられるサイズである。  水差しが配られたのは各個室につき1つずつ。  つまり、1人1つ。十分な水の量を使えたということになる……! 「水差し、か……! それも失念していたな……! 私としたことが、徹夜作業の疲れが残っているらしい……。」  アサメは項垂れる。ティアはピーターの言い分をすぐには否定できず、追及を諦める他なかった。 「そうか、水差し……。そうだよ、おかしい事がまだあったんだよな。  悪い、ホーエー。俺も危うく、お前を疑うところだった。」 「……だけど、可能性が増えただけだからな。ホーエーが怪しい事実は変わりないと思うぞ。」 「ティア、一旦落ち着こう。ベイト、おかしい事とは?」  アサメがベイトの話を促す。  室内は興奮に包まれ、ほぼ全員が席から立ち上がっていた。 「……俺さ、リリトットが何を考えてたか考えてたんだよ。裏切り者の正体知ってるって言ってたからな。」  それで思い出したんだがよ。あいつ最後に、『水差しの中の1つに毒を溶かしておいた』って言ってたんだよ。」 「毒……?」  本性を現した悪意の娘、リリトットは去り際に言った。 『あと私がやった事と言えば……昨夜、みんなに水差しを配ったじゃない?  あの中の一つに神経毒を溶かしておいたの。飲めばたちまち全身が痺れて動けなくなるほどのね。』 「どうにも気になってたんだが、昨日の騒ぎの中で、毒にやられて苦しんでた奴なんていなかったよな?」 「確かに……。」 「花蓮ちゃんならハッキリ分かるか? 昨晩から今朝にかけて、毒を飲んでた奴は、誰かいたか?」  花蓮は静かに首を横に振った。  治療士として全員の身体に触れる機会のある彼女でも、毒については分からないという。 「ってことは……だ。水差しの水を飲んでない奴がいるわけで……そいつが……あー、くそっ。  どうやって説明すればいいのか分かんねぇ!」  ベイトは何か思いついた事があるようだが、上手く言語化できないようで頭を掻き毟る。 「ベイト。……俺は散々言ったぞ。リリトットが嘘を付いてるかもしれないってな。  それに本当に毒を入れていたとしても、全員が水差しの水を飲んだかどうかなんて分からない。  飲まれなかった水差しに毒が入っていただけかもしれない。」 「いや、そいつは分かってんだよ! ……重要なのは、『リリトットが裏切り者を知っていた』ってトコなんだ。」  ベイトが、不器用ながら言葉を紡ぐ。 「何でリリトットが裏切り者が誰かを知ってたんだろうな?  『そいつは未だに殺されているわけでもないし、この基地から脱出してもいない。』ってまで言い切ってるんだ。  確信に近い何かがあっただろうと思うんだが。」  ベイトの言葉に耳を傾ける、他の7人。 「少なくとも、本性を表すまでのリリトットの立場は俺たちと同じなはずだ。  何か特別なことが無い限り、裏切り者の正体を特定するための情報なんて手に入れられないはずなんだ。  なのに、どうやって裏切り者の正体を“確信”する事ができたのか?」  少しずつ、少しずつ……ベイトの閃きが言葉になってゆく。 「リリトットが毒を入れた水差しは……“裏切り者”に渡していたからじゃないか?」  いまいち何が言いたいか分かっていないティアは、突っ込みを入れる。 「……何でそうなる? 毒入り水差しを渡された奴が“裏切り者”……?」 「そう、そういうことだよ!」 「意味が分からん。……じゃあ、その“裏切り者”は毒にやられてなきゃおかしいだろ。」  ティアは首を捻る。ここで、アサメがベイトの言いたい事を理解したようだ。 「……いや! “裏切り者”は、水差しの水を火器の破壊に使った……そう考えると、何もおかしくない。  “裏切り者”は毒入りの水を飲まずに別の用途に使った、そういうことか!」  ベイトは頷く。 「リリトットは不思議に思ったはずだ。毒入り水差しを渡したはずなのに、そいつはピンピンしている。  一体どうしてか? ……俺たちと同じ推理をして、そして答えに辿り着いた。  “水差しの水を飲まずに、火器の破壊に使った”……そいつこそが、裏切り者なのだと。」  