Another World @推奨BGM: 第9話.『カラスの鳴き声』  AW、樹海エリア。  時々の木漏れ日がある以外、影に包まれた秘境。  エリア全体を覆う植物は、狩人達の絶好の隠れ場所。  常人が立ち入れば、間違いなく迷って脱出できなくなるだろう。  そんな樹海にも、夜がやって来る。  森の闇はより深くなり、静寂と恐怖の支配する時がやって来る。  日が沈んだら厄介だ。  一刻も早くここを抜けよう。  俺達は樹海を駆け足で進んでいた。  ここがどこだか分からない。  まさか、迷ってしまったとでもいうのか。  カラスの鳴く声が聞こえる。  夜が徐々に迫ってきていた。  夜は人間にとって不利だ。  闇の中で見える目を持ち合わせていないから、接近する敵をどう相手にしたものか分からない。  そのくせ、ゴッディアの影の化け物は、その名の通り化け物だ。闇でも何でも関係ない。  真っ暗な状況で戦うことは、本来なら死を意味するのだが……。  ま、なるようになるさ。 「ゴジャー、ここらでテントを張るぞ。」  俺は、後ろについてきている筋肉質の男に声をかける。 「おぉ、野宿か!?」 「仕方ないだろう、右も左も分からないんだから。」 「うむぅ。いつになったら湖に到着するのだろうか、ティア殿。」 「知らん。明日考える!」 「それもそうだな! ガハハ!」  俺はティア。  湖畔エリアレジスタンスに所属している。  自分で言うのもなんだが、レジスタンスの中でも重要な役割を任されているほうだ。  今、俺はAW管理人捜索の仕事をしているところだった。  だが一向に手がかりが掴めず、中断して湖畔エリアに戻ろうとしていた。  その途中で出会ったマッチョ男が、ゴジャー。  ひたすら暑苦しい男だが、彼の力技は頼りになる。  レジスタンスに入りたいと思っているらしく、ついでに俺についてくることになった。  まぁ、暑苦しいのがアレだが、悪いヤツじゃない。多分。  それで、だ。  湖畔への旅路で樹海エリアを潜り抜けることになったが、まさかの迷子。  しょうがないから野営をすることにした。  闇に紛れての奇襲が怖いが、怖がっていても仕方ない。  人間、疲れた時に寝るのが一番だ。 「それじゃあ、ゴジャー。交代で見張りをするぞ。」 「おお。分かった。じゃあ最初は俺がやる。」 「話が早くて助かるよ。適当に時間が経ったら交代しよう。じゃ、おやすみ。」 「安心してグッスリ眠ればいい、ガハハハ!」  ゴジャーが豪快に笑う。  恐怖が蔓延る樹海の中で、こいつの明るさは頼もしい限り。  俺はテントの中に入り、入り口を閉めて寝転がる。  ……ま、どんなことがあろうとも、俺とアイツが一緒に寝ることは無い。  俺の隣で寝ていいのは、可愛い女の子だけだぜ。  それで隙を見つけてあぁんなことやこぉんなことを……にゅふふふふ。  俺が気持ち悪く笑っていると、テントの入り口からゴジャーが覗いてきた。 「どわぁっ!? 何だよ、ゴジャー!」 「……誰か、来たぞ。見ろ、ティア殿。」  ゴジャーの指差す先を見る。  樹海の暗闇の中に、うっすらと何かが浮かぶ。  それは背が高く、白い上着を着ている男……に見えた。 「……ハァ……ハァ……。」  顔色が悪く、息は荒い。  俺達のテントを睨み付けながら厳しい表情を浮かべる。 「あいつ、何だ? 何で俺を見てハァハァしてるんだ?」 「むぅ、興奮しているのだろうか。」 「気色悪いな! 男に狙われるのは勘弁だよ!」  男はこちらに近づいては来ない。  警戒しているのか、何か躊躇っているように見える。  ……ん?  ――その男を挟んで、木々の向こう側。  深い闇の中に、何か蠢くものが見えた。  男はゼェゼェ言いながら、口を開く。 「……そこの方々。