ベイトの推理は、リリトットの話に嘘が無いという前提で述べられている。  だから根拠は薄い。突付かれればすぐに崩壊してしまいそうな、脆い内容だ。 「ちょっと待て。待て待て待て。水を飲まなかった人がいるってだけかもしれないだろ。  そんなこじ付けみたいな推理が当たってるとは思えないんだが……。」 「まあ、そうだな。俺も間違いないって言えねーもん。だから、今すぐ確かめに行こうぜ。」 「確かめる?」 「今ここにいる全員の個室だよ。水を飲んだ奴の部屋なら必ず、空の水差しと使われたカップが置いてあるはずだ。  水を飲まなかった奴の部屋なら、配られたままの状態の水差しが置いてあるはずだ。  ……確認すれば、全てが分かる。」 「その通りだな。とりあえず、全員が全員、水を飲んだということぐらいは確認しに行こう。  ただし、行くなら全員揃ってだ。誰かに単独行動をさせると、手掛かりを消される恐れがある。」 「おう。行こうぜ、みんな。」  ベイトとアサメが乗り気で、それに引っ張られるようにティアも了承する。  他に反論がある者はいるはずもない。全員で水差しの確認をする事になった。 「…………。」 「どうしたにゃ、斬燕くん。」 「……おなか……へった。」 「も、もうちょっと、我慢!」  空腹の斬燕も、怪我人のピーターも、関係ない。  動くなら全員まとまって。……それが、この状況での鉄の掟。 「花蓮。……君に答えて欲しい事がある。」  移動する時、アサメが唐突に話を切り出した。  相変わらず虚ろな表情をしている花蓮に対して。 「……。」 「私には、どうも引っ掛かっていてね。……やはり、君の口から聞いてみたい。  素直に返事をくれれば疑わないさ。」 「……。」 「なぜドヴォールを逃がした? 裏切り者だから、以外の答えが出せるか?」 「……。」  アサメは、追究した。  ドヴォールの逃走。それを担った、花蓮とテイクの優しさ……いや、甘さについて。 「あの男を逃がした事によって、我々がまた襲われる可能性だってある。  それなのに何を思って、トドメを刺さなかったのか。気絶はさせたんだ、十分可能だっただろう?」 「やめろって。今は、責める気にはなんねえよ……。」 「責めている訳じゃない。私は彼女の言葉が聞きたいんだ。」  花蓮の心理状態を案じ、ベイトが止めに入る。  だが、アサメはそれを押しのけて花蓮の返事を欲する。 「……戦えない人を、必要以上に攻撃する事は、できませんでした。  私は、むやみやたらに人の命を奪う事はできません。……治療士としての、信念、です。」  力の篭らない瞳で、真っ直ぐにアサメの目を見返す花蓮。 「……そうか。分かった。」  それだけを言い、アサメは興味を無くしたように花蓮から遠ざかる。  そしてベイトとすれ違う際、耳元に軽く囁いた。 「……心が殺されてるな。」 「そんなの、見れば分かるって。」  ベイトはアサメに囁き返す。 「花蓮だけではない。他の仲間も、精神に重い傷を負ったようだ。  そして、“どうせゴッディアには勝てっこない”と……そう思い始めている。」 「……。」 「この状態で次の襲撃を受ければひとたまりも無い。闘志を失った組織は滅んだも同然だ。  ……この心理状態をどうにかして、士気を高める方法は……分かるな。」 「ああ。裏切り者を見つけ出す……それしかない。」  アサメは頷く。 「……ここまでの議論で。私はもう1人、疑わしい人物を見つけ出した。……ハッキリとした確証は無いが。」 「俺もだよ。何か、アイツの態度は引っ掛かったんだ。……アイツを捕まえるには、どうすればいい?」 「私達の想像する人物が裏切り者ならば、部屋の水差しを調べられたくはないはずだ。  だから多少、無茶な行動に出るかもしれない。……それを見逃すな。」  ベイトとアサメが結託し、裏切り者の正体へと近付いていく。  8人が揃い、それぞれの個室を順番に調べるための移動が始まった。  この惨劇に終止符を打つために。  絶望と悲しみに満ちた湖底基地での戦いは、いよいよ最終局面。 ―――  4月23日 15:45 ―――  曇り空。それを照らすデフィーラ湖の湖面。  湖の上を巡回しているBiaxeの武装ヘリが、動きに変化を見せる。  数多くの武装ヘリの中で、2機が真っ直ぐに飛行し、湖中央の見張り小屋へと……降り立つ。  その装甲にはそれぞれ1人ずつ、合わせて2人の人影が乗っていた。。 「377。目標地点へ到達。」 「378。目標地点へ到達。」  ヘリのアナウンスと同時に、2人の人影は小屋へと降り立つ。  1人はスマートに、様式ばった姿勢で両の足を床板につける、槍を構えた女性。  銀の長髪は眩く美しいが、その分、右目の切り傷が目立つ。どうやら隻眼のようだ。  もう1人は乱暴に、品性の欠片も無い大雑把な足並みで小屋の床を踏み鳴らす。  刀身が不気味に赤く煌く、先端が反り返った剣を危なっかしくチラつかせながら、獲物の気配を探る大柄な男。 「……どこだァ? どこにいやがる? ……気配がしねェなァ……。」 「その動作をやめろ、危なっかしい。見てていい気がしない。」  赤い剣をブラブラさせる男に対し注意を促す女。  女の視線は、まるで汚らしい獣を見下すような冷たさを秘めている。  だが男はそれに気付かず、いや、眼中に無いようで、女に背を向けたまま返答をした。 「うっるせーなァ、レイナさんよ。こんな狩り場まで来てピーピー指示されなきゃなんねーとか、俺サマついてねーぜェ。  これだからてめぇと組むのは嫌なんだよ。真っ先に狩られてみるかァ……あ?」 「……それはこちらの台詞でもある。」  レイナと呼ばれた女は男と距離を取り、ウンザリしたように頭を抱える。  どうやらこの2人、仲は良くないらしい。 「ベリアル、おまえの趣味に付き合っている時間は無い。一切無い。  ……近衛兵クインシアからの指令だ。内部に潜入している部隊長と合流し、余計な時間をかけずに殲滅する。」 「わーかってんだよ、んなことァ!! いちいち俺に命令してんじゃねェ!!」  ベリアルが赤い剣をレイナの喉元に向け、挑発する。  レイナはそれを軽くあしらうと、後ろ――2人が侵入してきた入り口を振り向いた。 「……クインシアが我々にこれを授けた。有効に使え、とな。  ただでさえおまえという危なっかしい獣を抱えているのに、もう1匹とは……私の苦労を誰か慮ってくれ……。」  入り口に、もう1機新しいヘリが到着する。  その装甲の上にバランスよく立つ、1匹の――黒い、獣。  四本足で歩き、尻尾をくねらせて小屋へと降り立った。  その全身の体毛は黒と灰色の縞模様になっており、一見すると虎のような特徴が見て取れる。  だが、その身体のサイズは通常のものより2倍以上大きく、爪や牙の鋭さなどに禍々しい改造が施されているのが感じられる。 「タッサ。……巨大生物兵器、“暴虐”のタッサ。おまえに命ずる。  この基地内で怯える生命を1つ残らず刈り取れ。生存を許すな。……行け。」  レイナは黒き虎――タッサの背中を撫でる。  タッサは小さく吼えると、目の前にぽっかりと口を開ける、エレベーターのシャフトの中へ飛び込んでいった。 「なんだァ? あの動物野郎に先に行かせんのか!? 待ちやがれ、獲物は俺のモンだ!」  タッサに続いて飛び込もうとするベリアルを、レイナは嫌々した表情で止める。 「おまえの脳も動物並か! ……ここはタッサに任せろ。あれは凶悪な爆弾を心臓として動いている。  巻き込まれたら確実に死ぬ。まあ、死にたいのなら止めないが? 私達の仕事は、その“後”だ。」 「……ケッ。ケッ、ケッ、ケーッ!」  レイナに諭されたベリアルは悪態を付き、剣を振り回して遊び始める。  レイナは腕を組み、エレベーターのシャフト内部を見下ろしてじっと時を伺っている。  人数が減ったレジスタンスにとって、この襲撃は致命的だ。  基地内では、裏切り者の正体を掴むための調査をしており、今はその大詰め。  この奇襲に即座に対応する事はほぼ不可能。  湖底基地内部を、暴虐の名を冠した死神が駆け巡る。  ……生か死か、レジスタンスの命運を分ける一瞬が、迫る。  第47話へ続く