……私から、離れて下さい。」  ジュバッ!  その刹那、闇の中から鋭い爪が伸びた。  男の背後から、何か大きなものが近寄ってくる。  それはテントの明かりに照らされ、おぞましい姿を露にした。 「くっ……しまった!」  男は振り返りざまに手刀を放つ。  伸びた爪を弾き返すが、一時凌ぎでしかなかった。  次々と伸びるおぞましい爪。  まるで蜘蛛のような姿をした、大きな黒い化け物! 「なんだこいつ、ゴッディアの化け物か!」 「あんな大きなサイズ、初めてだぞ!?」  今まで屠ってきた雑魚とは違う威圧感。  俺は無意識に、右手を懐に突っ込む。  白い上着の男は手刀を初めとした肉弾で対抗しているが、徐々に力負けし始めている。  そんなに実力があるわけではないのか。……一般人? それとも、そう見せかけた裏切り者?  ……どっちでもいい、足手まといには変わりない! 「ゴジャー、そいつを抑えろ! テントにでもぶち込め!」 「押忍!」  ゴジャーはその両手で男を担ぎ上げ、強制的に戦線から離脱させる。 「ちょ、何を……!」 「ここは我々に任せて下がっていろ、ガハハ!」  両手をガッシリと抑えられ、足をジタバタさせて抵抗する男。  それもゴジャーの逞しい肉体には虚しく、後方へ避難させることに成功した。  蜘蛛の化け物は赤黒い目をギラギラさせ、にじり寄って来る。  獲物を取られて怒っている? そんなことを考える脳があるのか。  6、7、いや8本ある足が上下する姿は、近くで見ると不気味の一言に尽きる。 「ヌゥ、昆虫の姿を模せば、我らに勝てると思っているか! ぶちのめしてくれる!」  白い上着の男をテントに詰め込んだゴジャーは、腕をグルグル回している。 「蜘蛛は昆虫じゃないぞ。……ぶちのめすことには変わりないけど。」  ゴジャーへのツッコミも程々に、懐に入れていた手を抜く!  ドン!  俺の右手から放たれた弾は、蜘蛛の目玉を正確無比に貫いた。  懐から取り出したのは銃。俺のとっておきの逸物。  早撃ちは得意なほうだ。二つの意味でな。  化け物の動きが止まる。  死んだ? いや、まだだ。  ギギギと気味の悪い音を立て、再び8本の足が稼動する。 「受け取れぃ! フルウエイトォ、パァンチ!!」  ゴジャーの筋肉が唸り、高くジャンプ。  そのまま全体重をかけ、蜘蛛の頭にパンチを加える。  ゴスッ!  とても拳から出た音とは思えないその衝撃。蜘蛛の黒い頭は流石に凹んだだろうか。  ギギギ……。  まだ、蜘蛛は動く。足をくねらせ、着地したゴジャーに爪を突き立てる。  くっ、どこを潰せば死ぬんだ、こいつはっ!? 「ウ、ゴゴゴゴ……我慢……。」  ゴジャーの胸筋に爪が食い込む。歯を食いしばって耐えているようだ。  流石、肉体が武器と主張するだけはある。鋭い爪の一撃を、我慢だけで耐えるなんて。 「……痛く、ないっ!」  吼えるゴジャー。勢いに任せて、食い込んだ爪を両手で引き剥がしにかかる。  バキッ!  思ったより爪はあっさりと割れ、ゴジャーは解放されて転がった。  胸から血は出ているが、大した傷じゃなさそうだ。  蜘蛛の8本ある爪が7本になった。  どこを壊せば死ぬのかは分からないが、爪を全部壊せば無力化できそうだな。  蜘蛛は足をウネウネ動かし、移動しながら攻撃してくる。  多数の爪を扱ったトリッキーな攻撃は多少厄介だが、この程度は何の脅威でもない。  銃の照準を合わせ、狙いを定める……。 「快感を、くれてやろうか……氷龍弾!」  ドン! ドン! ドン! ドン!  4発の銃弾。3発が足にジャストヒット。  氷を纏わせた弾丸は傷口を凍結させ、動きを完全に封じる。  動かせる足が4本になり、体を支えるのがやっとの大蜘蛛。  可哀想になってきたが、容赦はせずに仕留める! 「ゴジャー!」 「応!」  待ってましたとばかりに筋肉が唸る。  蜘蛛の頭を確実に狙い、交差させたその豪腕を振り下ろす! 「受け取れぃ! 俺・の・情・熱・を・ッ!」  ズガァン!  鈍い音と同時に、赤黒い何かが飛び散った。  ゴジャーの注ぎ込んだ情熱が、蜘蛛の脳を粉砕し、確実に殺す。  頭を粉々にされた化け物は、残った4本の足を震わせ、崩れ落ちた。  念の為、その死骸を確認しようと近付いてみる。  ……死んだ、か?  その瞬間。  震えていた4本の足が伸び、俺の顔に飛び込んできた! 「うわッ! な、まだ生きて……?」  脳は確かに潰れている。しかし、胴体から伸びた4本の足はまるで生きているように、自在に動いていた! 「なんだよコレ、アンデットか!? 気持ち悪ぃ!」 「ぬぅ! 死にぞこないの虫めが!」  俺とゴジャーは応戦する。  わざわざこちらから近付いたのが間違いだった。銃を撃つ間合いじゃない。  それならば、こうだ!  ギィン!  俺は蜘蛛の爪を銃で受け止める。  いや正確には銃ではなく、短剣。  銃にも短剣にも変形できる、俺専用の特殊武器。 「これを使うことになるとは思わなかった。……ゴッディアの化け物にしては、強いな、オマエ。  だったら遠慮はしねぇ。気持ちよく逝かせてやる!」  襲い掛かってくる爪を弾き飛ばし、それをゴジャーが掴んで叩き割る。  バキッ、バキッと骨の折れるような音が鳴り、3本の足を沈黙させた。  残るは1本。 「これでトドメだ、風絶!」  風をも切り裂く俺の秘技、風絶を振るう。  音もなくパックリと、いとも簡単に最後の足が断たれた。 「……もう、終わりだな。」 「ヌゥ、あっけないものだな、ガハハ!」 「うわー、血でベトベトだぞゴジャー。拭けよ。」  テントの明かりが照らし出す血の色は不気味だった。  それを肌にビッチャリつけたゴジャーは豪快に笑う。  ……ドクッ。 「……ん?」  ドクッ。ドクッドクッ。  不気味な、鼓動のような音が聞こえる。それはどんどん強く、早くなっていく。 「!? ティア殿、なんだあれは!」  ゴジャーの大声に振り向く。あるのは蜘蛛の死骸。  ……いや。  蜘蛛の死骸が溶け、中から……禍々しい、真っ黒い心臓のようなものが剥き出しになっている?  ドクン、ドクン、ドクン。  禍々しい“それ”は脈を打つ。  ドクンドクンドクンドクンドクン!  徐々に強くなる音、早くなる音!  生物としての本能が叫ぶ。 マズイ、マズイ、この音を黙らせないとマズイ! 「うおおおぁぁぁっ!」  俺は手元の短剣を銃に変え、“それ”に撃ち込もうと構える。  素早く狙いを定め、引き金を――  ズキッ 「……!?」  二の腕に不自然な痛みが走る。  その痛みが、銃を撃つ指先を痺れさせる。  ドクッドクッドクッドクッドクッ!  一瞬の遅れが命取りか。  鼓動はどんどん早くなり、死の音を奏でる!  くそっ、なんなんだこれは! くそおおおぉぉぉぉっ!!  チュイン!  一瞬、闇の樹海を閃光が照らす。  俺の背後から何かが飛び、禍々しい心臓を貫く。  光に焼かれた心臓は、鼓動を停止させた。  俺は状況が掴めず、立ち尽くす。 「……大丈夫、ですか。」  その声は、テントに避難させていた白いコートの男。 「…………危ないところだった。」  風穴が開いた禍々しき心臓を見下ろし、安心したようにそう言う。  さっきまでの鼓動は何だったのか。 「何だったんだ、今の。」  俺は口に出す。  すると、男から答えが返ってきた。 「おそらくは、ゴッディアの新兵器……。あの心臓を放っておくと、大爆発が起こるんです。  ……遺跡エリアは、その爆発で、壊滅……しました。」 「死んで動作する自爆アイテムかよ。そこまでするか、ゴッディアめ。」 「奴らの“裁き”が始まって一週間。奴らの力は増し続けている……AWの壊滅も時間の問題ですよ。」 「何なんだよ、オマエは。」  その男は、俺との距離を一定に保ったまま、問いに応じた。  白いコートの乱れを直し、胸に手を当てて静かに言葉を紡ぐ。 「……私の名は、リア。死を待つだけの男です。  それでも、……助けて下さった貴方がたには、お礼を言いましょう。……どうも、ありがとう。」  ほんの一瞬だけ、指に何かチカッと光る物を感じた。  ……指輪をしてるのか? 「あー、俺はティアだ。レジスタンスやってる。で、こっちがレジスタンス志望の、」 「ゴジャーだ、ガッハハ!」  リアとかいう男は会釈をするが、こちらに近寄ろうとはしない。  ははぁん、ゴジャーの筋肉が暑苦しいんだな。無理もない。 「それでだ、オマエは一般人ってことでいいんだな? 蜘蛛に追われていたってことは。」 「……はい。私はレジスタンスでもゴッディアでもありません。……関わるつもりもありませんでした。  …………まさか、こんな辺境で……野宿をしている方々がいるなんて……。」 「へ、あぁ、ははは。なんとかなると思ってさ。」  心にチクッとしたものが刺さり、乾いた笑いしか出ない。 「……あっちへ真っ直ぐ行けば、入り江に出られます。そこから海岸エリアを目指せますよ。」 「そうか。分かった、ありがとうな。」 「……それでは、この辺で。」 「リア、っていったか。大丈夫なのか、お前。一人で。」 「……私には、孤独が相応しいのです。」 「そうかよ。また会えるといいな。」 「…………。」  最後は振り返らずに、リアは闇の中へ姿を消した。  テントの揺れる明かりが彼の背中を見送っただろう。  ……結局、何者かはハッキリしなかった。  淋しそうな表情と、あの指輪が妙に記憶に引っ掛かっている。  ……まぁ、いいか。 「そんじゃ、ゴジャー。テントを畳むぞ。」 「ウヌ! この俺が折角建てたというのに!」 「黙って働け、筋肉男。早く湖畔エリアに帰るぞ。」  チクッ、と二の腕が痛む。  そういえば、あの瞬間銃を撃つことができなかった。  この不自然な痛みは何が原因なのだろう。  二の腕の裏側、痛みを感じた場所を見る。 「……?」  そこに、何やら針のようなものが刺さって、一筋の血が流れ落ちていた。  なんだこれ、いつの間に?  あの状況で誰が、どうやってここに針を刺したんだ?  極めて不自然ではあったが、大した傷ではないことを判断し、その針を引き抜く。  触った感触で分かったのは、金属製の針じゃなくて木製の針だということ。  ……これ、爪楊枝か?  ティアは辺りを見回す。  360度、夜闇の不気味な木々の姿が映るだけ。  カラスの鳴き声が反響し、いかにも闇の帳という雰囲気を醸し出していた。  さっきから、不可解なことが多すぎる。  一体この戦いはどこへ向かっていくんだろう。  ……ま、いいか。深く考えても仕方ないし。  どうせ考え事するなら、上手なスカートの捲り方でも研究してたいよ。  ゴジャーが俺の名を呼ぶ。テントを畳み終わったらしい。  それじゃ、行くか。  ――カラスの鳴き声に紛れて、その影は闇に溶け込んでいた。  樹海の木の上に潜む黒い男。  そのローブは闇を反射し、巧妙に姿を隠している。  まるで、カラスの群れを従えるかのように。  木の枝に腰掛け、樹海を去り行くティアとゴジャーを見送っていた。  爪楊枝を口に咥え、顔を不服そうに歪めながら言い放つ。 「……死ねば良かったのに。」  そしてその男は、爪楊枝を吐き捨てるとローブを翻す。  後に残るのはカラスの鳴き声のみ。  樹海の闇はなお深く、夜に飲み込まれていくのだった。  10話へ続く